学位論文要旨



No 118418
著者(漢字) 吉田,尚彦
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,タカヒコ
標題(和) シンプレクティック幾何に基づいた点付きリーマン面上の平坦接続のモジュライの量子化
標題(洋) Quantization of the moduli space of flat connections on a punctured Riemann surface based on symplectic geometry
報告番号 118418
報告番号 甲18418
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第218号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 助教授 河澄,響矢
内容要旨 要旨を表示する

 閉Riemann面上の平坦接続のモジュライとその上の前量子化束(prequantum line bundle)は、接続の空間へのゲージ群作用のシンプレクティック商として構成できることがAtiyah-Bott、Ramadas-Singer-Weitsmanによって知られている。この論文の目的は、この構成を点付きRiemann面上の平坦接続のモジュライに対して一般化することである。以下に主結果を述べる。Σを種数gの閉Riemann面、p1,…,pmをΣのm個の点、PΣをΣからP1,…,Pmを取り除いたRiemann面Σ=Σ\{p1,…,pm]上の自明な主SU(n)束とする。PΣの接続全体の空間をAΣ、ゲージ群をgΣとそれぞれ書く。gΣはAΣに引き戻しによって作用する。Tを対角行列からなるSU(n)の極大トーラス、そのLie環を〓で表す。〓のm個の元λ1,…,λmに対して、点付きRiemann面上の平坦SU(n)接続のモジュライルMg(λ)を以下で定義するここでholA(pj)はAによるpjの周りのホロノミー、Oeλjはeλjの共役類である。次が主定理である。

 定理1.(1)全てのλjがアルコーブ(alcove)△の元(regular element)ならば、Mg(λ)は各pjの近傍でTに値をとる定値写像となるゲージ変換のなすゲージ群作用のシンプレクティック商として幾何的に構成できる。

 (2)任意のワイル群の元wj∈Wに対して、〓が次の集合{〓でない係数をもつhaたちは〓を張る}に含まれるならば、Mg(λ)は滑らかなシンプレクティック多様体になる。ここで、wjλjはwjのλjヘの作用を、RはSU(n)のルート系、haはルートαのコルート(coroot)を表す。特に、λ1,…,λm∈△の時、Mg(λ)の次元はdimRMg(λ)=(2g-2)(n2-1)+mn(n-1)で与えられる。

 Mg(λ)のシンプレクティック形式をωと書くことにする。

 注1.(1)定理1の条件について説明する。SU(n)の任意の元gに対して、アルコーブの閉包の元λ∈△でgがeλと共役になるようなものが存在することが知られている。したがって、共役類を固定するためにはλjは△から選べばよく、この意味で、定理1の条件は一般的な条件である。尚、λjが∂△の元の場合は、Mg(λ)の別の構成法がある。

 (2)Σの複素構造を一つ固定すると、Mg(λ)にωと整合的(compatible)な概複素構造を入れることができる。これは積分可能であると思われるがまだ検証中である。

 定理2.κを正の整数、λ1,…,λm∈△とする。また、極大トーラスのLie環〓とその双対空間〓*を正規化されたKilling形式によって同一視する。このとき、全てのκλjがレベルκの支配的ウェイト(dominant weight)ならば、(Mg(λ),κω)上に前量子化束が存在する。ここで、(Mg(λ),κω)上の前量子化束とは、Mg(λ)上のエルミート直線束(hermitian line bundle)と、その上の第一Chern形式がκωとなるエルミート接続(hemitian connection)の組のことである。これらもシンプレクティック商を用いて幾何的に構成できる。

 注2.(1)定理1、定理2の構成はAtiyah-Bott、Ramadas-Singer-Weitsmanの構成の一般化になっている。尚、GがSU(2)の場合には、前量子化束の同様な構成法が今野宏によって知られている。

