学位論文要旨



No 118797
著者(漢字) 加藤,豪
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ゴウ
標題(和) 1次元ハイゼンベルグ模型の解析的研究
標題(洋) Analytical Study of the One-Dimensional Heisenberg Model
報告番号 118797
報告番号 甲18797
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4450号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 国場,敦夫
 東京大学 教授 高山,一
 お茶の水女子大学 教授 出口,哲生
 東京大学 助教授 白石,潤一
 東京大学 助教授 福山,寛
内容要旨 要旨を表示する

多自由度系全体としての振舞を系統的に理解することは、物理系の運動の発展を記述する方程式を発見するのと同等に、重要で困難な問題である。このように、物理的問題の重要な側面の1つである「多自由度系の振舞の理解」に対する方法論が統計力学である。その方法論を用いて現在盛んに研究されている対象として、スピン模型がある。そもそも、スピン模型には以下の様な特徴がある。磁化という物理量がマクロとミクロ両方の世界において、初等的にもはっきりしている。その結果、統計力学本来の目的である「集団としての振舞を系統的にとらえる」という事のみが解決すべき困難として残っている。そのため、統計力学の本質の多くがそこに詰め込まれていると考えられる。これらの特徴が、スピン模型に関する研究が盛んに行われる理由であろう。

しかし、スピン模型に関する統計力学的理解は、対象・方法論が与えられているにもかかわらず、多くの近似によって得られた共通認識としての「常識」が形成されたに過ぎない。これが2,3次元の模型における現状である。つまり、解析的に物理量が与えられて初めて本当の理解が得られたと考える立場に立つならば、2,3次元の模型においては何も理解できていないと言っても過言ではない。

そこで、厳密に解析できる系を深く理解し、現実的な模型に発展させていこう、というのが、統計力学を研究する上での1つの立場であると考える。一方、1次元ハイゼンベルグ模型は可積分模型である。ここでの「可積分」とは、固有値がある意味で解析的に与えられる事を意味するのみであり、全ての物理量が既に解析的に与えられた事を示すものではない。そのため、この模型において解析的に物理量を導出し理解を深めようとした場合に適度な困難が存在している。1次元ハイゼンベルグ模型が盛んに研究されている模型の内の1つであるのは、このような事情によるものと考える。

著者は、このような認識の基に、1次元ハイゼンベルグ模型の「分配関数」と「絶対0度における相関関数」の2つの物理量の解析的考察を行った。分配関数を解析する量として選んだ理由は、統計力学の基本的な目標の1つとして相転移に関する情報を解析的に示すという点にあるからである。また、相関関数を解析する理由は、ハイゼンベルグ模型は磁性体の模型であり、自発磁化等の相関関数が理解に重要であると考えるからである。

Part1 分配関数の導出

XXXハイゼンベルグ模型の固有値はで表される。ただし{xm}はBethe方程式を満たす。この事実のみを前提として、現在知られている方法と全く独立な方法で分配関数を導出する。

現在までに知られている方法として、熱力学的ベーテ仮説法(TBA)と量子転送行列(QTM)という2つの方法が知られていた。しかし、このそれぞれの方法は次の様な事情により満足のいく方法ではないと考えられる。

まず、TBAに関して議論する。TBAを用いた導出は以下の様に行われる。まず、上述の{xm}の満たす関係式の熱力学極限を取る事で、「電子」と「正孔」に関する運動量密度関数ρe(κ), ρh(κ) に関する積分関係式と解釈しなおす。次にρe(κ), ρh(κ) を用いた非平衡状態のエントロピーを用いた時の自由エネルギーの最小化条件から、平衡状態であるためのρe(x), ρh(x) の条件式を導出する。このρe(x), ρh(x) に関する2つの関係式から2つの密度関数が一意に決定され、平衡状態の自由エネルギーつまり分配関数が与えられる。しかしこの導出方法において幾つかの問題点が指摘できる。まず、{xm}は Bethe 方程式によって強く相関しており、非平衡状態のエントロピーとして「同じ巨視的状態になる場合の数」が上述の方法で数えられていると解釈するのは、あまりに理論的飛躍が大きい。さらに、この自由エネルギーを最小化して平衡状態を与えているが、そもそもそのようにして得られた自由エネルギーと数学的定義としての分配関数Tre-βHとの関係は熱力学から経験的に要請される関係であって、本来は数学的に証明されなければいけない関係である。つまり、物理的直感や近似を用いず解析的に厳密に理解しようという可積分模型を研究する本来の目的を満たされておらず、解析的分配関数の導出法として満足のいくものではない。

