学位論文要旨



No 119393
著者(漢字) 河野,徳昭
著者(英字)
著者(カナ) カワノ,ノリアキ
標題(和) ステロイドサポニンの生合成研究
標題(洋)
報告番号 119393
報告番号 甲19393
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1054号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 助教授 渋谷,雅明
 東京大学 助教授 折原,裕
内容要旨 要旨を表示する

Costus speciosus (Costaceae)は、dioscin やgracillinなどのステロイドサポニンを大量に生産する単子葉植物である。当研究室では本植物を用いステロイドサポニン生合成経路における鍵酵素探索を基軸とした研究を展開しており、これまでに、furostan型配糖体からspirostan型配糖体への変換を触媒するfurostanol glycoside 26-O-β-glucosidase (CsF26G)のクローニングなどに成功している1)。本植物のステロイドサポニンの生合成初期段階は植物に普遍的に存在するβ-sitosterol など植物ステロールと共通と考えられる。しかしながら植物ステロールとステロイドサポニンの生産調節、すなわち一次代謝系と二次代謝系の分岐点に関する知見は未だ得られていない。

そこで、ステロイド生合成経路の鍵酵素と考えられるいくつかの酵素に着目し、それらの分子生物学的性状を調べることにより、一次代謝系と二次代謝系の分岐点を解明することを目標とし、ステロイド生合成遺伝子群の分子クローニングを行うこととした。また、獲得した遺伝子群の機能解析のため、それらの酵母における共発現系を構築することによりステロイド生合成経路の部分的再構成を試みた。

Cycloartenol合成酵素のcDNA クローニングおよび機能解析

Cycloartenol合成酵素はoxidosqualene 閉環酵素(OSC)の一種であり、ステロイド骨格形成の初期段階に関わる鍵酵素のひとつと考えられる。本植物においては一次および二次代謝系がOSC において分岐している可能性が考えられたので、まずOSC のクローニングを行った。その結果、cycloartenol 合成酵素CSI1とlupeol やgermanicolなど複数のトリテルペン類を生成物として与えるmultifunctional triterpene synthaseの2種のクローニングおよびlanosterol合成酵素(ERG7)欠損酵母GIL77における機能発現・同定に成功した。

CSI1のコピー数の検討および発現解析

つぎに、ステロイドサポニン生合成に関与する可能性のあるCSI1が本植物において唯一のcycloartenol生産に関わる酵素であるか調べるためそのコピー数の検討を行った。PCR によりゲノムDNA を鋳型にCSI1 特異的なプライマーでCSI1のN 末端部(660 bp)を増幅し、intron を含む増幅産物(1.7 kbp)の塩基配列を比較した結果、CSI1-G1,G2 の2タイプのゲノムコピーが存在することが判明した。

また、これら2 種のCSI1コピーのステロイドサポニン生合成への関与を明らかにするため、本植物のステロイドサポニン生産系であるin vitro培養植物体および非生産系であるカルス培養細胞におけるこれらに対応するmRNAの発現解析を行った。CSI-G1,G2のexon部分(660 bp)には制限酵素Bsr IのサイトがG1 には2箇所、G2には3箇所存在し、判別が可能であった。そこで、各種培養系から調製したcDNA鋳型にN末部分の増幅を行い、増幅産物をT-vectorにクローニングし単離したプラスミドDNAを鋳型に再び同じプライマーで増幅を行い、そのPCR産物をBsr Iで処理した。その結果、カルスを含むすべての培養系においてCSI1-G1,G2の両者が発現していることが判明した。これはCSI1がステロイドサポニン生合成系の制御に直接関わっておらず、一次および二次代謝系の制御がOSCの後段階で行われていることを示唆するものと考えられる。

ステロールメチル転移酵素(SMT)のcDNAクローニング

つぎに、OSC の下流に存在する両代謝系の制御因子の候補として、ステロイドサポニン(サポゲニン)と植物ステロールの側鎖のアルキル化レベルの差違に着目し、その制御因子と考えられるSMT のクローニングを行った。

