学位論文要旨



No 118613
著者(漢字)
著者(英字) Ivandini,Tribidasari Anggraningrym
著者(カナ) イファンディニ,トリビダサリ アングラニンルム
標題(和) 導電性ダイヤモンド電極による生体関連物質の電気化学分析に関する研究
標題(洋) Electrochemical Analysis of Bioorganic Compounds at Highly Boron-Doped Diamond Electrodes
報告番号 118613
報告番号 甲18613
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5632号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 立間,徹
 東京大学 助教授 大越,慎一
 他機関   藤嶋,昭
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

生体関連物質を分析することは,医薬,疾病および遺伝学の研究はもちろん分析的な用途においても重要となっている.血液中の生化学物質は一般にその代謝産物もしくは関連物質と共に存在しており,それらの構造はほとんど等しく同様な反応部位を有しているので,分析するには分離メディアとして他の手段が要求される.高速液体クロマトグラフィー(HPLC)はそのような分離場として確立した方法であることが良く知られている.高濃度にホウ素をドープしたダイヤモンド電極は,広い電位窓,非常に低い残余電流,高い安定性と表面の不活性,そして溶存酸素の影響を受け難いなどの優れた特長から,電気化学分析への応用が注目されている.フローインジェクション分析あるいは液体クロマトグラフィーを使用して,様々な環境上,生物学上,および臨床的に重要な化合物を検出した研究において,ダイヤモンドが他の電極と比較して感度の良い安定な電極であることが報告されている.本研究を始めたとき,ダイヤモンドをHPLC用のアンペロメトリック検出器に適用した研究では,アイソクラティックHPLCのような簡単な分析に限られていた.

本研究の目的は,生体関連物質を分析するための新規なHPLC用アンペロメトリック検出システムを開発することにある.ダイヤモンド電極の特性を明確にするために,いくつかの生化学物質の電気化学的挙動についても調査した.本研究では,薬物,ペプチドおよび核酸を検出するために,ダイヤモンド電極の有用性を他の電極と比較してアイソクラティックおよびグラジエントHPLCの両方で検討した結果を報告する.

実験

ダイヤモンド薄膜は,マイクロ波プラズマCVD法により,マイクロ波出力を5 kWにしてSi(100)基板上に成膜した.炭素源として体積比9:1でアセトンとメタノールを混合したものを用いた.ホウ素源であるB2O3はB/Cモル濃度比が1:100になるようにアセトン-メタノール混合溶液に溶解し,気相中でのB/Cモル比は10-4 ppmであった.キャリアーガスは高純度水素を使用した.アセトン-メタノール-B2O3溶液のバブリングは〜25oCで行った.薄膜の品質はラマン分光器によって確認した.

サイクリックボルタンメトリーと矩形波ボルタンメトリーは,参照極として飽和カロメル電極(SCE)および対極として白金線を備えた単室セルで行った.ダイヤモンド作用極の前処理として,2-プロパノール中で約10分間超音波し,続いて高純度水で洗浄した

FIAシステムは一つあるいは二つのミクロLCポンプ(Bioanalytical System, LC-100),20 μL注入ループのついたインジェクター(Rheodyne),アンペロメトリック検出器(GL Sciences, Inc. ED-623B),およびデータ処理機(EZ Chrom Elite, Scientific Software, Inc.)から構成している.薄層フローセルは,Ag/AgCl/1M LiCl参照極と溶液出口を兼ねた対極としてステンレス鋼管を備えている.厚さ0.5 mmのシリコンゴムをセル内のスペーサーとして使用した.有効面積は0.64 cm2であった.ガスケットが25%圧縮すると仮定して見積もったセル容量は24 μLであった.FIAシステムと逆相系のC18カラム(Inertsil ODS-3 150 4.6 mm I.D.; 粒子サイズ,5 μm)を組み合わせてHPLCシステムとした.