次にQTMに関して議論する。QTMは次のような方法で導出される。まず、鈴木-Trotter 変換により、1次元量子模型を2次元古典模型にマップする。この置き換えにより、Trotter 方向の転送行列の最大固有値が熱力学極限における分配関数となる。この時、Trotter 方向の転送行列を Trotter 数を有限にして、Bethe Ansatz によって対角化する。この時の最大固有値に対応する偽運動量の集合から作られる dressed energy 関数の解析的特性を調べる。この結果を外挿する事で、Trotter 数無限大の時の最大固有値に対応する dressed energy 関数を一意に決定する方程式を導出する。そして、その dressed energy 関数を使って最大固有値を表現する。以上がQTMの概観である。しかし、導出途中において行われる解析的関係の Trotter 数無限への外挿に数学的証明は無く、その関係は経験からくる推量でしかない。この点が厳密な解析性を求める上での大きな問題である。つまり、分配関数の解析的導出法として満足のいく方法ではないと考えられる。

この様に、これまでに存在した2つの方法はそれぞれ厳密な解析的導出という意味において十分満足のいく方法であるとは思えない。そこで、本論文において、前出の2つの方法とは全く独立でより解析的に厳密な導出方法を提示した。以下この方法の概観を延べる。この方法は、自由粒子の分配関数の一般的な方法と良く似ているため、以下比較しながら説明する。まず、一個の自由粒子の場合の固有エネルギーはE(κ)と書ける、ただし、κはeκL=1を満たしさらにE(κ)=κ2を満たす。この時分配関数は熱力学極限においてと計算される。ただし、nはeκL=e2πinを満たす。ハイゼンベルグ模型においても、同様の計算を上向きスピンがMの部分空間VMに制限して行うわけである。具体的にはという熱力学極限における関係を用いる。ただし、HMは本来のハイゼンベルグ模型のハミルトニアンがVMの空間へ制限された演算子とし、Imはによって定義されるものとする。上述の関係を利用して分配関数を求める過程において、解決した困難は以下の2点に集約される。1つは、上述した積分において積分経路は明記していないが、実際この積分経路は積分変数に関して極度に相関をもった複素積分になっており、この評価が非常に難しい点。もう1つは、上述によって与えられるのは、制限された空間における対角和である点、つまり、それぞれの部分空間における対角和すべてを足し上げる必要がある。本論文において、第1の困難はnmの定義式にうまくパラメーターを入れる事で、変数間の相関が消えるような積分経路の変形を定義する事で解決した。また、第2の困難は、足し上げた結果の関数がある方程式を満たすことを証明することで解決した。

以上の方法によって本論文において得られる結果は、TBAによって得られる結果と同等の表現をしている。

Part2 絶対0度における相関関数の解析。

磁場のないXXZハイゼンベルグ模型の相関関数に関して以下のような事実が知られている。まず、隣接するm点相関関数はm重の積分で表される事が知られている。例えば、-1<Δ=cosπν<1の時は以下のようになる。ここで、〓,〓'は+又は-のどちらかをとり、E(κ)〓',〓はκ番目のスピン空間e+〓e-に作用する2×2行列で、〓'行〓列のみが1で他の3要素は0である。また、A±, α-はそれぞれ、〓,〓'によって一意的に決まる整数の集合と整数から整数への写像である。さらに、長距離相関の漸近展開として、以下の2つの量の解析的値が導出されている。1つめは、6<IImj=1(Szj+1/2)>の長距離における漸近展開の最低次の項。これはmが十分大きい場合の上述の積分表式を鞍点法によって評価して求められている。2つめは、;<Sα1Sαm>の長距離の漸近展開の最低次と、その次の項。これらは、模型の連続極限から得られる場の理論から導出されている。しかし、これら長距離相関を求める方法は、その求める物理量に依存する所が大きかったり、高次の項が求められなかったりというような問題点がある。そこで、この積分表示を系統的に簡単化する事は重要である。本論文においては、上述のような<E(1)〓'1〓1…E(m)〓'm〓m>の積分表示の簡単化の一般的処方箋と具体例を示した。ここで、一般的処方箋とは、上述のようなm重積分を変形しm/2回積分を実行し1重積分の多項式に変形する手続きを意味する。この処方箋を一般のmで実行する事はまだできておらず、本論文においては、m=1〜4における独立な15個の積分表示された相関をこの処方箋で簡単化した。それぞれの積分は結果的にの多項式となった。ただし、jが奇数の値のみが用いられ、多項式の係数はcosπηとsinπηの有理式である。ここで、ηはΔに依存する以下の条件によって決定されるとする。まず、ηはcosπη=Δを満たす。さらに、-1<Δ<1の時は0<η<1、1<Δの時は0<〓(η)の純虚数である。△<-1の場合は相関が自明になり、本論文においては議論されていない。

以上のように本論文においては、XXX模型の分配関数の新しい導出法を示し、XXZ模型の相関関数のまったく新しい簡明な表式を具体的に導出した。これらの全ての方法論及び解析は、著者が独自に確立・実行したものであり、これらの結果は低次元量子スピン系の統計力学に新しい知見を与えている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文の主題はスピン1/2 1次元ハイゼンベルグ模型の解析的研究である.これは磁性体の量子論的模型として古くから詳しく研究されており,特にベーテによるハミルトニアンの対角化(1931年)以来,厳密に解ける模型,あるいは量子可積分系の最も基本的,規範的な例として今日でも重要な位置を占めている.論文提出者の主な結果は二つあり,それぞれ論文の Part IとPart IIに与えられている.

