学位論文要旨



No 118620
著者(漢字)
著者(英字) Abou,Zid Sameh
著者(カナ) アボウ,ゼット サメ
標題(和) エジプト産薬用植物Ambrosia maritima組織培養により生産されるポリアセチレン化合物に関する研究
標題(洋) Studies on the polyacetylenes from the tissue culture of Ambrosia maritima, an Egyptian medicinal plant
報告番号 118620
報告番号 甲18620
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1047号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 折原,裕
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 助教授 渋谷,雅明
 東京大学 助教授 菊地,和也
内容要旨 要旨を表示する

高等植物の中で最も大きな科であるキク科の多くの植物はポリアセチレン骨格を有する多種類の化合物(PA)を生産することが知られている。これらの化合物は顕著な抗菌,抗ウイルス,抗線虫活性を持っている。この研究では,まず,ナイル川河岸に生息するAmbrosia maritima植物体より毛状根およびカルスの培養系を構築し,これらが生産するPAの生合成経路の重要なポイントを明らかにした。さらに,PAの新規な生物活性として,住血吸虫症の中間宿主である淡水産巻貝類への顕著な活性を明らかにした。

植物組織培養系の確立

無菌植物体へAgrobacterium rhizogenes ATCC15834を感染させることにより,3系統の毛状根培養を得た。これらはMurashige and Skoog (MS)寒天培地で25℃,暗所にて継代培養し,液体培養には,寒天培地で継代した毛状根をMS液体培地に移植し,暗所,ロータリーシェーカー(50 rpm)上にて培養した。3系統間では,成長曲線において明白な違いが見られた。カルス培養は無菌植物体を切断し,2,4-dichlorophenoxyacetic acid (1 ppm), kinetin (0.1 ppm)を含むMS寒天培地(DK培地)上に置床し,誘導した。生じたカルスは,α-naphthylacetic acid (1 ppm), kinetin (0.1ppm)を含むMS寒天培地(NK培地)で継代した。細胞懸濁培養はNK液体培地へカルスを移植し,暗所,ロータリーシェーカー(100rpm)上で行った。

生合成研究

最適培養条件の決定

PAの収量の最適化のために,エリシターを用いる二次代謝産物の生産誘導を試みた。エリシターとしては植物に普遍的に見られるストレスや発生のシグナル化合物であるmethyl jasmonate (MeJ)を用いた。PAの生産は初期対数増殖期に40μMのMeJを72時間処理したときに最大であった。MeJで誘導をかけたときの代謝物はthiarubrine A (1), thiarubrine A epoxide (2), thiarubrine A diol (3)および,それらの前駆体であるpentayneene (4)であった(Fig.1)。4は量的には毛状根で生産される主PAであった。連続光照明下で培養した毛状根からは対応するthiarubrine類の光分解産物であるthiophene A (5)およびthiophene A diol (6)が単離された。細胞懸濁培養にMeJを作用させると,化合物4のみが誘導された。

構造決定と13C-NMRの帰属

それぞれの化合物の構造決定と13C-NMRの帰属は質量分析,1次元および2次元のNMRの解析により行った。

投与実験

[1-13C]-, [2-13C]-および[1,2-13C]-酢酸を用いた投与実験の結果から化合物1および5の生合成は同化経路あるいは異化経路どちらの可能性もあることが示された。酢酸から化合物4へのキーとなる経路は主としてそれらが共存していることと構造の類似性から不飽和脂肪酸が関与していると考えられている。しかしながら,この反応の順序あるいは反応に与る酵素についてはほとんど知られていない。毛状根培養におけるMeJの全体的な効果について検討してみると,リノール酸(LA)の増加が120時間で最大となるのに対して,化合物1およびその前駆体4のピークは72時間であった(Fig.2)。

上記の結果を補完するために,毛状根培養にリノール酸-13C18を投与し,化合物1のラベル化体を得た。13Cの取り込み率から脂肪酸前駆体の鎖長の減少と不飽和化がthiarubrine類の生合成に関わっていることが示唆された。ポリアセチレンの生合成にリノール酸が関与していることはその経路上に多価不飽和脂肪酸のハイドロパーオキシデーションを触媒する酵素リポキシゲナーゼ(LOX)の存在が示唆される。LOX活性はエリシター添加後24時間,ポリアセチレン化合物の増加よりも前にピークを迎えた(Fig.2)。LOX阻害剤であるN-propylgallateは100μMの濃度で,ポリアセチレンの生産を明確に減少させた。

