No | 118603 | |
著者(漢字) | ||
著者(英字) | Visuttipitukul,Patama | |
著者(カナ) | ビスッテイピタクン,パタマー | |
標題(和) | 自動車部品用アルミニウム合金のプラズマ窒化による表面構造化 | |
標題(洋) | Surface Structuring of Aluminum Alloys for Automotive Parts by Nitriding | |
報告番号 | 118603 | |
報告番号 | 甲18603 | |
学位授与日 | 2003.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5622号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 金属工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | アルミニウム合金は、高熱伝導性、高比強度、高成形性、耐食効果など固有の優れた性質を有しており、近年、自動車用部品への適用開発が進んでいる。現在、ハウジングなどの非摺動部品への適用がなされているが、パワートレイン系に求められる硬度、トライボ特性をクリアするまでにはいたっていない。硬度、耐摩耗特性を改善するために、アルミニウム表面に硬質で高熱伝導性を示すアルミ・ナイトライド(以下、AlN)を形成させようという研究が多くなされてきた。実際、AlNは、高硬度(1400Hv)、高電気抵抗、高熱伝導性(室温で理論的には約320W/mK)を示す材料である。これまでの研究から、このAlN層厚さを3μm程度まで形成できれば、耐摩耗性は飛躍的に向上するであろうとの報告もある。もともと773KでのAlN生成自由エネルギーは−110kcal/g-atomであり、容易にAlN層を形成できると思われるが、例えばガス窒化での形成不能の例からも想像されるように、アルミニウム表面には自然に形成されるアルミナ相が窒化反応を阻害するため、この相を除外しなければAlN層形成は困難である。これまで、Mgを還元材とするガス窒化ではアルミ粉末上に1μm程度のAlN層を形成することに成功している。窒素雰囲気中でのアルミニウムの蒸発あるいはボールミリングによるAlN粉末合成も報告されている。これらは溶製材への適用、バルク化などは不可能である。一方、表面処理においても、プラズマ・イマージョン法(PIII)による5-20μm程度のAlN層形成の報告がある。またアルゴンプラズマによりアルミナ層をプレスパッターすることでプラズマ窒化を可能とした研究もある。これらの表面処理では、自動車部品で使用されるアルミニウム合金への適用性、短時間での十分なAlN層の形成、コストなど種々の面で、さらなる高度化を必要としている。 本研究では、自動車用アルミニウム部品に対して、その材質、設計要件などに応じて適切なAlN層形成を可能とする表面構造化を提案する。この表面構造化では、プラズマ窒化プロセスを基本とし、スパッター損傷あるいは残留アルゴンなどの問題を回避するために、N2+のみのプレスパッターにより表面アルミナ層の除去を行う。したがって、プレスパッター時間の効果的な短縮が課題となる。本研究の主な内容は、4つからなる。第1は、純アルミニウムを試料としたプラズマ窒化(標準プラズマ窒化プロセス)に関する研究である。アルミニウムあるいはアルミニウム合金のプラズマ窒化に関する研究例が少ないため、プラズマ窒化条件の最適探査を含め、プロセス条件の影響などを多面的な角度から、形成されたAlN層の力学特性も含め、検討する。第2は、AlN層形成の加速化であり、マイクロ・アロイング効果、結晶粒微細化によるAlN層生成速度の加速化を示す。第3は、アルミニウム合金析出相を利用したプラズマ窒化プロセスの提案であり、Al-Cu系合金を対象として、標準プラズマ窒化の100倍以上の高速でAlN層形成が可能となることを示す。第4は、形成した窒化層の硬さ、耐磨耗性試験により、自動車摺動部品への適用可能性を検討する。 標準プラズマ窒化では、純度99.9%の溶製材、粉末成形体を用い、N2+プレスパッターとN2+H2混合キャリアガスを用いたプラズマ窒化により、AlN形成実験を行った。形成したAlNは、表面が暗灰色−輝黒色であり、XPS、GIXD、TEMより非化学量論組成を有する六方晶AlN(以下、h-AlNとする)Al0.55N0.45であり、直径300-500nm、アスペクト比3−4程度の柱状晶組織を呈している。