学位論文要旨



No 118799
著者(漢字) 加用,一者
著者(英字)
著者(カナ) カヨウ,イッシャ
標題(和) 宇宙大規模構造の1点, 2点, 及び3点統計解析
標題(洋) One, Two, Three-measuring evolved large scale structure of the Universe
報告番号 118799
報告番号 甲18799
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4452号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 助教授 柴田,大
 東京大学 助教授 大橋,正健
 東京大学 教授 岡村,定矩
 国立天文台 助教授 山田,亨
内容要旨 要旨を表示する

宇宙には様々な大きさの構造があるが、知られているもっとも大きな構造が、宇宙大規模構造とよばれる特徴的長さが10Mpcに及ぶ構造である。この構造は大変に大きいため、現在の宇宙年齢程度では十分に進化し尽くしておらず、宇宙初期の情報を多く蓄え持っていると考えられている。大規模構造の研究の主流は正にその点に注目しており、宇宙論パラメータ決定などが精力的に研究されている。しかし、我々が観測している宇宙大規模構造は、多くの場合、非線形の極致にある銀河によって形成されていることを忘れてはならない。一般には、銀河分布と、大規模構造の基本的要素と考えられているダークマター分布との間には、非自明な関係があるであろう。この関係はバイアスと呼ばれる。本論文は、ダークマター分布と銀河分布との間にあるバイアスについて、理論的立場と観測的立場の両者から研究し、理解を深めることを目指すものである。

大規模構造研究は、銀河分布を統計的手法により定量化することから始まる。一般的に情報を多く捨象する低次の統計量ほど我々へ多くの情報を与えるというパラドックスがあるように見える。そこで我々は1点、2点、及び3点の統計量という基礎的な量を用いた。1点統計量とは、分布の平均や分散などに代表される位置情報を含まない統計量であり、系の全体的な特徴付けを行う。2点統計量とは、空間的に離れた2点における量を定量化したものであり、代表的なものに2点相関函数がある。特に引力の性質しかない重力によって形作られる構造の場合、2点相関函数はクラスタリングの強さを特徴付ける量として有用である。さらに3点統計量は、ここでは3点相関函数を用いるが、重力進化の非ガウス性を定量化するのみならず、大規模構造に特徴的なフィラメント構造のような非等方な構造を定量化することができる。我々はこれらの統計量に現れるバイアスの影響を調べ、バイアスを生む物理過程の理解のためのヒントを得ようと考えている。

まず、ダークマター分布の1点統計の性質を、特に1点確率分布函数を用いて調べた。1点確率分布函数は、1点統計量の全ての情報を含んでいるため極めて重要な量である。また、バイアスの観点からは、ダークハロー(ダークマターのビリアル平衡に達した塊。銀河団などに相当する)に関する現在の標準的なバイアスモデルが、ダークマターの1点確率分布函数を必要としするため、より正確な1点確率分布函数の表式が求められていた。しかしながら、重力の非線形で非局所的性質のため、1点確率分布函数についてすら理論的な予言は難しいのが現状である。もちろん摂動論的解析や、N体シミュレーションを用いた経験的研究はなされている。N体シミュレーションからは、1点確率分布函数が「対数正規分布函数」により近似されることが示唆されており、上記のバイアスモデルにもこの函数が用いられている。しかし、摂動論的解析によると、対数正規分布函数がよい近似であるのは、現在の標準的ダークマターモデルであるコールドダークマター(CDM)の場合のみであり、しかも、CDMのパワースペクトルの巾が偶然-1に近いからであるというのである。つまり我々が得ていたダークハローバイアスのモデルはCDMの場合のみ成り立つ特殊な物であるということになる。

では一般的にはダークマターの1点確率分布函数はどのような函数で表されるのであろうか。我々はこの問題に、様々な宇宙モデル及び初期密度ゆらぎのパワースペクトルの高分解能N体シミュレーションを系統的に用い答えることを試みた。結果は、宇宙モデルやパワースペクトルの巾によらず、今までよりもより広い密度ゆらぎの範囲で対数正規分布函数がよい近似である、という驚くべきものであった。数式変形としては、対数正規分布函数は、初期のガウス分布に適当な1対1変換を施せば得られる。同じことをさらに2点確率分布函数に適用すると、2点確率分布においても「対数正規分布函数」がよい近似であることがわかった。摂動論では論じ得ない強非線型性領域での未知のメカニズムの存在を示唆している。

