学位論文要旨



No 118593
著者(漢字) 櫻井,克巳
著者(英字)
著者(カナ) サクライ,カツミ
標題(和) 超臨界二酸化炭素の強制対流熱伝達に対する可視化計測による研究
標題(洋)
報告番号 118593
報告番号 甲18593
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5612号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 助教授 長谷川,秀一
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 門,信一郎
内容要旨 要旨を表示する

昨今、超臨界圧水を冷却材に用いた新型炉の開発に伴い超臨界流体の熱伝達特性の解明が進められている。一般に、高温、高圧化することでタービンの熱効率は上昇すると見込まれ、既に火力発電では超臨界圧での実用化が果たされている。

超臨界領域においては物質は密度、定圧比熱などの物性値が液相の通常状態に比べて温度、圧力に依存して連続的に大きく変動する。これを利用し、温度圧力を制御パラメータにすることで様々な工学分野で応用が可能である。熱工学的には、前述のように熱伝達率の増大、あるいは劣化現象が注目されている。特に臨界近傍では定圧比熱は急激に変動し、擬臨界点と呼ばれる、通常流体での飽和蒸気点に対応する温度でピークを持つ。水や二酸化炭素などは、この領域では低い熱流束に対して大幅な伝熱促進が起こり、また、熱流束が高くなるにつれ伝熱劣化が生じてくることが実験的に判明している。

既往の研究ではステンレスの円筒内を流れる試験流体に対して温度、圧力など熱的な測定を中心に行われたものや、閉じ切り容器内での伝熱、可視化計測の実験は多く行なわれてきたが、いわゆる流れの可視化技術が適用された例は強制対流に限って言えば極めて少ない。超臨界現象を可視化画像で観測することは、一般に超臨界流体が高温高圧で実験上取扱いが困難なことや、密度などの物性値の過大な変動により光学手法が用いにくいこともあった。本研究では、超臨界流体強制対流計測用の可視化テストセクションを用い、可視化計測を行なった。試験流体として二酸化炭素を用い、擬臨界点近傍温度にして、矩形流路を垂直上昇させながら片面加熱する強制対流熱伝達の条件にた。これに対しシャドウグラフ、シュリーレン干渉計を適用し、流路内の密度分布を光強度分布画像として取得した。また、得られた画像に対して相互相関法を適用し、流速分布測定を試みた。

実験装置は、二酸化炭素を超臨界圧状態にして流動させる二酸化炭素ループ装置と流路、可視化窓、ヒーターから成るテストセクションである。paragraphに二酸化炭素ループの模式図を示す。ループはメインタンク、冷却システム、ダイアフラムポンプ、熱媒槽、コントロールバルブなどから成り、各部に温度、圧力計測用の計器が設置されている。これにより二酸化炭素を循環させる。二酸化炭素の臨界点は7.4MPa、31.1Cであり、本実験装置では圧力を最大12MPa、温度を最大100Cまで変化させることが可能である。paragraphにテストセクションの側面図を示す。テストセクションは伝熱面が長さ600 mm の垂直矩形流路であり、流路面積は 10 x 20 mm、片面が銅板のヒーターによる伝熱面となっている。流路3/4の位置に直径 23 mm で耐高温高圧仕様のULEガラスを用いた透過可視化窓が設置されており、そこを通し光学的可視化計測を行なった。ここで伝熱面での温度は最高で200Cほどにまでなるが、この温度の変化に対して用いたULEガラスは熱による体膨張が充分小さく、光学計測の際にガラス内の屈折率分布変化が与える影響は無視できる。テストセクション内には入口、可視化部、出口に熱電対が設置され、流体温度を計測した。また、ヒーター内にも熱流束計測のため熱電対が内挿されているが、本装置においてはテストセクション外に逃げる熱量が大きく信頼度が低いため、熱流束の指標としてはヒーターの出力から求めた値を参考として用いた。

擬臨界点近傍における強制対流熱伝達流れにシャドウグラフを適用して可視化を行なった。シャドウグラフでは流体内密度分布の二次微分値が輝度分布となって現れるが、これにより臨界点近傍で壁面から暗部の層が発生していることがわかった。これは温度、圧力が擬臨界点近傍であるときや、熱流束が一定以上大きいときのみに現れる現象であることがわかった。

この現象を詳細に調べるため特に8、9MPaでの擬臨界点近傍で熱流束などを変化させ、これをシュリーレン干渉計を適用して可視化し、画像を1000frame/sの高速度カメラを用いて撮影した。これにより特定の条件下において流体内に固有の密度勾配分布の変動をもつ流体塊が発生していることを発見した。paragraphにシュリーレン干渉計による計測例を示す。白色部分は光源に用いたHe-Neレーザーのビーム径であり、右側に伝熱面がある。シュリーレン干渉計では流体の密度勾配場が輝度分布として表現されており、本実験では暗部が密度が周囲に比べ高温により著しく低くなっている部分である。したがって干渉計画像で伝熱面近傍で暗部として表現されている部分が低密度の流体塊である。この流体塊は1-2mm程度の幅、高さを持ち、伝熱面近傍で一定の周期で発生し、主流に流され上昇していることがわかった。超臨界圧化では二相流は存在し得ないため、この流体塊と周辺流体との間に気泡のような界面は存在しないが、連続的ではあるが極めて大きな密度差を持った一定の大きさを持つ流体塊である。これは亜臨界の単相流での気泡とは画像上の見かけも異なり、超臨界流体における固有の現象であると思われる。

