学位論文要旨



No 119455
著者(漢字) 上野,和紀
著者(英字)
著者(カナ) ウエノ,カズノリ
標題(和) ペロブスカイト型酸化物を用いた電界効果トランジスタの開発
標題(洋) Field-Effect Transistor Based on Perovskite Oxides
報告番号 119455
報告番号 甲19455
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第3号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 助教授 山本,剛久
 東京大学 助教授 リップマー,ミック
 東京大学 教授 尾嶋,正治
内容要旨 要旨を表示する

外部電場による材料のキャリア濃度の制御を可能にする絶縁ゲート電界効果トランジスタ(MIS-FET)の研究は、SiやGaAsなどの一般的な半導体材料では重要な研究分野であり、半導体エレクトロニクスにおける最も重要なデバイスであるMOSFETを生み出すことに成功した。さて、MISFETの手法を強相関電子系材料に応用することができれば、半導体デバイスのデバイス縮小則の限界を超えるMott FETが実現できると予言されている。それに加え、MISFETによるキャリア濃度の変化は不純物を伴わないため、強相関電子系の電子物性の研究の立場からもMISFETの研究は興味深い。

しかしながら、従来のMISFETの研究は、強相関電子系材料のなかでも高温超伝導材料に限られていた。なぜなら、高いデバイス特性を実現するためにはエピタキシャル薄膜が一般に有用であり、高温超伝導材料では高品質のエピタキシャル薄膜の作製技術が確立しているためである。これらの研究では、Si MOSFET並みのデバイス集積度ときわめて高いデバイス特性を実現するために、Siで開発されたリソグラフィの手法と良質のエピタキシャル薄膜が用いられている。しかし、エピタキシャル薄膜を用いなくても、材料をMISFETに応用することは可能である。ただし、その場合は外部電場により材料へ誘起したキャリアすべてが材料の物性変化に寄与するわけではないので、多量のキャリア注入が必要となる。

本研究ではエピタキシャル薄膜作製の難しい強相関電子系材料へも容易に拡張可能な新しいMISFETデバイスの開発を行った。FETデバイス作製は、典型的なペロブスカイト酸化物であるSrTiO3とKTaO3の単結晶を用いた。多量のキャリア注入を可能にする高い絶縁耐圧をもつ絶縁膜としては、rfマグネトロンスパッタ法で作製したアモルファスAl2O3薄膜を用いた。従来、酸化物材料ではAl2O3の絶縁耐圧が大幅に低下することが知られていたが、デバイス作製法を工夫することで高い絶縁耐圧を得ることに成功した。その結果、エピタキシャル薄膜界面とはかけ離れた単結晶/アモルファス界面を用いたFETデバイスを実現することができた。

デバイス作製

作製したFET構造の模式図を図1(a)に示す。単結晶上のAl電極は、SrTiO3, KTaO3といった材料に対してオーム性電極となる。Al2O3絶縁膜をはさんで基板に対向したゲート電極に電圧を印可すると、単結晶のキャリア濃度が変調される。その結果、Al電極間の導電性が制御される。さて、ゲート電圧により大きな導電性の変化を引き起こすためには、良好な基板・絶縁膜界面が必要である。一方、ゲートに高い電圧をかけるためには、高い耐圧と小さなリーク電流をもつ絶縁膜の作製が必要である。一般に良好な絶縁膜を作製するための成膜条件の最適化は界面の改善と相反するため、この二つの要求を同時に満たすのは簡単ではない。

良好な絶縁膜を作製する手法を探るため、EB蒸着法とスパッタ法をもちいてAl2O3絶縁膜を作製した。その結果絶縁特性に関しては、スパッタ法を使うことでリーク電流、絶縁耐圧ともに比較的良好な薄膜を作製可能なことがわかった。また、ゲート電極に金属薄膜でなく導電性塗料(金ペースト)を仕様することで絶縁耐圧が向上することがわかった。しかし、スパッタ法では基板界面に多量の欠陥が導入されてしまう欠点がある。そこで、基板周辺でのスパッタプラズマのエネルギーの最小化を試みた。具体的には、スパッタ投入電力を100Wまで下げ、また基板・ターゲット距離を12cmまで広くすることで基板周辺のスパッタプラズマが室温と熱平衡状態になるようにした。スパッタ雰囲気は15mTorrのArである。その結果、図1(b)に示すように基板ダメージに起因する表面電流を大幅に低減することができた。

この低エネルギー条件で成膜したアモルファス絶縁膜を用いて、以下に述べるFETデバイスの作製を行った。デバイス作製を行うSrTiO3、KTaO3サンプルは(100)表面研磨された状態で業者から購入したものである。納入されたSrTiO3の表面はエッチング処理により原子スケールの平坦表面を持っている。一方、KTaO3単結晶はそのような平坦な表面を持たず、デバイス作製に先立ってサンプルのアニールによる表面処理を行った。デバイス作製では、まず単結晶に20nmのAl膜を熱蒸着法により作製する。次に、50nmのAl2O3薄膜を先に述べた手法で作製する。最後に、金ペーストをゲート電極として塗布した。

SrTiO3 FET

SrTiO3は典型的なペロフスカイト酸化物であり、3eVのバンドャップをもつn型半導体である。また、エピタキシャル薄膜用の基板材料として広く使われているために良質の基板を容易に手に入れることができる。

Al2O3/SrTiO3 FETは図2(a)に示すように典型的なFET動作を示した。ゲートに2Vを越える電圧を印可することでドレイン電流は大きく増加した。一方、負のゲート電圧ではドレイン電流はなんの変化も起こさなかった。また、Al2O3成膜法の最適化で得られた高いoff電流はデバイスのon-off電流比を大きく改善させ、100以上のon-off電流比が得られた。この値は従来SrTiO3のFETで報告されている2をはるかに上回る高い値である。

電界効果移動度μFEはゲート電圧、温度に強く依存する。特に、図2(b)に示すように、270K以下では熱励起型の振る舞いを示した。このような振る舞いは有機物やa-Siの薄膜トランジスタで報告されており、チャネルの結晶粒界に含まれる欠陥に起因するとされている。我々のAl2O3/SrTiO3 FETのチャネルに粒界は含まれていないものの、多量のトラップ準位が存在する。よって、界面のトラップがこれらのFETと同様の振る舞いを引き起こしていると考えられる。

KTaO3 FET

KTaO3もまた典型的なペロブスカイト酸化物であり、SrTiO3より広いバンドギャップ3.8eVを持った半導体である。また、電子ドープしたKTaO3はSrTiO3の5倍程度のホール移動度をもち、比較的高いデバイス特性が期待できる。一方、KTaO3は化学的にはSrTiO3より不安定で、空気中の酸素、湿度と反応しやすい欠点がある。

そのためか、購入したKTaO3にそのままデバイスを作製すると、FET動作を得ることができなかった。そこで、デバイス作製の直前にKTaO3試料のアニール処理を行った。アニールは管状炉を用い、1atm,50sccmの酸素フロー中で700℃,1時間行った。アニールにより試料は表面再構成を起こし、アニール後のAFMではステップ&テラス構造が観察された。

図3(a)にAl2O3/KTaO3 FETの室温でのIDS-VDSを示す。特性そのものはAl2O3/SrTiO3 FETときわめて類似している。しかし、電流増幅の大きさはAl2O3/SrTiO3 FETより遙かに大きく、on-off電流比は104というきわめて高い値をしめした。この値は従来ペロブスカイト酸化物で報告されている最大のon-off電流比に匹敵する高さである。また、室温の電界効果移動度は0.4cm2/Vsと、やはりAl2O3/SrTiO3 FETの最大値よりずっと高かった。一方、ゲート絶縁膜の品質は悪く、Al2O3/SrTiO3 FETに比べて室温で約半分の耐圧しか示さなかった。アニールしたKTaO3表面はSrTiO3よりきわめて荒い表面を持つことから、この表面荒さが低い絶縁耐圧を引き起こしたと考えられる。

さて、Al2O3/KTaO3 FETのデバイス特性は、低温でAl2O3/SrTiO3 FETと全く異なる振る舞いを示した。中でも重要な結果は、図3(b)に示すように室温から200Kまで、ほぼ一定の電界効果移動度μFEが得られた点である。よって、Al2O3/KTaO3 FETは低温用デバイスとしても有用である可能性がある。しかし、同時に低温ではスレショルド電圧の大きな増加が観察された。実際、このスレショルド電圧の増加により200K以下では移動度を算出することが出来なかった。このスレショルド増加の詳しい原因は不明だが、低温での電極の劣化や界面でのトラップの振る舞いなどに関連していると推測される。

まとめ

ペロブスカイト酸化物の単結晶へ容易に拡張可能なFETデバイス作製の手法を開発し、良好なデバイス特性を得ることに成功した。SrTiO3とKTaO3という異なる二つの材料へ同じ手法を適用することで、本手法の拡張性の高さを実証することができた。また、FETデバイス作製手法を確立することで、本研究は将来の強相関FET、電界ドープによる強相関物性制御へ向けた第一歩になったと確信している。それに加えてKTaO3を用いたFETデバイスでは、きわめて高いスイッチ特性が得られた。この特性はペロブスカイト酸化物FETで従来報告された最大のものに匹敵するほどであり、KTaO3が新しい半導体材料としても有用であることを示すことができた。

(a)単結晶上に作製可能なFETの構造の模式図。(b)表面にAl2O3薄膜を作製したSrTiO3基板のI-V特性。薄膜の作製により、SrTiO3の電気特性は大きく変化する。

(a)室温でのAl2O3/SrTiO3 FETのドレイン電流IDS-電圧VDS特性(b)電界効果移動度の温度依存性。実線は励起エネルギーEa=0.6eVの熱励起に従う温度依存性を示す。

