No | 119506 | |
著者(漢字) | 瓜生,務 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ウリュウ,ツトム | |
標題(和) | 乳歯を用いた子宮内鉛曝露評価手法の確立および子宮内鉛曝露量と胎児の成長に関する疫学研究 | |
標題(洋) | In Utero Exposure Assessment of Lead Using Deciduous Incisor Enamel and Its Application to Epidemiological Study on the Relationship Between Fetal Lead Exposure and Birth Weight | |
報告番号 | 119506 | |
報告番号 | 甲19506 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第54号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 緒言 胎児期は化学物質の影響に対してきわめて敏感である。しかしながら、胎児期に受けた化学物質の曝露と出生後の健康影響を結びつけて解析することは、子宮内化学物質曝露評価手法を開発しない限り困難である。本研究では乳歯切歯エナメル質中鉛に着目した。鉛は胎盤を容易に通過する1。乳歯切歯エナメル質は胎児期に形成が始まり、生後2-3 ヶ月で形成を終える2。形成後は血流が途絶えるので、エナメル質は母親の胎内で受けた曝露を記録していると考えられる。象牙質は出生後も形成が継続する。したがって、エナメル質、象牙質の測定を行うことにより出生前後の曝露情報が得られると考えられる。しかしながら、乳歯切歯エナメル質は<300 μm 程度と非常に薄いため測定が困難である。本研究では、レーザーアブレーション-誘導結合プラズマ質量分析法(LA-ICP-MS)を用いて乳歯切歯エナメル質中(1)鉛濃度、(2)鉛同位体比、の最適測定条件を検討することにより、子宮内鉛曝露評価手法の確立を目的とした。続いて、(3)出生前後の鉛曝露評価、(4)子宮内鉛曝露量と胎児の出生時状態の関連、を調査することを目的とした。 LA-ICP-MS を用いた乳歯切歯エナメル質中鉛濃度測定 [実験方法] (LA-ICP-MS 法による鉛濃度測定) 歯のマトリクスに類似した認証標準物質であるBone Meal(NIST SRM 1486)及び Bone Ash(NIST SRM 1400)のペレット化を行い実験で用いた。LA-ICP-MS はLUV213-Agilent 7500 を用いた。照射条件は、照射径 100 μm、レーザー出力18、周波数10 Hz、照射時間 20 s、積分時間45 s とした。Bone Meal のPb/Ca 比を用いて分析試料のPb/Ca比の測定を行った。 (エナメル質サンプルの作成・分析) 成人臼歯を用いて溶液化法とLA-ICP-MS 法の比較を行った(n=22)。エナメル質先端を切断・洗浄し、エナメル小片および残部エナメル質を得た。残部エナメル質は、切断面をLA-ICP-MS 法でPb/Ca 比の測定を行った。エナメル質小片は、溶液化法(テフロン二重ボンブ法)により分解を行い3、Pb はICP-MS(HP-4500、内部標準:Bi)で、Ca はICP-AES(P-4010)で分析を行いPb/Ca 比を算出した。 [結果] LA-ICP-MS 法による鉛濃度定量性を検討した結果、(1)乳歯切歯エナメル質の鉛は容易に検出できる感度を有する、(2)乳歯切歯エナメル質のみの分析が可能な位置分解能がある、(3)溶液化法とLA-ICP-MS 法で比較を行った結果非常に良い相関が得られた(R2=0.92)、ということよりLA-ICP-MS 法による子宮内鉛濃度評価手法を確立した4。 LA-ICP-MS を用いた乳歯切歯エナメル質中鉛同位体比測定 [方法] Bone Ash を用いてLA-ICP-MS による鉛同位体比測定条件の検討を行った。レーザー照射は、照射径100 μm、レーザー出力18、周波数20 Hz、ラインスキャン移動速度10 μm/sec、ラインスキャン移動距離 600 μm で行った。Bone Ash を用いてマスバイアス補正を行い、Bone Meal の同位体比の算出(n=4)を行った。 [結果] Bone Ash 内における鉛同位体比測定精度は0.6-0.7%であった(n=5)。Bone Meal の鉛同位体比測定値は文献値と一致していたことにより同位体比測定真度が確認された(Table 1)。本手法より乳歯切歯鉛同位体比測定を行うこととした。 出生前後における鉛曝露評価 [緒言・目的] 鉛曝露量の90%以上は骨に蓄積し、さらに生物学的半減期が長いため、母親が生まれたときに使用されていた有鉛ガソリンに含まれる鉛が成人後も母親の骨に蓄積している可能性がある。妊婦が曝露している外的要因(食物、大気粉塵など)による鉛と、内的要因(妊婦の骨)からの有鉛ガソリン由来の鉛が胎児に移行する可能性がある。現代小児における妊婦の内的要因としての有鉛ガソリン由来の鉛寄与を知ることを目的とした。また、歯の鉛濃度に関する基礎調査も行った。 [実験方法] (鉛濃度・同位体比測定) LA-ICP-MSによる鉛濃度・同位体測定は、エナメル質、象牙質ともに乳歯切歯先端の唇側部で行った。唇側部の層が舌側部よりも厚く、レーザー照射に適しているからである。 [結果] (鉛濃度測定)鉛濃度測定結果をFig. 1 に示す(n=138)。エナメル質、象牙質鉛濃度はそれぞれ、0.24±0.17、0.58±0.43(mg-Pb/kg-Ca)であり、象牙質の鉛濃度が有意に高かった。エナメル質、象牙質間において鉛濃度の相関はみられなかった。 (鉛同位体比測定) 既往の研究および乳歯切歯エナメル質、象牙質の鉛同位体比測定結果(n=28)をFig. 2 に示す6-9。エナメル質、象牙質の同位体比には有意な差はみられなかった。1900年前半に生まれた老人の骨は有鉛ガソリンの同位体比に近かったが、1985-88年生まれの乳歯サンプル7、本研究のサンプル(最頻値1997年)になるにしたがって鉛同位体比は左下にシフトした。子宮内鉛曝露起源が内的要因(妊婦の骨)からの鉛の寄与は少ないことが示唆された。 子宮内鉛曝露量と胎児の成長に関する疫学研究 [目的] LA-ICP-MS を用いて乳歯切歯エナメル質中鉛濃度を測定し、後ろ向き断面研究により子宮内鉛曝露量と胎児の出生時状態(出生時体重など)の関連を明らかにすることを目的とした。 [方法] (研究対象者の選定) 乳歯切歯の抜歯が始まる子供を中心に2003 年3 月から2003年10月においてサンプルの収集を行った。小児歯科などにアンケートを配布し、受け取ったサンプルを研究対象とした。エナメル質中鉛濃度測定後、重回帰分析をSPSSを用いて行った。 (アンケートの作成) アンケートは自記式質問紙法とし、抜歯サンプル提供者(性別、在胎期間など)および、抜歯サンプル提供者の家族について(出産歴、喫煙の有無など)を質問項目とした。 [結果] (基本統計量) 男72、女69の計141サンプルについて分析を行った。得られたサンプルの出生時体重は3109±336gであった。誕生年の範囲は1976年から1998年であり、最頻値は1997年であった。 (エナメル質中鉛濃度と出生時体重) エナメル質中鉛濃度と出生時体重についての単相関をFig. 3に示す。エナメル質中鉛濃度と出生時体重の間には負の相関がみられた。 [重回帰分析結果] エナメル質中鉛濃度の対数変換を行い、出生時体重、身長、胸囲、頭囲を従属変数としてステップワイズ法により重回帰解析を行った結果、エナメル質中鉛濃度と出生時体重の間に負の相関がみられた (Table 2)。尚、エナメル質中鉛濃度と出生時身長、胸囲、頭囲の間に相関はみられなかった。 [結論] LA-ICP-MS を用いた子宮内鉛曝露評価手法を確立した。現代小児の子宮内曝露起源を検討した結果、妊婦の骨からの有鉛ガソリンによる鉛寄与は少ないことが示唆された。子宮内鉛曝露量と出生時体重には負の相関が見られた。 鉛同位体比測定結果 エナメル質・象牙質鉛濃度 エナメル質・象牙質鉛同位体比 エナメル質中鉛濃度と出生時体重 重回婦解析結果(従属変数:出生時体重) | |
審査要旨 | 本論文は「乳歯を用いた子宮内鉛曝露評価手法の確立」および「子宮内鉛曝露量と胎児の成長に関する疫学研究」をテーマとした六章からなる論文であり、第一章では、子宮内鉛曝露評価手法の確立の必要性、乳歯切歯エナメル質およびレーザーアブレーション-誘導結合プラズマ質量分析法(LA-ICP-MS法)を用いた理由、全体の研究方針を示している。第二章では、子宮内での曝露をよく反映すると考えられる乳歯切歯エナメル質中の鉛濃度測定方法の開発について述べられている。これにより、子宮内で受けた鉛曝露量の評価を行うことができるようになったことが述べられている。第三章では、乳歯切歯エナメル質中鉛同位体比測定のための最適条件の検討について述べられている。LA-ICP-MS法により測定した認証標準物質の鉛同位体比は文献値と一致したことを報告している。このように、第二章、第三章よりLA-ICP-MS法による総合的な子宮内鉛曝露評価手法の確立を行ったことを述べている。第四章では、現代小児の子宮内鉛曝露量、曝露起源についての検討について述べられている。子宮内鉛曝露起源としては、有鉛ガソリン由来の鉛ではなく、母親が摂取した食物や大気粉塵の寄与が大きいことを示唆している。第五章では、切歯エナメル質を用いて子宮内鉛曝露と出生時体重の関連調査を行った結果、子宮内鉛曝露が出生時体重に負の影響を与えるということを示している。この関連は胎児の血中鉛濃度推定平均値として約1 μg/dlという低いレベルの対象者の間に見出されたことを述べている。このようにきわめて低い鉛曝露レベルでの子宮内鉛曝露によって、正常値の範囲内ではあるものの、出生時体重に影響を与えることが示唆され、今後とも低レベル鉛曝露の生体影響を調査していく必要があると考えられることを提案している。そして第六章では、本論文の内容をまとめるとともに、今後の課題について述べられている。 なお、本論文第二章は、吉永 淳、柳沢 幸雄、遠藤 政彦、高橋 純一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。また、本論文第五章についても、北條 祥子、貴田 晶子、西川 雅高、吉永 淳との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 以上のように、本論文ではLA-ICP-MS法による子宮内鉛曝露評価手法の確立を行い、本手法を子宮内鉛曝露量と出生時体重に関する疫学研究に適用した結果、両者の間には負の関連があることを見出したことを報告している。全体として新規性のある高い水準の論文であり、環境学への貢献が大きいと判断される。したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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