以上まとめると,thiarubrine類の生合成にはその初期段階でLOXを含むリノール酸の異化作用により生成したpentayneene (4)を経て,硫黄の導入によりthiarubrine A (1),酸化によりthiarubrine A epoxide (2),エポキシ環の開環によりthiarubrine A diol (3)が生成する。光照射下の培養では,thiarubrine類は対応するthiophene類に光分解される(Fig.3)。

住血吸虫症の中間宿主Biomphalaria glabrataの生存に対するPAの効果

住血吸虫症は熱帯地方発展途上国74カ国の田園部で健康上の危険因子とされている寄生虫症である。およそ2億人がこの寄生虫に感染していると見積もられている。この寄生虫症を防ぐ効果的な方法のひとつは中間宿主である淡水産巻貝類を駆除薬で減らすことである。植物由来の駆除薬はそれがもともとその生態系に存在するものであるため,毒性が少ないとされている。

Ambrosia maritima毛状根抽出物と個々のPAの住血吸虫症の中間宿主であるBiomphalaria glabrataに対する殺巻貝活性を調べた。MeJで誘導をかけた毛状根のクロロフォルム抽出物は50ppmの濃度で5日間処理すると,100%の巻貝を殺すことができた。AmbrosinはA. maritima地上部の殺巻貝活性の本体と考えられてきたセスキテルペンであるが,化合物1はそれと比べて強い活性(5ppmの濃度で93%の巻貝を殺し,LC50は2.64ppmであった)を持っていた。他のPAも同様に活性を測定したところ,活性の強い順に3>2>1>4となった。とくに,もっとも強い活性を示した化合物3はPAのなかで培地中に分泌された唯一のものである(Table 1)。

以上,これらの代謝産物の生態学的役割が明らかになってきたと考えている。すなわち,A. maritimaの根は一次代謝産物からthiarubrine類を生合成し,その極性をあげることにより,epoxideやdiol型にする。Diol型の化合物は培地中に分泌され,周囲の環境中で他感作用物質としての役割を演じる。

Chemical structure of the isolated polyacetylenes

Effects of MeJ on metabolite biosynthesis and LOX activity

Hypothesis for PA biosynthesis in the root culture of A. maritima

LC50 of the isolated polyacetylenes form the hairy root culture compared to that of ambrosin for the aerial parts of the plant

審査要旨 要旨を表示する

キク科の多くの植物はポリアセチレン骨格を有する多種類の化合物(PA)を生産することが知られている。これらの化合物は顕著な抗菌,抗ウイルス,抗線虫活性を持っているものが多い。AbouZid Samehは,まず,ナイル川河岸に分布するAmbrosia maritima植物体より毛状根およびカルスの培養系を構築し,PAの最適生産条件を確立した。この系を用い,生産するPAの生合成経路の重要なポイントを明らかにした。さらに,PAの新規な生物活性として,住血吸虫症の中間宿主である淡水産巻貝類への顕著な活性を明らかにした。

植物組織培養系の確立とPA生産の最適化

無菌植物体へAgrobacterium rhizogenes ATCC15834を感染させることにより,3系統の毛状根培養を得た。3系統間では,成長曲線において明白な違いが見られた。カルス培養は無菌植物体を切断し,2,4-D(1ppm), kinetin(0.1ppm)を含むMS寒天培地(DK培地)上に置床し,誘導した。生じたカルスは,NAA (1ppm), kinetin(0.1ppm)を含むMS寒天培地(NK培地)で継代した。