プレスパッター時間、窒化時間を変化させて最適条件を探査した。溶製材では、18ksのプレスパッター、72ksの窒化で約2−3μmのAlN層形成に成功した。アルミ粉末成形体では、10.8ksのプレスパッター条件において、GIXD上にAlNピークを確認できた。プロセス中の表面再酸化を防止するため、ベース圧の影響を検討した。他のプロセス条件を一定とし、ベース圧のみを26. 7Paから1.33Paまで低下させることで、AlN形成は促進され、GIXDでのAlNピーク比が約3倍に上昇した。試料表面粗さに関しても調査し、Ra0.646の比較的粗い試料に対して、Ra0.056の試料ではAlN体積率が3倍近くにまで向上することがわかった。上記に加え、プラズマ温度、窒化時間も最適化の検討を加えた。ここでは、窒化メカニズムを記述するために、窒化時間増加に伴うAlN層の成長について考察した。図1に、AlN層厚さの自乗と窒化時間との関係を示す。図より、一定時間tc(tc:潜伏時間)以上では、窒素拡散−反応同時生成理論で予測されるように、AlN層厚さは窒化時間に対して放物線則に従う。すなわち、AlN層成長は窒素拡散プロセスにより支配される。実際、XPS測定においても、AlN中の溶質窒素の存在を確認している。各時刻でのAlN層厚さなどのデータから823Kでの窒素拡散係数(DN)を求めると、DN = 3.03x10-14 cm2/sとなる。この値は、他の研究者が報告しているデータと一致しており、AlN中の窒素拡散係数がきわめて低いことが、アルミニウムあるいはアルミニウム合金における低いAlN生成速度の原因となっている。一方、潜伏時間内では、窒素とアルミニウム新生面との直接反応によるAlN核形成が主であることを見出し、823Kでは、局所的に生成されるAlN核が試料表面を被覆するAlN層にまで成長するには、36ksの時間が必要であることがわかった。窒化中には、AlNの蒸着プロセスも想定されるが、実際にはその生成速度は上記の2つのプロセスの1/50以下の速度であることがわかった。 試料表面を被覆したAlN層の劣化、残留応力による破壊評価に関する検討も行い、本手法で形成したAlN層は化学的も安定であり、またプラズマ窒化温度を低温化することができれば、N2+プレスパッターを併用したプラズマ窒化は工業的にも有用となる可能性を見出した。ただし、プレスパッターの必要性、比較的長い潜伏時間、長い窒化時間を短縮する技術がなければ、さらなる展開は望めない。以下では、この点に留意して、窒化物形成能の高いTi元素のマイクロ・アロイング効果、微細結晶化効果によるAlN層形成速度の加速化を検討した。前者では、出発材として1 mass%Ti-Al混合体を出発材料として固相プロセスを用い、アルミニウム・マトリックス中に固溶化あるいは微細化したTi粒によるAlN形成促進効果を調べた。823K、プレスパッターなしでは生成できなかったAlN層が形成し、またGIXD,XPSよりTiNとAlNとが存在することから、早期に生成するTiN相にCoherentなc-AlNがまず生成し、それが成長に伴いh-AlNとして生成したと考えられる。一方、バルクメカニカルアロイングにより結晶粒径を40μmから1μm以下まで微細化することで、同一窒化条件でAlN層成長速度を約5倍増加できることがわかった。すなわち、アルミニウム合金において溶質元素・coherentな析出相・結晶粒微細化などの構造化により、プレスパッター条件、窒化条件を大きく改善できることがわかった。 Coherentな析出相によるAlN核形成促進、AlN相に近接する拡散パス構造化を想定して、Al-Cu系合金に対して、AlNと格子定数が近いAl2Cu相(q相)がAlN核形成を補助し、マトリックス中に均一に分散する相を連結する形でAlN層が成長する、表面構造化を提案する。実際、Al-CuあるいはAl-Cu-Mg合金において、21.6ksにおいて80μmという驚異的なAlN層成長を見出した。この成長はプレスパッター時間にほとんど影響されず、カラム状を呈している。この層は、Al2Cu相とAlN相のみからなり、AlN層先端にはAl2Cu相が常に形成されながらAlN層が合金試料内部に向けて進行する。窒化初期の詳細なSEM,EPMA,TEMによる組織観察から、AlNはAl2Cu相を基点として放射状にマトリックス中に成長している。このことから、Al2Cu相が核生成を促進させていることがわかった。各Al2Cu相を基点として成長するAlN相は合体し、Al2CuとAlNとの界面を窒素拡散パスとしてAlN層は深さ方向に成長する。