学位論文要旨



No 118437
著者(漢字) 下村,明洋
著者(英字)
著者(カナ) シモムラ,アキヒロ
標題(和) シュレディンガー方程式に関連する連立方程式系の解の漸近挙動
標題(洋) Asymptotic behavior of solutions for the coupled systems related with Schrodinger equations
報告番号 118437
報告番号 甲18437
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第237号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 助教授 山本,昌宏
 東京大学 助教授 Weiss,Georg
 東北大学 教授 堤,誉志雄
内容要旨 要旨を表示する

 この論文では,シュレディンガー方程式と2階双曲型方程式の連立系に於ける時間大域解の漸近挙動を,非線形散乱理論を通して調べる.考える方程式系は,次の4つのものである.

 ・空間2次元に於ける,湯川型相互作用を持つKlein-Gordon-Schrodinger方程式系:

 ここで,u,vはそれぞれ(t,x)∈R×R2の複素数値及び実数値の未知関数である.

 ・空間3次元に於ける,湯川型相互作用を持つWave-Schrodinger方程式系:

 ここで,u,vはそれぞれ(t,x)∈R×R3の複素数値及び実数値の未知関数である.

 ・空間3次元に於ける,Coulombゲージ条件下でのMaxwell-Schrodinger方程式系:

 ここで,u,Aはそれぞれ(t,x)∈R×R3の複素数値及びR3-値の未知関数である.

 ・空間3次元に於けるZakharov方程式系:

 ここで,u,vはそれぞれ(t,x)∈R×R3のC3-値及び実数値の未知関数である.

 空間2次元でのKlein-Gordon方程式の自由解と空間3次元での波動方程式の自由解のL∞ノルムの時間減衰は,ともにO(t-1)である.大雑把に言うと,方程式系(KGS),(WS),(Z)の第1式は,時間減衰がO(t-1)であるようなポテンシャルを持つSchrodinger方程式,方程式系(MS)の第1式は,時間減衰がO(t-1)であるようなベクトルポテンシャルとクーロンポテンシャルによる非局所的相互作用を持つHartree方程式のように考えられる.従って,これらの方程式系は短距離型散乱と長距離型散乱の境目に相当すると考えられ,これらに対する散乱理論は,大変興味深いものである.

 この論文では,次のことを証明する.与えられた小さい散乱データに対して,そのFourier変換の台に制限を設けずに,それを初期値とする自由解にt→∞の時に近づくような,空間2次元での方程式系(KGS)の時間大域解の一意存在を示す.与えられた小さい散乱データに対して,そのFourier変換の台に制限を設けずに,それから構成される修正自由解にt→∞の時に近づくような,空間3次元での方程式系(WS)及び(MS)の時間大域解の一意存在を示す.与えられた散乱データに対して,その大きさとFourier変換の台の両方に制限を設けずに,それを初期値とする自由解にt→∞の時に近づくような,空間3次元での方程式系(Z)の時刻無限大近傍に於ける時間局所解の一意存在を示す.これらから,方程式系(KGS)に対する波動作用素,方程式系(WS)と(MS)に対する修正波動作用素及び方程式系(Z)に対する擬波動作用素の存在が従う.

 主結果を正確に述べる前に,次の関数空間や記号を導入する.任意の実数s,mに対して,重み付きSobolev空間を,任意の自然数〓を満たす実数pに対して,Sobolev空間とする.任意の実数sに対して,‖f‖Hs=‖(-△)S/2f‖L2とし,S>0のとき斉次Sobolev空間HSを,急減少関数全体Sのノルム‖・‖Hsによる完備化として定義する.t∈Rに対して,とする.

 主結果は以下の通りである.φはSchrodinger方程式側の散乱データ,(ψ0,ψ1)は双曲型方程式側の散乱データで,これらは与えられているものとする.定理1.空間次元は2とする.散乱データのノルムの和は,十分小さいとする.ここで,Dは原点を中心とする開単位円板,である.このとき,方程式系(KGS)の解[u,v]で,次をみたすものが一意に存在する:ここで,u0,v0はそれぞれSchrodinger方程式及びKlein-Gordon方程式の自由解:である.

 定理2.空間次元は3とする.散乱データのノルムの和は,十分小さいとする.このとき,方程式系(WS)の解[u,v]で,次をみたすものが一意に存在する:ここで,v0は波動方程式の自由解:Rは次を満たす関数:uDはSchrodinger方程式の修正自由解:である.さらに,次が成立する.

 定理3.空間次元は3とする.散乱データのノルムの和は,十分小さいとする.このとき,方程式系(MS)の解[u,A]で,次をみたすものが一意に存在する:ここで,AOはMaxwell方程式の自由解:Rは,次を満たす関数:z∈C∞(Rt;R)は,〓のときz(t)=0,〓のときz(t)=1であるような関数,uDはSchrodinger方程式の修正自由解:である.

 定理4.空間次元は3とする.φ∈H6,9,ψ0∈H3∩H-2,xw-1ψ0∈L2,w-2ψ0∈W71,ψ1∈H2∩H-3,xw-2ψ1∈L2,W-2ψ0∈W61とする.このとき,定数T>0が存在して,次をみたす方程式系(Z)の解[u,v]が一意に存在する:ここで,u0,v0はそれぞれSchrodinger方程式及び波動方程式の自由解:である.

審査要旨 要旨を表示する

 この論文で著者は,非線形の連立発展方程式系の時間無限大での解の漸近的挙動について考察している.時間無限大での解の挙動を考えるための標準的な手法の一つとして,波動作用素の方法がある.u±を初期値とする相互作用を含まない方程式の解をu±(t)とする.相互作用を含む方程式の解u(t)に対して‖u(t)-u±(t)‖→0(t→±∞)が満たされるとき,u±(t)をu(t)の漸近自由解と呼ぶ.自由解u±(t)が与えられたとき,これを漸近自由解とするような方程式の解u(t)が存在するか,という問題は波動作用素の存在の問題と呼ばれる.

 この論文においては,Schrodinger方程式と波動方程式,あるいはKlein-Gordon方程式,Maxwell方程式を連立させた方程式が考察されている.物理的に自然な相互作用項は非線形であり,これらの方程式は半線形偏微分方程式である.ここで考えられているモデルは,いずれも長距離型と呼ばれる相互作用を持ち,漸近自由解への収束は修正した形でしか成立しない,複雑な場合になっている.長距離型の相互作用を持つ非線形発展方程式の散乱作用素の波動作用素の存在については,小澤(1991)による非線形シュレディンガー方程式についての研究があり,著者はこの手法をさらに発展させてこれらの連立方程式系に応用し,波動作用素の存在の証明に成功している.理論的に困難な部分は方程式によって異なり,著者は様々な手法を駆使しているが,なかでもKlein-Gordon-Schrodinger方程式系の波動作用素の存在証明において,漸近近似解の極めて巧妙な構成を用いているのが注目される.この近似解の構成は,新しい着想に基づいた独創的なものであり,さらなる理論的発展が期待されている.

 このように,この論文はこの分野における重要な未解決問題のいくつかを解決しているのみならず,新しい手法を導入しているという点でも注目すべき質の高い論文であり,同時に著者の広い知識と研究能力を証明している.よって,論文提出者下村明洋は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

UTokyo Repositoryリンク