我々はダークマター分布の1点確率分布函数が、宇宙論モデルや初期パワースペクトルにあまり依存しない点に注目し、この性質をハローモデルと呼ばれる現象論的モデルで説明できないか試みた。ハローモデルとは、近年注目されている構造形成のモデルであり、銀河の2点相関函数、弱い重力レンズの統計、ライマンブレイク銀河などの高赤方偏移天体の統計など、幅広く用いられている理論モデルである。解析の結果、対数正規分布函数が広く適用できたのは、ダークハロー密度プロファイルや、ダークハローの数密度が宇宙論モデルや初期パワースペクトルにあまり依存しないことと密接に関わっていることを見出した。我々の結論は、1点確率分布函数のある種の統一性を、ダークハロー密度プロファイルの統一性に言い替えただけだとも言えるが、全く異なる話題であった問題が結び付いたという点で興味深い。ハローモデルの有用性を、1点統計量の立場からも示したと言えよう。また、我々のモデルは、より高分解能N体シミュレーションを行えば対数正規分布函数からずれるであろうことを予言している。我々の予想通りになるかどうか興味深い。

さて、実際の銀河分布に目を向けよう。1969年東辻と木原は銀河の2点相関函数が距離の-1.8乗の単一巾でよく表されることを見出し、この性質は現在でも基本的に支持されている。その後観測領域が拡大するにつれ、銀河の性質毎の相関函数が調べられるようになった。現在までにわかっている主な点をまとめると次のようになる。(1)楕円銀河の相関函数は渦巻銀河よりも大きい(2)赤く古い銀河の相関函数は青く若い銀河よりも大きい(3)明るい銀河の相関函数は暗い銀河よりも大きい。これらの性質は、現在の標準的な構造形成理論の枠組で自然に説明される。初期の微小な質量密度ゆらぎは重力不安定性により進化していくが、特にCDMでは小さな構造から生成され、それらが次第に大きくなっていくと予言される。このような状態では、まだゆらぎがそれほど大きくない時に生成されたダークハローは大変珍しい天体であり、ダークマターに対して強くバイアスされている。一方、上記の楕円銀河や赤い銀河は年齢が古いと考えられ、それらが存在するダークハローも必然的に古い時期に生成されたと期待される。また、明るい銀河は重たいダークハローに存在すると考えられるので、この重いダークハローの種となるダークハローも古い時期に生成されるはずである。よって、(1)-(3)の性質があわられると考えられるのである。

ダークマターとのバイアスの観点から我々はスローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)のデータを用い、銀河の形態毎の2点相関函数を計算、ダークマターの2点相関函数の理論予言との比較を行った。その結果、楕円銀河が渦巻銀河よりも相関が強いことを確認するとともに、0.2Mpc/h-4.0Mpc/hにわたりダークマターへのバイアスが各々の形態でスケールに依存しないことを見出した。このスケールはちょうど非線形領域と線形領域の境目にあたるところである。境界領域にあるということがバイアスにも影響を及ぼしそうに思われるが、そうなっていないということは不思議である。

さらに、SDSSのサンプルが大きいことを活かし、上記の(1)-(3)に加えて、各々の形態中で、相関函数に光度依存性があるかどうかを調べた。全体として(1)-(3)の傾向を再現するものの、(i)楕円銀河では光度依存性が弱い(ii)明るくなるほど形態依存性が弱くなる、という新しい性質を見出した。上記の(1)-(3)の理解に加えて、ダークハロー内でのバイアスの進化、という動的な描像を必要とすると考えている。銀河の生成、進化モデル構築に新しい情報、あるいは制限を与えたことになるであろう。

3点相関函数は2点相関函数とほぼ同時期から研究されているが、統計量としての複雑さから2点相関函数ほどには研究が進んでいない。その中で、実際の銀河の3点相関函数に関しては、それを2点相関函数の自乗で割った値Qが3点の三角形の大きさや形にあまり依らず1程度の定数で表されることが示唆されていた。一方で、摂動解析やN体シミュレーションからは、一般にQは定数でないことが知られており、観測と理論で食い違いを見せていた。また、ごく最近、ハローモデルの手法により、2点相関函数を再現するバイアスモデルの延長として3点相関函数を計算すると、Qが銀河の性質(色)に強く依存することが予言された。

我々はSDSSのデータを用い、Qが定数であるのか、また、3点相関函数としては初めて銀河の種々の性質(形態、色、光度)に依存するのかを調べた。その結果、Qは三角形の大きさや形にあまりよらないこと、さらに、Qは銀河の性質にも依らないことを見出した。特に後者は、2点相関函数に見られる明らかな銀河の性質依存性と、3点相関函数の銀河の性質依存性とが絶妙に相殺していることを示しており驚かされる。2点相関解析からは、バイアスがスケールに依存しないことがわかった。このことをダークマターと銀河分布の間にスケールによらないバイアス関係があると読みかえると、我々が新たに見出したQが銀河性質にあまりよらないという事実は、バイアスが非線形であることを意味している。つまり、バイアスはスケールによらず、かつ非線形であることがわかった。また、Qの振舞が理論モデルと大きく食い違っているということは、我々の銀河生成、進化に関する理解が浅いことを示すと同時に、理解を進めるためには3点相関解析が有効であることを明確に示している。

本論文のこのような結果は、1点、2点、3点統計量が伝統的な統計量でありながら、高分解能N体シミュレーションや、SDSSに代表される巨大な銀河カタログといった新しいデータにより、統計量としての力を色褪せることなく発揮していることが端的に示された結果と言える。これらの結果は理論モデルが満たすべき制限として大変有効であろう。

審査要旨 要旨を表示する

現在の宇宙では、銀河や銀河団がフィラメント状に連なり、顕著な大構造を示す。これは密度パラメータ0.3、宇宙定数0.7のユークリッド的な時空の中で、初期宇宙に内在した小振幅のガウス的な密度揺らぎが、冷たい暗黒物質(CDM)の重力により極度に非線形な増幅を受けた結果として、大筋は説明できる。しかし一歩進んで構造形成を定量的に理解しようとすると、(1)暗黒物質の分布が直接は観測できないこと、(2)3次元的な銀河分布の測定が不十分なこと、(3)銀河の複雑な空間分布を定量化する方法が不十分なこと、(4)銀河の分布は暗黒物質の分布とは必ずしも一致せず、銀河形成に伴う複雑な過程により「バイアス」が生じること、などの困難に遭遇する。

そこで申請者は、(1)に対しては他の研究者によるN体シミュレーションの結果を援用し、(2)は稼動を始めたスローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)の初期観測データから、約47,000個の銀河の3次元的な位置を抽出して用い、(3)に対しては古典的な1点統計や2点統計解析に加え、これまで研究の乏しかった3点統計解析を行った。研究手法は、大量データ(N体シミュレーションおよびSDSS)の精密な統計処理であり、その結果として、おもに(4)に対する知見が得られることになる。

第1章での序論、第2章でのレビューに続き、第3章で申請者は、他の研究者がN体シミュレーションで得た「現在の宇宙における暗黒物質分布」から、1体の密度分布関数を導いた。その結果、宇宙論パラメータや初期揺らぎのパワースペクトルによらず、暗黒物質の分布は様々な空間スケールにわたり、「対数正規分布」でよく表現できることがわかった。これは、初期揺らぎのスペクトル指数が-1の場合に限り対数正規分布になるという、摂動論による予測を覆すものである。申請者はまた、ハローモデルと呼ばれる現象論的な考え方(カスプ的密度分布をもつ暗黒物質の塊がある確率分布で散在する)に従うと、対数正規分布が自然に説明できることを示した。

第4章では、N体シミュレーションとSDSS観測データの両方に対し、2点統計解析が行われ、それらの2体分布関数も対数正規分布で良く表現できることが示された。第3章の結果と合わせて、対数正規分布を実現する、未知の理由があることが示唆される。

第5章では、2体相関関数を用いて2点統計解析が続行された。その結果、2桁の距離スケール (0.3〜30 Mpc) にわたり、暗黒物質(N 体計算の結果)と実在の銀河 (SDSS) は良く似た2体相関関数を示し、相関の強さは実在銀河の方が0.8〜1.5倍ほど大きいことがわかった。これは銀河形成の「バイアス」が空間スケールにあまり依存せず、かつ比較的弱いことを意味する、新しい知見である。申請者はさらにSDSSデータを様々なサブサンプルに分類して解析した結果、渦巻銀河より楕円銀河が、青い銀河より赤く古い銀河が、また暗い銀河より明るい銀河が、より強い2体相関を示すことを示した。これは過去の研究で指摘されていたことだが、現時点で最大のデータ量を誇るSDSSでそれが確認された点に意義がある。

申請者は第6章では3点統計に挑戦した。焦点は、3体相関関数をその基になる2体相関関数で規格化したQという量が、ほぼ1に近い定数をとるという「階層仮説」が成り立つか否かである。その結果、第1体と第2体を結ぶ直線上に第3体が来る確率が高いという、フィラメント構造の特徴が得られたが、それを除けばQはほぼ1に近く、3体の間隔、銀河の明るさ、形態、色などにほとんど依存しないことがわかった。2点相関関数に見られた差が、みごとに消え去っていることになる。一方、他の研究者がN体計算を行った結果によれば、暗黒物質のQは、3体の間隔などに強く依存する。もし銀河形成のバイアスが線形なら、暗黒物質のQと銀河のQは定数倍だけしか違わないはずなので、以上の結果を合わせると、銀河形成のバイアスには、かなりの非線形性があることが示唆される。

第7章では、各章の結果をまとめた簡潔な議論が行われ、第8章で結論が述べられている。以上の成果は、宇宙の構造形成に関し新しい知見をもたらすものであり、今後の理論的発展およびSDSS観測のさらなる推進を促すものである。よって本研究は博士(理学)の学位を授与するに値することを、審査員の全員一致により確認した。本研究の一部は、須藤靖氏、樽家篤史氏、および濱名崇氏との共同研究であるが、その中で申請者は中心的な役割を果たしており、共同研究者からの同意承諾書も完備している。

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