学位論文要旨



No 118643
著者(漢字) 千葉,順哉
著者(英字)
著者(カナ) チバ,ジュンヤ
標題(和) リボースに金属配位子を導入した人工ヌクレオシドの合成と金属錯形成による主鎖形成
標題(洋)
報告番号 118643
報告番号 甲18643
学位授与日 2003.10.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4420号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 助教授 市川,淳士
 東京大学 助教授 岩田,耕一
内容要旨 要旨を表示する

DNAの主鎖は、デオキシリボースがリン酸ジエステル結合を介して縮重合している。その主鎖を共有結合ではなく、可逆な結合とすることにより、テンプレートDNAの持つ情報に従ってモノマーが組織化する分子集積体を構築できる可能性がある。金属配位結合は、用いる金属イオンと配位子の組み合わせを変えることにより、金属錯体の熱力学的安定性や電荷を制御できる可逆的な非共有結合である。本研究は、DNAの主鎖に金属配位結合を導入し、金属錯形成を駆動力として、可逆的に主鎖形成可能な人工DNAの創製を目的としている(Fig.1)。この人工DNAは、テンプレートDNAを金属錯体の集積場として利用するため、金属錯形成を介して、モノマー配位子が自発的かつ可逆的に組織化し、熱力学的に安定な一義的構造が構築されると期待できる。筆者は、リボースに金属配位部位を導入した種々の人工ヌクレオシド(Chart 1)を合成し、金属イオンとの錯体形成ならびにテンプレートDNAとの相互作用を検討した。

【3'位と5'位に同じ金属配位部位を導入した人工ヌクレオシドの合成】

ヌクレオシドの3'、5'位水酸基をチオール基に置換した人工ヌクレオシドを(Scheme 1)に従って合成した。2'-デオキシチミジンを出発原料とし、鍵中間体となる分子内環化体へと誘導した。この分子内環化体に対してSN2反応により硫黄ドナー原子を導入し、続いて脱保護反応を経て目的とする3',5'-ジチオ-2'-デオキシチミジン1を高収率で得た。リボースの3'位の立体配置は、X線結晶構造解析により確認を行った。

【3'位と5'位に同じ金属配位部位を導入した人工ヌクレオシドの金属錯形成】

次に、化合物1とAu(I)イオンとの錯形成を行った。Au(I)イオンは二つのチオール基と直線型の錯体を形成することが知られている。アセトン溶液中、1とAu(I)イオンとを1:1の比で混合し、さらにジエチルエーテルを加え白色固体として生成物を得た。この白色固体の1H-NMRおよびESI-TOF mass スペクトル測定を行ったところ、1は脱プロトン化を伴ってAu(I)イオンと2:2錯体を形成することが示唆された。錯体の推定構造を下図に示す。Au(I)イオンとチオラート基の間の配位子交換は室温で容易に起こるため、下図のような異性体が生成したと考えられる。

この錯体とテンプレートDNAとの相互作用を検討した(Fig.2)。Poly(dA)に対して、核酸塩基濃度で等量の錯体を混合した溶液のUVスペクトル測定を行った。室温から60℃まで徐々に昇温したところ、核酸塩基由来の260nmにおける吸収が濃色効果を示した。この260nmにおける吸光度を温度に対してプロットすることにより、天然のDNAと同様な融解曲線が得られた。融解曲線の変曲点より求まった融解温度は、約40℃であった。この現象は、天然の二重鎖DNAの融解に伴うUV吸収変化と類似している。しかしながら、複合体の構造に関する知見が得られなかったため、新たに人工ヌクレオシドを分子設計することにした。

【3'位と5'位に異なる金属配位部位を導入した人工ヌクレオシドの合成】

DNAの3'、5'方向性を積極的に制御すべく、デオキシリボースの3'位と5'位に異なる金属配位部位を有する新たな人工ヌクレオシドを考案した。化合物1の3'-チオールを三座配位部位へと変換した人工ヌクレオシド2を設計・合成した。化合物1の5'-チオールを選択的に保護した後、3'-チオールを三座配位部位へと誘導した。続いて5'位の保護基のみを選択的に除去し、次に3'位側を脱保護することにより、2を2塩酸塩として単離した(Scheme 2)。

【3'位と5'位に異なる金属配位部位を導入した人工ヌクレオシド金属錯形成】

合成した化合物2とZn(II)イオンとの錯形成を試みた。炭酸カリウムで中和した化合物2とZnSO4・7H2Oを1:1の比で混合した水溶液の、ポジティブイオンモードでのESI-TOFマススペクトル測定を行った。分子量423.06に、化合物2とZn(II)イオンとが1:1の比で錯形成した錯体[2-H++Zn2+]+に相当するピークが観測され、同位体パターンも理論値と良い一致を示した。この値は、金属錯体がポリマー構造を形成したときのビルディングブロックの分子量に相当する。また、重水中1H NMR測定を行ったところ、ヌクレオシド部分のピークがブロードに観測されたことから、錯体がポリマー構造である可能性が示唆された。次に、亜鉛錯体とテンプレートDNAの相互作用の検討を、UV淡色・濃色効果や融解温度測定により試みた。Poly(dA)に対して、核酸塩基濃度で等量の化合物2とZn(II)イオンを加えた混合溶液のUVスペクトル測定を行った(Fig.3)。25℃において、Poly(dA)のみと化合物2のみの吸収スペクトルの和 (Fig.3 (c)) よりも、混合溶液の260nmにおける吸収が淡色効果を示した。また、この混合溶液を85℃まで徐々に昇温したところ、核酸塩基由来の260nmでの吸収に大きな濃色効果がみられた。260nmでの吸光度を温度に対してプロットすると融解曲線が得られた。変曲点より求まった融解温度は、約60℃であった。これらの現象は、天然の二重鎖DNAの融解に伴うUV吸収変化に類似している。

【結論】

筆者は、金属錯生成により主鎖形成する人工DNAの創製を目指し、金属配位部位を導入した人工ヌクレオシド1,2を設計・合成し、各種金属イオンとの錯形成を行った。化合物1はAu(I)イオンと、2はZn(II)イオンと錯形成させ、それぞれの錯体について1H-NMRおよびESI-TOF mass スペクトル測定により構造解析を行った。化合物1とAu(I)イオンから得られた金属錯体がテンプレートDNAと有効に相互作用することを、融解実験により明らかにした。しかし、複合体の構造に関する知見は得られなかった。ヌクレオシドの3',5'-方向性を積極的に制御した化合物2とZn(II)イオンから得られた錯体はポリマー構造を形成していると示唆された。この錯体と Poly(dA)とが有効に相互作用していることを、UV淡色・濃色効果と融解温度測定により明らかにした。本研究では人工DNAの主鎖が金属錯形成により構築されるため、電気・磁気化学的な興味が持たれるのはもちろんのこと、医薬分野への応用も期待できる。

DNA-directed Self-assembly

Thymine-type Artificial Nucleosides

(a) MsCl, Pyridine, 96%; (b) Et3N, EtOH, 93%; (c) NaH, 4-methoxy-α-toluenethiol, DMA, 97%; (d) TFA, phenol, 72%.

Temperature-dependence of UV absorbance for the mixture of Au(I) complex and Poly(dA) (24,30,36,42,48,54,60℃). Inset, UV-melting curves (λ=260nm) of the same solution. [Au(I) complex]=[Poly(dA)]=20μM in 40% methanol aqueous solution containing 1.0mM Mops (pH 7.0), 10mM NaCl.

(a) DMTrCl, pyridine, THF, 87%; (b) (Boc)NH(CH2)2N(Boc)(CH2)2OTs, K2CO3, THF, 88%; (c) (i) AgNO3, NaOAc, THF/MeOH; (ii) DTE, NaOAc, THF/MeOH, 82%; (d) HCl/dioxane, 92%.