実際、窒化先端近傍の組織分析から、Al2Cuと拡散してきた窒素との反応でAlN層が生成し、Cuを固溶しないAlNから放出され先端で濃化したCuがマトリックス中のAlと反応してAl2Cuを形成する反応とが同時に進行することで、成長が促進されることがわかった。表1に3種類の窒化プロセスの比較を示す。析出相を利用した表面構造化では、プレスパッター時間、窒化時間を1/10にしても、100倍以上の高速のAlN層成長速度を実現できる。さらに、窒化温度を低温化できることも、残留応力の点からも優位となる。 特にAl-Cu系合金を対象にして、本窒化プロセスによるAlN被覆アルミニウム合金の硬さ、耐摩耗性を調べ、自動車用アルミニウム合金としての適用性を検討した。ピン・オン・ディスク試験における相手材として硬質アルミナディスクを用い、無潤滑ドライ条件にて試験を行い、摩擦係数、摩耗体積などを実測した。結果を表2に示す。凝着摩耗を生ぜず、摩擦係数・摩耗体積が最も低いケースが、本窒化材のみであり、摺動部品の初動におけるドライ条件でも十分機能することがわかった。次に、同一条件で窒化したAl-6mass%Cu-0.5mass%Mgを用い、モータオイル潤滑下で耐摩耗試験を行った。Al-Si材、S35鋼材との摩耗係数は、鍛造Al-Si材と同等であり、実用に耐えることがわかった。比摩耗体積は陽極酸化材よりも低くなり、自動車摺動部品として、良好なトライボロジー特性を有することがわかった。 AlN層の成長速度の自乗と窒化時間との関係。 3つの内部窒化プロセスにおけるAlN層成長速度ならびに窒化条件の比較。 ドライ条件下での相手材を硬質アルミナとした場合のトライボロジー特性の比較。 | |
審査要旨 | 自動車用の材料選択においては、環境負荷低減に向けてのエコマテリアル・セレクションが大きなウエイトを占めつつある。特に走行時の環境負荷低減・CO2排出大幅削減が問題視される中、自動車の軽量化は必須の方向となっている。自動車構造材料のアルミ化はその最たる選択であり、車体材料のみならずパワートレイン系部品のアルミ合金化が急務となっている。高比強度・高耐食性などの諸特性で優位なアルミ合金においては、パワートレイン系も含む摺動部品、特に厳しい摩耗条件の使用を前提とした自動車部品への適用は、工学上、工業上の大きな課題である。本研究は、窒化アルミ(AlN)保護表面層による耐摩耗性向上を目指し、複雑形状の自動車部品にも適用でき、しかも工業生産性に見合う新しい表面構造化プロセスを提案、開発することを目的としている。本論は、7章よりなる。 第1章は序論であり、現状のアルミ合金開発ならびにその自動車軽量化への適用について紹介し、耐摩耗性向上を目指した現状のアルミ合金の表面処理技術を外観している。特に本論で対象とする窒化アルミの特性、構造組織などを調査すると共に、本論の主プロセスとして用いるプラズマ窒化プロセスを、AlNを創製する種々のプロセスと比較することで、本研究の必要性を示している。 第2章では、本研究で用いる実験手法の詳細を述べている。試料に関しては、純アルミならびにAl-Cu、Al-Cu-Mg合金を準備し、試料作成プロセスも鋳造法、粉末冶金法、バルクメカニカルアロイング法(以下、BMAと略す)を利用し、種々の条件における本手法の有用性を実証できるように配慮している。開発したプラズマ窒化装置の詳細を示すとともに、窒化層の組織評価、構造解析、力学特性評価法について言及している。 第3章では、N2+によるプレスパッターとH2+N2混合ガスによるプラズマ窒化(以下、標準プラズマ窒化法と略す)によるAlN層形成について議論している。最初に標準プラズマ窒化法により作製したAlN層を、GIXD、XPS、TEMなどで評価し、厚さ2−3μmの柱状晶AlNが創製できることを確認している。本AlNは非化学量論組成(Al0.55N0.45)を有しており、暗紫色あるいは明黒色系のAlN層となる。次に、保持時間、チャンバー圧力、表面粗さ等を変化させて、プレスパッター条件の最適化をはかるとともに、保持温度・保持時間を変化させて窒化条件の考察を行っている。AlN層生成メカニズムについてもその詳細に言及し、AlとNとの反応が支配する初期段階とAlN層成長を支配するAlN中の窒素拡散プロセスを解明している。さらに、作製したAlN層の大気暴露試験からの耐久性、残留応力による剥離現象なども考察している。 第4章では、上記標準プラズマ窒化法の実用化を阻む要因として、プレスパッター条件、緩慢なAlN層生成速度、比較的高い保持温度などを指摘し、これらの本質的改善に向けて、2つのアイデアを検証している。