No | 119071 | |
著者(漢字) | 太田,実雄 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオタ,ジツオ | |
標題(和) | パルスレーザー堆積法によるIII族窒化物薄膜の成長と評価 | |
標題(洋) | Growth and characterization of group III nitrides by pulsed laser deposition | |
報告番号 | 119071 | |
報告番号 | 甲19071 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5803号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 応用化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文は、パルスレーザー堆積法(PLD法)をIII族窒化物薄膜成長に応用することによって、急峻なヘテロ界面形成を可能としたことによる新規基板材料の適用、室温成長の実現、窒化物薄膜成長メカニズムの解明について述べたものである。GaN系III族窒化物半導体薄膜(AlN, GaN, InN)は0.7eV〜6.2eVの直接遷移型バンドギャップを有しており、光・電子デバイスへの応用に向けた活発な研究開発が展開されているが、複雑な界面構造のために詳細な薄膜成長メカニズムが不明であり、また、格子不整合や熱膨張係数差に起因した結晶欠陥の残留などの問題がある。本論文ではこれらの問題点を踏まえ、PLD法によるIII族窒化物成長およびその評価について以下の7章に大別して論じている。 第1章では、本研究で対象とした材料であるIII族窒化物薄膜ヘテロエピタキシャル成長の現状について、III族窒化物の基本的な性質から基板材料、各種薄膜成長手法、極性について論じられている。また、これらの現状を背景として本研究の目的が述べられている。 第2章では、本研究で構築した複合成長装置システムについて述べられている。III族窒化物薄膜と基板間の界面構造評価のため、PLD装置と分析チャンバー(XPS)を真空中で連結した装置の設計・作製を行った。2台の窒化物成長用PLD装置とXPSを連結したのに加え、Si成長用MBE装置、GaAs用MBE装置を超高真空中で連結した。この複合成長装置システムでは、各材料を積層した多層構造の作製やin-situでのXPS分析によりその表面化学状態や界面状態を大気に晒すことなく分析することが出来るという特長を持ち、異種材料間の接合によるユニバーサルエピタキシャル技術によって新たな機能を持ったデバイスの開発などが可能である。また、PLD法をIII族窒化物薄膜成長へ適用するにあたり、その原理、基本構成、および窒化物成長条件の探索について記述されている。PLD法によるIII族窒化物薄膜成長において、ターゲット原料に高純度のバルクAlN、メタルGa、メタルInを採用することによって、より高品質な薄膜作成が可能となった。また、AlN、GaN薄膜は窒素雰囲気中で成長可能であることが明らかとなった。窒化物薄膜の結晶性や光学特性などについて成長条件依存性を調べたところ、レーザー照射のエネルギー密度、周波数、および窒素分圧が大きな影響を与えることが分かった。また、InN薄膜の成長では基板表面処理によって薄膜の濡れ性が向上し、結晶性、表面構造、電気特性が改善されることが明らかになった。 第3章では、PLD法によって作製した窒化物薄膜/基板間の界面急峻性と、様々な酸化物基板を窒化物ヘテロエピタキシャル成長に適用した結果について述べられている。窒化されやすいSi基板を用いて高温・窒素雰囲気という条件でAlNおよびGaNを作製し、その成長メカニズム、結晶構造、及び界面構造を調べたところ、AlNがエピタキシャル成長していることが確認され、さらにアモルファスSixNy界面層が形成されておらず、極めて急峻な界面が得られていることが分かった。また、AlN薄膜の成長メカニズムについても同時に議論されている。これらの結果から、PLD法において窒素雰囲気下でIII族窒化物薄膜の成長を行う場合、高温でも基板表面の窒化反応抑制が可能であり、様々な基板を使用できることが明らかとなった。そこで、SrTiO3、(La,Sr)(Al,Ta)O3、(Mn,Zn)Fe2O4基板を用いてAlN薄膜の成長を行った。これらの酸化物基板は理想的な面内配向関係をとった場合、窒化物との格子不整合がサファイアの14〜16%に比べて小さく(1%〜6%)、良質な薄膜成長が期待される。窒化物薄膜成長を行った結果、全ての基板上へのAlN薄膜エピタキシャル成長が確認された。また、界面窒化層は観察されなかった。しかしながらSrTiO3, (La,Sr)(Al,Ta)O3基板上の窒化物エピタキシャル成長では、その面内配向関係が予想したものより30°回転しており、格子不整合が大きくなる配向関係(〜14%)であることが明らかとなった。これは成長初期における界面での原子配列の安定な構造が、格子不整合から予想されたものと異なっているためだと考えられる。それに対し、窒化物/(Mn,Zn)Fe2O4では格子不整合が小さくなるような配向関係となった。