学位論文要旨



No 118444
著者(漢字) 長田,光広
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,ミツヒロ
標題(和) 流線曲率を伴う壁面剪断乱流の輸送機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 118444
報告番号 甲18444
学位授与日 2003.04.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5553号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 谷口,伸行
 東京大学 助教授 鈴木,雄二
内容要旨 要旨を表示する

概論

曲率を有する壁面上の流れは, 翼面上, 配管内の流れなどにおいて現れる.特にターボ機械においては,翼列間の流れに代表される.近年エネルギー問題及び分散エネルギーシステムの構築の観点から注目を集めるマイクロガスタービンでは,小型化の要請から圧縮機,タービンの構成要素であるインペラの流れは強い曲率の影響を受ける.マイクロガスタービンの性能向上の観点からも,流線曲率を有する壁面剪断乱流を支配する物理機構の解明及びその高精度な予測手法の開発は非常に重要である.

曲がりチャネル乱流に関する実験研究は過去にEskinazi & Yeh(1)、Wattendorf(2)らによって行われてきた.しかし、 それらの研究は主に1次統計量分布の考察に限られており,また,それぞれ壁面曲率半径のひとつの条件下において実験を行っているため,曲率半径の変化に対する乱流場の系統的な理解が不十分である.一方,実験と同様に乱流構造の理解に対し有力なツールであるDNSにおいては、 過去にMoser & Moin(3)により ”弱い”曲率における計算が行われているのみである.そこで本研究では,曲がりチャネル乱流のDNSを行い,凹面,凸面それぞれにおける乱流の生成,散逸機構を明らかにし,同時に曲率の違いに対する乱流場の変化について系統的な知見を得ることを第一の目的とする.

一方,近年非定常性及び大規模剥離渦の再現可能な乱流モデルであるLESの設計段階への適用に対する期待が高まっている.しかし,曲率流への適用に際するSGSモデル自身の問題点,特にSGSモデルの予測精度及びそれに対し働く体積力の影響に関する考察は全く行われていない状態である.そこで,曲率流の予測に適したSGSモデルの導出及びその検証を本研究における第2の目的とする.

数値計算手法

反変速度を基本変数とした一般座標表現でNavier-Stokes方程式を表す.格子系はスタガード格子である.連続の式,運動量式のカップリングにはフラクショナル・ステップ法(4)を用いた.空間離散化は2次精度中心差分であり,時間離散化は全項Crank-Nicolsonスキームを用いた陰解法(5)である.

図1に計算領域を示す.δはチャネル半幅,Rcをチャネル中心の曲率半径とする.計算は,表1の4条件の曲率半径に対して行った.計算領域は,チャネル中央における主流方向,壁面垂直方向,及びスパン方向にそれぞれ2.5πδ×2δ×πδ,格子点数は64×128×64とした.

曲がりチャネル乱流の直接数値シミュレーション

摩擦係数,ヌッセルト数分布

図2に,それぞれの曲率に対する摩擦係数及びヌッセルト数の分布を示す.Cf及びNuは次式で定義される.<>は各壁面から最大速度点まで,[]は最大温度点までの平均を意味する.〓〓凸面側における安定性及び凹面側における不安定性に起因し、凸面側では曲率の増大に伴いCfの値は減少,また凹面側では増大する.Nuも同様の傾向を示しているが,曲率に対する変化率はCfの場合と比較して大きい.

乱流強度の曲率変化

図3に,主流,半径方向の乱流強度の曲率変化を示す.曲率増大に伴う安定化作用により,凸面側における乱流強度の減少が顕著である.それとは対照的に,凹面近傍における主流方向乱流強度の変化は比較的少ない.また,半径方向乱流強度が曲率の増大に伴いチャネル中央近傍で卓越することが大きな特徴であり,特に曲率が0.05を越えると乱流強度の半径成分は主流成分を上回るようになる.

