学位論文要旨



No 118472
著者(漢字) 党,超鋲
著者(英字) Dong,Chaobin
著者(カナ) トウ,チョウビン
標題(和) 超臨界二酸化炭素の冷却伝熱に関する研究
標題(洋) Cooling Heat Transfer of Supercritical Carbon Dioxide
報告番号 118472
報告番号 甲18472
学位授与日 2003.06.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5562号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飛原,英治
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 助教授 丸山,茂夫
 東京大学 助教授 王,剣鋒
内容要旨 要旨を表示する

地球温暖化防止とオゾン層保護などの要請から代替冷媒の研究と冷凍空調システムの省エネ化は重要な課題となっている.その中で,1990年代よりヨーロッパを中心に,自然冷媒の研究が盛んに行われるようになった.特に二酸化炭素は毒性,可燃性が無いなどのメリットがあり,給湯器,カーエアコンの冷媒として従来の冷媒並みの効率があるため,注目を集めている.二酸化炭素ヒートポンプサイクルの特徴の一つとして挙げられるのは,高圧側が臨界点を超えて遷臨界サイクルになることである.ガスクーラ内の冷却過程には相変化が無いにも関わらず,擬臨界点付近での冷媒物性値の急激な変化により,今までの二相凝縮伝熱或いは定物性冷却と異なる特性を持つため,詳細な検討が必要である.

そこで本研究は管径1mm〜6mmの四種類の伝熱管を対象として,質量流束,圧力と熱流束をパラメータとして広い範囲での熱伝達率と圧力損失の実験測定を行い,各パラメータによる伝熱特性を把握し,伝熱相関式の作成を試みた.そして,数値計算により理論解析をするため,いくつかの乱流モデルの超臨界圧冷却伝熱への適用性について検討した.更に,ガスクーラ内での伝熱予測を念頭に少量な潤滑油の混入が超臨界伝熱に与える影響を詳しく実験的に把握し,潤滑油により伝熱の低下を明らかにした.

本研究の主要な結果は以下のようにまとめた.

実験測定から各パラメータの熱伝達率と圧力損失への影響について検討した.

図1〜4に各パラメータの熱伝達率の影響を示した.比較のため,JLの低レイノルズ数k-εモデルを用いた数値計算結果も合わせて示している.

図1に示しているように,一定の圧力,質量流束条件では,膜温度(バルク温度と壁面温度の平均値)が擬臨界温度近くになる時に熱伝達率が最大値を取る.これは,擬臨界点が壁面付近の乱流境界層中の遷移層に存在する時に熱伝達率が大きい値をとることを意味している.質量流束が大きくなるに従って,乱れの程度が大きくなるため,熱伝達率が上がる.

図2に熱伝達率への圧力の影響を示す.膜温度を横軸にすると,各圧力条件での熱伝達率のピークはそれぞれの擬臨界温度に現れるのが特徴である.また圧力が高くなると,熱伝達率の最大値が急激に低下している

図3に熱伝達率への熱流束の影響を示す.熱流束が高くなると,熱伝達率の最大値は少し低くなっている.これは熱流束が高くなるに従って,管壁面から中心までの温度差が大きくなり,比熱の大きい値をとる領域の管断面に占める割合が小さくなるため.また,擬臨界温度より低温側では熱流束が熱伝達率にあまり影響しないように見え,高温側では熱流束が高くなるほど熱伝達率は高い値をとる.この傾向も断面内での物性分布,特に壁面付近の熱伝導率と定圧比熱の影響のつりあいによるものである.

図4に熱伝達率に対する伝熱管管径の影響を示す.縦軸はヌッセルト数の代わりに有効熱伝達率(α×d)を用い,内径の異なる伝熱管が擬臨界温度より低温側では定物性伝熱と同様に,有効熱伝達率は管径と無関係のように見えるが,高温側では有効熱伝達率は管径が細いほど小さくなる傾向が見える

尚,圧力損失については,2mm管と1mm管についてのみ得られた.細管の場合,比較的熱伝達率が高く,管内での壁面と中心部の温度差が小さいため,定物性の摩擦損失相関式が近似的にそのまま使えることが実験より明らかになった.さらに,擬臨界温度より低温側では超臨界流体が液体のような性質を示し,摩擦圧力損失が圧力によらず,ほぼ一定の値になる.一方,擬臨界温度より高温側では,圧力が高くなると摩擦圧力損失が小さくなり,気体のような振る舞いを示している.

熱伝達率の実験結果と従来の相関式と比較すると,両者のずれが大きいことから,定物性条件でよく使われているGnielinskiの式を修正し,適切な代表温度を選ぶことで新たな式を提案した.この式を用いて,本研究で測定した474個の有効測定値の95%は相関式による結果とのずれが±20%以下におさまった.

いくつかの乱流モデルを超臨界圧流体冷却伝熱に対して応用する場合について検討した.

混合距離モデル(BRモデル)と三つの低レイノルズ数k-εモデル(JLモデル,LSモデルとMKモデル)を用いて定物性条件,超臨界加熱条件及び超臨界冷却条件で比較した.LSモデルは壁面付近での減衰関数fμが小さいため,定物性条件の高プラントル数流体に対して予測値が小さいことを以前から指摘されている.図8に四つの乱流モデルを用いて超臨界圧二酸化炭素加熱条件での測定値(田中ら,1967)と比較した結果を示した.また,図9に超臨界圧二酸化炭素冷却条件での測定値と比較した結果を示した.四つの計算モデルは定性的に同じ傾向を示しているが,LSモデルの計算結果は実験値よりかなり小さい.更に加熱状態と比べ,冷却状態ではこのずれが大きくなる.これは主に壁面付近での粘性の分布によるものと考えられる:超臨界流体の粘性は温度に対し反比例するため,冷却状態では壁面付近のfμが小さいほど乱流エネルギーの生成が抑えられ,壁温が降下する.それに従って壁面付近での粘性が増加し,乱流エネルギーの生成が更に遅くなる.このような正のフィードバックにより,加熱状態と比べ冷却状態のほうがLSモデルは他モデルよりかなり小さく熱伝達率を評価するものと考えられる.

JLモデルでは壁座標y+のような物性で無次元化したパラメータを含んでいないため,変物性伝熱へ適用する際に特別な考慮は要らない.一方,BRモデルとMKモデルではfμの中にy+がパラメータとして含まれている.冷却条件では,壁面より離れる方向に密度と動粘性が小さくなるため,BRモデルとMKモデルで予測した乱流エネルギーの成長は定物性状態より速くなる傾向がある.この影響は,熱流束が大きいほど顕著である.図7にMKモデルで求めた熱伝達率への熱流束の影響を示す.擬臨界温度付近では実験値と異なった傾向が見られる.実験結果もJLモデルの予測結果も熱流束が増加するに従って,熱伝達率は少し下がる傾向が見られたが(図3),MKモデルでは熱流束が高いほど熱伝達率が上がる傾向を示している.この矛盾はGoldmannの理論(y+を求めるとき局所的な物性ではなく,壁面からの積分で計算する手法)を利用してある程度緩和できる.図8にこの結果を示す.Goldmannの理論を用いて計算すると,MKモデルは熱流束の増加に従って熱伝達率のピークが低下し,実験と一致する結果を示した.BRモデルでも同じ傾向を見られる.

なお,熱伝達率への乱流プラントル数Prtの影響を調べるため,MKの乱流プラントル数モデルを用いて計算した.Prtに一定値(0.9)を与えた場合の熱伝達率の計算結果と比較すると,両者の差は3%程である.更に,Reynoldsのアナロジーを用いてPrtに1.0を与えて計算した結果,Prt=0.9の計算結果とは最大4%の差より,本研究の計算条件範囲では乱流プラントル数の影響が小さいことが分かった.

JLの低レイノルズ数k-εモデルを用いた数値計算から,熱伝達率の値は管断面内での擬臨界温度の位置と緊密に関係していることを明らかにした.擬臨界温度は管断面温度境界層内の遷移層に存在するとき,遷移層の乱流温度伝導度が大きい値をとるため,熱伝達率が最大値をとる.この遷移層の温度は膜温度を用いて表現すれば,近似的に膜温度が擬臨界温度になる断面では熱伝達率が大きい値をとると推定できる.図9に冷却条件と加熱条件での熱伝達率の比較を示した.冷却条件では壁面付近の熱伝導率が加熱条件のそれより大きいから,熱伝達率は加熱条件のそれより大きい.更に熱流束の熱伝達率への影響では,熱流束の絶対値が大きくなるとき,冷却条件での熱伝達率は少し低下すると比べ,加熱条件では激しく低下する傾向が見られる.

熱伝達率および圧力損失に対する潤滑油の影響は,少量の潤滑油(0.5%)の混入で熱伝達率が平均的に20-30%低下し,擬臨界温度付近では最大50%の伝熱低下が発生する.ただし,この程度の潤滑油の混入は圧力損失にはあまり影響を示さなかった. CO2−オイル混合物の粘性が油濃度0.5%の場合約0.7%しか増加しないため,熱伝達率の低下は壁面付近を流れる油層の熱抵抗によるものと考えられる.油層に流れるオイル流量はCO2中混入したオイル流量の5%として与え,数値計算によりオイル混入状態での熱伝達率をおおよそ予測できた.この結果を図10に示した.更に,油層内の流動は層流であるため,油層の厚みを計算するモデルを構成し,この油層の熱抵抗とCO2側の熱伝達率をそれぞれ計算することで,実用的な場合におけるオイル混入状態での熱伝達率の予測手法を提案した.

なお,本論文は7章からなっている.

緒言

実験装置

実験条件とデータの整理方法

実験結果と考察

超臨界圧流体の数値計算

熱伝達率と圧力損失への潤滑油の影響

結論

Fig.1 Effect of mass flux on heat transfer coefficient

Fig.2 Effect of pressure on heat transfer coefficient

Fig.3 Effect of heat flux on heat transfer coefficient

Fig.4 Effect of tube diameter on heat transfer coefficient

Fig.5 Comparison of heat transfer coefficients calculated by different turbulence mode at heating condition

Fig.6 Comparison of heat transfer coefficients calculated by different turbulence mode at cooling condition

Fig.7 Effect of heat flux on heat transfer coefficient (MK model)

Fig.8 Effect of heat flux on heat transfer coefficient (MK model with Goldmann's theory)

Fig.9 Comparison of heat transfer coefficients between heating and cooling conditions with heat flux as parameters

Fig.10 Effect of oil on heat transfer coefficient.

審査要旨 要旨を表示する

地球温暖化の防止のために,ヒートポンプの作動媒体として長年使われてきたフルオロカーボンに代わる媒体として,自然界に存在する物質である自然作動媒体が注目されている。それら媒体の中でも二酸化炭素は無害,不燃であるなど安全性の点で優れているため,ヒートポンプ給湯器へ応用され,今後普及することが期待されている。二酸化炭素の臨界点温度は31.1℃と通常のフルオロカーボンの臨界点温度より相当低く,大気環境温度に近いため,ヒートポンプサイクルに適用すると,高圧側圧力は臨界点を超え,冷却プロセスは臨界点を越える超臨界状態である。超臨界物質の物性は臨界点近傍において急激に変化する特徴を有し,擬臨界点と呼ばれる低圧比熱が最大になる状態点で最大の熱伝達率を示す。従来,超臨界ボイラの設計のために超臨界流体の加熱熱伝達率については多くの実験研究および理論的研究がなされているが,冷却系の研究は少ない。近年,ヒートポンプへの二酸化炭素の応用が注目されて以来,少しずつ研究が進んでいるが,冷却系の実験は難しく,高精度な実験研究はほとんどない。したがって,系統的な冷却熱伝達実験結果の取得とそれに基づいた理論的検討が待たれているといってよい。

本論文は7つの章からなる。第1章で研究の背景とこれまで報告されてきた超臨界流体の加熱系および冷却系熱伝達率と圧力損失に関連する理論と実験についてまとめられている。

第2章では,実験装置の詳細が述べられている。二酸化炭素を循環するときに油などの不純物を溶解しないように,ポンプを用いて循環している。試験伝熱管は,内径1 mmから6 mmの銅製平滑直管で,試験部長さは0.5mである。伝熱管の周りに冷却水を流して冷却し,熱伝達率及び圧力損失を計測している。

第3章には実験条件とデー処理方法が記述されている。熱流束の範囲は6〜33kW/m2,質量流束の範囲は200〜1200kg/m2s,圧力は8〜10MPaで,二酸化炭素の伝熱管の入口温度は20〜70℃である。熱伝達率の定義に際しては,流体と管壁の代表温度差を定義する必要がある。定物性流体の場合は対数平均温度差を用いるのが理論的に正しいが,変物性流体の場合は条件によっては大きな誤差を招く。本実験条件の下では,1mm管を除き,対数平均温度差を用いることができることを示し,1mm管の場合は誤差を招かない代表温度の定義法を提案している。

第4章には実験結果が示されている。熱伝達率に及ぼす管径の影響,熱流束の影響,質量流束の影響,圧力の影響が系統的に示されている。擬臨界点近傍の熱伝達率のピークは圧力が臨界圧力に近いほど大きく,質量流束が大きいほど大きい。また,熱流束の影響が小さいのは単相流の熱伝達特性に類似している。また,これら結果から,冷却過程における代表温度として,液バルク温度と管壁温度の代数平均である膜温度をとると,膜温度が擬臨界点となる地点で,熱伝達率が極大値をもつことを示している。これら知見に基づいて,Gnielinskiの熱伝達整理式における物性値の温度の取り方について最も誤差の少ない方法を提案している。

第5章では,低レイノルズ数型k-ε乱流モデルを用いた数値予測と実験結果の比較が行われている。混合距離モデル(BRモデル)と三つの低レイノルズ数k-εモデル(JLモデル,LSモデルとMKモデル)を用いて定物性流体条件,超臨界流体加熱条件及び超臨界流体冷却条件で比較している。四つの計算モデルは定性的に同じ傾向を示しているが,LSモデルの計算結果は実験値よりかなり小さい。更に加熱過程に比べ,冷却過程ではこのずれが大きくなる。MKモデルでは熱流束が高いほど熱伝達率が上がる傾向を示している。この矛盾はGoldmannの理論を利用してある程度緩和できることを示している。JLモデルでは壁座標y+のような物性で無次元化したパラメータを含んでいないため,変物性伝熱へ適用する際に特別な考慮は要らない。一方,BRモデルとMKモデルではfμの中にy+がパラメータとして含まれている。冷却条件では,壁面より離れる方向に密度と動粘性が小さくなるため,BRモデルとMKモデルで予測した乱流エネルギーの成長は定物性状態より速くなる傾向がある。この結果から,超臨界流体の冷却熱伝達の予測にあたっては,JLモデルが最も適していることを明らかにしている。

第6章ヒートポンプサイクルにおいて冷媒を循環している圧縮機には潤滑油が含まれており,二酸化炭素の少量の潤滑油が混入し,伝熱性能や圧力損失特性に影響を与えるのではないかと考えられている。本論文では,0.5%の潤滑油を混入した場合の熱伝達率や圧力損失が系統的に測定されている。この微量の油の混入により熱伝達率は20〜30%低下することが実験により示され,油の一部が管壁の周りを層をなして流れていると仮定したモデル計算で凡そ定性的に説明できることを示している。

第7章では,結論をまとめている。

以上のように,超臨界二酸化炭素の冷却過程の熱伝達率を広い実験条件下で系統的に且つ高精度に測定し,微量の潤滑油を添加した場合の熱伝達率の測定を同時に行ったのは世界で初であり,熱伝達のメカニズムを考える上で貴重なデータとなっている。また,超臨界流体の冷却熱伝達をJones-Launder乱流モデルを用いると高精度に予測できることを示したことは工学的に重要である。これらの知見は工学および工業技術の進展に寄与するところが大きい。

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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