学位論文要旨



No 119468
著者(漢字) 沼田,龍介
著者(英字)
著者(カナ) ヌマタ,リュウスケ
標題(和) 二流体プラズマにおける非線形現象
標題(洋) Nonlinear Processes in Two-Fluid Plasmas
報告番号 119468
報告番号 甲19468
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第16号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 助教授 小野,靖
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 教授 小川,雄一
内容要旨 要旨を表示する

序論

プラズマにおいて流れは普遍的に存在し、磁場とカップルすることにより興味深い構造をつくり出す。しかし、特に磁場に直交する流れを考える場合、プラズマを一種類の流体と仮定する理想電磁流体力学(MHD)では、さまざまな問題が発生する。例えば、磁束関数と流れ関数が縮退することに起因して平衡方程式に特異点が生じ、解の存在すら示すことができなくなる[1]。また、磁気リコネクションに代表されるように、巨視的なプラズマの運動は微視的な粒子運動による散逸の効果によって支配されるが、MHD方程式では、そのスケール不変性のため異なる空間スケール間の相互作用を表現できない。二流体方程式においてはHall効果による特異摂動効果によって、上記のような問題は解消されると考えられる。特異摂動は、最高階微分に小さいパラメタがかかった項で表され通常揺らぎと考えられるが、二流体プラズマ中においては、最高階微分項が重要になるスケールの構造を自ら形成し、無視できない効果を生む。さらに、二流体プラズマにおける固有の空間スケールであるイオンの無衝突スキン長程度の非一様な構造においては、磁場ヌル近傍においてイオンの運動がカオスになりうる[2]。カオスによるミキシングの効果によって粒子の運動論的エントロピーが増加し、開放系においては定常的な(拡散型の)散逸が導かれる。局所的な電気抵抗として評価されたカオスによる無衝突散逸は、巨視的なプラズマ現象に重要な影響を及ぼす。このように二流体プラズマ中では、一流体のスケール(macro)、イオンと電子が分離する二流体のスケール(meso)、粒子運動のスケール(micro)と階層構造をなしており、非線形相互作用によって、互いに影響を及ぼしあう。

本論文では、二流体プラズマの自己組織化過程、および、イオンスキン長スケールにおける磁場ヌル近傍の粒子運動のカオスによる効果に着目して研究をおこなった。

二流体プラズマの自己組織化シミュレーション

圧縮性Hall-MHDでは、MHD方程式に対してOhmの法則のみが次のように一般化される。ここでEは電場、Bは磁場、Vはプラズマの速度場、nは密度、peは電子の圧力、ηは電気抵抗であり、εはイオンの無衝突スキン長と系の代表的スケールの比を表すパラメタである。一般化されたOhmの法則は、電子の運動方程式から電子慣性を無視することで得られ、磁場が電子流体に凍結している状態を表している。右辺第一項がHall効果を与え、磁場の誘導方程式における非線形特異摂動項となる。理想(散逸がない)、非圧縮の極限でHall-MHDの平衡状態は、一般化された渦度と流れ場が平行になるBeltrami条件および、エネルギー密度一様となるBernoulli条件で与えられる(二重Beltrami(DB)平衡[3])。磁場、速度場は2つのcurlの固有関数G±(∇×G±=λ±G±)の線形結合で表すことができ、λ-1±で与えられる2つの空間スケールをもつ。DB平衡は、Hall-MHDにおける運動の保存量であるエネルギーEと、電子、イオン流体に対応する2つのヘリシティーH1,H2の束縛条件のもとで、揺らぎを表すエンストロフィーFを最小化した緩和状態であると考えられている[4]。ただし、緩和過程において、E,H1,H2は微小に存在する散逸の効果によってDB平衡を満たすように調整される。