フラックス・リチャードソン数

リチャードソン数は,成層流に働く浮力の効果を表す為に定義される無次元数であるが,Bradshaw(6)により同じく体積力の働く曲率流れに対し拡張された.フラックス・リチャードソン数Rfは主流方向乱れのせん断生成に対する半径方向乱れの生成の比にマイナスを乗じたものであり,次式で表される.〓主流方向及び半径方向の生成項は次式で表される.〓

ここで,Pθの第2項とPrは大きさが等しく符号が反対である.つまり,遠心力を介した主流方向と半径方向間の乱れエネルギーの再分配を表している.従って,Rfはせん断生成に対する再分配の割合を示す指標でもある.図4にRfの分有を示す.Rfの値は,凸面側ではRf>0, つまり,半径方向から主流方向への乱流応力の分配が起こっているが,その値はせん断生成に対し小さい.一方,凹面側ではRf<0であり,主流方向から半径方向への乱流応力の分配が生じている.特に曲率の大きい場合には,チャネル中央近傍においてRf<1である為,せん断生成よりも大きなエネルギーが主流成分から半径成分に流れる.このことが,図3にみら紅るチャネル中央近傍での主流方向乱れの抑制及び半径方向乱れの卓越の直接の原因であると考えられる.

時空間LSE

LSE(Linear Stochastic Estimation)は,Adrian(7)によって考案された手法であり,流流場のある点で与えた条件に対する物理量の分布を,空間的に統計推定する.本研究では,流肌場の代表構造の時間的な変化を考察することを目的として,この手法を時空間推定に拡張する.条件速度をuei(xi, t), 推定速度をui(x.τ;x,t)として,推定速度を条件速度の1次式で表す:〓

推定係数Aijは推定速度と条件付平均間の誤差の最小二乗条件より求まる.今回速度条件を与える点として,凸面,凹面それぞれにおいて乱れ強度の最大となる点にほぼ対応するy+=15を選び,速度条件にはレイノルズ応力の第4象限に対する最大貢献の速度を与えた.図5に凸面側において推定された第4象限渦構造及び高速領域の時間発展の様子を示す.まず,凸面側ではτ+=-10においてヘアピン状の渦となっており,その形状は与えた条件速度に対する推定渦(τ+=0)となるまで保持される.その後,渦構造はヘアピンのヘッドに相当する部分を失い,一組の主流方向渦対となって減衰しつつ下流方向に対流していく(τ+=10.5).一方,凹面側における第4象限渦構造の時間発展(図6)は,まず時間τ+=-10.5ではスパン方向に並んだ渦対が検出され,その渦がτ+=0における推定渦度場に向け発達する.なお,先程の凸面側とは異なり,τ+=0で推定される渦構造は主流方向渦対のままである.また,その渦対の下部では高速ストリークが推定されている.さらに時間の経過したτ+=10.5では,流下に伴い渦対は次第に細くなり.同時に高速ストリークの弱まる様子がわかる.

図7に,凸面側のy-z断面における時間τ+=0及びx'=0での推定速度ur, uzのベクトル線図及びレイノルズ応力-uθurの面コンタを示す.図の上面はチャネル中央に対応する.面コンタ分布より,第4象限の条件速度の点では,強いレイノルズ応力の生じていることがわかる.同じ点において第4象限運動の下降流を表す速度ベクトルがみられるが,同時にz'=0の線に沿いチャネル中央より速度条件点に向かう強い下降流を作り出している一対の大きなロールセル状の渦も観察される.この結果は,安定である凸面側において遠心力に抗して第4象限運動の発達するためには強い渦運動が必要であることを示しているものと思われる.次に,図8に凹面側の推定速度ur, uzのベクトル線図及びレイノルズ応力-uθurの面コンタを示す。速度条件点に向かうチャネル上方からの流れが生じており,それがz'=0の軸に沿って速度条件点での第4象限運動をつくり出し,その後,スパン方向両側向きの壁面平行流へと転化している様子がわかる.また凸面側とは異なり,チャネル中央近傍での強い渦運動はみられない.この結果は不安定な凹面側では流体が高速になれば遠心力により第4象限運動が発達するため,第4象限運動の生起には強い渦運動を必要とせず,むしろ自律的であることを示しているものと思われる.また,これら断面速度ベクトル線図に現れている特徴的な鉛直流の様子に関し定量的にみるため,図9, 10に凸,凹面それぞれにおける時間τ+=0及びx'=0でz'=0の軸に沿った鉛直方向推定速度uzの対流速度にのってみたときの時間変化を示す.まず凸面側(図9)では,チャネル中央近傍(y/δ〜1.0)ではur、の値は最も前の時間τ+=21において絶対値で最大であり,その後時間経過と共に単調減少している様子がわかる.このことは前の時間(τ+く0)で壁面遠方より下降流が入りこむことによって時間τ+=0の速度条件点で強い下降流が生じることを示しているものと思われる.一方,壁面近傍領域に着目すると,y/δが0.2近傍では時間がτ+=-21から-10.5になるとチャネル中央から入り込む下降流に対応し半径方向流速値は絶対値で急激に増大する.その後,時間τ+=0でも同様の流速値であるが,y/sが0.4近傍ではすでに値が減り始めている.さらに,時間がτ+=10.5, 21と経るにつれ,凸面側の安定化作用に伴い半径方向推定流速は急激な減少を示している.それに対し凹面側(図10)では凸面側とは異なり,チャネル中央部における半径方向推定速度のピークは現れておらず,第4象限運動は壁面近傍領域において自律的に行われているものと推測される.また,推定速度は時間τ+=0でピークを迎えており,その発達及び衰退の両過程は発達に比べ衰退の方が大きく推定されている.これは先程の凸面側の結果とは対照的である.この様子は,第4象限運動を促進する作用をもつ遠心力により,第4象限運動の衰退が抑制されている結果であると解釈できる.

曲率効果を導入したSGSモデル

遠心力を考慮したSGSモデルの導出

本説では,流線曲率を有する壁面せん断乱流の解析に適したLESモデルとして,遠心力の効果を組み込んだSGSモデルを導出する.モデル導出は,Yoshizawa et al.(8)によるWETの方法に従う。この手法では,SGS応力の輸送方程式を考え,SGS応力の生成項に対し対流のタイムスケールを乗じることによりSGSモデルが導出される.本研究では,モデル導出時の仮定により,等方型と非等方型の2つのモデルを導出する.それぞれの具体的な形は等方型モデル:〓非等方モデル:〓ここで,非等方型モデルに関しては,更にトレースフリー操作が施される.上記モデル中,2項目以降が遠心力による生成項を表現する.どちらの形式に対しても,主流成分(i, j=θ)及び半径成分(i, j=r)間の遠心力を介したSGSエネルギーの再分配が陽に表現されている.また,等方型モデルでは,弱非等方の仮定よりSGSせん断応力uθurの遠心生成項は消失する.

5.2 a priori テスト

以上のモデルを用いたa priori テストを行う.本テストは流線曲率を有する壁面せん断乱流のDNSデータに対し空間フィルタ操作を施すことにより行った.フィルタ幅はDNS格子間隔の2倍とした.図11, 12に a priori テストによるSGS垂直およびせん断応力分布を示す. SGS垂直応力に関しては,等方モデルでは垂直応力を殆ど予測できていないのに対し,非等方モデルはDNSによる厳密値に対し過大予測しているものの傾向をよく捉えていることがわかる.一方,SGSせん断応力に関しては標準SmagorinskyモデルではDNSによる結果に比較して過大予測してしまっている.それに対し、等方モデル及び非等方モデルの結果は,DNSによる厳密値に対する良い予測となっていることがわかる.特に非等方モデルでは,凹面側におけるピーク値は等方モデルの値に比べ厳密値に対し近くなっている.さらに,凸面側でも非等方モデルの予測値は等方モデルに比べ厳密値により近づき,特にSGSせん断応力のゼロとなる点は良く一致する.このことは,非等方モデルではSGSせん断応力生成項まで陽に考慮されていることの反映であると思わ肌る.

5.3 a posterior テスト

本節では,導出モデルを用いた実際のLES計算を行う.計算領域はDNSと同じく2.5πδ×2δ×πδ,格子点数はx, z方向の格子間隔がDNSの2倍となるよう32×128×32とした.DNSデータとの比較のため,Reτ=150とし,曲率δ/Rc=0.05について解析を行った.SGSモデルには,本研究において導出した等方及び非等方型モデルの他に比較の為に標準 Smagorinsky モデルも用いている.その際,Smagorinsky 定数は0.1とし,Van Driest dampimg function を課した.表2に a posterorl テストにより得られた摩擦係数の値を示す.表中Cfl'Cfoはそれぞれ凸面及び凹面側における摩擦係数を示す.いずれのモデルを用いた結果も,値に大きな差異は見られず摩擦係数を一様に過大予測している様子がわかるが,その中でも非等方モデルがDNSに対し最も近い予測を示している.また,図13は乱流強度分布である.安定である凸面側において,主流方向乱流強度がSmagorinsky, isotropic, anisotropic モデルの順で小さくなっており,DNSの値に対し近づいている様子がわかる.凸面側における乱流強度の抑制が曲がりチャネル乱流の特徴の一つであるから遠心力効果をSGSモデルに導入した結果凸面側での乱流強度の抑制が再現さ肌るのは自然な帰結であると考えられる.一方,凹面側において主流方向乱流強度を過大評価し,半径及びスパン方向乱流強度が抑制されるというのは平板チャネルのLES計算において表れる傾向と同様であり,各モデル間に有意な差はみられない.

