学位論文要旨



No 118973
著者(漢字) 宮田,昌悟
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタ,ショウゴ
標題(和) 培養軟骨組織の機械的特性およびその生化学的特性との相関
標題(洋)
報告番号 118973
報告番号 甲18973
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5705号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 鷲津,正夫
 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 教授 久田,俊明
内容要旨 要旨を表示する

関節軟骨は関節表面の骨組織を覆う結合組織であり,運動による高い動的な荷重に耐えうる強度を有し,低摩擦・低磨耗な潤滑能を持つ.軟骨組織の大部分は細胞外基質と水分からなる.特に含水率は他の組織に比べて高く約80%程度にまで及ぶ.この水分がコラーゲンとプロテオグリカンからなる複雑な組織構造により拘束されることで関節軟骨は高い力学強度を実現し,特異的な粘弾性挙動を示す.また軟骨組織は無血管・無神経な組織であるため自己治癒能力は低く一度損傷すると自己回復は困難であり,最終的には人工関節による置換を余儀なくされる.

近年,関節軟骨の疾患の新たな治療手法として生体外で軟骨組織を再構築して患部に移植する再生医療が臨床応用されつつある.関節軟骨は動的な力学環境下に置かれるため再構築された培養軟骨の臨床応用には力学的側面からの組織形成度評価が必要不可欠である.また培養軟骨が関節軟骨として適切な機能を有しているか調べるためには力学モデルによる解析が重要である.しかしながら培養軟骨のバイオメカニクスはいまだ未成熟な分野であり,培養組織の機械的特性は静的力学特性について研究が行われているのみで動的力学特性(動的粘弾性特性)は明らかにされていない.また培養軟骨組織の力学挙動に対して力学モデルを適用し解析した研究は存在しない.本研究はアガロースゲル培養モデルにより軟骨細胞を三次元培養することで培養軟骨組織を構築し,動的粘弾性特性を含む培養組織の機械的特性を初めて明らかにしたものである.また明らかにされた機械的特性に初めて二相理論を適用し力学解析を行い,生体軟骨との機械的特性の差異を初めて解析したものである.

本研究では,(1)培養軟骨組織の機械的特性,特に動的粘弾性特性を明らかにし,生体軟骨と比較することで両者の機械的特性の相違を明らかにすることを目的とした.また(2)生体軟骨において不可能であった広範囲での生化学特性と機械的特性の計測が可能となることから両者の相関関係の解明を目的とした.さらに(3)関節軟骨のバイオメカニクスの分野で開発された力学モデルを新たに培養軟骨に適用し,その有効性を検討するとともに培養軟骨が関節軟骨として機能する上で不足する機械的機能を明らかにすることを目指した.

軟骨細胞の培養には長期培養での軟骨細胞の形態の保存性からアガロースゲル培養モデルを採用した.アガロースゲルは正確な力学試験を行う際に必要とされる形状の正確性・安定性も満たしている.また長期的に培養液に浸漬した際にも材料特性が安定しており,ゲル中の細胞数も調整しやすいという長所がある.

軟骨細胞-アガロースゲル複合体はウシ肩関節より軟骨細胞を酵素的に抽出した後に,培養液で懸濁し同体積の低融点アガロース溶液と混合してゲル化したものを円盤状にくり抜いて作製した.同じ手順で細胞を含まないアガロースゲルも作製し,同環境下において比較対照とした.また生体軟骨との比較を行うためウシ肩関節より直接組織を取り出し円盤状に整形して試料とした.

軟骨細胞-アガロース培養体の機械的特性の測定は静的・動的環境下で,負荷方向は圧縮・せん断の二方向について行った.静的力学特性は一軸限定圧縮試験,圧縮試験を行うことで明らかにした.一軸限定圧縮試験は円盤状の試料の側面を拘束し,一軸方向のみに圧縮変形を負荷する測定手法であり,圧縮試験は側面を拘束しないため半径方向,円周方向の変形も伴う.装置の概観を図1に示す.動的力学特性は動的圧縮試験,動的せん断試験を行うことで動的粘弾性挙動を明らかにした.動的粘弾性挙動は試料に振動変位を与えた際の応答を計測することで動的弾性率,貯蔵弾性率,動的損失,損失正接を測定している.測定装置の概念図を図2に示す.測定の結果,静的力学特性は培養期間の増加とともに上昇し,生体軟骨に近づくことが明らかになった(図3).またせん断方向の動的粘弾性挙動に関しても定性的に生体軟骨と同様の傾向を示し,培養期間の増加とともに生体軟骨に近づいた.これに対し,圧縮方向の動的粘弾性挙動は損失正接が生体軟骨と比較して異なる周波数特性を示した(図4).このことより培養軟骨は生体軟骨と比較して異なる機械的特性を有することが明らかになった.