(a)室温でのAl2O3/KTaO3 FETのドレイン電流IDS-電圧VDS特性(b)電界効果移動度の温度依存性。電界効果移動度は、一定の実効ゲート電圧VeffGS=VGS-Vthについてプロットした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、題目「ペロブスカイト型酸化物を用いた電界効果トランジスタの開発」に表現されるように、ペロブスカイト構造をもつ典型的な酸化物であるSrTiO3, KTaO3の単結晶をチャネル領域として用いた電界効果トランジスタ(FET)を、アモルファスAl2O3薄膜を絶縁膜として構築し、電界効果キャリアドーピングを試みた研究である。論文は全五章からなる。

序言では研究の背景と目的が述べられている。まず、ペロブスカイト酸化物をチャネルとしたFETに関する従来の研究と期待される展開について述べている。これまでのFET研究の対象は薄膜であったのに対し、本論文の研究はバルク単結晶をチャネルとして用いる点で新しいパラダイムであることを強調している。

第一章では電界効果トランジスタを用いた材料のキャリア濃度制御の原理を述べ、以後の章で必要となるいくつかの関係、パラメータを従来の半導体理論を用いて導出している。特に、理想的な半導体・絶縁体界面を仮定した場合、電界により誘起したキャリアがチャネル領域にどのように分布するかを従来の二次元電子雲や量子井戸の研究で開発された理論をもちいて解析し、外部電界によりどの程度までキャリア濃度を制御できるかの可能性を明らかにしている。たとえば、実際に研究された Al2O3 / SrTiO3 の系でのキャリア濃度の計算を行い、理想的な界面とバンド構造をもつ場合、キャリアは半導体・絶縁体界面から 10nm 以上の深さまで広がり、キャリア濃度にして1019-1020/cm3程度(ペロブスカイト一格子あたり 0.01-0.001個)のキャリアを実用的なゲート電圧により誘起できることを示している。

第二章ではFETを作製するための手法を詳細に記述し、あわせて測定手法、条件について述べている。特にアモルファス Al2O3絶縁膜の成膜手法と特性の関係について詳細な記述と議論がなされた。まずFET 作製のためには Al2O3の絶縁特性と、アモルファス膜/単結晶の界面の欠陥をいかに減らすかが重要である、という問題意識が述べられる。EB 蒸着、rfマグネトロンスパッタ成膜したアモルファス Al2O3膜の絶縁特性、界面特性を比較検討した結果、スパッタ成膜した Al2O3がもっとも良い絶縁特性を示すことが明らかとなった。絶縁特性を保つためには成膜後の高温プロセスを避け、かなりゆっくりとしたスパッタリング条件を用いる必要がある。最後にFET 作製の手法として、金属薄板マスクを用いたパターン作製の長所が強調されている。

第三章では第二章で記述された手法をもちいて SrTiO3 単結晶の上に作製したFET の電流電圧特性が記述され、移動度のキャリア濃度依存性、温度依存性、界面の物性などに関する議論がなされている。室温では、n 型 FET 動作が確認され、高ドレイン電圧でのドレイン電流の飽和など FET の典型的な電流電圧が得られた。デバイスとしてのon-off電流比は 100以上、移動度は0.08 cm2/Vsと従来のSrTiO3を用いた FET 研究のどれよりも高いものであり、アモルファスAl2O3/単結晶SrTiO3の界面はきわめて良好なものであるといえる。

第四章では第二章で述べられた手法を物質横断的に展開し、 KTaO3単結晶上にFET を作製した。KTaO3はSrTiO3と類似した物性を持ちながら移動度は5倍程度高いとされる。

室温での電流電圧測定の結果、予想通り高い移動度と典型的な n 型移動度を示すことが明らかとなった。また、移動度はSrTiO3と同様、大きなキャリア濃度依存性を示した。KTaO3 単結晶での FET 作製には、SrTiO3 と異なり酸素中アニールによる表面処理が必須であった。この結果から未処理の KTaO3 単結晶表面は空気中のガス分子等により劣化しており、表面処理により劣化した表面層を除去することがFET 実現に必要であることを指摘した。すなわち、良好な FE ドーピングには新しい表面が必須であることが実験的に明らかとなった。

第五章では結論として本論文でなされた研究をまとめ、今後に残された課題、及びに本研究により実現可能となった電界効果ドーピングの強相関電子系への応用の可能性について述べられている。

なお本論文は高木英典、井上公との共同研究であるが論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上、本論文は、SrTiO3, KTaO3 単結晶への電界効果キャリアドープを実現する電界効果トランジスタ構築の手法を確立し、ペロブスカイト酸化物材料のデバイス応用への突破口を拓いた。将来の酸化物エレクトロニクスの発展を考えるならば、物質科学研究の発展に寄与するところ大であり、本論文は博士(科学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク