学位論文要旨



No 119402
著者(漢字) 林,啓智
著者(英字)
著者(カナ) リン,ケイチ
標題(和) E-selectinとの結合に関与するヒト肝癌細胞のN-glycan糖タンパク質
標題(洋)
報告番号 119402
報告番号 甲19402
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1063号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高崎,誠一
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】

selectin は血管内皮細胞、白血球、血小板などに発現する接着分子のファミリーであり、白血球の血管外遊走、リンパ球のホーミング、癌細胞の浸潤や転移などに関与することが知られおり、sLeX、sLea、或は硫酸化された糖鎖構造を認識することが明らかにされてきた。これまでselectin分子のligand の探索がなされ、O-glycan に富むムチン様糖タンパク質(CD34, GlyCAM-1, PSGL-1等)や糖脂質がL-及びP-selectin 分子のligand として同定されてきた。一方、E-selectin に対するligand については、マウスの好中球前駆細胞のESL-1 を除いてヒト血液系細胞に関しては幾つか報告されたが (例えばCD44, PSGL-1)、ヒト癌細胞については明確な証拠が得られていない。特に癌細胞の血行性転移においては血管内皮細胞に発現するE-selectin が重要な役割を果たすことから、癌細胞上のE-selectin ligand 分子の同定は必須と思われる。そこで、本研究において私は、特にN-glycan 性のE-selectin ligand 分子の同定に焦点を当てて、以下の研究を行った。

【方法と結果】

各種癌細胞表面に発現するE-selectin ligand の量的比較:

抗sLeX 抗体と反応することが知られている癌細胞株の中から、HepG2(肝癌)、LS174T(直腸癌)、NUGC-4(胃癌)、そしてHL-60(前骨髄性白血病)の四種類の癌細胞を選んで培養してそれぞれの形質膜を調製した。調製した形質膜をELISA プレートにコートしてE-selectin/Fc キメラタンパク及び二次抗体を用いて抗原量を測定した。Table 1 に示す様に、LS174T が多量のligand 量を発現するのに対し、HepG2 とHL-60 が中程度、 NUGC-4 が微量に発現することが分かった。

N-glycan 性E-selectin ligand を発現する癌細胞株の選別:

各癌細胞形質膜をELISA プレートにコートした後、N-glycan を特異的に切断するPNGase Fで消化した。酵素処理及びコントロールのウェルに、レクチン或はE-selectin/Fc キメラタンパクとHRP 標識二次抗体との複合体を加え、結合能の変化を解析した。先ずNGase F 消化効率をN-glycan に親和性を持つL-PHA 及びO-glycan に親和性を持つPNA で検討した所、PNA 染色強度が殆ど変わらないのに対してL-PHA の場合には、HepG2 で約20%、LS174T で約65%、HL-60 で10%以下、NUGC-4 で約40%、に反応性が低下した。一方、E-selectin/Fc キメラタンパクとの結合能はFig. 1に示す様にHepG2で約20%、NUGC-4で約70%に低下した。LS174TとHL-60では殆ど影響が認められなかった。従って、特にHepG2 のN-glycan はE-selectin との結合に深く関与することが判明した。

E-selectin 結合能に及ぼす糖鎖生合成阻害剤の影響:

続いて糖鎖生合成阻害剤を用いた細胞レベルでE-selectin/Fc キメラタンパクとの結合能への影響を観察した。N-glycan 生合成の阻害剤である1-deoxymannojirimycin 及び O-glycan 生合成の阻害剤であるBz-GalNAc の存在下でそれぞれHepG2 とLS174T を培養した。48 時間後0.02%EDTA/PBS で細胞を解離させ、予めE-selectin/Fc キメラタンパクをコートしたELISA プレートに加え、生細胞計測色素法で細胞接着アッセイを行った。HepG2 においては二種の阻害剤により、接着能が低下したが、1-deoxymannojirimycin の阻害作用がBz-GalNac よりも顕著であった。一方、LS174T ではちょうど逆の結果が得られた。Bz-GalNAc に関しては更にcellular ELISA 法(CELISA)で検討した。Fig. 2 に示すように、阻害剤処理なしに対してBz-GalNAc 存在下で培養するとHepG2 も約40%の阻害がかかるということが分かった。コントロールとしてのLS174Tも約30%の阻害が認められた。従ってのE-selectin との結合においてHepG2 はN-glycan のみならず、O-glycan もある程度関与するが、但しN-glycan の方がより優位であると思われた。