また、熱による相互拡散が発生していることも明らかになった。 第4章では、窒化物薄膜の室温成長の実現について論じられている。サファイア上のIII族窒化物薄膜成長では、格子不整合による結晶欠陥や熱膨張係数の違いによる冷却過程において薄膜中に発生する欠陥が問題となっている。この問題は格子不整合が小さい基板を使用し、さらに低温で成長することによって解決できる。PLD法ではレーザーによって昇華した粒子の持つ運動エネルギーが大きく、基板温度が低くても基板表面において原子は十分なマイグレーションエネルギーを持ち、低温成長でも結晶化が可能だと考えられることから、格子不整合が小さくなるような面内配向関係をとる(Mn,Zn)Fe2O4基板を用い、成長温度の低温化を試みた。GaN薄膜を室温で成長したところ、10-1 Torrの窒素雰囲気中では結晶成長が起こらなかった。これは、粒子の運動エネルギーが、ターゲット-基板間の飛行中に窒素分子との衝突によって失われているためだと考えられる。そこで、低圧(〜10-5 Torr)でも窒素源を供給できる窒素プラズマを用いて成長を行ったところ、室温でのエピタキシャル成長に初めて成功した。同様に、成長条件を精密に制御することによってAlN、InN薄膜も室温においてエピタキシャル成長することが分かった。RHEED観察とXRD測定結果から、室温成長した窒化物薄膜はシングルドメインであることが明らかになった。さらに、表面形状観察から、室温成長において2次元的な成長から3次元的な成長への遷移が確認された。これは基板と薄膜の格子不整合に起因した格子歪みの緩和が起こっていることを示しており、このことからPLD法による窒化物薄膜成長では室温においても基板表面における原子が十分なマイグレーションエネルギーを保持しているということが分かった。また、(Mn,Zn)Fe2O4上における窒化物薄膜成長では、基板/薄膜間の相互拡散によって形成される界面層が存在するが、成長温度を減少することによって界面層急峻性を向上できることが分かった。GaN/(Mn,Zn)Fe2O4の界面層の方がAlN/(Mn,Zn)Fe2O4に比べ厚いことも分かったが、これはAl-Nに比べGa-Nの結合エネルギーが小さいためであると考えられる。PLD法を用いることによって窒化物薄膜を低温で、格子不整合の小さい基板上に界面反応を抑制して成長することが可能であることが明らかとなり、窒化物薄膜ヘテロエピタキシャル成長において格子不整合と熱膨張係数差の問題を同時に解決できることが示唆された。 第5章では、窒化物薄膜の極性およびエピタキシャル関係のメカニズムについて述べられている。PLD法を用いることによって原子レベルで急峻な界面を実現し、さらに第一原理計算によって界面構造を詳細に評価し、エピタキシャル関係および極性についてそのメカニズムを考察した。Al終端構造を持つサファイア基板上へstoichiometric GaN、Ga-rich GaN、stoichiometric AlNをバッファー層として挿入し、GaN薄膜成長を行った。その結果、GaNの極性はAl-rich AlNバッファー層を用いた場合にのみGa極性になることが明らかとなった。また、面内配向関係は全ての実験において[10-10]nitride // [11-20] sapphireであった。密度汎関数法を用いた第一原理計算により、Al, Ga, Nの各原子のサファイア表面上における最安定点を計算したところ、実験結果で得られた面内配向関係をよく説明できることが分かった。このことから、ヘテロエピタキシャル成長における面内配向関係では、成長初期での原子の安定位置が大きな影響を持っていると考えられる。また、各原子について最安定なサイトと他のサイトとのエネルギー差からサファイア上第一層に吸着する原子種を考察したところ、stoichiometric GaN、Ga-rich GaN、stoichiometric AlNではN原子が第一層に吸着するのに対し、Al-rich AlNではAl原子が優先的に吸着することが示された。さらに第二層目吸着原子の安定位置の計算結果から、GaN薄膜の極性変化はサファイア表面第一層における吸着原子種がN原子からAl原子に変わることにより説明できることが分かった。 第6章では本論文のまとめ、及び今後の展開が述べられている。 以上、本論文ではIII族窒化物薄膜をPLD法によって成長することにより、従来の成長手法では為し得なかった界面急峻性や室温成長を実現し、さらに新規基板材料の適用や成長メカニズム解明を行うことに成功した。本研究で得られた成果はIII族窒化物ヘテロエピタキシャル成長の分野において新たな知見とインパクトを与えるものと考えられる。 | |
