学位論文要旨



No 119019
著者(漢字) 李,善雨
著者(英字)
著者(カナ) リー,ソンウ
標題(和) 電界放出の応用を目指したカーボンナノチューブの製造と表面処理
標題(洋) Synthesis and surface treatment of carbon nanotube films for field emission applications
報告番号 119019
報告番号 甲19019
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5751号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 日高,邦彦
内容要旨 要旨を表示する

(本文) カーボンナノチューブ (Carbon Nanotube: CNT) は1991年発見された以来、ナノスケールのサイズや優れた電気伝導性や機械的な強度や化学的な安定性などの様々な特徴によって世界の多くの研究者によって研究されてきた。特に、電子エミッターへの応用に関する研究が最も盛んに行われている。

今まで、CNTの形状や分布による電子放出特性については多くの研究が行われている。しかし、化学的な処理による形状の変化や機能気の付着による電子放出特性に関する研究はほとんどなされていない。少数の報告がなされているが、機能気の付着による影響であるか形状の変化による影響であるかは研究されていない。

本論文では、CNTの表面処理がCNTの電子放出特性にどのような影響を及ぼすかについて考察する。まず、合成中にアンモニアガスを導入した化学気相蒸着法 (Chemical Vapor Deposition, CVD) によって、多層カーボンナノチューブ (Multi wall carbon nanotube, CNT) が製造された。そして、表面処理したCNTフィルムの表面処理が電界放出特性に及ぼす影響を調べた。O2 (気相)、HNO3 (液相)、HF (液相)などの化学処理とAr、N2、H2などのプラズマ処理が表面処理方法として用いられた。未処理CNTフィルムと表面処理したCNTフィルムの表面の形態的な変化を調べるために走査電子顕微鏡 (Scanning Electron Microscopy, SEM) と透過電子顕微鏡 (Transmission Electron Spectroscopy, TEM) を用いた分析が用いられた。表面処理しによるCNTフィルムの表面での化学的な結合状態の変化を調べるためにX線光電子分析装置 (X-ray Photoelectron Spectroscopy, XPS) が用いられた。

CNT合成の時にアンモニアガスの導入が、不純物を含んでなくて基板に対して垂直に立っているCNTを合成することに大事な役割をしていることが分かった。CNT合成中にアモルファス・カーボンが触媒を覆うと、CNTがこれ以上成長されなくなる。これを不活性化 (Deactivation phenomenon) 現状という。この不活性化現状はアセチレンガスのの分解率(C2H2 → 2C + H2)が高すぎる場合に起こる。この分解率は反応温度、アセチレンガスの流量、混合ガスの中の水素ガスの比率による。本研究でアンモニアガスは、アセチレンガスの比率に変化がない時でも、混合ガスに水素を供給することによって炭素の比率を減少させていると考えられる。また、アンモニアガスはエッチング効果があるため、アセチレンガスの分解率が高いときでも触媒の表面を活性化することも考えられる。このことによって、アンモニアガスの導入が不純物を含んでない純粋なCNTを成長するを可能にすると考えられる。

CNTフィルムを電界放出へ応用する場合、CNTフィルムの化学処理による仕事関数の変化によって電界放出特性の変化が予想される。CNTでの電界放出はCNTの先端で起きるため、化学処理による官能基の付着がCNTの先端部分のみで起こることだけでもCNTの電界放出の性能は変化できると考えられる。官能基の付着の大部分はCNTの先端部分で起きるため、この可能性は非常に高い。この表面での官能基の付着などによる変化をXPS分析によって調べた。すべての試料で、炭素ピーク (C1s, 284.5 eV)、酸素ピーク (O1s, 530 eV)が観察された。未処理CNTフィルムでは強い酸素ピークが、HNO3で処理したCNTフィルムではトレースレベルの弱い窒素ピークが、HFで処理したCNTフィルムではフッ素ピークが観測された。これは、すべての化学処理がCNTフィルムにそれぞれの官能基を付着することができたとのことである。