また同時に組織染色,NMRスペクトル測定,硫酸化グリコサミノグリカンの定量といった生化学試験を行い培養組織中の軟骨基質の構成要素を調べた.組織染色により細胞周辺に細胞外基質が産生され,組織が再構築されていく過程が確認できた.またNMRスペクトル測定により軟骨細胞が関節軟骨中の主要成分の一つであるコンドロイチン硫酸を産生していることが明らかになった.さらに組織中の硫酸化グリコサミノグリカンの含有量は培養期間の増加とともに上昇することが明らかになった.

アガロースゲル培養モデルの採用により軟骨基質の含有量と機械的特性の測定を広範囲で行うことが可能となるため,両者の相関関係を明確にすることに成功した.培養組織中の硫酸化グリコサミノグリカンの含有量と圧縮方向の機械的特性の間には明確な相関が存在することがわかった.特に平衡凝集体弾性率と硫酸化グリコサミノグリカンの含有量の間には組織の再構築過程により二段階の相関関係が存在することが明らかになった(図5).

本研究における測定により培養軟骨の圧縮方向の動的粘弾性挙動は生体関節軟骨と異なる特性を有することが明らかになった.そこで培養軟骨と生体軟骨の機械的特性を比較・検討し,培養軟骨が関節軟骨としての機能を果たす上で不足する材料特性を明らかにするため,関節軟骨において開発された力学モデルを新たに培養軟骨に適用し力学解析を行った.本研究においては二相理論の拡張型であるbiphasic-CLE-QLVモデルを用いて培養組織,生体組織の圧縮方向の動的粘弾性挙動を解析した.具体的には動的圧縮試験の測定結果に対してbiphasic-CLE-QLVモデルを適用し,カーブフィッティングにより材料定数を求めた.軟骨細胞-アガロース培養体への適用結果を図6に示す.生体組織,培養組織の材料定数の比較から両組織の構造上の違いについて検討した.その結果,培養軟骨は生体軟骨と比較して特に圧縮強度(平衡凝集体弾性率)が低いことが明らかになった.また周波数特性に関してもエネルギーの散逸の高い周波数帯が生体軟骨より高周波数領域に存在することが明らかになった.これにより培養軟骨を生体軟骨に近づけるために向上させるべき材料特性を明らかにすることができた.この結果は新たな培養手法・培養組織・培養担体の開発の指針になると期待され,力学モデルによる解析の新たな可能性を示すことができた.

以上要するに本研究ではアガロースゲル培養モデルによる軟骨細胞の三次元培養体の力学試験を行うことで,培養軟骨組織の圧縮方向,せん断方向の静的・動的な機械的特性を明らかにした.特に動的粘弾性挙動においてせん断方向は生体軟骨に近づく傾向にあるのに対し,圧縮方向は生体軟骨と異なることが初めて明らかになった.またアガロースゲル培養モデルを用いて硫酸化グリコサミノグリカンの含有量と機械的特性を測定することで,両者の相関関係を明確にした.さらに培養組織に対して初めて二相理論(biphasic-CLE-QLVモデル)を適用し,その有効性を確認した.また解析の結果から生体軟骨と比較して培養軟骨に不足している機械的特性を明らかにすることに成功した.

Schematic of chambers used in static (a) confined compression test and (b) unconfined compression test.

Schematic of dynamic (a) unconfined compression test and (b) torsional shear test.

