学位論文要旨



No 118410
著者(漢字) 水川,裕美子
著者(英字)
著者(カナ) ミズカワ,ユミコ
標題(和) 水輸送組織に発現する細胞内塩素イオンチャネル関連蛋白質parchorinの解析
標題(洋)
報告番号 118410
報告番号 甲18410
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1043号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 生体では脳脊髄液、尿、消化液など様々な臓器で体液輸送が行われており、恒常性を保つうえで重要な働きをしている。体液輸送では各種のイオン輸送体の関与により形成されたイオン勾配が駆動力となって水が移動するとされている。例えば欧米に多い遺伝病である嚢胞性繊維症は、原因遺伝子である塩素イオン輸送体CFTRの機能不全により水輸送が破綻することによる。当研究室で近年クローニングされたparchorinは胃酸分泌細胞である壁細胞(parietal cell)と脳脊髄液を分泌する脈絡叢(choroid plexus)で最も発現が高く、その他腎臓、涙腺、気道上皮など水輸送を行う組織に発現している。またそのC末端側が細胞内小胞上のCl-チャネルと考えられているchloride intracellular channel(CLIC)ファミリーに高い相同性を持っており、LLC-PK1細胞に発現させると細胞外Cl-を除去することにより引き起こされるCl-放出を増大させる。これらの特徴からparchorinは新たな水輸送調節体として注目されたが、可溶性蛋白質であるためそれ自身チャネルとは考えにくく、機能の詳細は不明であった。そこで私はparchorinの生理的役割と機能制御機構を明らかにすることを目的として本研究を行った。

【方法と結果】

1.parchorinの組織内局在

 各組織内でのparchorinの発現が水輸送に深く関連する細胞に特異的であるかどうかを明らかにするため、免疫組織化学により組織内局在を検討した。循環器系については心臓、血管共に陽性部分はみられなかった。消化器系では、顎下腺で介在導管に強い発現、他の導管に弱い発現がみられた(Fig.1A)。膵臓の導管にも強い発現がみられた(Fig.1B)が介在導管は陰性だった。耳下腺の介在導管、胆嚢上皮にも発現していた。直腸は陰性だった。呼吸器系では、気道上皮とII型肺胞上皮細胞に発現がみられた。腎臓では主に遠位尿細管に発現していた(Fig.1C)。生殖器系では、前立腺の腺上皮細胞、精巣の導管にあたる精巣網の上皮細胞、乳腺の腺上皮細胞と導管に発現していた。視覚器では眼球の毛様体色素・非色素上皮と網膜色素上皮(Fig.1D)、涙腺の導管に発現がみられた。内耳のコルチ器官、らせん靭帯、半規管有毛細胞に発現がみられた(Table 1)。以上のように、いずれの組織においてもparchorinの発現は水輸送の駆動力であるイオン勾配の形成に関与する細胞に限局していることが明らかになり、parchorinが体液輸送に関与している可能性が高まった。また免疫組織化学を行うことによってノザンブロットやウエスタンブロットで検出できなかった膵臓や肺にもparchorinが発現していることがわかった。代表的な塩素イオンチャネルであるCFTRとClCファミリーのうち、ClC-1(骨格筋)、ClC-K1,2(腎、蝸牛)、ClC-5(腎、脳、肝)など組織特異的なタイプがある一方、CFTRやClC-2などは分泌上皮を中心に広く発現している。parchorinもイオン輸送を担う上皮細胞に広く存在しているがこれらとは組織分布や組織内分布に違いがあり、重要な水輸送調節体の新たな一員と考えられる。特に外分泌腺の導管への局在は非常に特徴的であり、導管特異的な機能に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。

 また、外分泌腺における分泌能と発現量の関係を明らかにするため、各発達段階の胃粘膜、顎下腺、乳腺についてウエスタンブロットでparchorin発現量を調べた(Fig.2)。離乳期まで酸分泌能が低くそれ以降急激に上昇する胃粘膜では胎児、離乳前、成体の順に発現が増大していた一方、分泌能に大きな変化のない顎下腺では離乳前、成体で発現量の変化はなかった。また乳腺でのparchorin発現は非妊娠成体では確認できず、妊娠中に比較し哺乳期に増大していた。以上によりparchorinの発現と分泌能の獲得が深く関連していることが示唆された。