PAの収量の最適化のために,エリシターを用いる二次代謝産物の生産誘導を試みた。エリシターとしては植物に普遍的に見られるストレスや発生のシグナル化合物であるmethyl jasmonate(MeJ)を用いた。PAの生産は初期対数増殖期に40μMのMeJを72時間処理したときに最大であった。MeJで誘導をかけたときの代謝物はthiarubrine A (1), thiarubrine A epoxide (2), thiarubrine A diol (3)および,それらの前駆体であるpentayneene (4)であった(Fig.1)。化合物4は量的には毛状根で生産される主PAであった。連続光照明下で培養した毛状根からは対応するthiarubrine類の光分解産物であるthiophene A (5)およびthiophene A diol (6)が単離された。細胞懸濁培養にMeJを作用させると,化合物4のみが誘導された。

生合成研究

[1-13C]-, [2-13C]-および[1,2-13C]-酢酸を用いた投与実験の結果から化合物1および5の生合成は同化経路あるいは異化経路どちらの可能性もあることが示された。酢酸から化合物4へのキーとなる経路は主としてそれらが共存していることと構造の類似性から不飽和脂肪酸が関与していると考えられてきた。しかしながら,この反応の順序あるいは反応に与る酵素についてはほとんど知られていない。毛状根培養におけるMeJの全体的な効果について検討してみると,リノール酸(LA)の増加が120時間で最大となるのに対して,化合物1およびその前駆体4のピークは72時間であった。

上記の結果を補完するために,毛状根培養にリノール酸-13C18を投与し,化合物1のラベル化体を得た。13Cの取り込み率から脂肪酸前駆体の鎖長の減少と不飽和化がthiarubrine類の生合成に関わっていることが示唆された。ポリアセチレンの生合成にリノール酸が関与していることはその経路上に多価不飽和脂肪酸のハイドロパーオキシデーションを触媒する酵素リポキシゲナーゼ(LOX)の存在が示唆される。LOX活性はエリシター添加後24時間,ポリアセチレン化合物の増加よりも前にピークを迎えた。LOX阻害剤であるN-propylgallateは100μMの濃度で,ポリアセチレンの生産を明確に減少させた。

以上まとめると,thiarubrine類の生合成にはその初期段階でLOXを含むリノール酸の異化作用により生成したpentayneene (4)を経て,硫黄の導入によりthiarubrine A (1),酸化によりthiarubrine A epoxide (2),エポキシ環の開環によりthiarubrine A diol (3)が生成する。光照射下の培養では,thiarubrine類は対応するthiophene類に光分解される(Fig.2)。

住血吸虫症の中間宿主Biomphalaria glabrataに対するPAの効果

住血吸虫症は熱帯地方発展途上国74カ国の田園部で健康上の危険因子とされている寄生虫症である。およそ2億人がこの寄生虫に感染していると見積もられている。この寄生虫症を防ぐ効果的な方法のひとつは中間宿主である淡水産巻貝類を駆除薬で減らすことである。植物由来の駆除薬はそれがもともとその生態系に存在するものであるため,環境に対する負荷が少ないと考えられる。

A. maritima毛状根抽出物と単離した個々のPAのBiomphalaria glabrataに対する殺巻貝活性を調べた。MeJで誘導をかけた毛状根のクロロホルム抽出物は50ppmの濃度で5日間処理すると,100%の巻貝を殺すことができた。AmbrosinはA. maritima地上部の殺巻貝活性の本体と考えられてきたセスキテルペンであるが,化合物1はそれと比べて強い活性(5ppmの濃度で93%の巻貝を殺し,LC50は2.64ppmであった)を持っていた。他のPAも同様に活性を測定したところ,活性の強い順に3>2>1>4となった。とくに,もっとも強い活性を示した化合物3はPAのなかで培地中に分泌された唯一のものである。

以上まとめると,AbouZid SamehはA. maritimaの毛状根および培養細胞系を構築し,エリシター処理によるPAの生産の最適化を行った。その後,PAの生合成に関して標識前駆体の投与により,脂肪酸の異化経路により生合成されることを明らかにした。さらに,PAの新たな生物活性として,住血吸虫症の中間宿主である淡水産巻貝に対する顕著な活性を明らかにした。以上の結果は薬用植物学,天然物化学ばかりではなく,化学生態学の進展にも寄与するものであり,博士(薬学)に相応しいと判断した。

Chemical structure of the isolated polyacetylenes

Hypothesis for PA biosynthesis in the root culture of A. maritima

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