学位論文要旨



No 118992
著者(漢字) 安部,聡
著者(英字)
著者(カナ) アベ,サトシ
標題(和) 引張り荷重下における複合材料積層板の損傷許容性設計のための基礎的研究
標題(洋)
報告番号 118992
報告番号 甲18992
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5724号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 助教授 高橋,淳
 東京大学 講師 村山,英晶
内容要旨 要旨を表示する

緒言

複合材料は、比強度・比剛性の高い材料であるために、軽量化に適した材料だが、不均質・異方性の材料であるため、その損傷挙動は金属などの従来材と比較して複雑となり、その挙動を的確に予測するのは困難である。従来は、経験則的な破壊条件と初期破壊基準を適用していたが、それでは複合材料の優れた力学的特性を十分に発揮できない場合が多い。そこで、不均質性と異方性を十分に考慮し、力学的に合理的な破壊条件と解析方法の適用による、強度設計技術の高度化が必要であると考えられる。

複合材料の損傷形態は多様であるが、層内樹脂割れ亀裂、層間剥離、繊維破断の3つに大きく分類できる。このうち、複合材料積層板の初期損傷は、層内樹脂割れ亀裂が主である。層内樹脂割れ亀裂は、最終破壊よりも大分前の低い荷重で発生し始め、あるところまでは安定的に進展する。この初期損傷は、構造物の機能・安全性に殆ど影響を及ぼさない。設計において、初期損傷の発生点を基準とすることは、あまりにも安全側になって、最適設計とはならない。この初期損傷をある程度まで許容し、従来よりも設計応力を向上させようというのが、損傷許容の概念である。

本研究では、一般の多方向強化複合材料積層板の中の層内樹脂割れ亀裂の発生・進展を評価する新しい力学的モデルと解析手法を提案し、熱残留応力の影響を考慮しながら、応力破壊条件とエネルギー破壊条件を同時に検討できる、損傷解析手法を提案する。また、実際の積層板について損傷発生・進展実験を行い、層厚さと積層順序の影響を解析と実験の両面から検討し、提案する解析手法の有効性と適用限界について考察する。

合力差分法による損傷予測手法

本研究では、N層からなる多方向強化対称積層板を、各層の層厚中心で分割し、N-1個の2層対称積層要素を作成する。そして、それぞれの2層対称積層要素に対して損傷予測を行い、最後にそれらの結果を積層板理論により重ね合わせることで、積層板全体の損傷予測結果としている。

その2層対称積層要素を、損傷が入る層が90°層となるように座標変換し、それに対して、亀裂間距離の半分を長さとする、亀裂近傍のミクロモデルを考える。そして、そのミクロモデルをメッシュ分割し、各メッシュ点で定義された合力成分について、境界条件・適合条件・平衡条件から合力差分方程式を解き、合力分布を求める。この得られた合力により応力分布が得られ、歪と応力との関係から、その亀裂間距離(したがって亀裂密度)のときの剛性が算出される。この剛性と亀裂密度の関係から、亀裂密度に対する剛性の変化率を求め、それによりエネルギー解放率・モード比が求められる。よって、エネルギー破壊条件により、その2層対称積層要素においてその亀裂密度に達する歪が求められる。ある層が2つの2層対称積層要素にまたがる場合は、2つの結果を平均してその層での損傷進展歪とする。これにより、ある亀裂増分に対する歪が積層板内の各層について求められる。この損傷進展歪が最も小さい層で損傷が進展すると考える。これを繰り返し、歪と各層の亀裂密度の関係が得られる。

また、応力分布から、層内の応力集中係数が求められる。この応力集中係数を導入することにより修正された応力破壊条件式を用いて、応力破壊条件により損傷進展の判定を行う。その具体的な手順はエネルギー破壊条件のときと同様である。

合力差分法の検証

差分計算を行うときには、解はメッシュ分割数に依存する。計算上はある程度の限られたメッシュ分割で計算を行わなければならないため、解の精度には限りがある。しかし、画像1に示すように、メッシュ分割数の積の逆数と解の間には線形関係があり、メッシュ分割が無限大のときに、ある値に収束する傾向を示す。これを利用し、有限メッシュ分割数での解から、無限メッシュ分割での解を外挿する手法を提案した。これにより、解の精度を向上させた。

また、本研究での剛性計算手法と、従来の剛性低下理論、例えばHashinの理論やShear-Lag理論の結果との比較は、引張の場合は画像2に、剪断の場合は画像3に示す通りである。これを見ると、下限界を示すHashinの理論よりも上にあり、Shear-Lag理論に近い結果となった。これは、本計算手法が妥当であることを示していると言えるのではないか。

内挿式による剛性の表現

合力差分法により、層内割れ損傷が入ったときの剛性が求められるが、合力差分方程式を立てて合力を求め、そこから剛性を求める手法は、汎用性のある損傷予測手法としては使いにくい。それらの一連の計算手続きによらず、剛性を亀裂密度の関数として表現できれば、ある亀裂密度のときの剛性は簡単に求められる。また、差分計算のように計算時間もかからず、一瞬で解が出る。また、剛性を亀裂密度で微分してエネルギー解放率を求める際、差分法では、ある亀裂密度のときの剛性が求められるだけなので、亀裂密度の変化に対する剛性の変化として、変化率を差分的に表現するしかない。これが、亀裂密度増分による誤差を生じさせる。しかし、剛性を亀裂密度の関数として表現できれば、剛性を亀裂密度で微分することにより、差分ではなく微分でエネルギー解放率を表現できるようになる。これにより、亀裂密度増分による誤差も解消される。

