学位論文要旨



No 119493
著者(漢字) 寺崎,真樹
著者(英字)
著者(カナ) テラサキ,マキ
標題(和) 哺乳動物ミトコンドリアリボソームにおけるRNAからタンパク質への機能移行の研究
標題(洋)
報告番号 119493
報告番号 甲19493
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第41号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 鈴木,勉
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 雨宮,昭南
 東京大学 助教授 田口,英樹
内容要旨 要旨を表示する

序論

タンパク質合成の場であるリボソームはRNAとタンパク質の複合体である。大腸菌リボソームではRNAとタンパク質の比が2:1であり、約70%をRNAが占めている。それに対して、哺乳動物ミトコンドリアリボソームではRNAが大腸菌の約半分に短縮し、代わりにタンパク質成分が増加し、RNAとタンパク質の比は1:3へと完全に逆転している(表1)。ミトコンドリアの起源が真正細菌であることを考慮すると、これは進化の過程において、RNAが担っていた機能的な役割をタンパク質が肩代わりしたことを示唆している。

また、ミトコンドリアリボソームは抗生物質に対する感受性などから細菌型リボソームに分類される。実際にin vitroでのタンパク質合成系においてミトコンドリアの翻訳因子(EF-Tu, EF-G, IF2など)が大腸菌リボソームで働くことが知られている。その一方で、大腸菌EF-Gはミトコンドリアリボソームでは機能しないという事実も知られており、構成成分が全く異なる大腸菌とミトコンドリアのリボソームはある程度の機能的な互換性を示すものの、相違も見出される。本研究では、哺乳動物ミトコンドリアリボソームのタンパク質成分の解析を通じて、リボソームのアーキテクチャーにおけるRNAからタンパク質への構造的及び機能的な役割委譲の可能性について検証することを目的とした。また大腸菌とミトコンドリアのリボソームの特異性を生かして、翻訳因子とリボソームの機能的な相互作用に関して新たな知見を得ることを目的とした。

哺乳動物ミトコンドリアのリボソームタンパク質の同定

解析を開始した当初は、哺乳動物ミトコンドリアリボソームのタンパク質成分は、わずか数種類が報告されているのみで、ほとんどのタンパク質が未同定であった。牛肝臓から単離した55Sミトコンドリアリボソームのタンパク質成分を塩基性タンパク質の分離に優れるラジカルフリー高還元性二次元ポリアクリルアミドゲル電気泳動法(RFHR 2-D PAGE)によって分画し約80個のスポットを得た。各々のタンパク質スポットをトリプシンでゲル内消化し、液体クロマトグラフィー質量分析法によるプロテオーム解析を行い、ヒトおよびマウスのESTデータベースを検索することにより、新規なミトコンドリアリボソームタンパク質遺伝子を55種類同定することに成功した(図1)。また、28S、39Sそれぞれのサブユニットに関して解析を行い、それぞれのタンパク質がどちらのサブユニット由来であるかを特定した。同時期に海外の二つのグループからミトコンドリアリボソームタンパク質の解析結果が報告され、最終的に79個の全タンパク質成分が決定された。配列の類似性から原核生物リボソームタンパク質のホモログは44種存在し、それ以外の35種はミトコンドリアリボソーム特異的なタンパク質であった。原核生物リボソームタンパク質のホモログに関して分子量を比較したところ、ミトコンドリアリボソームではリボソームRNAが短縮した部分に結合するタンパク質成分が特異的に肥大化していることが明らかとなった。また、大腸菌とミトコンドリアのリボソームRNAで機能的に重要な部位は保存されているが、このような部位に局在するタンパク質は分子量もほとんど変わらないという結果を得ている。このことは、RNAの短縮をタンパク質が肥大化することで構造的に補完していることを示唆している。

哺乳動物ミトコンドリアリボソームと原核生物リボソームにおける翻訳因子の互換性

伸張因子EF-Gはリボソーム上でペプチド転移反応が生じた後に、次のコドンを翻訳するために転座反応を触媒するGタンパク質である。ミトコンドリアEF-Gは大腸菌リボソームで機能するが、大腸菌EF-Gはミトコンドリアリボソームでは機能しない。この一方向性の特異性がミトコンドリアリボソームのどのような性質によって決定されるのかを検証した。EF-Gの特異性をリボソームとの相互作用によって誘起されるEF-GのGTPase活性を指標に評価したところ、ミトコンドリアEF-Gは大腸菌とミトコンドリアの両方のリボソームによって活性化されるのに対し、大腸菌EF-Gはミトコンドリアリボソームによって活性化されないことが明らかとなった。このことから、EF-Gの転座反応における特異性はリボソームとの相互作用によって誘起されるGTPaseの活性化の有無によって決定されていることが明らかとなった。さらに、リボソームにおいてEF-Gと直接相互作用することが知られているストークタンパク質L7/12が単独でEF-GのGTPaseを活性化させる機能を持つことが知られているため、大腸菌とミトコンドリアのL7/12の組換えタンパク質を調製した。組換えL7/12を用いて大腸菌とミトコンドリアそれぞれのEF-Gに対するGTPase活性を評価したところ、ミトコンドリアEF-Gは大腸菌とミトコンドリアいずれのL7/12でも同程度に活性化されるのに対して、大腸菌EF-Gは大腸菌L7/12に比べてミトコンドリアL7/12では活性化が少ないという傾向がみられた。この結果から、EF-Gのリボソームに対する特異性がリボソームとの特異性、すなわちL7/12との機能的な相互作用によって決定されていることが示唆された。

次に、実際のリボソーム上においてもL7/12が特異性を決定しているのかを確かめるために、ミトコンドリアリボソームのうちL7/12のみをミトコンドリアのものから大腸菌のものに置き換えたハイブリッドリボソーム(55Sh)を作製し、GTPase活性を評価した。ミトコンドリアEF-Gにおいては55Shでもミトコンドリアリボソームと同様のGTPの加水分解が確認されたが、大腸菌EF-Gにおいてはミトコンドリアリボソームでは活性化されなかったのに対して55Shでは顕著な活性化が観測された。さらにポリウリジン依存ポリフェニルアラニン合成能についても評価を行った(図2)。ミトコンドリアリボソームに関しては、大腸菌とミトコンドリアいずれのEF-Tuを用いた場合でも、ミトコンドリアEF-Gでは機能するものの、大腸菌EF-Gでは機能しなかった。それに対して55Shでは、大腸菌EF-Gを用いた場合においても機能することができた。これは大腸菌EF-GのGTPaseが55Shによって活性化されていることと対応している。すなわち、ミトコンドリアリボソームのL7/12のみを置換することによってEF-Gに対するリボソームの特異性がミトコンドリア型から大腸菌型へと変化したことを示している。以上の結果は、たった1つのリボソームタンパク質L7/12を置換することによって、大腸菌とミトコンドリアのリボソームはお互いのEF-Gを交換できることを示している。したがって、構成要素の全く異なる大腸菌とミトコンドリアのリボソームは全体としては機能的に等価であると結論できる。

さらに、大腸菌リボソームのL7/12のみをミトコンドリアL7/12に置換した大腸菌ハイブリッドリボソーム(70Sh)の作製を試みた。ところが、ミトコンドリアL7/12では直接置換することができなかったため、ミトコンドリアL7/12のうちリボソームとの結合に関与するN末ドメインのみを大腸菌のものに置き換えたL7/12キメラタンパク質を作製しそれを用いることで、70Shの作製に成功した。

70Shはポリウリジン依存ポリフェニルアラニン合成能において、EF-Gに関しては大腸菌リボソームと同様の特異性を示したものの、EF-Tuに関しては大腸菌EF-Tuを用いた場合に大腸菌リボソームよりも活性が低かったのに対して、ミトコンドリアEF-Tuを用いたときは大腸菌リボソームよりも活性が高いという特異性を示した。これは70Shのキメラタンパク質のC末ドメインがミトコンドリアのものであることがEF-Tuの特異性に影響を与えた結果と考えることができる。これを検証するため、コドン認識依存的なEF-TuのGTPase活性を評価した。その結果、ミトコンドリアEF-Tuは70Shに対して高い活性を示した。これらの結果は、EF-Tuの活性化にはL7/12のC末ドメインとの機能的な相互作用が重要であることを示唆している。

結論

哺乳動物ミトコンドリアのリボソームタンパク質の同定から、ミトコンドリアリボソームにおいてリボソームRNAが短縮した部分に結合するタンパク質が特異的に肥大化していることが明らかとなった。この結果は、原核生物型リボソームにおいてRNAが担っていた構造的な役割をタンパク質が肩代わりしていると考えることができ、生命の初期進化におけるRNAワールドからRNP(RNA+タンパク質)ワールドへの移行の必然性の実例であるとも捉えることができると考えている。

さらに翻訳因子との相互作用に関わるたった1つのリボソームタンパク質L7/12を置換することにより、大腸菌とミトコンドリアのリボソームはお互いの翻訳因子を交換できることを証明した。この結果は、完全に構成成分の異なる2つのリボソームが機能的にも等価であることを意味している。

また大腸菌ハイブリッドリボソームにおける解析からEF-Tuの機能発現にはL7/12のC末ドメインとの機能的な相互作用が重要な役割を果たしていることが示唆された。このようにミトコンドリアと大腸菌のタンパク質合成系を比較することはタンパク質合成の粗過程の解明に有用であるといえる。

大腸菌とミトコンドリアのリボソームの比較

同定したリボソームタンパク質(RFHR 2-D PAGE)

poly(U)-polyPhe合成能の特異性

哺乳動物ミトコンドリアリボソームと原核生物リボソームにおける翻訳因子の互換性

審査要旨 要旨を表示する

本論文では哺乳動物ミトコンドリアリボソームにおけるRNAからタンパク質への機能移行について検証を行っている。

まず、哺乳動物ミトコンドリアのリボソームタンパク質の同定を通して原核生物リボソームとの構造面の比較を行い、続いて翻訳因子の互換性から機能面の比較を行うことでRNAからタンパク質への機能移行の可能性に関する研究を進めている。

本論文は序論、1〜4章とまとめからなっている。

序論において、研究の背景と目的および既存の研究について述べている。

第1章はミトコンドリアリボソームの調製、第2章はミトコンドリアリボソームタンパク質の解析について述べている。

牛肝臓よりミトコンドリアリボソームを精製し、そこからリボソームタンパク質を抽出し、二次元電気泳動を行って個々のタンパク質に分画し、質量分析法およびペプチドシーケンサを用いたN末端分析によって個々のリボソームタンパク質の同定を行っている。

そして、同定されたミトコンドリアリボソームタンパク質を大腸菌リボソームタンパク質における相同体と比較することで、ミトコンドリアリボソームにおいてリボソームRNAが保存されている部分に結合しているリボソームタンパク質は大きさがほとんど変わっていないのに対して、リボソームRNAが短縮化した部分に結合しているリボソームタンパク質が特異的に肥大化していることを明らかにし、原核生物リボソームにおいてRNAが担っていた構造的な役割をミトコンドリアリボソームにおいてタンパク質が肩代わりしていった可能性を示唆している。

さらに第3章はL7/12の塩基配列の決定および調製、第4章は翻訳因子の互換性について述べている。

ミトコンドリアの伸長因子EF-Gは大腸菌リボソームで機能するが、大腸菌EF-Gはミトコンドリアリボソームでは機能しないという特異性が、両者のリボソームのどのような性質によって決定されているのかを検証するにあたり、EF-Gと直接相互作用することが知られているストークタンパク質L7/12に着目し、第3章においてウシミトコンドリアのL7/12の全塩基配列を決定し、さらにヒトミトコンドリアと大腸菌のL7/12の大腸菌大量発現系による発現および精製を行っている。

そして、第4章においてミトコンドリアと大腸菌のリボソームによるEF-GのGTPase活性とL7/12単独によるGTPase活性の特異性が同様の傾向を示すことを明らかにし、リボソームのEF-Gに対する特異性がL7/12によって決定されていることを示唆している。

さらに実際のリボソーム上においてもL7/12が特異性を決定していることを、ミトコンドリアリボソームのうちL7/12のみを大腸菌のものにおきかえたミトコンドリアハイブリッドリボソームを作製し、そのGTPase活性とポリウリジン依存ポリフェニルアラニン合成能を評価することによって証明している。そして、たった1つのリボソームタンパク質L7/12の置換によって、大腸菌とミトコンドリアのリボソームはお互いのEF-Gを交換できることから、構成成分の著しい違いにも関わらず両者のリボソームは全体としては機能的に等価であり、RNAからタンパク質へ構造面のみならず機能面でも役割の移行がなされたことを強く示唆している。

また、大腸菌リボソームのうちL7/12のみをミトコンドリアのものに置き換えた大腸菌ハイブリッドリボソームの作製の過程から、ミトコンドリアと大腸菌のL7/12のN末ドメインとL10の結合の強さの関係を明らかにし、大腸菌ハイブリッドリボソームのポリウリジン依存ポリフェニルアラニン合成能のEF-Tuに対する特異性からL7/12のC末ドメインとEF-Tuの機能的な相互作用がEF-Tuの活性化に重要であることを示唆している。

そして、ミトコンドリアと大腸菌のタンパク質合成系を比較することがリボソームにおけるRNAからタンパク質への機能移行の理解のみならず、リボソームにおけるタンパク質の翻訳反応の素過程の解明に有用であることを示している。

なお、本論文第3章および第4章は、鈴木 勉、花田 孝雄、渡辺 公綱との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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