相同性をベースとしたRT-PCR 法およびRACE 法の組み合わせによりSMTをコードすると推定される全長cDNA、CsSMT1-1(1038-bp,345アミノ酸)を得た。CsSMT1-1のコードするタンパクは系統樹解析からステロール側鎖のC24位にメチル基を転移するSMT1と予想された。またCsSMT1型のサブタイプ2 種、そしてSMT2型と相同性の高いCsSMT2型のサブタイプ4 種の計7 クローンが得られた。

CSI1との共発現によるCsSMTの機能解析

CsSMT1-1の機能解析には酵母GIL77株においてCSI1と共発現を行い、その反応生成物であるcycloartenolを基質として利用することとした。Cycloartenolは植物ステロール生合成経路におけるSMT1 の本来の基質であり、CSI1と共発現することにより2,3-oxidosqualeneから24-methylenecycloartanol(24-MC)までの2 段階の反応の進行が期待された(Fig. 1)。

CSI1を恒常的発現プロモーターであるPGKプロモーター制御下に、また、CsSMT1-1をガラクトース誘導性プロモーターであるGAL1プロモーター制御下に配置した共発現プラスミドpPGKCSI1-GAL1CsSMT1-1(Fig. 2)を構築し、GIL77を形質転換した。

恒常的に発現するCSI1 によりcycloartenolの生産を行った上でガラクトース添加の有無によるCsSMT1-1のGAL1プロモーター発現制御下での24-MCの生成の有無を検討した。形質転換酵母をガラクトース添加、または非添加条件下で培養を行い、ヘキサン抽出で得られた総ステロールをTLCで分画し4,4-dimethylsterol画分をGC/EI-MS分析に供した。TICによりモニターしたところ、ガラクトース添加時(Fig.3C)に24-MC標品と保持時間の一致する生成物が検出された。この化合物のEI-MS フラグメントパターンは24-MC標品と完全に一致し、CsSMT1-1 の反応生成物を24-MC、またCsSMT1-1 の機能をSMT1 と同定した。同様に、他のCsSMTクローンについても共発現解析を行い、CsSMT2型については24-MCの有意な生産が確認された。

CSI1,CsSMT1-1の同調的共発現による24-MC生産量の改善

上述のようにCsSMT1-1の機能同定に成功し、その逆遺伝学的な目的は達したが24-MCの生産量は低いものであった。そこで、有用二次代謝産物の大量生産を志向した代謝工学的な視点から、24-MC の生産量の向上を試みた。両酵素の発現プロモーターに検討を加え、両者をGAL1プロモーターもしくはPGKプロモーターで同調的に発現させたところ、恒常的に同調発現させた後者において24-MCの大幅な生産量の向上に成功した(Fig.4(C))。

酵母発現系における副反応経路の検討

酵母発現系におけるergosterol生合成経路の酵素群によるcycloartenolの代謝について検討を行った。Cycloartenol合成酵素を発現する形質転換酵母においては4,4-dimethylsterolに加え31-norcycloartenolなどの4α-methylsterolの蓄積が観察された。これはergosterol 生合成経路のC-4位の脱メチル化に関わる酵素群(ERG25,26,27)によりcycloartenolが代謝されていることを示すものであり、CsSMT1-1との共発現における24-MCの低生産量の一因となっていると考えられる。また、CSI1のみの発現においてもcycloeucalenolが蓄積することから、酵母のSMTであるERG6による31-norcycloartenolの代謝も24-MCの生産量低下の一因であると推察された。したがって、24-MC の生産量向上のためには、発現宿主としてC-4脱メチル化に関わる酵素群ならびにERG6を欠損させた酵母株の使用が望ましいと考えられる。

まとめ

C. speciosusよりクローニングしたcycloartenol合成酵素CSI1のコピー数の検討及び発現解析を行い、それらのステロイドサポニン生合成の制御への関与を検討したところ、一次および二次代謝系の制御はCSI1の下流で行われていることが示唆された。また、本植物より7種のSMT様遺伝子のクローニングを行い、CSI1と共発現させ24-MCの生産をモニターすることにより、それらの機能解析を行った。その結果、CsSMT1-1の機能をSMT1と同定した。

本植物由来SMT のステロイドサポニン生合成への直接的な寄与に関しては現在のところ未解決であるが、上記のように酵母において植物ステロール生合成経路の2段階の反応の進行が確認されたことは、本技術がステロイド生合成遺伝子群の逆遺伝学的解析に有用であることを示すものである。また、両遺伝子の恒常的な共発現により24-MCの生産量の増大に成功したことは、代謝工学的な視点から、酵母における多重遺伝子発現によるステロイドサポニンやトリテルペンサポニンなどの有用薬物資源生産への応用の可能性を示すものであると言える。

Proposed Biosynthetic Pathway of Steroid Saponins and Related Metabolites in Costus speciosus

CSI1, CsSMT1-1 Co-expression Plasmid

GC/EI-MS Analysis of Products from Yeast Transformants

GC/EI-MS Analysis of Products from Yeast Transformants Expressing CSI1, CsSMT1-1 Simultaneously

K. Inoue, M. Shibuya, K. Yamamoto, and Y. Ebizuka., FEBS Lett. 389, 273-277 (1996)N. Kawano, K. Ichinose, and Y. Ebizuka., Biol. Pharm. Bull. 25, 477-482 (2002)
審査要旨 要旨を表示する

ステロイドサポニンは、多様な化学構造および生理活性を有し、薬用資源として有望な天然化合物群である。しかしながら、その生合成機構に関する知見は限られており、これまで遺伝子・酵素レベルで研究が行われたのは、furostan型配糖体からspirostan型配糖体への変換を触媒するfurostanol glycoside 26-O-β-glucosidase(CsF26G)の一例にすぎない。ステロイドサポニンの生合成初期段階は植物に普遍的に存在するβ-sitosterolなど植物ステロールと共通と考えられるが、植物ステロールとステロイドサポニンの生産調節、すなわち一次代謝系と二次代謝産物の生産制御の機構は不明であった。本論文の著者は、dioscinやgracillinなどのステロイドサポニンを大量に生産する熱帯産単子葉植物Costus speciosus (Costaceae)を材料に、ステロイドサポニン生合成経路の鍵酵素探索、とくに一次および二次代謝系の分岐点の解明を目的とした研究を展開した。まず、ステロイド骨格形成に関わる鍵酵素と考えられるoxidosqualene閉環酵素(OSC)の一種であるcycloartenol合成酵素のクローニングおよび機能解析、さらにそのコピー数の検討および発現解析を行っている。次いで、ステロール側鎖のアルキル化レベルの制御に関わる鍵酵素と考えられるステロールメチル転移酵素(SMT)のクローニングを行い、その機能解析のため、また、代謝工学への応用の可能性を提示するため、cycloartenol合成酵素と本植物由来SMTの酵母における共発現系を構築しステロイド生合成経路の部分的再構成を試みた。

Cycloartenol合成酵素(CSI1)のコピー数の検討および発現解析

Cycloartenol合成酵素はステロイド骨格形成の初期段階に関わる鍵酵素のひとつと考えられ、本植物においては本酵素において一次および二次の両代謝系が分岐していると予想された。そこで、本植物よりOSCのクローニングを行い、cycloartenol合成酵素(CSI1)と複数のトリテルペン類を生成物として与えるmultifunctional triterpene synthase(CSV)の2種のクローニングおよびlanosterol合成酵素欠損酵母GIL77における機能発現・同定に成功している。

つぎに、ステロイドサポニンの骨格形成に関与すると考えられるCSI1が本植物において唯一のcycloartenol生産に関わる酵素であるか調べるためそのコピー数の検討を行っている。ゲノムDNA を鋳型にCSI1特異的なプライマーでPCRを行い、ゲノム上のCSI1の相同遺伝子のintronを含む部分を直接増幅し、その塩基配列の比較によりコピー数を検討する方法を考案し、本植物にCSI1-G1,G2 の2 タイプのcycloartenol合成酵素のゲノムコピーが存在することを明らかにした。また、これらのステロイドサポニン生合成への関与を検討するため、本植物のステロイドサポニン生産系であるin vitro plantletおよび非生産系であるカルス培養細胞におけるCSI1-G1およびG2 に対応するmRNAの発現解析を行い、カルスを含むすべての培養系においてCSI1-G1,G2の両者が発現していることを明らかにした。このことは、CSI1がステロイドサポニン生合成系の制御に直接は関わっておらず、一次および二次代謝系の制御がOSCの下流で行われていることを示唆するものであると判断している。

ステロールメチル転移酵素(SMT)のcDNAクローニングおよび機能解析

つぎに著者は、OSC の下流に存在する両代謝系の制御因子の候補として、ステロイドサポニン(サポゲニン)と植物ステロールの側鎖のアルキル化レベルの差違に着目し、その制御因子と考えられるSMTのクローニングを行っている。相同性をベースとしたRT-PCR法およびRACE法の組み合わせによりSMTをコードすると推定される全長cDNA、CsSMT1-1を得、系統樹解析からその機能をステロール側鎖のC24位にメチル基を転移するSMT1と予想した。さらにCsSMT1型のサブタイプ2種、またSMT2型と相同性の高いCsSMT2型のサブタイプ4 種の計7クローンを獲得している。

CsSMT1-1の機能解析においては、cycloartenolが植物ステロール生合成経路におけるSMT1の本来の基質と考えられることから、酵母GIL77株においてCSI1と共発現を行い、その反応生成物であるcycloartenolを基質として利用する方法を考案した。すなわちこれらの共発現により2,3-oxidosqualeneから24-methylenecycloartanol(24-MC)までの2 段階の反応の進行が期待された(Fig.1)。

CSI1を恒常的発現プロモーターであるPGKプロモーター制御下に、CsSMT1-1をガラクトース誘導性のGAL1プロモーター制御下に配置した共発現プラスミドPPGKCSI1-GAL1CsSMT1-1を構築しGIL77を形質転換した。恒常的に発現するCSI1によりcycloartenolの生産を行っておき、ガラクトース添加の有無による24-MCの生成の有無を検討し、GC/EI-MS 分析によりガラクトース添加時にのみ24-MC標品と保持時間およびEI-MSフラグメントパターンの一致する化合物の生成を検出した。これより、CsSMT1-1の反応生成物を24-MC、またCsSMT1-1の機能をSMT1と同定している。同様に、他のCsSMTクローンについてもCSI1との共発現を行い、CsSMT2型については24-MCの有意な生産を確認している。

ここで用いた、機能未知遺伝子を機能既知遺伝子と共発現することにより機能同定を行う手法は、基質供給の困難なステロイド生合成経路の遺伝子群の逆遺伝学的解析における有力なツールとなるものと考えられる。

CSI1,CsSMT1-1の同調的共発現による24-MC生産量の改善

当初構築された共発現系においてCsSMT1-1の機能同定の目的は達したが24-MCの生産量は低いものであった。そこで、有用二次代謝産物の大量生産を志向した代謝工学的な視点から、24-MC の生産量の向上を試みている。CSI1とCsSMT1-1の共発現系における発現プロモーターに検討を加え、両者をPGKプロモーターにより恒常的かつ同調的に発現させることで24-MCの生産量の大幅な向上に成功した。

また、酵母におけるergosterol生合成経路の酵素群によるcycloartenolの代謝について検討を加えており、C-4位の脱メチル化に関わる酵素群(ERG25, 26,27)によるcycloartenolの代謝が24-MCの生産量低下の一因であると考察しており、24-MCの生産量向上のため、それらの欠損酵母株の構築の必要性を論じている。

以上本研究は、ステロイドサポニン生合成経路における鍵酵素の探索を行い、それらの一次および二次代謝産物の生産制御への寄与について検討を加え、一次および二次代謝系の分岐に関する新たな知見を得たものである。さらに、ステロイド生合成に関わる複数の遺伝子の共発現および最終目的産物の高効率生産に成功しており、酵母におけるステロイド系二次代謝産物生産への応用の可能性を示している。これらの成果は、今後の天然物化学、薬用植物における代謝工学の発展に寄与するところが大きく、博士(薬学)の学位に相応しいものと認めた。

Two Steps Conversion from Oxidosqualene to 24-Methylenecycloartanolvia Cycloartenol in GIL77/pPGKCSI1-GAL1CsSMT1-1

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