学位論文要旨



No 119477
著者(漢字) 寺園,泰
著者(英字)
著者(カナ) テラゾノ,ヤスシ
標題(和) 忠実性・線形性の同時最適化による生体磁場逆問題解法
標題(洋) Fidelity-Linearity Optimization for Bioelectromagnetic Inverse Problem
報告番号 119477
報告番号 甲19477
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第25号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 複雑理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 眞溪,歩
 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 小屋口,剛博
 東京大学 助教授 村重,淳
 都立科学技術大学 教授 関原,謙介
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,生体磁場逆問題に対する新規な解法を提案するものである.

第1章は序論として,本論文の背景と目的を説明した.生体の無侵襲計測法として,生体外部の電位や磁場に着目する方法がある.例えば,脳神経の電気的活動によって生じる頭部周辺の磁場を計測するMEG (magnetoencephalography) や,胸部表面で心臓の活動を対象とするMCG (magnetocardiography)などが盛んに研究されている.これらの計測に共通して問題となるのが,計測値の発生原因を推定すること,すなわち生体内の電流密度分布の推定である.この推定問題が本論文で扱う逆問題である.逆問題解法は,知りたい量に関する情報を得るプロセスを順方向写像としたとき,得た情報から未知量を推定する逆方向写像として位置づけられる.このとき,順・逆方向の写像を合成して恒等写像になるのが理想である.そこで,提案解法の目標が,恒等写像の性質の近似的な実現にあることを述べた.

第2章では,生体磁場逆問題の問題設定を行った.生体磁場逆問題は,電流密度分布自体を推定対象とする場合,計測値への伝達が線形であり,線形逆問題に分類される.電流密度分布は,各位置における値を数値計算するため,空間的に離散化して扱われる.このとき,計測値を計測値ベクトルy ε RM,伝達行列をL ε RMχN,電流密度分布をソースベクトルx ε RN として,伝達方程式はy=Lxと表される.ここで,計測値が限られたM 個のセンサの出力値である一方,未知変数の個数N は非常に多くなる.つまり,可能な解に大きな自由度が存在し,一意に定まらない.この状況を劣決定であるという.以上のように,生体磁場逆問題を劣決定線形逆問題として定式化した.

第3章では,すでに提案されている他の解法について述べている.

第4章では,忠実性・線形性の同時最適化の枠組みについて議論している.ここでは,計測・推定のプロセス全体を考慮した.これら2 つのプロセス全体をひとつの写像と考えたとき,それは,真値に対して推定値を与える写像にほかならない.したがって,この写像は元の値を変えない恒等写像であるべきだが,ここで着目したのは,以下の2 つの条件が,線形空間上の恒等写像の必要十分条件となることである.1) 基底忠実性:写像しても各元が保存されるような基底が存在する.2) 線形性:写像が線形である.これらの性質は,数学的な必要十分性からだけでなく,手法の実用上も重要である.MEG では,電流密度分布がごく少数の電流双極子から成るという仮定がおかれることがしばしばある.基底忠実性が成り立てば,この場合に有効な推定が可能である.また,さまざまな様態の分布への対応能力は,線形性によって得られる.ところが,劣決定性のために,恒等写像そのものは実現不可能である.つまり,基底忠実性と線形性は同時に成立させることはできない.そこで,有効な逆問題解法を得るために,両性質を最大限近似的に両立させることを解法の枠組みとした.

第5章では,提案手法の詳細について述べた.まず,忠実性に関する議論を行い,基底忠実性と重みつきl1-ノルムの関係を明らかにした.重みつきl1-ノルムの最小化は,非零要素の少ない解,いわゆる疎な解を得るための方法として知られている.ここでは,重みつきl1-ノルムと基底忠実性について,以下の事実を証明した: 伝達行列L の任意の2 つの列ベクトルが一次独立であるなら,〓が成り立つ.すなわち,上記評価関数の最小化による解法は標準基底に関して基底忠実性を満たす.基底忠実性に関する既知の証明は,伝達行列の非退化性を仮定しており,本論文での証明のほうが仮定が弱い.

基底忠実性と重みつきl1-ノルムは,スカラ場を対象とするときは問題ない.しかし,生体磁場逆問題では,電流密度分布というベクトル場を扱うため,不都合が生じる.そこで,これに対応する拡張を導入した.まず,スカラ場における単一非零要素解,すなわち標準基底に相当する解の集合を,ベクトル場について定義した.伝達行列を,各格子点上のベクトル成分に対応するよう分割し,L = [ L1...LP ] とおく.ソースベクトルをベクトル成分ごとに分割しxT = [ xT1...xTP ] とおく.このとき,xi〓= 0; xj〓 = 0 であれば,この解は空間中における一点のみで非零となっている.これは,MEG では単一電流双極子の解に対応する.このような解の全てが写像の不動点となることを,拡張基底忠実性と呼ぶ.さらに,重みつきl1-ノルムを拡張し,伝達行列が次の条件を満たすとき,拡張重みつきl1-ノルムの最小化が拡張基底忠実性を達成することを示した: 伝達行列L の任意の2つの部分行列Li;Lj (i 〓 j) が一次独立である,すなわちrank[ Li Lj ] = rank [Li] + rank [Lj ] であるとする.ただし,Li, Lj はそれぞれ最大階数をもつ.このとき,次の関数〓を,与えられた計測値y についての制約y = Lx のもとで最小化する解は,拡張基底忠実性を満たす.以上のような拡張により,ベクトル場における拡張基底忠実性を達成できた.数値例として,図1 に,MEG の計測系を想定した電流密度分布の推定結果を示す.ベクトル場対応が有効に機能していることがわかる.

次に,線形写像と2 次形式について論じた.線形写像が2 次形式あるいは重みつきl2-ノルムの最小化により得られることはよく知られている.MEG 逆問題においては,l2-ノルム最小化による推定では,頭の表面,つまりセンサ付近に分布が片寄る問題が報告されている.そこで,変数を確率変数としたときの2 次統計量に注目した.ソースベクトルの分散共分散行列が単位行列だと仮定する.このとき,推定値の分散共分散行列Cは,推定に用いた一般化逆行列G によって〓と表される.Cの対角成分は推定量の各変数の分散を表す.これを一様に近づけるために,2 次形式の重みを対角行列W とし,〓から第i 対角成分を〓なる反復によって更新していく方法を提案した.ところで,変数が標準正規分布に従う場合の最尤推定は,標準基底に対する推定誤差kGL ! Ik2 を最小化するG によって得られる.しかし,前記反復により,この誤差は悪化していく.また,反復回数が多くなると,推定解の形状がゆがむ傾向が現れる.そこで,片寄りの抑制と誤差や形状の悪化を鑑みて,適当な回数で反復を打ち切る.伝達行列の性質によるが,検討範囲では数回程度の反復で十分であった.さらに,この重み設定も,ベクトル場に対応するよう拡張した.ベクトル場の場合,分散の一様性は,次の2 つの性質で考えるべきことを指摘した.1 つは,各格子点間で,期待される分散の大きさが等しいこと,すなわち,〓である.もう1 つは,各格子点上で,上記期待される分散に与える影響がベクトルの向きによらないこと,すなわちI を単位行列として〓である.これらが完全に成立すると,推定分散共分散行列のブロック対角要素は,小単位行列の定数倍が一様に並ぶ.これを実現するために,前記の反復法を拡張した.まず,重み行列W をブロック対角行列にする.そして,推定された分散共分散行列のi 番目のブロック対角要素を,固有値分解を用いて? Ci = WiUiDiUTi Wi と表し,Wnewi = UiD!1=2i UTi として更新する.図2 に数値例を示したように,以上の提案により,2 次形式の重みを効果的に設定できた.

さらに,第5章では,同章で検討してきた忠実性と線形性の2 つの性質を同時最適化する方法を提示している.ここまでの議論で,拡張基底忠実性には拡張重みつきl1-ノルムを,片寄りを補正した線形写像には重みつきl2-ノルムを対応付けた.これらの性質を同時に最適化するための評価関数として,2 つの形式を提案した.第1 に,各評価量を内分して用いる形式.第2 に,FOCUSS という反復解法を参考に,重みつき2 次形式の重みの逆行列内で,各評価量に対応する項を内分する形式である.

第1 の形式では,最適化問題は2 次計画あるいは2 次錐計画問題に帰着される.雑音を考慮した制約条件の緩和を2 次形式の形で導入しても同じクラスである.これは凸計画問題の一種であり,大域的最適解を求めることができる.また,内点法を用いた解法の実装が公開されており,効率よく解を求めることができる.図3 の数値例のように,既存の手法と比較して,提案手法が良好な推定結果を示している.

第2の形式でも凸計画問題が構成されるが,その評価関数中には対数関数が現れる.基礎としたFOCUSS 自体が解法手続きの表現なので,それを用いて解を求めることができる.第1 の形式との比較を図4 に示す.異なる性質の解軌跡を描いていることが確認できる.

第6章では,これまで述べてきた基底忠実性および拡張基底忠実性より強い忠実性について述べている.特に,伝達行列によって定まる疎な解の忠実性の限界と,それが対数関数を利用した評価関数によって達成されることを示した.

第7章では,これまでの議論を総括している.

以上により,劣決定線形逆問題である生体磁場逆問題に対し,基底忠実性とそのベクトル場への拡張を示し,また線形写像を与える2 次形式の重みの設計とそのベクトル場への拡張を示し,さらに忠実性・線形性の同時最適化による解法を提案し,その有効性を確認した.

忠実性のベクトル場拡張の効果

2次形式の重み設定の効果

提案する同時最適化の効果

同時最適化形式の違いによる推定結果の比較.スカラ場.横軸はソース位置,縦軸は振幅.上段から下段へ内分比を変えている

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,7 章から構成される.

第1章は序論として,本論文の背景と目的を説明している.まず,生体の計測法として,無侵襲に電位や磁場を計測する脳磁場計測等の例を挙げ,次に,計測値からの生体内電流密度分布の推定が劣決定逆問題となることを確認している.そして,この問題に対し,提案手法が,忠実性・線形性という2 つの性質に着目し,これらの同時最適化を行うものであることを述べている.

第2章では,生体磁場逆問題の問題設定を行っている.信号源である電流密度分布から計測値への線形な伝達関係についてモデル化することで,伝達方程式を立て,問題を劣決定線形逆問題として定式化している.ここでは,未知量である電流密度分布に対し,センサによる計測値はその一部の情報しか伝えず,推定が困難になっている状況が明確化される.また,続く第3 章では,既存の解法について簡潔に概観している.

第4章では,提案手法の基盤となる,忠実性・線形性の同時最適化の枠組みを議論している.まず,計測・推定のプロセスが全体として考察される.これら2 つのプロセス全体を,真値に対して推定値を与える写像として位置づけ,その持つべき理想的な性質が恒等性であることを述べている.次に,恒等性は以下の2 条件と必要十分条件となることを指摘している.第1 に基底忠実性,すなわち写像に不動な基底の存在.第2 に線形性,すなわち重ねあわせの保存である.さらに,これらの条件が,実用面からも重要であると指摘している.例えば脳磁場逆問題では,電流密度分布がごく少数の電流双極子からなるという仮定がしばしばおかれ,この場合に基底忠実性が有効に働き,また,他のさまざまな様態の分布への対応能力が,線形性によって得られることを指摘している.ところが,劣決定性のために,基底忠実性と線形性は同時に成立させることはできない.そこで,有効な逆問題解法を得るために,両性質を最大限近似的に両立させることを解法の枠組みとしている.

第5章では,提案手法の詳細について述べている.まず,忠実性に関して,基底忠実性と重みつきL1-ノルムの関係を明らかにしている.重みつきL1-ノルムの最小化が標準基底について基底忠実性を達成することを,伝達行列の任意の2 つの列ベクトルが一次独立という条件で証明している.従来の,伝達行列の非退化性という条件に比べ,より弱い,すなわち計測系にとってより容易な条件となっている. さらに,信号源がベクトル場のとき,1空間中の1 点で非零になる信号源を写像が保存することを拡張基底忠実性と名づけて明確に定義し,その達成のために評価関数の拡張している.また,任意の2 つの格子点に対応する伝達部分行列の一次独立性のもとで,この忠実性を証明している.次に,線形性と2次形式の最小化について検討を行い,2 次形式の重み行列の設定法を提案している.線形写像は,線形制約条件の下での2 次形式最小化により得られるが,重み一様における推定値は一般に片寄りを持つ.2 次統計量に注目すると,信号源の共分散行列を単位行列と仮定したとき,推定値の共分散行列の対角成分は一様となるのが理想である.これを達成する重み行列の反復的設定法を提案している.また,信号源がベクトル場である場合にはブロック対角成分が問題になると指摘し,ブロック対角のレベルで一様性を達成するよう拡張している.この手法による推定密度分布のピーク位置や滑らかさの向上を確認するとともに,これらの一様化が共分散行列の非対角成分に悪影響を与えるというトレードオフを定量的に示している.さらに,忠実性と線形性の両性質を同時最適化する方法を2 つ提示している.1 つ目は,各々に対応する評価関数を内分して新たな評価関数として用いる方法.2 つ目は,各々の最適化問題の最適性条件に着目し,その条件を反映する重み行列の内分により最適解の条件を定める方法である.両者とも凸関数の最小化問題となり,大域的最適解が求まる.これら2 つの方法を計算例で検討し,従来手法にない推定性能を確認している.

第6章では,疎な解について議論を行っている.対数関数を利用した評価関数は疎な推定を与える.これを忠実性を担う新たな評価関数となる可能性を持つものとして位置づけると同時に,近似的に疎な解も有効に推定きる性質の証明を行っている.

最後に,第7章では,以上の議論および成果を総括し,他の線形逆問題への適用についても展望している.

以上のように,本論文は,順問題伝達方程式が線形となる劣決定逆問題を一般化し,応用例として生体磁気逆問題を取り挙げ,解が望ましい性質を有するような非線形推定法を開発しており複雑理工学上貢献するところが大きい.なお,本論文の第5,6 章は,眞溪歩との共同研究であるが,論文提出者が主体となって解析及び検討を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

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