6.回転効果の重畳した曲がりチャネル乱流の解析

実際のガスタービン内流動場は,流線曲率と同時に回転効果による支配も受ける.本節では回転効果の重畳した曲がりチャネル乱流の直接数値シミュレーションを通じ,流線曲率及び回転の複合効果が壁面勢断乱流に対し与える影響について検討する.図14に計算領域を示す.δはチャネル半幅,Rcをチャネル中心の曲率半径とする.図の圓転方向は正回転(Roτ>0)であり,このとき回転によるコリオリカは凹面方向に作用する.計算は,表3の4条件に対して行った.全条件に対して曲率半径には,5kw及び30kwマイクロガスタービン内の圧縮機及びタービンのインペラ曲率値δ/Rc=0.1を採用した.

6.1摩擦係数及び乱流強度分布

まず図15に摩擦係数分布を示す.尚,図中摩擦係数は平板チャネルにおける値で正規化している.正回転(Roτ>0)の場合には,回転数による摩擦係数の変動は比較的少ない.それに対し負回転の場合には摩擦係数の変動は急峻であり,回転数の増大により凸面が不安定に,また凹面側が安定に遷移する様子が明確に現れている.

また図16,17に主流方向及び半径方向の乱流強度分布を示す.正回転(Roτ>0)では,回転数の変化による乱流強度の変化は比較的小さい.これは,Roτ=2.5の時点で既に凹面側が充分不安定になっていることによる.それに対し負回転の場合には回転数の変化による乱流強度の変化が顕著であり,凹面から凸面側への不安定領域の移動がはっきりと現れている.

6.2フラックス・リチャードソン数

曲率流わと同様に,曲率及び回転効果の重畳流に対してもフラックス・リチャードソン数を定義することができる.曲率に対するリチャードソン数Rfc及び回転に対するリチャードソン数RfRはそれぞれ次式となる:〓

図18に正回転におけるフラックス・リチャードソン数の分布を示す.いずれの場合においても、凸面近傍でのフラックス・リチャードソン数は全て正値であり、半径方向から主流方向へのエネルギー分配が生じているが、その値は小さい.一方、凹面では全領域でフラックス・リチャードソン数が負の値を取っており、主流方向から半径方向への乱流エネルギーの再配分が生じている.それぞれの回転数に関する各要素について見ていくと、まずRoτ=2.5の場合にはRfRよりもRfcの方が大きな値を有しているのに対し、Roτ=5.0になると回転効果の増大に伴いRfRが主要な寄与をもつようになる.それに対し、Rfcの値はRoτ=2.5の時と比較し減少しているため、結果としてトータルのRfTの値には両回転数で殆ど変化の見られない点は興味深い.

次に、図19に負回転の場合のフラックス・リチャードソン数の分布を示す.負回転では両体積力が逆方向に作用する為、Rfc及びRfRの符号は逆となる.Roτ=-2.5の場合には凹面側でRfT<0より半径方向へのエネルギーの流れが生じるが、Roτ=-5.0になると今度は回転効果の卓越により凸面側でRfT<0となり、半径方向へのエネルギーの流れが生じるようになる.