温度、圧力、流量、熱流束をパラメータにして流体塊の発生を調べると、擬臨界点近傍で流体内の局所密度が大きく差をとるような条件で強く傾向が見られた。特に温度、圧力が擬臨界点近傍の条件の際には流体の密度勾配が極めて大きくなるため、同じ熱流束に対しても流体塊のサイズは大きくなり、周辺流体との密度差も大きくなる。また、同一の温度、圧力、流量条件においては熱流束に比例して流体塊のサイズ、密度差は大きくなることがわかった。この流体塊の発生は対象流れにおける自然対流の度合、即ちグラスホフ数で評価できる。そこでグラスホフ数を10^15オーダーの値で統一し、バルク温度と入熱は大きく異なる条件で実験したところ、グラスホフ数が近ければ入熱などの条件が全く異なっていても密度場の状態がさほど変わらないことがわかった。

また、可視化計測で得た画像を相互相関法により解析した。相関法は微小時間で分布が移動した2枚の画像の輝度分布に対しパターンマッチングを行なう手法で、流れの構造に対応した輝度分布の移動量が求められる。干渉計などで得た画像から定量的に密度分布を求めることは不可能だが、流体塊やスペックルパターンなどが微小時間においては流れに追随して移動していると仮定すれば流速を推定することが可能である。

測定によって得た画像は高速度カメラによる1000frame/sの時間分解能を持ち、これは流体の速度と比較して充分に速いため、連続画像として相互相関法に適用できる。これにより流速マップを計算した。このような超臨界流体の強制対流に対する画像流速測定は初の試みである。ここで、窓面の汚れ、光学計測の精度の限界などから画像情報に雑音が大きく乗っているため、流量計から得た平均流速から測定結果が遅れる誤差が見られた。そこで画像のノイズ除去のための定点での輝度分布の時間分散を基にしたバックグラウンド処理を施し、流体の移動が示す信号の精度を上げ、流速測定を改良して流路内の二次元流れの分布を得た。paragraphに4秒間1000枚の平均ベクトルのy成分の例を示す。これらから、熱流束の上昇に伴って壁面近傍で流体のy方向流速は上昇し、数mmの位置でピークを持ちつつ移動していくことがわかった。

これは壁面近傍で流体温度が高い部分は浮力の影響により加速されていることを示しており、既往の研究での予測と一致する。

以上のように本研究では超臨界流体の強制対流熱伝達流れに対し可視化測定を行なうとともに、流速分布計測を実行した。これにより超臨界流体中での強制対流内で高温低密度の流体塊が発生していることを示した。この流体塊は壁面とバルク温度の差で発生し、特に擬臨界点近傍条件で見られ、熱流束に比例して大きさ、密度差が増すことがわかった。このような密度場の変動に対して、一定のグラスホフ数である程度予測が可能であることを示した。これらの現象を示したことにより超臨界流体の伝熱現象に新たな知見を加えることができた。また得られた画像に対して相互相関法を適用し、流体の二次元速度場を取得した。超臨界流体の強制対流への画像計測手法適用はこれが初めての試みである。これにより流体内の速度分布が壁面で加速していることなどを確認した。

審査要旨 要旨を表示する

超臨界水を冷却材に用いた新型炉の開発が進められている。超臨界水の利用は火力発電では既に実用化されているが、原子炉で利用するためには熱伝達率や流動様式に関しこれまで以上に正確な知見が必要となる。本論文は超臨界水の代わりに比較的低温低圧で超臨界となる二酸化炭素を用いて強制対流伝熱時の流体挙動の可視化を図り、熱伝達率、流動様式について調べたものである。

第1章は序論であり、研究の背景や既往研究についてまとめ、本論文の位置づけを述べている。

第2章では実験装置について述べている。超臨界二酸化炭素強制循環ループの仕様とともに、伝熱面近傍の可視化のために採用された様々な工夫について説明されている。また、用いられた可視化手法であるシャドウグラフ法、シュリーレン法の原理や特色、得失にも触れている。

第3章では、可視化実験結果とその考察について述べている。二酸化炭素は矩形断面の可視化部で加熱壁から熱を受け取りながら鉛直上方に流れる。まず、各種実験パラメータを粗く変化させ、流動状況の変化の様子をシャドウグラフ法で調べている。その結果、擬臨界点付近では加熱壁面近傍に周辺とは異なる暗く見える流れの層、すなわち局所的な高温・低密度の流体層の発生が観察された。この流体層の発生にはある程度以上の熱流束が必要なことなども確認している。次いで高速度カメラを用い、擬臨界点付近での流体層の挙動を調べている。その結果、これは定常的な低密度流体の層ではなく、あるサイズの流体塊の断続的な群れであることを発見している。これは、亜臨界流体の沸騰による気泡とは明確な界面が存在しないという点で異なることを確認するとともに、その発生条件を調べている。さらにシュリーレン法を用いた観察も実施し、実験パラメータを変化させることで、流体塊の発生は壁温と流体バルク温度での密度差の増大で生じることなども突き止めている。最後に、修正グラスホフ数一定条件、レイノルズ数一定条件、両者の比一定条件の実験を比較することで、実験の範囲内では修正グラスホフ数が密度変動の度合いを支配するパラメータであるという結論を導いている。

第4章では、流速測定実験の結果と考察について述べている。シュリーレン法により得られた画像に輝度相関法を適用し、密度変動の移動が流速を表しているという仮定に基づき2次元流速分布を求めている。結果はポンプによる脈動まできちんと把握できるものであるが、様々な要因のため定量的な誤差は大きい。しかしながら加熱壁近傍では速度が高いことが確認できるなど、流れに対する浮力の影響等についての考察を可能にするものであり、既往研究の浮力効果を裏付ける結果が得られたとしている。

第5章は結言で、本研究の成果をまとめている。

以上のように本論文は新型炉で採用が考えられている超臨界流体での伝熱挙動について可視化し、超臨界流体特有の低密度流体塊の発生を観察するとともに、流速分布を測定し浮力の効果を確認するなどをしたもので、工学の進展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク