学位論文要旨



No 119389
著者(漢字) 岡田,章宏
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,アキヒロ
標題(和) 選択的炭素-炭素結合形成反応の開発 : オレフィンメタセシス、不斉有機分子触媒反応
標題(洋)
報告番号 119389
報告番号 甲19389
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1050号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 眞鍋,敬
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 長澤,和夫
内容要旨 要旨を表示する

有機合成化学において、目的とする化合物を選択的かつ効率的に得ることは、経済性、環境調和性、いずれの観点からも極めて重要である。筆者は有機化合物の骨格構築に必要不可欠な炭素-炭素合形成反応を、より選択的に行う方法論の開発を目的として、以下の研究を行った。

閉環メタセシスによる高位置選択的環状エノールシリルエーテルの合成

環状エノールシリルエーテルは有機合成化学において極めて有用な合成中間体の一つとして、向山アルドール反応を始め、様々な求電子剤への付加反応に広く用いられている。エノールシリルエーテルを位置選択的に合成する方法としては、主に速度支配条件下と熱力学支配条件下でのエノラート生成の差を利用する方法が用いられているが、カルボニルのα位に適当な置換基がない場合、その位置選択性を完全に制御することは一般に困難であり(Scheme 1)、高効率の有機合成を目指す上で位置選択的なエノールシリルエーテル合成法の開発は重要な課題と言える。

筆者は有用な合成中間体である環状エノールシリルエーテルを位置選択的に合成する方法として閉環メタセシス (RCM) に着目した。オレフィンメタセシスは近年、安定で反応性の高い触媒がGrubbsらによって開発されたことで急速に発展を遂げた。特に鎖状ジエンから環状オレフィンを合成する閉環メタセシスは大環状化合物の合成に幅広く適用できることから様々な環状化合物の全合成に用いられている。筆者はエノールシリルエーテルの二重結合部位をオレフィンの一部とみなせば、分子内に末端二重結合を有する鎖状のエノールシリルエーテルから環状エノールシリルエーテルを位置選択的に合成できるのではないかと考えた (Scheme 2)。これまでにエノールシリルエーテルを基質として用いるオレフィンメタセシスの例は皆無であったため、まず本反応に有効なメタセシス触媒の探索を行った。

数種の金属触媒を検討した結果、Grubbs らが報告しているルテニウムカルベン錯体1 (Figure 1)を用いて塩化メチレン中で反応を行うと、目的とする環状エノールシリルエーテルが中程度の収率で得られることが判明した。しかしながら40 mol %程度という比較的多量の触媒が必要であり、また基質にエステルのようなヘテロ原子を含む官能基が存在すると反応が進行しなくなるなどの問題点があった。そこで同触媒を用いて反応条件の検討を行ったところ、ベンゼンあるいはトルエンを溶媒として用い、適切な濃度及び反応温度を設定ることにより、7 mol %の触媒量で5,6 及び7 員環エノールシリルエーテルが高い収率で得られることがわかった (Table 1)本法により得られる環状エノールシリルエーテルはentry 4 及びentry 5 に示すように、エノール部位の位置選択性が完全に制御されている。得られた環状エノールシリルエーテルを精製することなく種々の求電子剤と反応させることにより、対応するα置換環状ケトンを良好な収率で得ることができた (Scheme 3)。

以上のように、筆者は新規な高位置選択的環状エノールシリルエーテル合成法を開発することに成功した。本反応はエノールシリルエーテルの閉環メタセシスに成功した初めての例であり、基質一般性オレフィンの異性化などの問題点を残すものの、位置選択性を完全に制御できる有用な環状エノールシリルエーテル合成法として発展が期待できると考えている。

新規不斉有機分子触媒を用いる触媒的不斉マンニッヒ型反応の開発

キラルα,β-ジアミノ酸は様々な天然物由来のポリペプチド中に見出され、ペプチドの修飾や酵素阻害剤その他の不斉合成におけ有用なキラルビルディングブロックとしてその潜在需要は高い一方、その合成法に関しては、近年触媒的不斉反応を用いる方法が数例報告されているが、工程数や収率等に問題がある場合が多く、現段階では直接的かつ効率的なキラルβ置換α,β-ジアミノ酸合成法はJorgensen らの報告をのぞいては皆無であると言える。筆者は水や空気に対して安定であり、環境負荷が小さく安価な有機分子触媒を用いて、グリシンシッフベースとイミンの不斉マンニッヒ型反応を行うことにより、有用なキラル素子であるキラルα,β-ジアミノ酸の大量供給が可能になると考え、本研究に着手した (Scheme4)。

当研究室では既に、分子内に2つのアンモニウムカチオンを有する新規二中心型不斉有機分子触媒の開発に成功し (Figure 2)本触媒がグリシン誘導体のアルキル化反応及びマイケル反応において良好な結果を与えることを報告している。筆者は本反応系にイミンを求電子剤として適用することにより、エナンチオ及びジアステレオ選択的触媒的マンニッヒ型反応が進行すると予想し、検討を開始した。

検討の結果、グリシン誘導体のマイケル反応において良好な結果を与える反応系を適用することにより、ジフェニルホスフィノイル基を有するイミンとグリシン誘導体のマンニッヒ型反応が円滑に進行し、対応する保護α,β-ジアミノ酸が中程度のジアステレオ及びエナンチオ選択性で得られることが分かった。さらに詳細な検討を行った結果、イミンの保護基としてBoc 基を用いるとジアステレオ選択性が大幅に向上し、いずれの基質に対してもジアステレオ選択比95:5 以上でシン体が主生成物として得られた。また触媒のアセタール部位の置換基を種々検討した結果、パラフルオロフェネチル基を導入した触媒 2 を用いることによりエナンチオ選択性の改善が見られ、最高 82% ee で目的物を得ることができTable 2)。

以上のように、筆者は新規不斉有機分子触媒を用いる触媒的不斉マンニッヒ型反応の開発に成功した。これらの結果はエナンチオ選択性の点でまだ満足のいくものではないが、ジアステレオ選択性は極めて高く、総合的にはかなり良好な選択性を示している。またJorgensen らが報告している不斉マンニッヒ型反応と比較すると、彼らはイミンの保護基に脱保護の困難なトシル基を用いているのに対し、筆者は脱保護の容易なBoc 基を用いており、生成物の段階的な脱保護及びペプチド形成反応が、より容易に行える利点がある。さらに有機分子触媒は環境負荷が小さく安価であることも考慮すると、本反応は極めて有用なキラルβ置換α,β-ジアミノ酸合成法となりうると考えられる。

Problems in Regioselective Preparation of Cyclic Enol Silyl Ethers

Regioselective Synthesis of Enol Silyl Ethers Using Ring-Closing Metathesis

Grubbs catalyst

RCM of a variety of acyclic enol ethers using catalyst 1

Transformation of Cyclic Enol Silyl Ethers

α,β-Diamino Acid Synthesis Using Catalytic Asymmetric Mannich Reaction

Two-center organocatalysts

Catalytic diastereo- and enantioselective Mannich-type reaction

審査要旨 要旨を表示する

目的とする化合物を短工程で効率的に合成するためには、有機化合物の骨格を構築する炭素-炭素結合形成反応をいかに有効に利用し、そしていかに選択的に反応を進行させるかが重要となる。岡田章宏は本学博士課程において、(1)位置選択的環状エノールシリルエーテル合成法の開発、(2)エナンチオ及びジアステレオ選択的触媒的マンニッヒ型反応の開発の検討を行った。

位置選択的環状エノールシリルエーテル合成法の開発

環状エノールシリルエーテルは有機合成化学において極めて有用な合成中間体であり、向山アルドール反応を始め様々な反応に広く用いられている。しかしながら、エノールシリルエーテルを位置選択的に合成する方法としては、主に速度論支配あるいは熱力学支配の条件下でのエノラート生成の差を利用する方法が用いられており、その位置選択性を完全に制御することは一般に困難である。そこで岡田章宏は、鎖状ジエンから環状オレフィンを合成することができる閉環メタセシスに着目し、分子内に末端二重結合を有する鎖状のエノールシリルエーテルから位置選択的に環状エノールエーテルを合成することを計画した。エノールシリルエーテルを基質とするメタセシスはそれまで全く報告例がなかったため、メタセシス触媒の探索から検討を開始し、最終的にGrubbsらによって開発された第二世代のRu触媒1の存在下、ベンゼン中65℃にて反応を行うことで、様々な環状エノールシリルエーテルを高収率で合成することに成功した(Table 1)。本法はメタセシスにエノールシリルエーテルが利用可能であることを見出した初めての結果である。中でも特筆すべきはentry 4, 5に示す7員環環状エノールシリルエーテルの位置選択的合成であり、環状ケトンから合成する従来の方法では二つの位置異性体4dと4eを作り分けることは困難であるが、閉環メタセシスを用いる本法により完璧に作り分けることが可能である。

また、得られた環状エノールシリルエーテルを精製することなくそのまま種々の求核剤と反応させ、対応するα置換環状ケトンを良好な収率で得ることにも成功している。本法は合成容易な鎖状のエノールシリルエーテルから非常に温和な条件で種々の環状エノールシリルエーテルを完璧な選択性で作り分けることが可能であるため、その合成化学的有用性は非常に高く、今後天然物などの生物活性化合物の合成への展開が期待される。

エナンチオ及びジアステレオ選択的触媒的マンニッヒ型反応の開発

光学活性なα,β-ジアミノ酸は様々な天然ポリペプチド中に見出される構造単位であり、修飾ペプチドの合成や酵素阻害剤その他の不斉合成における有用なキラルビルディングブロックである。しかしながら、直接的かつ効率的に光学活性なβ置換α,β-ジアミノ酸を合成する方法は、ごく最近Jogensenらによって報告されたキラル銅触媒を用いた例があるのみであり、この場合もジアステレオ選択性に依然問題が残されていた。そこで岡田章宏は、昨今の環境問題への関心の高まりも鑑み、より環境調和性の高い反応開発を目指し、有機分子触媒を用いたグリシンシッフ塩基とイミンのエナンチオ及びジアステレオ選択的マンニッヒ型反応を行うことで、直接的に光学活性b置換α,β-ジアミノ酸を合成することを計画した。

柴崎研究室では既に、分子内に二つの認識点を有する酒石酸由来の新規相間移動触媒5の開発に成功しており、グリシンシッフ塩基7の不斉アルキル化反応及び不斉Michael反応において高いエナンチオ選択性が達成されていた。本触媒は、ケタール部位(R)、芳香環部位(Ar)、カウンターアニオン部位(X-)を三次元的にチューニングすることが可能である。今回岡田章宏が行った検討の結果、ケタール部位の適当な位置にベンゼン環を配置した触媒5αがマンニッヒ型反応には最も効果的な触媒であることが見出された。また、高いジアステレオ選択性を実現するためにはイミンの保護基が重要であることが分かり、Bocで保護されたイミン6を用いることで最高99:1以上のジアステレオ選択性で種々の光学活性b置換α,β-ジアミノ酸を合成することに成功した(Table 2)。一方でエナンチオ選択性に関してはまだ中程度にとどまっており、改善の余地が残されているが、先に報告されているJogensenらの方法は脱保護困難なTs基で保護されたイミンを用いることが必須であり、温和な条件で選択的に脱保護可能なBoc基を用いる本方法は、二つのアミノ基の保護基の段階的な脱保護及びペプチド結合形成反応が可能であり、有機合成化学における有用性は高いと考えられる。

以上、岡田章宏が行った二つの選択的炭素-炭素結合形成反応の開発研究は、医薬あるいは天然物などの生物活性物質の合成において、今後重要な貢献をすると期待され、博士(薬学)に相当するすると判断した。

RCM of a variety of acyclic enol ethers using Grubbs catalyst 1

Catalytic diastereo- and enantioselective Mannich-type reaction

UTokyo Repositoryリンク