 (2)レベルκの支配的ウェイトはアフィンLie環〓のレベルκ、最高ウェイト表現に対応している。アフィンLie環の表現は共形場理論において、重要な役割を果たす。

 (3)定理1、定理2の構成は、一般のコンパクト、連結、単連結なLie群の場合にも適用できると思われる。

 次に、モジュライとその上の前量子化束の構成法について述べる。重要なポイントは、各pjの近傍での形を固定したゲージ変換と接続のみを考える点である。以下に構成のアイディアを述べる。閉Riemann面の場合のAtiyah-Bottの構成法においては、ゲージ群の接続の空間への作用がモーメントマップを持った。(ポイントをはっきりさせるために、有限個の点を除いたRiemannではなく)境界付きRiemann面の場合にこれと同じことをしようとすると、今度は障害類が現れる。しかし、障害類の形はゲージ群がモーメントマップを持つための二つの方法を示唆する。一つ目がゲージ群の中心拡大をとる方法で、λjに条件をつけることなくモジュライを構成することができる。これが、注1(1)にある別の構成法である。しかし、この方法は複素幾何との相性が悪く、Mg(λ)の複素構造が具体的にどのように入るのかなどは見えない。また、コホモロジーの計算法との相性も悪い。本論文でも、これ以上立ち入らない。

 二つ目がゲージ群に条件をつける方法で、本論文では有限個の点P1,…,Pmを除いたRiemann面Σに対してこの方法を扱う。上の障害類は、各pjの近傍で定値写像であるようなゲージ変換のみからなるゲージ群gΣ,Tに制限すれば解消される。次に、このようなゲージ群作用のシンプレクティック商として、いつMg(λ)が得られるかを考察すると、ゲージ群に対応して、接続を各pjの近傍で決まった形を持つものに制限すればよいだけでなく、定理1にある全てのλjがアルコーブに含まれる、という条件が必要になる。

 各pjの近傍で決まった形を持つ接続の空間はアフィンシンプレクティック空間であるため、前量子化束が存在する。一方、シンプレクティック形式を保つLie群Gの作用をもつシンプレクティック多様体上に前量子化束がある場合、モーメントマップはGの前量子化束への無限小作用に対応する。我々の場合、全てのκλjがレベルκの支配的ウェイトであるとき、この無限小作用は積分可能になり、前量子化束も含めたシンプレクティック商をとることができる。

 最後に、この構成法のもつ可能性について、少しだけ述べておく。本論文の設定の下では、Riemann面はノンコンパクトであるにもかかわらずYang-Mills汎関数が定義でき、Atiyah-Bottの場合と同様、これは作用のモーメントマップのノルムの二乗となっている。臨界多様体(critical manifold)、Hesse行列、同変Morse指数等も閉Riemann面上の時と同様の議論で記述できる。

審査要旨 要旨を表示する

 閉Riemann面上の平坦接続のモジュライ空間に対して,その上のprequantum line bundleは,接続の空間へのゲージ群作用のシンプレクティック商として構成できることが,Atiyah-Bott,Ramadas-Singer-Weitsmanによって知られている.本論文の主題は,この構成を点付きRiemann面上の平坦接続のモジュライ空間に一般化することである.点付きRiemann面上の平坦接続で,点の周りでの境界条件λを指定したものをMg(λ)と書く.論文では,まず,このような平坦接続のモジュライ空間がゲージ群の作用によるシンプレクティック商が構成されるための十分条件を境界条件λの言葉で記述した.ここで,ゲージ群の要素全体をそのまま考えるとモーメント写像が存在しないので,点の周りで恒等変換になるような部分群に制限して構成する必要がある.さらに,モジュライ空間Mg(λ)が滑らかになるためのλの条件をルート系を用いて記述した.

 このようにして得られるシンプレクティック多様体Mg(λ)の量子化は,共形場理論パラボリックベクトル束の理論などさまざまな観点から考察されている.また,量子化の幾何学的構成はChern-Simons理論に附随した位相的場の理論の立場からも重要である.

 Mg(λ)のシンプレクティック形式をωとする.本論文では,κを整数として,κωをChern形式としてもつようなMg(λ)上のHermitian line bundleが存在するための条件をシンプレクティック商の立場から考察した.得られた条件は,境界条件λがlevel κのdominant integral weightであるという形で述べられ,共形場理論理論にあらわれるaffine Lie代数のlevel κのintegrable表現を与える条件と一致する.

 本論文で得られた結果は、シンプレクティック幾何学の立場から見たモジュライ空間の量子化において基礎的であり,幾何学の分野に大きく貢献するものである。よって、論文提出者吉田尚彦は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク