学位論文要旨



No 118870
著者(漢字) 三浦,裕亮
著者(英字)
著者(カナ) ミウラ,ヒロアキ
標題(和) 球面測地格子を用いた浅水モデルにおける有限差分/有限体積混合スキームの開発
標題(洋) Development of a mixed finite-difference/finite-volume scheme for the shallow water model on a spherical geodesic grid
報告番号 118870
報告番号 甲18870
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4523号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 住,明正
 東京大学 教授 木本,昌秀
 東京大学 教授 遠藤,昌宏
 東京大学 教授 新野,宏
 埼玉工業大学 助教授 佐藤,正樹
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

現在の大気大循環モデルは水平格子間隔100km程度で用いられるが、計算機の進歩に伴い、将来的には静力学平衡仮定の限界である格子間隔30kmより高い解像度が必要になると思われる。また、雲を直接解像できる更に高解像度な全球モデルも実用化されると考えられる。

現在広く用いられているスペクトル法は、並列化した際の計算速度に問題がある。また、従来用いられてきた格子法では、極付近において格子間隔が極端に細かくなり、計算の時間間隔を制約する要因となる。

これらの問題点を解決するために、球面測地格子(図1)が提案されている。この格子を用いたモデルは、並列化に適していると同時に、全球をほぼ一様に覆うことができるため、極付近においてもCFL条件を特別に考慮する必要がない。

本研究では、浅水波モデルを用いて、過去の研究について系統的な評価を行い、高解像度非静力学モデルに適したスキームを構築した。また、その過程において、計算の精度と安定性を改善する新たな工夫を加えた。

水平離散化法の選択

Z-grid

Z-gridはMasuda and Ohnishi (1986)により提案された方法で、渦度・発散・質量・トレーサーが全て同一の点で定義される。球面測地格子をそのまま用いると、計算の精度が悪いため、Heikes and Randall (1995)は格子の最適化(HR95)により改善を行っている。しかし、HR95の方法は高解像度で用いた場合に最適化が収束しない問題があることが分かった。本研究においては、逐次的な手続きによりに目的関数を最小化する方法を導入し、HR95による格子と似た性質を持つ格子を作成した(I-HR)。また、HR95、I-HRの方法では格子間距離の一様性が損なわれるため、その点を改良した方法(M-HR)を考案し、検討に加えた。

Z-gridで用いられる演算子の精度について、Heikes and Randall (1995)により提案された関数を用いて比較を行った。その結果、今回提案した方法はI-HR、M-HRともに良好な結果を示した。しかしながら、解析する背景場により結果が異なるため、どの方法が最良かについて関数を用いた比較から決定することは困難であった。浅水波モデルを用いた実験において、今回考案した方法を用いることで、HR95では計算できなかった高解像度においても精度よく計算を行うことが可能になった。

以上のように、格子の最適化方法に工夫を加え、高精度な計算が可能なスキームを構築した。しかし、高解像度非静力学モデルに用いる際には、SOR法(あるいはMultigrid法)における繰り返し計算が計算速度を損なうことが分かった。そこで、繰り返し計算を避けるために、運動量を直接予報する離散化法について検討を行うこととした。

A-grid

質量・運動量が同じ点で定義されるA-gridは球面測地格子の複雑な形状の上でモデルを構築するのに適している。A-grid上での離散化方法として、有限差分法・有限体積法が個別に用いられてきた。本研究では、有限差分法は質量・トレーサーの保存を満たすことが難しいため、連続の式の離散化には有限体積法を用いた。一方、有限体積法による傾き演算子の精度は有限差分法に比べ特に高解像度の場合には劣ることが明らかになったため、傾き演算子の離散化には有限差分法を用いた。本研究で構築した有限差分/有限体積混合スキームは、特に高解像度のモデルを構築する場合に、精度の面から有利であると考えられる。

ZM-grid

Ringler and Randall (2002)により提案されたZM-gridでは質量・トレーサーは格子の中心で定義され、運動量は格子の頂点で定義される。彼らの方法では傾き演算子は隣接する3点を用いることで定義される。しかし、この傾き演算子は1次精度であり、浅水波モデルの計算において質量が赤道から極側へ流れる欠点があることが分かった。そこで、有限差分法による2次精度の傾き演算子を新たに定義した。この傾き演算子は隣接する6点を用いることで定義される。この演算子を用いることで、計算の精度が向上し、質量が流れる問題についても解決した。

本研究で定義した傾き演算子は、内挿により精度が損なわれ、計算の安定性にも影響があることが分かった。この点を改善するため、格子の最適化方法について検討を行った。その際に、既存の方法に比べ格子の歪みを減少させることが可能な新しい方法(SCB)を考案した。最適化方法を比較した結果、歪みの小さい格子を用いることで演算子の精度が良くなることが分かった。また、歪みの小さい格子では、計算の安定性が向上した。本研究で行った改良により、球面上においてZM-gridを精度良く実装することが可能となった。

ZM-gridを用いた離散化は、Z-gridを用いた離散化に比べ計算速度の面で有利である。また、A-gridを用いた離散化に比べ重力波の分散関係を正確に表現できるという利点がある。そこで、それぞれの離散化方法における地衡流調節過程を検証する実験を設定した。この実験の結果(図2)、ZM-gridはZ-gridに近い結果を示し、現象の再現性の観点からA-gridに比べ実用的であることが示された。