UV absorbance for the mixture of 2, Zn(II), and Poly(dA) at (a) 85℃ and (b) 25℃. (c) Sum of UV absorbance for 2 and Poly(dA) at 25℃. [2]=[Zn(II)]=[Poly(dA)]=20μM in aqueous solution containing 1.0 mM Mops (pH 7.0), 10mM NaCl.

審査要旨 要旨を表示する

核酸のような情報を保持した鋳型分子を利用することによって、分子情報を蓄積・転写・複製する分子システムの構築が盛んに行われている。DNAは、共有結合であるにリン酸ジエステル結合を介して、4種類の核酸塩基が一次元的に配列し、遺伝情報を蓄えている。DNAの持つ「情報」を利用して、目的の分子や官能基を思い通りに集積化できれば、機能性分子を設計する上で非常に有用な手法となりえる。本研究では、DNAの主鎖に金属配位結合を導入し、金属錯形成を駆動力として、可逆的に主鎖形成可能な人工DNAの創製を目的とした。本論文では、デオキシリボースの3',5'位水酸基を金属配位部位へと官能基変換した人工ヌクレオシドの合成、金属イオンとの錯体形成ならびにテンプレートDNAとの相互作用の検討が行われた。

本論文は全4章からなり、第1章では、本研究の目的、背景が記述されている。

第2章では、デオキシリボースの3',5'位に同じ金属配位部位を導入した人工ヌクレオシドについて記述されている。まず、チオール基・チオエーテル基・アミノ基を導入したチミン型人工ヌクレオシドの有機合成法、および構造解析が示されている。また、チミン型人工ヌクレオシドの合成中間体を利用した核酸塩基交換反応によって、アデニン型人工ヌクレオシドヘと誘導できることが示されている。これにより、効率よく人工ヌクレオシドのアルファベットを増やすルートが確立された。次に、デオキシリボースの3',5'位にチオール基を導入した人工ヌクレオシドとAu(I)イオンとの錯体合成について検討が行われた。アセトン溶液中、デオキシリボースの3',5'位にチオールを導入した人工ヌクレオシドとAu(I)イオンと1:1の比で混合し、さらにジエチルエーテルを加え白色固体として生成物を得た。この白色固体の1H-NMRおよびESI-TOFマススペクトル測定を行ったところ、人工ヌクレオシドのチオール基が脱プロトン化を伴ってAu(I)イオンと2:2錯体を形成することが示唆され、錯体の推定構造が示された。Au(I)イオンとチオラート基の間の配位子交換が室温で容易に起こることを確認し、さらに、UV吸収スペクトル測定を用いた融解実験により、この金属錯体が鋳型DNA (Poly(dA)) と有効に相互作用を示すことを見いだした。

第3章では、デオキシリボースの3',5'位に同じ金属配位部位を導入した人工ヌクレオシドについて記述されている。まず、DNAの3',5'方向性を積極的に制御すべく考案された新規人工ヌクレオシドの設計と合成が示されている。次に、この人工ヌクレオシドとPt(II), Pd(II), Zn(II)イオンとの錯形成が検討された。1H NMRならびにESI-TOFマススペクトルにより構造解析を行ったところ、鋳型分子が存在しない場合でも、金属錯形成によりヌクレオシドの向きが揃った主鎖が形成されていることが示唆された。これらのうち、Zn(II)錯体が Poly(dA)と有効な相互作用を示すことが融解実験により示された。この現象は、天然DNA2本鎖が温度依存的に1本鎖へと融解する現象に類似しており、複合体の推定構造が示された。

第4章では、本論文の総括および、今後のこの研究の展望が述べられている。

以上のように、本博士論文では、金属配位部位を導入した各種人工ヌクレオシドの合成法、これらの金属錯形成によるDNA主鎖形成、および人工DNA鎖と天然型DNA鎖との相互作用が明らかにされた。

なお、本論文の第2〜3章は、田中健太郎氏、塩谷光彦氏、城始勇氏らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格を有すると認める。

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