CNTフィルムの表面処理の電界放出への影響は次の二つの可能性が考えられる。一番目はCNTフィルムの表面処理による形状的な変化による電子放出の変化の可能性である。二番目はCNTフィルムの表面への官能基の付着による結合状態の変化による電子放出の変化の可能性である。

CNTでの電子放出はF-N(Flower-Nordheim)の電子放出モデルで表すことができ、式(1)のように示される。〓(1)

ただし、Jは電流密度、Fは局在的な電界、φは仕事関数を示す。 この方程式で電子放出を決めるパラメータは電界強化係数β(F=βE)と仕事関数φがある。電界強化係数は陰極のCNTの長さと直径の比によって決まり、式(2)のように示される。β=l/d(2)

ただし、lはCNTの長さ、dはCNTの直径を示す。

ここで、化学処理したCNTフィルムの電子放出特性を測定した結果を図1に示す。酸素で処理したCNTフィルムでは未処理CNTフィルムより低い電界から電子放出が始まる。酸素による処理によって電子放出開始電界が低くなる現象は酸素によるエッチング作用でCNTのTipの部分が鋭くなったためであると考えられる。

HNO3とHFで処理したCNTフィルムでは、高い電界で電子放出が始まる。HNO3による処理によって電子放出開始電界が高くなることは、立っていたCNTが崩れて電界強化係数βが減少したためであると考えられる。HFで処理したCNTフィルムの化学処理は官能基の導入により、新しいトラップサイト (ETrap)を生成する。深いトラップサイトはバランスバンドの最上部に存在する電子をトラップする。そして、バランスバンドの電子の数は減ってしまう。この結果、ポテンシャルバリアを通じる電子のトンネリングはより深いサイトから発生することになる。これが電界放出の性能を減少させる原因になると考えられる。この時のバンドダイアグラムを図2に示す。

プラズマ処理はCNTフィルムの表面を活性化状態にすることが予想される。CNTフィルムのプラズマ処理として本研究ではAr、N2、そしてH2プラズマ処理が行われた。本要旨ではArプラズマ処理の結果のみを述べる。プラズマ処理に用いられた装置の概略図を図3に示す。CNTフィルムは10、30、60分間プラズマ処理された。プラズマ処理は1×10-2 Paまで真空を引いて、それぞれAr、N2、そしてH2ガスを入れ、真空度を20 Paに安定させてからプラズマを起こして行われた。

図4は未処理CNTフィルム、10、30、60分間Arプラズマ処理されたCNTフィルムのXPSワイドスキャン・スペクトルである。炭素ピーク以外に、未処理CNTフィルムでは弱い酸素ピークが、Arプラズマ処理されたCNTフィルムでは鉄とフッ素と酸素ピークが観測された。鉄はプラズマを発生させるために使われたステーンレス製球電極から、フッ素ピークは絶縁材として使われたテフロンシートから由来したと考えられる。

次に、Arプラズマ処理したCNTフィルムのC1sナロースキャン・スペクトルについて述べる。このC1sピークは炭素は付着している電子との結合状態に関する情報を与えてくれる。また、sp2ピーク、sp3ピーク、そしてカーボンシフトに分けることができる。未処理CNTフィルムとArプラズマ処理したCNTフィルムのXPSナロースキャンスペクトルを図5に示す。未処理CNTフィルムの場合、カーボンシフトは存在しない。しかし、Arプラズマ処理したCNTフィルムの場合、酸素と関係しているカーボンシフトが観測された。高い結合エネルギーでのカーボンシフトは酸素の量の増加を意味する。sp2ピークとカーボンシフトとの結合エネルギーのギャップは、10、30、そして60分処理したCNTフィルムで、それぞれ3.9、3.1、そして3.7 eVである。

未処理CNTフィルムとArプラズマ処理したCNTフィルムでの電界放出特性を図6に示す。Arプラズマ処理をしたCNTフィルムでの電界放出特性は未処理CNTより向上されたことが分かる。

Plot of field emission current vs. electric field for the original CNT and the chemically treated CNT

Band diagrams of the chemically treated CNT

Plasma treatment apparatus used in this work

XPS wide scan spectra of the original and the plasma treated CNT films

XPS narrow scan spectra of the original and the Ar plasma treated CNT films

Plot of field emission current vs. electric field for the original CNT and the chemically treated CNT