圧縮性Hall-MHD方程式を三次元矩形領域、完全導体境界条件(トロイダル方向に周期境界)のもとで、差分法によって数値的に解くことにより、Hall-MHDにおける平衡、緩和過程を解析した。図1に、初期および緩和状態におけるトロイダル磁場の等値面を示す。初期条件はキンクモードに対して不安定であるため、初期に与えられた微小な揺らぎが指数関数的に成長し、乱流状態を経て螺旋状にねじれた最終状態に緩和する。緩和状態のグローバルな構造(螺旋のモード数)はMHDに基づくTaylor理論[5]により説明され、Hall効果の有無に依存しない。しかし、Hall効果によってMHDでは存在しない磁場に直交する方向の速度が残り、磁束管は時間とともにポロイダル方向、トロイダル方向に流される。ポロイダル面内におけるBeltrami条件を調べると、磁束管のなかではBeltrami条件は満たされており、速度の磁場に直交する成分はHall効果に起因し、(2)からV⊥〓ε/n(∇×B)⊥と表されることがわかる。

図2に初期値で規格化した磁気エネルギーと運動エネルギーの和E'(圧縮性Hall-MHDでは保存量ではない)、ヘリシティーH1およびH'2≡H2-H1とエンストロフィーFの時間変化を示す。緩和過程においてH'2が最も散逸を受けて減衰し、H1は最もよく保存を保っている。保存量の壊れやすさは、含んでいる微分の階数によって決定され、最も高階の微分を含む保存量を、選択的に散逸をうけるターゲット汎関数とする変分原理は意味を持たないことが指摘されている。Hall-MHDの緩和過程では、最高階微分を含むH'2が最も保存性が悪く調整を受けながらFが最小化された状態としてDB平衡が得られることが示された。

カオスによる無衝突抵抗と高速磁気リコネクション

2次元Y字型磁場配位および、磁場に直交する方向の一様電場のもとで、粒子の運動を考える。無次元化によりNewtonの運動方程式、電磁場配位は以下のように表される。ここで、υは粒子の速度、mAはAlfven Mach数、δ≡c/ωpは無衝突スキン長(c:光速、ωp:プラズマ周波数)、lxは磁場の変化するスケールを表し、lは定数である。δは慣性が重要となるスケールであり、以下δ=lxとする。相互作用をしない(衝突のない)多数の粒子の運動を、(4)を直接数値的に解くことにより解析した。図3に典型的な粒子軌道を示す。粒子は磁場ヌル近傍において、磁気モーメントの保存が破れることによりカオス的な運動を示す。また、E×Bドリフト運動により粒子は、長時間カオス領域に留まることができず、下流の磁場が強い領域に掃き出され磁化された運動に移るため開放系となる。磁場ヌル近傍の、局所的なカオス領域を同定するため、局所Lyapunov指数(LLE)[6]を導入した。通常Lyapunov指数は、初期に近傍に配置された2つの粒子軌道の軌道拡大率の長時間平均で定義され、カオスによるミキシングの時定数を与えるが、開放系においては長時間平均を定義することができない。そこで、多粒子のアンサンブル平均によりLLEを定義し、LLEが定常値を示す領域をもってカオス領域と同定した。

カオス領域においては、磁場によるミキシングの効果により粒子は電場方向に加速を受ける。図4に、カオス領域内における、電場方向の粒子の平均速度を示す。カオス領域で加速を受けエネルギーを増加させた粒子は、カオス領域から排出されるため、カオス領域における粒子数は指数関数的に減少する。カオス領域における電場のエネルギーの散逸(粒子の加速)を評価するため、速度ゼロの粒子を供給することによってカオス領域の粒子数が一定となる系を考える (sustained system)。このような系においては、粒子の電場方向平均速度は以下の散逸型の方程式でモデル化することができる。ここで、υeff, ρeffは実効衝突周波数、実効質量を表す。数値計算によって得られた実効衝突周波数により、カオスによる実効的な抵抗としてを得る。カオスによる実効抵抗はAlfven速度υA=δωcに依存し、電子温度には依存しないため、高温プラズマにおいては、古典的な衝突による抵抗に比べ非常に大きな値となる。例えば、太陽コロナのパラメタ(密度=1016[m-3]、磁場=10-2[T]、電子温度=102[eV])においては約104倍となる。

イオンのカオスによる無衝突抵抗を、巨視的な磁気リコネクション現象に適用するために、MHD方程式に支配される巨視的なスケールと、粒子運動が重要となる微視的なスケールをつなぐ中間領域を導入する。巨視的な配位としてPetschekによるショック構造を考え[7]、Petschekモデルにおいて磁場が拡散する”散逸領域”に、中間領域としてイオンスキン長スケールのカオス領域が複数(N)存在すると仮定する。巨視的領域と中間領域における電場を滑らかに接続することによって、リコネクションの時間スケールを与える電場強度が決定され、また、散逸領域におけるエネルギー収支の評価から、散逸領域の大きさ(Lδ)と衝突周波数との関係としてが得られる。

結論

二流体プラズマにおける非線形現象について、Hall-MHDの特異摂動効果および、荷電粒子のカオス運動に着目して研究をおこなった。Hall-MHD方程式を数値シミュレーションによって、解析することにより、理論的に予想されるDB平衡の形成を検証し、一流体プラズマでは見られない磁場に直交する方向のプラズマ流が形成されることを明らかにした。Hall-MHDの緩和過程は、イオンのヘリシティーを調整しながら、エンストロフィーを最小化した状態として達成される。また、磁場ヌルを含む、イオンスキン長程度の非一様性をもった電磁場配位中では、粒子のカオス運動効果によって、磁場ヌル近傍で局所的に電気抵抗が古典的衝突による抵抗に比べ非常に大きくなることが示された。カオスによる無衝突抵抗をPetschekの磁気リコネクションモデルの散逸領域に、中間領域を介して接続することにより、古典抵抗を用いたときに存在するPetschekモデルの空間スケールの矛盾を解消する高速磁気リコネクションのモデルを構築した。中間領域として、二流体プラズマで予想されるイオンスキン長程度の揺らぎの構造が存在するDB平衡が考えられる。

初期および緩和状態におけるトロイダル磁場の等値面

初期値で規格化したエネルギー、ヘリシティー、エンストロフィーの時間変化

x-y平面に射影した粒子軌道

電場方向の粒子の平均速度の時間変化

H. Tasso and G. N. Throumoulopoulos, Phys. Plasmas 5, 2378 (1998).R. Numata and Z. Yoshida, Phys. Rev. Lett. 88, 045003 (2002).S. M. Mahajan and Z. Yoshida, Phys. Rev. Lett. 81, 4863 (1998).Z. Yoshida and S. M. Mahajan, Phys. Rev. Lett. 88, 095001 (2002).J. B. Taylor, Phys. Rev. Lett. 33, 1139 (1974).C. Beck and F. Schlogl, Thermodynamics of chaotic systems (Cambridge University Press, Cambridge, 1993), Chapter 15.H. E. Petschek, in AAS-NASA Symposium on Physics of Solar Flares, edited by W. N. Hess (National Aeronautics and Space Administration, Washington, DC, 1964), SP-50.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は,Nonlinear Processes in Two-Fluid Plasmas(二流体プラズマにおける非線形現象)と題している.プラズマにおいて流れは普遍的に存在し,磁場と非線形相互作用することにより多様な構造をつくり出す.粒子(電子,イオン)の運動が問題となるミクロの階層と,マクロスケール(天体や磁気圏などのスケールあるいは実験装置のスケール)の階層は大きく隔たっているが複雑に連関しており,中間(メソ)スケールに様々な非線形現象を引き起こす.これを理論的に理解することがプラズマ物理の重要な課題である.本研究は.プラズマの二流体モデル,及びミクロスケールの粒子運動モデルを用いて数値シミュレーションをおこない,プラズマ中でおこる自己組織化と異常散逸(無衝突過程によるエントロピー生産)の非線形ダイナミクス(動的プロセス)を明らかにしたものである.