計算領域

Cf, Nu分布

乱流強度分布(a)主流方向成分;(b)半径方向成分

フラックス・リチャードソン数

凸面側における第四象限渦構造及び高速領域の時間発展(白、II+=-0.00022の等値面;カラーコンタ、uθ(y+=10))(a)τ+=-10.5;(b)τ+=0;(c)τ+=10.5)

凹面側における第四象限渦構造及び高速領域の時間発展(白、II+=-0.0013の等値面;カラーコンタ、uθ(y+=10))(a)τ+=-10.5;(b)τ+=0;(c)τ+=10.5)

凸面側における推定速度ベクトルur, uz及び推定レイノルズせん断応力uθurコンタ(τ+=0, x+=0)

凹面側における推定速度ベクトルur, uz及び推定レイノルズせん断応力uθurコンタ(τ+=0, x+=0)

対流速度にのってみたときの推定速度urの時間変化(凸面側,z'=0, 時間τ+=0のときx+=0)

対流速度にのってみたときの推定速度urの時間変化(凹面側,z'=0, 時間τ+=0のときx'=0)

a prioriテストによるSGS垂直応力分布

a prioriテストによるSGSせん断応力分布

a posterioriテストによる乱流強度分布

計算領域

回転数による摩擦係数の変化

主流方向乱流強度分布

半径方向乱流強度分布

フラックス・リチャードソン数分布(正回転)

フラックス・リチャードソン数分布(負回転)

Eskinazy, S. and Yeh, H. 1956 J. Aero. Sci. 23, 23.Wattendorf, F. 1935 Proc. R. Soc. Lond. 148, 565.Moser, R. and Moin, R. 1987 J. Fluid Mech. 175, 479.Kim, J. and Moin, P. 1985 J. Comput. Phys. 59, 308Choi, H., Moin, P. and Kim, J. 1993 J. Fluid Mech. 255, 503
審査要旨 要旨を表示する

本論文は,流線曲率を伴う壁面剪断乱流の輸送機構に関する研究と題し,7章より成っている.

近年,環境調和性の高い多様な分散エネルギーシステムの構築の観点から,そのコアテクノロジーのひとつとして数十〜数百kWのマイクロガスタービンが注目を集めている.小型のラジアル圧縮機,タービン内の乱流場は,レイノルズ数は比較的低いものの,強い曲率の影響を受けるが,そのような乱流に関する基礎知識や数値予測手法は未だ十分ではない. したがって,流線曲率を有する壁面剪断乱流において,輸送現象を支配する物理機構の解明,および,その高精度な予測手法の開発は,マイクロガスタービンをはじめとする小型の回転機の性能向上の観点から重要な工学的課題である.本論文は,乱流の直接数値シミュレーション(DNS)を用いて曲がりチャネル乱流の数値実験を行い,曲率半径を系統的に変化させた場合の凸面,凹面での乱流統計量のデータベース構築,乱流構造の可視化と統計解析,そしてラージエディーシミュレーション(LES)による乱流場の予測精度の向上を目標とした流線曲率の影響を含めたSGSモデルの導出と検証を行ったものである.

第一章は序論であり,マイクロガスタービンを中心とする分散エネルギーシステムを出発点として,圧縮機,タービンの熱流動を支配する要因について議論し,性能向上には数値流体力学(CFD)を用いた設計が必要であると述べている.特に,従来行われていた,k-εモデルなどの1点完結型乱流モデルだけではなく,大規模な剥離を伴う流れに対しても高精度予測が可能なLESの役割が重要になると述べている.そして,熱流動の支配要因として流線曲率が乱流場に与える影響の重要性を指摘し,現在までに行われてきた,平均流,乱流統計量,テーラー・ゲルトラー渦に関する実験的,数値的研究について概観している.そして,高次の統計量や遠心力に起因する乱れの生成・消滅機構が明らかでないこと,曲率の変化に対する系統的な理解が不十分であること,曲率の影響を取り入れたLESモデルの開発が必要であることを指摘している.

第二章では,本論文で計算対象とする,流線曲率を持つ乱流場として曲がりチャネル乱流の数値解析法について述べている.従来,様々な乱流場のDNSで用いられてきた空間離散化手法,時間離散化手法について概観し,計算時間の増大を抑制しながら安定に計算を進め,かつ,数値誤差を最小にする観点から,一般座標系における2次精度差分法および4段階フラクショナルステップ法を用いたと述べている.また,速度場,温度場の支配方程式,一般座標系を用いたNavier-Stokes方程式への座標変換,空間・時間離散化手法について詳細に述べている.