HepG2 sialo N-glycan の構造解析:

形質膜レベル及び細胞レベルでの検討の結果、in vitro でE-selectin との結合に深く関与することが明らかになったHepG2 のN-glycan の構造解析を詳細に行った。調製した形質膜からヒドラジン分解法でN-glycan を遊離し、還元末端に蛍光基2-AB(2-aminobenzamide)を導入した。 HiTrapQ 陰イオン交換カラムで分離した酸性糖鎖画分のシアル酸を除去し、TSKgel Amide-80 カラムを用いた順相HPLC 及びMALDI-TOF/MS で解析を行った。その結果HepG2 の sialo N-glycan は根元にfucose が付く2本鎖、3本鎖、4本鎖構造を骨格とすること及びポリ-N-アセチルラクトサミンのリピート構造に富むこと等が明らかになった。次にHepG2 のsialo N-glycan のポリ-N-アセチルラクトサミンのリピート構造部分にsLeX 及びその関連構造が発現されるか否かについて探索した。Sialo-N-glycan からendo-β-galactosidase(Escherighia freundii)消化で遊離した糖鎖断片に再び蛍光基2-AB を導入し、精製した標識糖鎖をMALDI-TOF/MS で解析した。その結果、Fig.3 に示す通り、sLeX(m/z 1102.84)、dimeric sLeX(m/z 1614.61)、VIM-2(m/z 1468.72)などの構造が含まれることが判明した。

E-selectin ligand 候補としてのHepG2 のN-glycan 糖タンパク質のスクリーニング:

HepG2 細胞の形質膜タンパクをoctyl-β-D-glucopyranoside で可溶化し、SDS-PAGE で展開した後にウェスタンブロティングを行った。転写されたメンブレンを二つに分け、一方をPNGase Fで酵素消化し、他方を酵素用バッファーのみで処理した。先ずL-PHA レクチンを用いて酵素処理の効率を調べた。引き続き前述のレクチンを剥がし、同じメンブレンを再び抗sLeX mAb のCSLEX1 を用いて検出した。LS174T、NUGC-4、HL-60 の三種類の癌細胞株を比較として同時に検討した。L-PHA の染色パターンを調べた結果はFig. 4 示すように、PNGase F 処理無しに対してPNGase F 処理した四種類の細胞のシグナルが全般的に顕著に減少し、酵素消化条件が適切であることを確認した。この条件における各々の細胞株のPNGase F 処理前後のCSLEX1 による染色パターンの変化をFig. 5 に示した。HepG2 細胞は主要なバンドが幾つか消失或は染色強度が弱まった。一方、LS174T では殆ど変化していないと言って良い。HL-60 では主要なバンドの染色強度は殆ど変化しなかった。NUGC-4 ではCSLEX1 では全くといって良いほど染色されなかった。このように、HepG2 の限られた糖タンパク質がN-glycan 性のsLeX 構造を発現しており、これらがE-selectin ligands として働いていることが示唆された。

【まとめと展望】

本研究において、HepG2 細胞の形質膜糖タンパク質に含まれる N-glycan がO-glycan よりもE-selectin との結合への関与の度合が強いことが示された。また、複数の糖タンパク質がEselectin ligand の候補分子として検出することができた。今後、真のligand 分子の同定と精製を含め、更にプロテオミクス的手法を導入したコアタンパク質の解析、同定及び詳細な糖鎖構造の解析に興味がもたれる。更に癌の多様性を考えるならば、細胞種によってN-glycan、O-glycanのE-selectin 結合への関与が異なり、これら糖鎖のキャリアタンパク質も異なっている可能性が示唆され、その証明も重要な課題と思われる。

relative amount of E-selectin ligands presented on each cell plasma membrane detected under the sme condition

Effect of PNGase F treatment on E-selectin binding detected by plasma membrane coated ELISA

Effect of Bz-GalINAc treatment on E-selectin binding detected by cellular ELISA

MALDI-TOF/MS of oligosaccharide released by endo-β-galactosidase from poly-N-acetyllactosamine of N-glycans of HepG2

L-PHA evaluation of each cell line after PNGase F treatment

Decrease of sLex antigen on HepG2 detected by CSLEX1

審査要旨 要旨を表示する

selectin familyに属する細胞接着分子であるE-selectinは、血管内皮細胞に発現し、sialyl Lewis X (sLe X)あるいはsialyl Lewis a (sLe a) 糖鎖を認識する反応を介して白血球の血管外遊走や癌細胞の浸潤、転移などに関与することが知られている。これまでE-selectin 分子のリガンドとして働くタンパク質の探索がなされ、マウスの好中球前駆細胞のESL-1、ヒト血液系細胞の数種の分子(CD44, PSGL-1 等)が候補にあげられてきている。しかし、ヒト上皮系癌細胞のリガンド分子については十分に解析されておらず、大腸癌細胞におけるムチン系糖タンパク質が示唆されているに過ぎない。申請者は、癌の悪性化に伴って増加するN-glycan の2,6-分岐構造の延長上にsLeX 構造が形成され易いという特徴に着目し、N-glycan 性のE-selectin のリガンドに焦点を当てて探索を行った。

第一章では、抗sLe X 抗体と反応することが知られている癌細胞株の中から、HepG2(肝癌)、LS174T(直腸癌)、NUGC-4 (胃癌)、HL-60 (前骨髄性白血病)の四種類の癌細胞を選んで、先ずE-selectin/Fc キメラタンパク質をコートしたウエルへの結合を確認した。次に、細胞の形質膜をELISA プレートにコートして、E-selectin/Fcキメラタンパク質をプローブとしてE-selectinのリガンド量を測定し、LS174T 細胞が多量のリガンドを発現するのに対し、HepG2 細胞とHL-60 細胞が中程度、NUGC-4 細胞が微量に発現することを観察した。

第二章では、ELISA プレートにコートした癌細胞形質膜をN-glycan を特異的に遊離するPNGaseF で消化し、遊離効率をレクチン(L-PHA)をプローブにして調べながら、E-selectin/Fcキメラタンパク質との結合能の変化を解析した。その結果、HepG2 細胞では対照(酵素未処理)の約20%にE-selectin 結合能が低下し、他の3種の細胞では殆ど変化が無いか活性低下が微弱であった。この変化に対応して抗sLe X 抗体との反応性の変化が見られ、HepG2 細胞のsLe X構造含有N-glycan がE-selectin との結合に深く関与するを示した。

第三章では、癌細胞のE-selectin 結合能に及ぼす糖鎖生合成阻害剤の影響を検討した。Nglycan生合成の阻害剤である1-deoxymannojirimycin 及び O-glycan 生合成の阻害剤であるBz-GalNAc の存在下でHepG2 細胞を培養し、48 時間後にE-selectin/Fc キメラタンパク質をコートしたELISA プレートへの結合能を調べた。その結果、1-deoxymannojirimycin がHepG2細胞の結合を顕著に阻害することが分かった。またBz-GalNAc も結合の阻害を示すがその程度は低く、部分的な関与を示すものであった。1-deoxymannojirimycin 処理したHepG2 は、IL-1で刺激した血管内皮細胞への接着能も低下することを観察し、N-glycan 性リガンドの生理的な重要性を示唆した。

第四章では、HepG2 細胞の形質膜糖タンパク質のN-glycan の構造解析について述べている。形質膜糖タンパク質からN-glycan を遊離し、蛍光基を導入した後HPLC による分画を行い、MALDI-TOF/MS による解析を行った。その結果、N-アセチルラクトサミンの繰り返し構造(ポリラクトサミン構造)に富むN-glycan を有し、ポリラクトサミン部分にはsLe X やsialyl dimeric Le X 構造等が含まれることを示した。

第五章では、E-selectin のリガンドとして機能するHepG2 細胞の膜タンパク質の解析について述べている。形質膜タンパク質のSDS-PAGE、メンブレンへの転写後、PNGaseF 消化を行ない、抗sLe X 抗体やE-selectin/Fc キメラタンパク質をプローブとした染色像の変化を観察した。その結果、HepG2 細胞はHL-60 細胞やLS174T 細胞とは異なりN-glycan 性のsLeX 構造を発現し、E-selectin/Fc キメラタンパク質に結合する少なくとも4種類(90kDa、120kDa、180kDa、800kDa)の糖タンパク質を発現していることを示した。

以上のように申請者は、ヒト肝癌細胞の形質膜糖タンパク質に含まれる N-glycan がEselectinへの結合に関与することを示し、N-glycanの詳細な解析を行い構造の特徴を明らかにした。また、N-glycan性リガンド糖鎖を発現し、E-selectin への結合に関与する候補分子として複数の糖タンパク質が存在することを示した。本研究の成果は、癌細胞の転移に関わる分子の理解に貢献するものであり、博士(薬学)の学位を受けるに値するものと判断した。

UTokyo Repositoryリンク