プラズマのマクロスケールでの運動を記述する最も簡単なモデルは,理想電磁流体力学 (MHD) 方程式系である.これは,プラズマの安定性解析などには有用であるが,特性長をもたないので,スケール階層の問題を扱うことができない.二流体方程式は,理想MHD方程式系にホール効果による特異摂動を加えたモデルであり,イオンスキン長というミクロスケールを特性長として規定する.イオンスキン長の階層で磁場の強い変動が生み出されると,磁場ヌル近傍においてイオンの運動が非可積分(カオス)になり,カオスによるミキシングの効果によって無衝突でも強力なエネルギー散逸が起こる.本研究は,二流体方程式を用いてマクロスケールとミクロ(イオンスキン長)スケールを架橋し,またミクロスケールで起こるカオスの効果について粒子運動方程式を用いて解析している.論文は,以下のように構成されている.

第1章は緒論にあてられている.プラズマや流体における自己組織化,乱流について Taylor, Kolmogorov などの研究について紹介し,関連する計算機および計算手法の発展について概説している.さらに,MHD方程式に基づく理論の問題点として,プラズマ流にともなう特異点の発生や,磁気リコネクションを説明する Petschek のモデルにおける空間構造の矛盾について指摘している.

第2章では,二流体MHDモデルの特徴と,これに関する理論,特にダブルベルトラミ平衡解について解説している.二流体MHDモデラレでは,イオンと電子の運動が分離することによって現れるホール効果を表現することができる.ホール効果は,MHD方程式系に対する特異摂動であり,スケール階層の形成や,MHDモデルでは記述できない流れの構造などが決定される.ダブルベルトラミ平衡解は,これらの基本的な特徴を表象する特解であるが,これが予測する構造が非線形ダイナミクスにおいて現れるか否かが,本研究の主題として位置づけられる.

第3章は,二流体MHDモデルで記述されるプラズマの自己組織化過程を明らかにするためにおこなった数値シミュレーションについて記述している.非線形,圧縮性二流体方程式を数値シミュレーションするプログラムを自ら開発している.この過程で,境界条件の数学的妥当性を検討している.一様プラズマ中のアルフヴェン波分散関係を再現することによって,計算の妥当性と精度を検証している.次に,高いエネルギー.ヘリシティーを持った不安定な平衡を初期条件とし,非線形ダイナミクスのシミュレーションをおこない,自己組織化された準終状態の構造を分析してダブルベルトラミ平衡解に近いことを確かめている.またMHDモデルで同条件のシミュレーションをおこない,両者を比較して二流体効果(ホール効果)が磁場に直交する方向のプラズマ流を生成すること(ダブルベルトラミ平衡解の特徴)を確認している.ダブルベルトラミ平衡の自己組織化は,エネルギーと電子およびイオンの正準ヘリシティーというマクロ変数に関する修正 (adjust) 過程として特徴付けられる.このことを検証するために,これらマクロ変数の時間変化を計算し,理論が予測する保存量の強圧性(coercivity)を実証している.

第4章は,粒子運動のミクロ(イオンスキン長)階層におけるカオスと,そのマクロな効果について考察している.磁場がゼロとなる特異点(磁場ヌル)を含む非一様な電磁場配位においては,電場で加速された荷電粒子の運動はカオスになる.これは磁場ヌルで粒子が散乱されたと考えることができ,強力なエントロピー生産機構となる.このエントロピー生産を無衝突抵抗として定量的に評価している.ただし,ここで考えている系は開放系であり,通常のリアプノフ指数を用いて統計的な定量化をおこなうことができない.そこで局所リアプノフ指数を導入し,これが正の定常値をとる部分領域として磁場ヌル近傍の局所的なカオス領域を同定している.また,カオス領域における無衝突抵抗は,局所リアプノフ指数の時定数によって制限されることを示している.最後に,イオン運動のカオスによる無衝突抵抗を,マクロなスケールで起こる磁気リコネクション現象に適用するメソモデルを導出している.カオスによる抵抗を用いることによって,これまでの磁気リコネクションモデラレがもっていた矛盾を解消することに成功している.

以上を要するに,本研究は,多階層性をもつプラズマの非線形現象について二流体モデル及び粒子運動モデルを用いた数値シミュレーションをおこない,自己組織化におけるマクロ変数の変化,無衝突抵抗などを定量的に評価したものであり,その結果はプラズマ物理の発展に貢献するところが大きい.したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

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