第1は、AlNとCoherentな構造をもつTiNの利用であり、BMAによりAl-1mass%Ti合金を作製することで、通常の粉末冶金試料では生成できないAlN層が、TiNと共存する形で、プレスパッターなしでも創製できることを実証している。第2は、粒界を利用した窒素の高速拡散パスの実現である。BMAにより平均粒径を1μm程度に微細化した純アルミ試料(出発粒径:40μm)で、ほぼ理論値に匹敵する、15μm以上のAlN層を生成できることを示している。この2つの内部窒化プロセスを、標準プラズマ窒化法を本質的に改善し、AlN層形成を高速化する基本的なアプローチと位置づけている。 第5章では、第4章で得たアイデアを活用し、Al-Cu合金系を中心に、Al2Cu(q相)を利用した新しい内部窒化法を提案、開発し、標準プラズマ窒化法で課題となっていた、高い保持温度、長時間のプレスパッター、AlN層形成までの潜伏時間、窒化時間および遅いAlN層形成速度を解消できることを実証している。標準プラズマ窒化法と比較して、保持温度を150K低下させると共に、プレスパッター時間を1/6、AlN層形成までの潜伏時間を1/5として、14.4 ks (4 h)の窒化時間で約40μmの窒化層形成に成功している。作製した窒化層は、Al2Cu(q相)が粒界に存在する柱状晶AlN層である。この高速のAlN層形成メカニズムに関しては、AlN層形成までの初期段階と窒化先端の母材中への進展を伴う成長段階とに分けて議論している。初期段階では、アルミ合金粒界に主に析出するAl2Cu(q相)近傍にAlNが核生成し、その後、粒内・深部のAl2Cu(q相)に沿って、AlNが生成、成長することを明らかしている。特にAl2Cu(q相)とAlNとの関係を詳細に検討し、その界面ではミスフィットひずみが約0.4%という高適合性が成立し、Al2Cu(q相)を起点にAlN生成、成長が進行していることを実証している。成長段階のメカニズム解明では、高速AlN層形成を可能とする窒素高拡散経路の存在と窒化先端の母材中を進展する機構について詳細を検討している。前者では、EPMA、TEM解析などから、AlNとAl2Cu(q相)との界面が窒素高拡散経路となることを実証している。後者では、窒化層・窒化先端近傍の詳細なTEM、EPMA、XPS解析などから、窒化層と窒化先端との界面ではAl2Cu(q相)と窒素との反応によるAlN生成反応が、窒化先端と母材との界面では、AlとCuとの反応によるAl2Cu(q相)生成反応が進行し、そのため窒化先端を形成しているAl2Cu(q相)にはCu濃度分布が存在していることを明らかにしている。 第6章では、窒化試料の硬さ分布、トライボロジー特性評価を行っており、特に前章で作製したAl-6Cu合金を中心として窒化試料の摩耗、摩擦特性に重点をおき、本法の自動車摺動部品への適用性を検討している。硬さ分布に関しては、Al-6Cu-0.5%Mg合金の場合、窒化層は900-1300Hvの高硬度を示し、ピストンリングなど高摺動部品などの要求水準をクリアできることを示している。トライボロジー特性評価に関しては、潤滑材を用いないドライ環境で自動車用アルミ合金A356およびアルミナを相手材として、エンジンオイル潤滑ではA356材、S35材を相手材として実用評価試験を行っている。前者では、未窒化材、A356材および陽極酸化皮膜材と比較して、本窒化試験片のみがアブレーシブ摩耗のみを示し、摩擦係数・摩耗体積ともに最小であることを実証している。特にフラッシュ温度により、それぞれの試験体のトライボロジー特性が整理されることも明らかにしている。後者では、相対すべり速度0.1m/sで摩擦係数が0.065−0.084となり、A356材―S35材のデータよりもさらに小さくなることを示し、本窒化法の実用性を示唆している。 第7章は総括である。 要するに、本研究は、従来ほとんど進展のなかったアルミ合金の表面処理、特に窒化に関して、その基礎的な挙動を明らかにするとともに、AlNとCoherentな析出相を導入あるいは利用し、かつ窒素の高速拡散経路を保持することで、きわめて高速にAlN層を創成できる新しい内部窒化法を提案、開発している。その成果は、材料加工学、自動車工学への貢献が著しい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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