2.parchorinの細胞内局在変化とその機構

 parchorinは可溶性蛋白質であり、胃壁細胞において一部が酸分泌刺激時に細胞質から分泌側膜分画に移行すること、ブタ腎上皮由来のLLC-PK1細胞に発現させ細胞外の塩素イオンを除去すると細胞質から細胞膜への局在変化が起こることが示され、刺激を受けて膜移行し機能することが予想されていた。CLICファミリーのうち、parchorinは長い親水性のN末端を持つ可溶性蛋白質という特異な存在である。CLIC相同性領域よりN末端側をほとんど持たないCLIC1では大腸菌で発現させて精製し人工膜に導入すると陰イオン電流が測定できることが近年報告され、単独でチャネルを形成できると考えられた。parchorinについてもチャネル活性を持つかどうか検討するためにはparchorinが膜局在した状態で電気生理を行う必要がある。そこで私はまず膜移行の機構を明らかにすることを試みた。LLC-PK1細胞の系は再現性が乏しく、適当なモデルが必要であったが、私はイヌ腎上皮由来のMDCK細胞を用い、モデル系を構築することに成功した。parchorinのC末端側CLIC領域を発現させると細胞がコンフルエントの時は形質膜に局在した(Fig.3B)が、細胞密度が低い時は細胞内小胞様の局在を示した。N末端はいずれの場合も細胞質に一様に存在した(Fig.3A)。全長parchorinを発現させ細胞外Cl-を除去すると細胞がコンフルエントの時のみ細胞質から形質膜に移行するのが認められた(Fig.3CD)。これらのことから、parchorinのN末端側は制御領域、C末端側がチャネル領域で、刺激によりN末端側に変化が起こると膜局在できるようになると推測した。次に、より生理的な刺激でも膜移行が起こるかどうか検討した。腎尿細管細胞は生理的に大きな浸透圧変化にさらされていることから、浸透圧刺激を検討した。低浸透圧(119mOsm)では変化はなかったが、高浸透圧(600mOsm)でparchorinの膜移行が起こった。またMDCK細胞において細胞外ATPがP2Yプリン受容体を介して塩素イオン分泌を促すとされていることから、プリン受容体アゴニストを検討した。その結果ATP(10μM,100μM)(Fig.3EF),UTP(10μM,100μM),2-MeSATP(100μM)などによりGFP-parchorinの膜移行が起こりadenosine(100μM)では起こらなかった。従ってATPはP2受容体を介してparchorinの膜移行を引き起こすことが示唆された。またbradykininも膜移行を引き起こすことがわかった。P2Y受容体、bradykinin B2受容体は主にGqと共役し細胞内Ca2+上昇およびプロテインキナーゼC(PKC)の活性化を介してシグナルを伝達する。そこでTPA(1μM)+A23187(10μM)を適用したところ強く膜移行した(Fig.3GH)。A23187単独では膜移行は非常に弱かった。thapsigarginでは弱いながらも膜移行が起こった。TPA単独では膜移行はほとんど起こらなかった。従ってATP、bradykininによるparchorinの膜移行はCa2+/PKCを介することが強く示唆された。どの刺激による膜移行もCa2+シグナルを介しているかどうか明らかにするため細胞内Ca2+測定を行ったところ、ATPは大きなCa2+上昇を引き起こしたが細胞外Cl-除去や高浸透圧ではCa2+上昇はみられなかった。従ってこれらはCa2+を介さずに膜移行を引き起こすことが示唆された。またcAMP系の関与も検討するためforskolin(100μM)+isobutylmethylxanthine(100μM)を適用したが効果はなかった。細胞骨格系の関与を調べるためcytochalasin D(10μM)とcolchicine(10μM)を適用したところ、いずれによっても細胞外Cl-除去による膜移行が抑制された。以上により、MDCK細胞におけるparchorinの膜移行にCa2+、PKC、細胞骨格が関与していることが示唆された。

 parchorinの膜移行を別の方法でも確認するため、細胞表面のビオチン化アッセイを行った。GFP-parchorinを安定発現するMDCK細胞を作製し、その細胞表面をビオチン化して可溶化しストレプトアビジンビーズに結合させてウエスタンブロットで検出した。ATPで刺激後ビオチン化を行うとビーズに結合したGFP-parchorinが増加した(Fig.4)ことから、ATP刺激によりparchorinが細胞膜近傍に集積することが確認できた。