第三章では,曲がりチャネル乱流のDNSにおいて,チャネル半幅を曲率半径で除した無次元曲率を0.013,0.05,0.1,0.2と系統的に変化させ,乱流統計量,乱流構造,レイノルズ応力生成イベントに対する曲率の影響を中心に述べている. 曲率の弱い場合については,凸面側で壁近傍の渦構造の抑制,凹面側で逆に促進が発生し,曲率の強い場合には,凸面側で渦構造がほぼ消滅する一方,凹面側で流れ方向に軸を持つ大規模渦が発生すると述べている.乱流強度については,チャネル中央近傍で半径方向成分が曲率の増大に伴い増加することが大きな特徴であり,特に,無次元曲率が0.05を越えると,半径方向成分が主流方向成分を上回る特異な現象が生じることを明らかにしている.そして,そのメカニズムとして,遠心力による流れ方向成分から半径方向成分への乱流応力の変換が支配的であることをレイノルズ乱流応力の収支の議論から明らかにしている.

第四章では,乱流生成渦の時空間的発展を調べるために,Linear Stochastic Estimation(LSE)を初めて時空間的な統計推定に拡張し,乱流場データベースからレイノルズ応力に支配的な乱流構造の抽出を行っている.構造の抽出の前後の時空間発展をコンピュータグラフィックスを用いて可視化を行い,凸面および凹面における壁近傍の渦構造の発達・衰退過程を明らかにした.凹面側では,通常の壁乱流と同様にの自律的な乱れの生成が生じていることを示した.一方,凸面側では,乱れの抑制効果によって自律的な乱流生成メカニズムが失われ,ロールセル状の大規模渦によって壁近傍に鉛直上昇流および下降流が注入されることをトリガとしてレイノルズ応力に貢献の高い構造が発生することを明らかにした.

第五章では,曲率を有する壁面乱流の解析に適したSGSモデルの検討を行っている.まず,既存のSGSモデルについて概観し,それらの特徴を比較している.そして,無次元曲率が0.1より大きい場合には,遠心力によるSGS応力の生成が剪断応力による生成の5割を超えることを示し,SGSモデルにおいて遠心力効果を直接取り込むことが必要であることを示している.そして,WETの手法により遠心力生成項を陽的に表現した,等方,非等方の2つの新しいSGS応力モデルを構築した.その結果,標準スマゴリンスキーモデル,ダイナミックスマゴリンスキーモデルに比べ,本論文で開発したモデルの予測精度は高く,なかでも非等方モデルではSGS垂直応力,せん断応力,散逸率のいずれも良くとらえられることを示した.

第六章では,実際のガスタービン内流動場により近い,流線曲率と場の回転効果が重畳する乱流場についてDNSを行っている.遠心力とコリオリ力が同じ方向に重畳する場合,または,逆方向に重畳する場合について,詳細な乱流統計量を明らかにした.特に,逆方向に重畳する場合では,回転数に伴って不安定側が凹面から凸面へ移りかわるため,乱れの分布が大きく変化することを明らかにした.また,フラックス・リチャードソン数の分布により,2つの異なる体積力の影響を定量的に示した.さらに,強い正方向回転の場合には,2つの体積力による過剰生成によって,チャネル全域で半径方向から他成分への圧力歪み相関を通じたエネルギー分配が起こるという特異な現象が生じることを明らかにした.

第七章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめている

以上,本論文では,一般座標系における乱流の直接数値シミュレーションコードを開発し,曲がりチャネル乱流場の解析を行い,詳細な乱流統計量のデータベースを構築した.また,乱流生成に支配的な準秩序構造について,LSEを時空間相関に拡張した解析により詳細に調べ,自律的な乱流生成が抑制される凸面側で大規模渦構造がトリガとなる特異なメカニズムが働くことを明らかにした.また,流線曲率を有する乱流の工学的モデルとして,遠心力生成を陽的に取り込んだ等方/非等方のSGSモデルを新たに開発し,従来のダイナミックSGSモデルに比べ,予測精度が向上することを示した.さらに,流線曲率と回転が重畳するチャネル乱流場において,2つの体積力が同方向,逆方向に働く場合の乱流統計量の挙動を明らかにした.これらによって,本論文は,流線曲率を有する剪断乱流の物理メカニズムに対する新しい知見を加えたのみならず,SGSモデル構築を通じて小型ターボ機械などの乱流場予測に有効な手段を与えるものであり,熱流体工学をはじめ機械工学の上で寄与するところが大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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