まとめ

高解像度非静力学モデル構築のため、球面測地格子を採用した。浅水波モデルを用いて、過去に提案された方法と本研究で新たに考案した方法を組織的に調べ、高解像度モデルに最適な水平離散化方法を構築した。

Z-gridにおいて、格子最適化方法を改善し、高解像度な場合にも計算を精度良く行うことに成功した。繰り返し計算による計算速度の低下を避けるため、運動量を直接予報するA-grid、ZM-gridについて検討を行った。A-gridにおいて質量を保存しつつ、高精度な計算を可能とするため有限差分/有限体積混合スキームを構築した。ZM-gridにおいて明らかになった欠点を改善するため、有限差分法を用いた新しい傾き演算子を導入した。有限差分/有限体積混合スキームと格子最適化法により作成した歪みの小さい格子を組み合わせることで、高精度かつ安定な計算を行うことが可能になった。地衡流調節の再現実験の結果、ZM-gridを用いた離散化ではA-gridによる離散化に比べ、Z-gridに近い結果を得ることができた。計算速度・現象の再現性の観点から、ZM-gridが高解像度モデルに適していることが分かった。

球面測地格子の1例。

地衡流調節実験の結果。それぞれ、上図はZ-grid、左下図はZM-grid、右下図はA-gridの場合。水平解像度約120kmの格子を用い、球面上の1点において強制を加えた。図は、24時間後の水面の高さ。A-gridの場合には初期に振動を与えた場所の周りで振動が継続していることがわかる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、7章からなり、第1章は、球面測地格子系を用いた数値モデルについての概要、第2章が、球面測地格子系に対する各種の格子最適化法の比較、第3章が、Z-タイプの変数配列を行った浅水方程式系モデルの性能比較、第4章が、A-タイプの変数配列を行ったモデルの性能比較、第5章がZMグリッドでのモデルの詳細、第6章がZMタイプの浅水方程式系モデルでの結果、そして、第7章で、まとめが述べられている。

気象学や気候変動の研究に用いられている大気大循環モデルは、現在水平格子間隔が100km程度であるが、将来は、雲を直接表現できるような水平格子間隔1-2kmの非静力学大気大循環モデルの開発が望まれている。しかしながら、このような細かな格子間隔を用いると現在の緯度・経度格子系などでは、極域で格子間隔が短くなり計算効率が落ちてしまう。また、スペクトル法などの手法では、Gibbs現象や、ルジャンドル変換の効率が落ちることなどにより適当とは考えられない。このようななかで、球面測地格子系は、高分解能モデルのための、地球全域を覆う格子点モデルのための格子系として最近着目されてきている。

球面測地格子系に関しては、過去にいろいろなスキームが提案されている。しかしながら、球面測地格子系をそのまま用いると計算精度が悪く、格子を最適化して計算精度を高める必要がある。これらの最適化に関しては、研究者ごとに異なる方式を用いており、それらの性能を系統的に比較した研究は行われていない。そこで、申請者は、浅水方程式系モデルを用いて、さまざまな格子系の比較研究を行った。

まず、格子系の最適化という観点から以前に提案されている手法、ならびに、申請者によって改良された手法を比較した。比較した手法は、Heikes and Randall (1995)の手法で最適化されたHR95, HR95では、高解像度で最適解が求まらないという欠点を申請者自身が改良したI-HR、I-HRで損なわれる格子間隔の一様性を改良したM-HRなどである。格子系が満足すべき条件として、変数の定義点が格子の重心に一致すること、定義店相互を結ぶ線が格子壁と直交し、2等分すること、また、等方性、一様性などをあげ、格子系の比較を系統的に行った。その結果、すべての点で優れている最適化法は存在しなかったが、それぞれの手法がどのような点で優れているのかが整理された。

ついで、浅水方程式系モデルを用いて最適化手法の比較を行った。従来は、質量・運動量が同じ点で定義されるA-タイプの変数配置が採用され、有限差分法か有限体積法を用いてモデルが作成されていた。しかしながら、有限差分法では質量などの保存則を満足させることが難しく、有限体積法では、演算子の計算精度がでない。そこで、本研究では、質量などの保存性を高めるため連続の式には有限体積法、また、傾き演算子の計算には有限差分法を用いる方式を提案し、この手法が高解像度のモデルを構築する場合に、精度の面から有利であることを示した。

さらに、質量・トレーサーなどは格子の中心で定義し、運動量などを格子の頂点で定義するZMグリッドの浅水方程式系モデルを構築した。ここでは、質量場の傾きを求める傾度演算子を近接する6点を用いる2次精度の近似を考案して、赤道付近での誤差による質量が流れる問題を解決し、計算が安定に走ることを示した。また、1点に強制力を与える地衡風調節の問題を例として、ZMグリッドの有効性を示した。

以上のように、本研究は、球面測地格子系のグリッドのとり方について統一的な取り扱い方を示した点と、将来有望と思われるZM-グリッドに関する諸問題を解決し、初めて安定的に時間積分できることを示した点で、学問の発展に寄与したところは大きいと判断する。

なお、本論文の一部は指導教官との共著論文として投稿予定であるが、論文提出者が主体になって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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