結果と考察

HPLC検出器としてのダイヤモンド電極

FIAモードで検出電位を0.85 V vs. Ag/AgClとしたとき,ダイヤモンドは15分以内で素早く安定しバックグラウンド電流はわずか7 nAであった.一方,GCでは1時間経つと安定するように見えたが,その後再び上昇した(図1).アイソクラティックHPLCによる単純な例として,三環系抗うつ薬(TCA)とその代謝物6種の同時検出を行った.検量線は0.05から100 μMの範囲で直線を示し,イミプラミンとデシプラミンに対する検出限界(S/N = 3)は各々3 nMであった.本手法によって血漿試料に含まれたイミプラミンおよびデシプラミンを測定した.TCA薬物の電気化学的酸化反応をGC電極で比較した.

複雑な混合物を分離するにはアイソクラティックシステムでは不十分であり,次にグラジエントHPLCによるダイヤモンド電極の有用性を検討した.この目的において,小さな5つの側鎖を持つチロシン含有ペプチドとその代謝物であるエンケファリンの同時検出を選択した.エンケファリンは血中でより短いチロシン含有ペプチドに代謝することが知られている.チロシン含有ペプチドの酸化反応はチロシン残基が関与しているため,全てのチロシン含有ペプチドは側鎖長が異なるにも関わらず似通った酸化電位を持っている.側鎖長が異なるために化合物の極性も変わり,そのためHPLCで分離すると広範囲な保持時間を示す.それゆえ間断のない移動相の変化が求められる.移動相の濃度が変化すると,バックグラウンド電流は大きく変動し検出感度が低くなるので,グラジエントHPLCと電気化学検出の相性は悪い.図2は移動相組成が変化したときのベースライン変動を計測した結果であるが,GCに比べてダイヤモンドがより優れた安定性を示していた.ウサギの血清試料を使った分析に応用し,本測定法の性能と正当性を立証した.

核酸検出

ダイヤモンド電極による未修飾核酸の電気化学検出を矩形波ボルタンメトリーで検討した.本項では,一本鎖DNAと二本鎖DNAの電気化学的酸化反応のために,水素終端ダイヤモンド電極とそれを陽極酸化処理したダイヤモンド電極を使用した.DNAはリン酸部位を有していることから負に帯電しており,核酸を電気化学的に酸化させるには水素終端表面が適している.図3は水素終端ダイヤモンド電極(a)と酸素終端ダイヤモンド電極(b)での一本鎖DNAの電流応答を比較した結果である.水素終端ダイヤモンド電極は酸素終端ダイヤモンド電極の結果に比べてわずかに低い酸化電位でおよそ二倍のピーク電流を示した.DNAの構造とpHについても検討した.また,イオン強度の効果を調べた結果,酸素終端ダイヤモンド電極ではイオン強度を最適化することでDNAの酸化電流を高めることができた.また,デビアスから市販されているダイヤモンドと比較検討も行った.

しかしながらDNA構造が非常に大きいため,DNAの酸化サイトすべてを計測することは困難であった.さらにDNA分子が不導体化するため,電極表面がすばやく汚れていくのを観察した.ゆえにDNAの電気化学測定は,DNAを誘導体化した生成物であるプリンおよびピリミジン塩基を検出して行った.プリンおよびピリミジン塩基の電気化学的酸化反応は,広い電位窓を利用して酸素終端ダイヤモンド電極で明瞭なピークが観察され,一方水素終端ダイヤモンド電極でのピークは不明瞭であった.プリンとピリミジンの酸化電位はかなり異なっており,そのためHPLCの印加電位を最適化することは非常に重要なことである.逆相系のHPLCを利用してダイヤモンド電極の広い電位窓を活かすと,簡便で経済的な検出法を開発できる可能性があり,酸性条件のアイソクラティック逆相系HPLCによって全塩基を良好に分離検出することが可能であった.DNA試料を本測定法で分析した結果,極めて優れた再現性と感度を得た.

まとめ

生体関連物質を分析するために,HPLCシステムと組み合わせたダイヤモンド電極の性能を評価した.ダイヤモンド電極の卓越した特性により,GCに比べても安定性と感度の面で良好な結果が得られた.本研究は,生体関連物質の分析手法においてより簡便で感度の優れた測定法の可能性を示唆していた.

Current vs. time profiles for BDD (at 0.85 V vs. Ag/AgCl), GC20 Tokai and GC GL Tokai (at 0.85 V vs. Ag/AgCl). The mobile phase was acetonitrile/0.5 M phosphate buffer (pH 6.9) = 37.5:62.5. The flow rate was 1 mL min-1.

Baseline obtained at BDD and GC electrodes with gradient elution. Operating potentials were 1.2 V and 0.9 V vs. Ag/AgCl for BDD and GC electrodes, respectively. Acetonitrile content of the mobile phase was increased linearly from 2.5 to 5% during the first 9 min, then to 15% during next 5 min and finally to 30% during next 21 min. Injection volume is 50 μL.

Background substracted square wave voltammograms of 10 mg/mL (A) ss-DNA and (B) ds-DNA in 1 M acetate buffer solution (pH = 5) after 300 s at 0 V, using a frequency of 20 Hz, a DE of 5 V and an amplitude of 10 mV at (a) as-deposited (solid line) and (b) anodically-oxidized diamond films (dotted line).

審査要旨 要旨を表示する

本論文は八章より構成されており,導電性ダイヤモンド電極による生化学物質とその代謝物もしくはそれらの関連化合物の電気化学分析への応用について述べている.主に,クロマトグラフィで分離したものをダイヤモンド電極によって同時検出した研究成果を示している.

第二章は序論であり,前半では電気化学分析におけるダイヤモンド電極の特性と応用について述べている.後半では,液体クロマトグラフィの概要とその検出器に対する制約について解説し,本論文の研究の方向付けがなされている.第三章では,ダイヤモンド薄膜の作製法および電気化学実験系について説明している.また,フローインジェクション分析やHPLC装置の詳細についても述べている.

第四章では,三環系抗うつ薬とその代謝物を同時検出するために,アイソクラティックHPLCによる単純な分離にダイヤモンド電極を利用した結果を述べている.この分析法によって血漿中のイミプラミンとデシプラミンの定量に成功している.

第五章では,より複雑な混合物を分離定量するために,グラジエントHPLCの検出器にダイヤモンド電極を適用した結果を述べている.チロシンペプチドとその代謝物の総称として知られるエンケファリンの同時検出を行った結果について述べている.グラジエントHPLCでは移動相の濃度変化があるため,バックグラウンド電流の大きな変動とノイズの増大によって,高感度な電気化学検出が不可能とされているが,ダイヤモンド電極を利用することにより,グラッシーカーボン電極やUV検出器に比べて,再現性に優れた高感度な検出が可能となった結果を示している.このような検出が可能であることもダイヤモンド電極の優位性を示している.

第六章では,矩形波ボルタンメトリを使ったダイヤモンド電極による未修飾核酸の電気化学特性について述べている.一本鎖と二本鎖DNAの電気化学的酸化反応において,電極の表面終端,イオン強度,pHそしてDNA構造を検討し,水素終端表面であることが必須であることを見出している.続いて第七章では,DNAの直接的な電気化学測定ではなく,DNAを修飾してプリン塩基およびピリミジン塩基としたものを検出した結果について述べている.これらの検出は電極の終端に関係なく観察され,プリン塩基とピリミジン塩基の酸化電位が非常に異なっていることから,測定電位の選定が重要であることを明らかにしている.ダイヤモンド電極の広い電位窓という特長を活かして,簡便で経済的な検出法の可能性を示唆している.

第八章では,本研究で得られた結果の総括および将来への展望が述べられている.ダイヤモンド電極はHPLC用の電気化学検出器として効果的に応用され,他の電極材に比べて感度,安定性,そして簡便さといった点において優れていることが示されている.本論文における結果は,生体関連物質の簡便で感度に優れた新規な分析法の可能性を示唆している.本論文で報告されている核酸とそのプリン塩基およびピリミジン塩基の電気化学的酸化反応の結果は,血液分析や医用センサといった医用もしくは科学の分野にダイヤモンド電極がより一層応用展開できることを示唆している.さらに本研究は,未だ完全には解明されていないダイヤモンド電極の電気化学反応について,重要な知見を与えるものであり,また,他の電極では検出が困難なものや問題を引き起こしていた化合物の分析へもダイヤモンド電極が利用できる可能性を示しており,基礎,応用いずれの見地からも高く評価でき,かつこれらの分野における今後の発展に寄与するものと認められる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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