そこで、無次元化亀裂密度の関数として無次元化剛性を表現する内挿式を提案した。剛性は、あるところまではほぼ直線的に低下し、その後は緩やかに下に凸の曲線を描いて低下する。よって、あるところまでは一次関数で、それより亀裂の大きいところでは逆正接で剛性低下曲線を表現する、複合型内挿式を提案した。この内挿式は、直線部分と逆正接部分が切り替わる遷移点を最適に設定すると、誤差がほぼ1%以内に収まり、精度の良い有用な内挿式であることが確かめられた。なお、内挿式の係数は、材料定数比や層厚比で内挿可能であることが示された。

実験概要

2種類の直交積層板[01/901]s、[02/902]sから切り出された試験片を、絶乾状態にしたものとそうでないものの2通りを用意し、静的引張試験および引張疲労試験を行った。また、擬似等方性積層板[451/-451/01/901]s、[452/-452/02/902]s、[451/01/-451/901]sから切り出された試験片(乾燥処理は行わず)を1本ずつ、静的引張試験に供した。実験においては、端面観察により層内樹脂割れ亀裂を測定し、静的引張試験においては荷重(したがって歪)の増加に伴う亀裂の増加傾向を、引張疲労試験においては繰り返し回数の増加に伴う亀裂の増加傾向を、それぞれ求めた。

計算と実験の結果の比較

直交積層板の引張試験の結果は、[01/901]sについては画像4に、[02/902]sについては画像5に示す。静的試験については、直交積層板の引張試験により、層厚が薄いときにはエネルギー破壊条件で、層厚が厚いときには応力破壊条件で損傷進展が支配されるという計算結果が、実験結果により確かめられた。また、絶乾状態としたものは、乾燥処理を施していないものよりも亀裂が発生しやすく、吸湿が材料の損傷特性に影響を及ぼすことが確かめられた。更に、実験で最初の亀裂が入るときのエネルギー解放率が、破壊靱性値に近い値となり、よく損傷予測できていることが確かめられた。また、擬似等方性積層板の静的引張試験では、90°層の損傷進展特性は直交積層板のものと似たような傾向を示し、層厚依存性も確かめられた。斜向層(±45°層)に関しては、90°層に隣接している場合は90°層の亀裂が伝播することにより±45°にも亀裂が入るが、90°層に隣接していない場合は最後まで亀裂が入らない、というように、90°層に隣接しているか否かで損傷挙動が異なることが確かめられた。

直交積層板の引張疲労試験の結果は、[01/901]sのうち乾燥処理を施していない方については画像6に、[01/901]sのうち絶乾状態としたものについては画像7に、[02/902]sについては画像8に示す。直交積層板の90°層の層内割れ損傷の発生・進展に関し、層厚が厚くなれば損傷が入りやすくなるという特徴が、静的荷重下のときと同様に確かめられた。また、損傷進展に伴ってエネルギー解放率が低下し、破壊靱性値に収束するような挙動が読み取られた。これは、損傷の進展に伴ってエネルギー解放率が低下し、破壊靱性値を下回るとそれ以上亀裂が進展しなくなることから、エネルギー解放率の低下も収まるというメカニズムであると思われた。これにより、繰り返し回数が十分大きいときの亀裂密度を、エネルギー解放率が破壊靱性値に等しくなるような値から逆算することができる。

また、画像9に示すように、[02/902]sについては、エネルギー解放率範囲と疲労亀裂進展速度の関係の一部が、Paris則(べき乗則)に乗るかのような傾向を示した。これを利用して、荷重レヴェルや応力比をパラメータに、繰り返し回数の関数として亀裂密度を表せる、疲労荷重下での疲労亀裂進展挙動予測手法の可能性を示唆した。

結論

本研究では、合力差分法により多方向強化対称積層板の層内樹脂割れ亀裂の発生・進展を予測する手法を確立した。また、剛性を亀裂密度の関数として表現できる内挿式の開発により、その損傷予測手法の汎用性を高めた。そして、積層板の静的引張試験により、その損傷予測手法が良く損傷の発生・進展挙動を予測できていることを示した。更に、引張疲労試験により、疲労荷重下での層内樹脂割れ亀裂の発生・進展挙動を得た。その結果を用いて、疲労荷重下での損傷挙動を予測する手法を確立することが可能であると示した。

安部聡画像1 [0(1)/90(1)]s,El/Et=10,Glt/Et=1/3,t1*c=0.5

安部聡画像2 Comparison of Stiffness Reduction Methods

安部聡画像3 Comparison of Stiffness Reduction Methods

安部聡画像4 [0(1)/90(1)]s Static Test

安部聡画像5 [0(2)/90(2)]s Static Test

安部聡画像6 [0(1)/90(1)]s Not-Dry, Fatigue Paramater: Normalized Maximam Load

安部聡画像7 [0(1)/90(1)]s Dry, Fatigue Paramater: Normalized Maximam Load

安部聡画像8 [0(2)/90(2)]s Dry, Fatigue Paramater: Normalized Maximam Load

安部聡画像9 [0(2)/90(2)]s Dry, Fatigue Paramater: Normalized Maximam Load

審査要旨 要旨を表示する

複合材料は、比強度・比剛性の高い材料であるために、軽量化に適した材料であるが、不均質・異方性の材料であるため、その損傷挙動は金属などの従来材料と比較して複雑であり、その破壊強度を正確に予測することは困難であった。今日まで複合材料構造の強度評価においては、最大応力破壊条件、最大ひずみ破壊条件、Tsai-Wu則などの相互作用理論など応力を用いた破壊条件が強度基準として広く用いられてきた。しかしこれらの応力を用いた破壊条件では、層内樹脂割れや層間はく離が複合材料積層板の層厚さに依存するという、近年着目されだした破壊挙動を説明できない。さらに、航空機の分野においては、複合材料の靭性が向上した結果、CAI(衝撃後圧縮)強度に対する疲労強度の相対的重要性が高まりつつある。複合材料においては、初期破損(First Ply Failure)をもって設計限界とすることが一般的であったが、複合材料の繊維強度を最大限活用する視点からも、損傷許容性設計の適用に対する要求が高まりつつある。

初期損傷として代表的な層内樹脂割れを有する複合材料の強度問題については、既に多くの研究成果が報告されているが、その多くは、直交積層板をその対象としたものであり、実際の構造物で使用されるような多方向強化積層板に関する研究はそれほど多いとは言えない。また、比較的厚い層厚さを用いたモデル試験片の結果が多く、実際の複合材料構造で用いられるような、薄い層厚さの積層板に関する報告は少なかった。

本論文では、複合材料の不均質性と異方性を考慮した力学的に合理的な層内樹脂割れ解析手法を考案した。さらに、エネルギ破壊条件と応力破壊条件の両方を考慮し、層厚さ依存性を考慮できる、新しい設計基準を提案している。これらの手法の有用性を、積層構成と層厚さを数種類変えた炭素繊維強化プラスチック積層板を用いた静的引張り試験と引張り疲労試験を行い、層内樹脂割れの発生と損傷密度拡大特性について、解析結果と実験結果を比較しながら詳細に検討している。

複合材料において、層内樹脂割れによる剛性の低下を的確に予測することにより、層内割れ損傷による構造物の安全性の影響を評価でき、構造安全性に影響のない範囲で層内割れ損傷を許容できるようになる。本論文では、層内割れ損傷による剛性の低下を予測するために、合力差分法により損傷を有する積層板の等価剛性を計算する手法を提案した。本解析は、静的に可容な応力分布を仮定しており、下界解、つまり損傷による剛性低下を正解よりも大きく見積もる安全側の解を与える。メッシュ分割数による解の収束性も良好であり、少ない要素数で誤差の少ない数値解を得ることができる。強度設計においては、安全側の解を用いることが求められるので、本論文提案した合力差分法による解析方法は極めて有用な方法といえる。

さらに、剛性低下手法の汎用性を高めるため、き裂密度の関数として等価剛性を表現する内挿式を提案している。この内挿式を用いることにより、解析解との差が1%以内で、任意のき裂密度に対する等価剛性を簡単に求めることができるようになった。

き裂密度と積層板の等価剛性の関係を明らかにできたので、エネルギ解放率に基づくエネルギ破壊条件とき裂による応力再配分を考慮した応力破壊条件を用いて、多方向強化複合材料積層板の層内樹脂割れの発生と拡大を予測する計算方法を提案した。

直交積層板および擬似等方性積層板の静的引張試験を行い、その損傷予測手法の有効性を検証した。直交積層板においては、層厚さが薄くなると、応力破壊条件が満たされても破壊せず、エネルギ破壊条件によって損傷発生が記述されるという予測結果が、実験からも確かめられた。但し、擬似等方性積層板では、層間はく離など、本論文での損傷予測手法では解析対象としていない損傷も生じたため、予測結果とは異なった実験結果が得られることもあった。

また、直交積層板について引張疲労試験を行い、繰り返し回数の増加に伴うき裂密度の増加傾向についての実験結果を得た。また、き裂の進展に伴って繰り返し最大エネルギ解放率は低下し、最終的には静的な破壊靱性値となるようなき裂密度に収束することを見いだした。この実験で得られた知見を基に、繰り返し回数が十分に大きい場合の、き裂密度の飽和状態に対する予測手法を考案した。本方法により最終的な疲労損傷の程度が予測できるため、損傷許容性疲労設計に対して極めて有用な指針を与えると考える。

以上得られた成果をまとめて、エネルギ破壊条件に基づく損傷許容性設計手法を提案している。このような設計手法は従来には類を見ないものであり、複合材料構造設計の分野においては画期的な成果であると言える。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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