【まとめ】

 本研究により私はparchorinの組織内局在を網羅的に明らかにし、イオン輸送を担う上皮細胞に局在していることを示した。また外分泌腺の分泌能とparchorinの発現量の変化が一致していることもわかった。この知見はparchorinの生理的役割の解明に大きく寄与するものであり、parchorinは多くの組織で水輸送の駆動力形成に関与していると考えられた。また私は浸透圧と受容体刺激という生理的刺激に応答してparchorinの膜移行が起こるという、膜移行の機構解析に適したモデル系の構築に成功した。さらに解析を進めることでparchorinの機能制御機構の解明が進展すると共に、細胞が単離している状態で膜局在させる方法を突き止められればチャネル活性など分子機能の解明にもつながることが期待される。

Fig.1 parchorinの組織内分布。

ウサギ各組織の凍結切片を抗parchorinモノクローナル抗体で染色し、光学顕微鏡で観察した。陽性部分を矢印で示した。A,B,D:bar=20μm,C:bar=100μm

Table1. parchorinの組織分布と各組織の水輸送

Fig.2 分泌能とparchorin発現量の連関。

各時期のウサギの胃粘膜、顎下腺(A)、乳腺(B)をホモジナイズし800xgで遠心した。上清を30μgずつアプライし、抗parchorinでウエスタンブロットした。矢頭でparchorinを示した。

Fig.3 MDCK細胞におけるGFP-parchorinの局在。

A,B:parchorinのN末端側(A)、C末端側(B)のGFP融合蛋白質を発現させた。C-F:全長を発現させ、各種刺激を行った。Bar=20μm.

Fig.4 ATP刺激によるGFP-parchorinビオチン化の増大。

GFP-parchorinを安定発現したMDCK細胞を100μM ATPで5分間刺激後、ビオチン化反応を行い、40mMグリシンで反応停止した。可溶化後ストレプトアビジンビーズと結合させ、抗GFP抗体によるウエスタンブロットで検出した。precipitate:ビーズと結合したもの、input:ビーズに結合させる前のlysate。

審査要旨 要旨を表示する

 水輸送は生体において様々な組織で行われており、厳密な調節を受けている。その機構としては、まず各種イオン輸送体の関与により局所的なイオン勾配が形成され、それが駆動力となって受動的に水が移動するというものである。例えば欧米に多い遺伝病である嚢胞性繊維症は、原因遺伝子である塩素イオンチャネルCFTRの機能不全により水輸送が破綻することによって発症し、水輸送の調節における塩素イオンチャネルの重要性を示している。

 近年クローニングされたparchorinは胃酸分泌細胞と脳脊髄液を分泌する脈絡叢に高い発現がみられる65kDaの可溶性蛋白質であり、そのC末端側が細胞内小胞上の塩素イオンチャネルchloride intracellular channel(CLIC)ファミリーに高い相同性を有すること、LLC-PK1細胞に発現させると細胞外Cl-を除去することにより引き起こされるCl-放出を増大させることなどが明らかになっている。これらの特徴よりparchorinは新たな水輸送調節体と予想されたが、可溶性蛋白質であることからイオンチャネルと考えにくく機能の詳細は不明である。そこで水川裕美子は、免疫組織化学および培養細胞への発現系を用いてparchorinの生理的役割および機能制御機構を明らかにすることを目指した。

 彼女はまず、免疫組織化学によりparchorinの組織内局在を検討した。その結果、parchorinの発現は、外分泌腺の導管(顎下腺・耳下腺・膵臓・涙腺の導管、前立腺の腺上皮、精巣の導管にあたる精巣網の上皮、乳腺の腺上皮細胞と導管)、胆嚢上皮、気道上皮、II型肺胞上皮細胞、腎遠位尿細管、眼球の毛様体色素・非色素上皮と網膜色素上皮、内耳のコルチ器官、らせん靭帯、半規管有毛細胞などにみられた。いずれの組織においてもparchorinの発現は水輸送の駆動力であるイオン勾配の形成に関与する細胞に限局していることが明らかになり、水輸送に関与していることが強く示唆された。また、parchorinの発現パターンは、同様に分泌上皮などに広く発現し水輸送に重要な塩素イオンチャネルであるCFTRのそれと違いがみられ、CFTRとは独立の新たな水輸送調節体と考えられた。

 また、彼女は各発達段階の胃粘膜、顎下腺、乳腺についてイムノブロットによりparchorin発現量を比較した。離乳期まで酸分泌能が低くそれ以降急激に上昇する胃粘膜では胎児、離乳前、成体の順に発現が増大していた一方、分泌能に大きな変化のない顎下腺では離乳前、成体で発現量の変化はなかった。また乳腺でのparchorin発現は非妊娠成体では確認できず、妊娠中に比較し哺乳期に増大していた。以上のことは、parchorinの発現と分泌能の獲得が深く関連していることを示している。

 parchorinは可溶性蛋白質であるが、刺激を受けて膜移行し機能することが予想されていた。CLICファミリーのうち、parchorinは長い親水性のN末端を持つ可溶性蛋白質という特異な存在である。CLIC相同性領域よりN末端側をほとんど持たないCLIC1を人工膜に導入すると陰イオン電流が測定できることが最近報告され、単独でチャネルを形成できると考えられた。Parchorinについてもチャネル活性を持つかどうか検討するためにはparchorinが膜局在した状態で電気生理を行う必要がある。そこで彼女はまず膜移行の機構を明らかにすることを目指し、イヌ腎上皮由来のMDCK細胞を用いたモデル系の構築に成功した。parchorinのC末端側CLIC領域を発現させると細胞がコンフルエントの時は形質膜に局在したが、細胞密度が低い時は細胞内小胞様の局在を示した。N末端はいずれの場合も細胞質に一様に存在した。また全長parchorinを発現させ細胞外Cl-を除去すると細胞がコンフルエントの時のみ細胞質から形質膜に移行するのが認められた。これらのことから、parchorinのN末端側は制御領域、C末端側がチャネル領域で、刺激によりN末端側に変化が起こると膜局在できるようになると推測された。腎尿細管細胞は生理的に大きな浸透圧変化にさらされていることから、より生理的な刺激として浸透圧刺激を行い、高浸透圧(600mOsm)でparchorinの膜移行が起こることを明らかにした。またP2Y受容体、bradykinin B2受容体などGqと共役する受容体刺激、さらにプロテインキナーゼC(PKC)の活性化とカルシウムイオノフォアを合わせることによってもparchorinの膜移行が観察された。またcytochalasin Dとcolchicineのいずれによっても細胞外Cl-除去による膜移行が抑制され、マイクロフィラメントと微小管の重合が必要と考えられた。以上により、MDCK細胞におけるparchorinの膜移行にCa2+、PKC、細胞骨格が関与していることが示唆された。また彼女はGFP-parchorinを安定発現するMDCK細胞を作製し、ATP刺激によるparchorinの膜移行を細胞表面のビオチン化アッセイによっても証明した。

 本研究により彼女はparchorinの組織内局在を網羅的に明らかにし、イオン輸送を担う上皮細胞に局在していることを示すとともに外分泌腺の分泌能とparchorinの発現量の変化が一致していることを示し、parchorinが多くの組織で水輸送の駆動力形成に関与していることを強く示唆した。また、浸透圧と受容体刺激という生理的刺激に応答してparchorinの膜移行が起こるという、膜移行の機構解析に適したモデル系の構築に成功した。これらの知見はparchorinの機能解明および水輸送の生理学の進展に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を受けるに値すると判断した。

UTokyo Repositoryリンク