学位論文要旨



No 118429
著者(漢字) 安富,義泰
著者(英字)
著者(カナ) ヤストミ,ヨシヤス
標題(和) 一般化された弾性波方程式の理論
標題(洋) Theory of Generalized Elastic Wave Equations
報告番号 118429
報告番号 甲18429
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第229号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 助教授 山本,昌宏
 東京大学 助教授 平地,健吾
 東京大学 助教授 吉川,謙一
内容要旨 要旨を表示する

 1 Modified Elastic Wave Equations on Riemannian Manifolds and Kahler Manifolds

 Euclid空間R3において,弾性波方程式の解には縦波と横波が存在する.今その方程式をRiemann多様体上に拡張する.弾性体が歪んだときに発生する歪みテンソルから自然に導かれる方程式の解は一般には縦波と横波に対応する解に分解されない.したがって,0階の部分を修正して共変形に直し,p次微分形式に拡張した方程式を新しく構築する.

 MをRiemann多様体とし,〓上の,修正された方程式を以下のように定める:ここで,pは密度,λ,μはLame定数とする.d,δはそれぞれ外微分,同伴外微分作用素である.このとき以下の定理が成り立つ.

 定理1.1〓上のp次形式に対する微分方程式PRu=0は双曲型微分方程式系であり,PRu=0のp次distribution解uはu=u1+u2として2つの異なる伝播スピードを持つp次distribution解u1,u2に分解される.

 続いて,上述の修正された方程式の類似をKahler多様体上で考える.XをKahler多様体とし,〓上の,弾性波型方程式を以下のように定める:ここで,係数αi(i=1,2,3,4)は全て正定数であるとする.∂,〓はそれぞれ複素外微分,同伴複素外微分作用素であり,〓,Vはそれらの共役作用素である.このとき以下の定理が成り立つ.

 定理1.2〓上の(q,r)型微分形式に対する微分方程式PKu=0は双曲型微分方程式系であり,PKu=0の(q,r)型distribution解uはu=u13+u14+u23+u24として4つの異なる伝播スピードを持つ(q,r)型distribution解u13,u14,u23,u24に分解される.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文提出者は,弾性波型線形偏微分方程式系の様々な多様体上への一般化に関する研究を行った。R3上の弾性波型線形偏微分方程式系は次の様に表される。ここでu=(u1(t,x),u2(t,x),u3(t,x))は時刻t,3次元座標xにおける弾性体の変位を表す3次元ベクトル場であり,pは密度定数,λ,μはラメ定数と呼ばれるものである。実際の現象ではp,λ,μはt,x,uなどにもよるがここでは単なる正定数と考える。このとき上の方程式は線形偏微分方程式系であり,初期値問題などが議論できる,いわゆる双曲型微分方程式系となる。さらに特徴的なことはその任意の局所解が縦波と横波というような2つの局所解に分解できることが物理学などでよく知られている。すなわち任意の局所解uはというように局所解u1,u2に分解できてこれらはさらにそれぞれ次の方程式を満たす。フーリエ変換して考えればrot u1=0,div u2=0は進行方向に対してそれぞれ振幅が平行,または直交していることを表すのでこれらはいわゆる縦波,横波を表していると考えられる。またこのとき容易にわかるようにこれらの付加条件下でu1,u2はそれぞれ波動方程式を満たすので伝播速度がそれぞれ〓の波動であることもわかる。すなわち任意の局所解は縦波解,横波解に分解でき,これらは一般に異なる速度で進んでいく。特に縦波の方が速く進んでいくことは地震波の現象として一般の人にもよく知られている。この例は超局所解析的には方程式系の特性多様体が2つの異なる波動方程式の特性多様体に分解されることを示すだけではなく特異性の伝播に関しより精密な構造,すなわち偏極構造といわれる構造をもつ双曲型偏微分方程式系であることを示している。このような通常の超局所解析より精密な構造をもつ方程式系の理論は20年程前から議論されているがその自然な実例は上記の方程式系以外にはあまり知られていなかった。他方で弾性波方程式系は地震の理論などで実用的にも詳しく研究され縦波・横波の議論に基づくような数学的にも興味深い現象が発見されている。

 論文提出者の目的はこのように応用的にも数学的にも興味深い弾性波方程式を様々な多様体上で考えることによりその自然な類似の例を発見し解析することである。特に縦波・横波分解に象徴されるように,異なる伝播速度をもつ解への分解を許すような双曲型線形偏微分方程式系で幾何学的に不変な例を見つけ解析することである。

 この論文の第一の結果は弾性波方程式を任意のリーマン多様体M上の任意次数の外微分形式の空間に拡張し同様の縦波・横波分解理論が成立することを示したことである。すなわちもともとの方程式は弾性体の変位のずれを記述する方程式であるので反変ベクトル場u=ui(t,x)∂xiに対する方程式である所を,リーマン計量下ではその共変形ui(t,x)dxiと同一視できることを使って1次微分形式uに対する方程式に書き換える。そうすることにより一般の計量の場合,さらに一般の次数の微分形式の空間でも自然に弾性波方程式を定義する事ができて縦波・横波分解が任意の局所超関数解に対して成立することを示した。このときrot,divの自然な一般化としていわゆる外微分作用素d及びその共役作用素δが使われる。

 第2の結果はさらに深い構造をもつ多様体,すなわちエルミート計量をもつ複素多様体,と(p,q)型微分形式の空間の場合にリーマン多様体上の弾性波方程式理論の自然な類似が(双曲型方程式系)作れる事を示した。この場合は上記のd,δに代わり,いわゆる複素外微分∂,〓とその共役作用素〓,Vが主役を務める。この場合さらにエルミート計量が局所的にある実関数の複素ヘッシアンで表される,いわゆるケーラー多様体のときはより深い構造をもつ弾性波方程式の自然な類似が作れ,その場合任意解が4つの異なるモードと伝播速度をもつ解に分解できることを示した。

 証明等の議論は解析的には比較的初等的であるが幾何学的考察によって弾性波型方程式系の自然な類似を構成し統一的な見地で解析したことは評価できる。特にケーラー多様体の場合の類似では4つのモードと異なる伝播速度をもつ,という完全に新しく,またより数学的に興味深い例を与えたことは高く評価できる。

 よって,論文提出者安富義泰は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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