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、Synthesis and surface treatment of carbon nanotube films for field emission applications (電界放出の応用を目指したカーボンナノチューブの製造と表面処理)と題し、熱分解CVD法によって高品質のカーボンナノチューブ(Carbon Nanotube: CNT)を作成する技術を完成させ、更に、その応用として電界放出電子源材料としての特性を各種表面処理効果を比較しながら実験的に検討した結果をまとめたものであって、全体で4節から構成されている。

第1章は序論であって、本研究の目的材料であるカーボンナノチューブ研究の歴史、主な特性などが紹介されている。

第2章は、Preparation of carbon nanotubes(カーボンナノチューブの作製)と題し、既に知られている様々なカーボンナノチューブ作成方法を比較検討した結果、アセチレンガス熱分解による気相蒸着法に着目し、Si上にNiをスパッタ蒸着し、アンモニアガスによるエッチング効果を用いることで安定してカーボンナノチューブを成長させる技術を開発している。結果として、走査形電子顕微鏡(Sacanning Electron Microscope: SEM)あるいは透過形電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope: TEM)による観測では、アモルファス炭素をほとんど含まないCNTの作製に成功している。更に、水素ガスの比率を制御することで、より高品位のCNTを作製する技術を開発した。また、CNTの評価は、ラマン分光の他、X線電子分光(X-ray Photoelectron Spectroscopy: XPS)なども利用している。

第3章は、Effect of chemical treatment(CNTの化学処理効果)と題し、第2章の手法で作製したCNTを硝酸や弗酸で表面処理し、その後の表面での電子状態の変化を検討した。XPS観測により、処理の効果で酸素(O1s:530eV)や窒素(N1s: 499eV)が導入されていく状態を明らかにしている。また、化学結合による電子のエネルギー準位(XPSでは結合エネルギーと呼んでいる)が変化する(これを通常ケミカルシフトと呼ぶ)ことを利用して炭素(基本はC1s:284.5eV)が他の原子と結合する様子の変化を詳細に検討した結果について述べてある。硝酸処理では、窒素が検出されると共に、基板のシリコン(Si2s:149eV, Si2p:100eV)が観測されること、酸化は進むが窒素は比較的少ないことなどを明らかにしている。また、沸酸処理では、弗素信号(F1s:686eV)は極めて少ないが、いくつかのピークが重なって存在していると仮定して各ピークを分離する解析手法の導入によってC-F結合によると考えられるケミカルシフトを分離検出することに成功しており、CF結合の割合は4〜5%であることを明らかにした。一方、炭素については、sp2とsp3電子の割合は、弗酸処理以外ではほとんどがsp2が80%であるのに対し、弗酸処理試料のみがほぼ70%と少なく、不安定な状態であることが認められている。

第4章は、Effect of plasma processes(CNT表面へのプラズマ処理効果)と題し、20Torrの窒素、水素、アルゴン交流(50Hz)プラズマにて表面処理したCNTをXPS解析した結果について記述されている。特に、水素プラズマ処理は、表面状態を大きく変えることが各種測定結果より示されている。

第5章は、Field emission properties(CNTの電界電子放出特性)と題し、CNT先端からの電子放出を実験的に調べた結果を記述している。電界放出モデルとして有名なFowler-Nordheimモデルで説明できること、各種表面処理効果は、仕事関数の変化と電極形状による効果(電界強化係数β)で説明できることを証明している。酸素処理では、CNT先端部が鋭くなりβが増加したものとして説明できることを示した。第4章で特に処理による影響が大きいとされた水素処理では、電界放出特性にも大きな変化が見られることを実験的にも実証している。

以上これを要するに、本研究は、アンモニア添加気相蒸着法のパラメータを詳細に検討し、従来にない高品質カーボンナノチューブ薄膜作成技術を確立し、更に、その薄膜に各種ガス処理、低圧プラズマ処理を施し、各種計測法によって電子放出特性に関するCNT形状変化の影響などを明らかにし、CNT応用上、重要な知見を得たもので電気工学上貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格とみとめられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1908