第一の結果は等方的ハイゼンベルグ模型(XXX模型)の分配関数の新たな導出法の開発である.一般に分配関数の計算は,無限個の固有状態についての足し上げ操作を伴うため可積分系においても容易ではない.この困難を克服する方法としては従来ストリング仮説による熱的ベーテ法と量子転送行列法という二つの方法が知られていた.それによれば分配関数はある非線形積分方程式の解により特徴づけられる.この結果自体が厳密であることには多くの検証があり疑念の余地はない.しかしその導出には,ベーテ方程式の根のパターンや量子転送行列のゼロ点分布などについて,数値的な検証に頼らざるを得ない仮定が介在している.これに対して論文提出者の提出した第三の方法は,状態和の定義とベーテ方程式,エネルギー固有値の表式だけから出発して分配関数を特徴づける積分方程式を導くものである.用いる仮定は,システムサイズ無限大の極限でポワソン和のある項のみがOでない有限の寄与を与えることと,ある複素多重積分の積分路変更に際する不変性のみである.これらの仮定は数値的に検証されうるといったレベルの漠然とした性質ではなく,数学的な命題として定式化しうるものであり,部分的に証明も達成されている.このように完全に数学的に厳密な導出とのギャップが若干の明確な命題にまで追い詰められるような独創的なアプローチが開発されだことは意義深い.

第二の結果は異方的 (XXZ) ハイゼンベルグ模型の基底状態における相関関数に関するものである.既知の結果は多重積分として与えられるものであったが,これを一重積分の多項式に簡約する系統的な処方箋を提出した.完全に一般の場合にこの処方箋で十分であるかは証明されていないが,4隣接サイトまでは実際に任意の相関関数の明示公式を与えることに成功している.

以下,章ごとにその内容を概観する.第1章では導入として,ハミルトニアンの固有値,ベーテ方程式を与えて問題設定を行い,関連するこれまでの研究やその問題点等が議論され,Part I,IIの主結果を総括し,本論文の動機やその結果の位置づけ等が述べられている.

第2章から第8章までがPart Iをなす.第2章では下向きスピンの数Mが2の場合の例に沿って基本的なアイデアを説明している.その核心はベーテ方程式の根の衝突を回避するためのメビウス反転,ポワソン和からの熱力学的極限での寄与の抽出,ベーテ方程式へのパラメータの挿入による積分路の変更である.

第3章では第2章のアイデアを一般のMにおいて実行している.これは11のステップからなる精緻な計算の集積である.結果として下向きスピンM個のセクターの分配関数がパラメーター入りベーテ方程式のヤコビアンを重みとするメビウス和として与えられる.

第4章から第6章では問題のヤコビアンがストリング仮説に基づいて形式的に計算したものと一致することを指摘し,自由エネルギーのMごとの展開係数について第3章と類似の結果を導き,そのグラフ展開による記述を与えている.

第7章では自由エネルギーの展開係数uMを拡張した関数uM(x)を導入し,Mについての漸化式を導出している.これによりuM(x)のMについての母関数が目標の積分方程式の解となることが証明されている.技術的な補題は付録A〜Pにまとめられている.第8章は Part Iの要約である.

第9章から第13章までが Part IIをなす.第9, 10章では臨界,非臨界的反強磁性領域のそれぞれにおいて相関関数の多重積分表示を簡約する一般的処方箋を説明している.基本的には被積分関数の対称性を利用して,複数の積分変数に依存する分母を順次消去していく操作である.

第11, 12章では最隣接相関関数についてその適用を例示し,次々近接相関関数の表式を与え,4サイト相関の異方性パラメータ依存性をグラフにした.付録Q, Rには4サイトの場合の計算の詳細と任意の相関関数の明示公式が与えられている.第13章はPart II の要約である.

本論文の成果は1次元ハイゼンベルグ模型について独創的な解析的手法,新しい結果を提供するもので,学位論文として十分な内容を持っている.

なお,本論文Part Iの一部は和達三樹氏と,Part IIの一部は高橋實,城石正弘,堺和光氏との共同研究に基づくものであるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する.

以上のことから,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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