Equilibrium aggregate modulus of chondrocyte/agarose disks versus time in culture compared with 2% agarose gel disks. Mean +/- S.D. (n=3)

Dynamic viscoelasticity of chondrocyte/agarose disks compared with that of cartilage explants. (a) Amplitude and (b) loss tangent of dynamic modulus. Mean +/- S.D. (n=3)

Relationship between the equilibrium confined compression modulus, HA, and sGAG content.

Experimental responses and theoretical curve-fits of the biphasic-CLE-QLV model for dynamic unconfined compression tests. (a) Amplitude and (b) phase angle of dynamic modulus of chondrocyte/agarose constructs (day28). Mean +/- S.D. (n = 3)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「培養軟骨組織の機械的特性およびその生化学的特性との相関」と題し,軟骨細胞を生体外で再構築した培養組織の機械的特性に関して,特に圧縮,せん断変形時の動的粘弾性特性を明らかにし,さらに二相理論による力学解析を行った研究をまとめたものである.培養組織の動的粘弾性特性を計測し,生体軟骨組織との相違点を発見した点,細胞外基質と機械的特性の相関関係を明確にした点,さらに拡張型二相理論(biphasic-CLE-QLV model)を初めて培養組織に適用して力学解析を行った点が独創的である.本論文は,全5章より構成されている.

第1章は,序論として本研究の背景と目的を述べているものである.研究の背景として関節軟骨組織の生化学的特性および機械的特性について説明した後,関節疾患の一つとして変形性関節症(OA)の問題を取り上げ,その新たな治療法である再生医療による軟骨組織の生体外での再構築について述べている.さらに,この生体外での軟骨組織の再構築の手法について説明し,再生軟骨の開発における培養組織の機械的特性に関する研究の必要性を述べている.上記の背景より本論文の目的として,アガロースゲルを用いた軟骨細胞の三次元培養組織の機械的特性を明らかにすること,軟骨基質の含有量と機械的特性の相関関係を明らかにすること,さらに拡張型二相理論による解析を初めて培養組織に適用し,力学解析を行うことを述べている.

第2章は,軟骨細胞の三次元培養手法と生化学的特性の評価試験法および機械的特性の評価試験法について述べている.軟骨細胞の三次元培養法に関してはウシ肩関節からの軟骨細胞精製からアガロースゲルによる三次元培養体の作製に至るまでの流れを説明している.生化学的特性の評価については組織染色手法,NMRスペクトロスコピー,硫酸化グリコサミノグリカンの定量手法の説明をしている.機械的特性の評価については静的環境下の圧縮方向の一軸限定圧縮試験,圧縮試験の手法に関して述べ,動的環境下では圧縮,せん断方向の動的粘弾性特性の評価手法について述べている.

第3章は,第2章で述べた試験方法に基づいて作製した軟骨細胞-アガロース培養体の生化学的特性および機械的特性に関する試験結果とその結果に対する考察を行っている.組織染色,NMRスペクトロスコピー,硫酸化グリコサミノグリカンの定量により軟骨細胞が培養とともにアガロースゲル中に細胞外基質を産生していることを示した.また,培養体の静的圧縮特性は培養とともに向上し,生体軟骨に近づくことを示した.その一方で圧縮方向の動的粘弾性特性,特に損失正接が生体軟骨と異なる周波数依存性を示すことを明らかにしている.さらに圧縮方向の平衡凝集体弾性率,動的弾性率と細胞外基質の間に相関関係が存在することを明確に示している.

第4章は,本研究における測定で明らかになった培養軟骨の圧縮方向における動的粘弾性挙動の生体関節軟骨との相違点について拡張型二相理論による力学解析を行っている.解析結果より培養軟骨を生体軟骨に近づけるために向上させるべき材料特性を明らかにし,力学モデルによる解析の新たな可能性を示した.

第5章は「結論および今後の展望」であり本研究の成果を要約して結論とした上で,今後の展望について述べている.

以上これを要するに,本論文は培養軟骨組織の機械的特性とその生化学的特性との相関関係を明らかにした研究である.これは,関節軟骨として十分機能しうる培養軟骨の開発を可能にする上で重要な役割を果たすものであり,また,バイオメカニクスや再生医療,それに関わる技術分野に大きく貢献するものである.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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