審査要旨 | 本論文は、パルスレーザー堆積法(PLD法)をIII族窒化物薄膜成長に応用することによって、急峻なヘテロ界面形成を可能としたことによる新規基板材料の適用、室温成長の実現、窒化物薄膜ヘテロエピタキシャル成長のメカニズムについて述べたものである。 GaN系III族窒化物半導体薄膜(AlN, GaN, InN)は0.7eV〜6.2eVの直接遷移型バンドギャップを有しており、光・電子デバイスへの応用に向けた活発な研究開発が展開されているが、詳細な薄膜成長メカニズムが不明であり、また、格子不整合や熱膨張係数差に起因した結晶欠陥の残留などの問題がある。本論文ではこれらの問題点を踏まえ、PLD法によるIII族窒化物成長およびその評価について以下の6章に大別して論じている。 第1章では、III族窒化物薄膜ヘテロエピタキシャル成長の現状と問題点、そして本研究の目的が述べられている。 第2章では、本研究で構築した複合成長装置システムについて述べられている。III族窒化物薄膜と基板間の界面構造評価のため、PLD装置と光電子分光(XPS)チャンバーを真空中で連結したシステムの設計・作製を行った。さらにこのシステムにSi用及びGaAs用MBE装置を連結することにより、各材料を積層した多層構造の作製が可能となった。また、PLD法の原理、基本構成、およびIII族窒化物薄膜成長における成長条件についても記されている。 第3章では、PLD法による窒化物薄膜/基板間の界面急峻性の実現と、各種酸化物基板を窒化物ヘテロエピタキシャル成長に適用した結果について述べられている。PLD法において窒素雰囲気下でIII族窒化物薄膜の成長を行う場合、高温でも基板表面の窒化反応抑制が可能であり急峻な界面が実現されることが明らかとなったため、従来は使用が不可能であった多くの基板材料を使用できることが分かった。そこで、窒化物との格子不整合が小さいSrTiO3、(La,Sr)(Al,Ta)O3、(Mn,Zn)Fe2O4基板を用いて窒化物薄膜の成長を行った。その結果、全ての基板上への窒化物薄膜のヘテロエピタキシャル成長が確認された。しかしながらSrTiO3, (La,Sr)(Al,Ta)O3基板上の窒化物エピタキシャル成長では、その面内配向関係が予想したものより30°回転しており、格子不整合が大きくなる配向関係であることが明らかとなった。これは成長初期における界面での原子配列の安定な構造(吸着構造)が、格子不整合から予想されたものと異なっているためだと考えられる。それに対し、窒化物/(Mn,Zn)Fe2O4では、格子不整合が小さくなるような配向関係が実現され、高品質GaNの成長に有望であることが分かった。 第4章では、III族窒化物薄膜の室温成長の実現について論じられている。PLD法ではレーザーによって昇華した粒子の持つ運動エネルギーが大きいことから、基板温度が低くても原子は十分なマイグレーションエネルギーを持ち、低温でも結晶化が可能だと考えられる。そこで、格子不整合が小さくなるような面内配向関係をとる(Mn,Zn)Fe2O4基板を用い、成長温度の低温化を試みた結果、成長条件を最適化することによってAlN、GaN、InN薄膜の室温エピタキシャル成長に初めて成功した。さらに、格子歪みの緩和過程を示す成長様式の遷移が起こっていることから、室温においても基板表面における原子が十分なマイグレーションエネルギーを保持しているということが分かった。また、(Mn,Zn)Fe2O4上における窒化物薄膜成長では、基板/薄膜間の相互拡散によって形成される界面層が存在するが、成長温度を減少することによって界面層急峻性を向上できることが分かった。これらの結果から、PLD法を用いることによって窒化物薄膜を低温で、格子不整合の小さい基板上に界面反応を抑制して成長することが可能であることが明らかとなり、窒化物薄膜ヘテロエピタキシャル成長において格子不整合と熱膨張係数差の問題を同時に解決できることが示唆された。 第5章では、窒化物薄膜ヘテロエピタキシャル成長における極性制御とエピタキシャル関係のメカニズムが述べられている。PLD法を用いることによって原子レベルで急峻な界面を実現し、さらに第一原理計算によって界面構造を詳細に評価し、エピタキシャル関係および極性についてそのメカニズムを考察した。サファイア基板上へ様々なバッファー層を挿入し、GaN薄膜成長を行った結果、面内配向関係は全ての実験において[10-10]nitride // [11-20] sapphireであり、また、GaNの極性はAl-rich AlNバッファー層を用いた場合にのみGa極性になることが明らかとなった。サファイア表面上における吸着原子の安定点の計算結果から、実験結果で得られた面内配向関係をよく説明できることが分かり、ヘテロエピタキシャル成長における面内配向関係では、成長初期での原子の安定位置が大きな影響を持っていると考えられる。また、GaN薄膜の極性制御のメカニズムとして、サファイア表面第一層における吸着原子種がN原子からAl原子に変化することが本質であることを初めて見出した。 第6章では本研究のまとめ、及び今後の展開が述べられている。 以上、本論文ではIII族窒化物薄膜をPLD法によって成長することにより、従来の成長手法では為し得なかった界面急峻性や室温成長を実現し、さらに新規基板材料の適用や成長メカニズム解明を行うことに成功している。本研究で得られた成果はIII族窒化物ヘテロエピタキシャル成長の分野において新たな知見と大きなインパクトを与えると考えられる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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