No | 119550 | |
著者(漢字) | 秋田,剛 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アキタ,タケシ | |
標題(和) | 射影行列における膜面構造のリンクリング解析に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119550 | |
報告番号 | 甲19550 | |
学位授与日 | 2004.04.15 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5844号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 航空宇宙工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究は、射影という概念を用いて、線形代数的な視点から張力場理論に基づくリンクリング現象を捉えたものである。このような視点に立ち、膜面の歪みを射影行列により、歪みエネルギーに寄与する部分と、寄与しない部分に分解して表現することが可能となった。このうち、歪みエネルギーに寄与しない部分は、張力場理論特有のものであり、リンクル歪みと呼ばれる。このときの歪みの分解表現から、リンクリング状態の膜面で成立する歪み・応力関係を表す弾性マトリクスが、射影行列と通常の弾性マトリクスの積により表されることを示した。本研究では、このような歪み・応力関係を表す弾性マトリクスを修正弾性マトリクスと呼ぶ。本研究で提示する修正弾性マトリクスは、物理的な解釈が明瞭であり、また既存の有限要素解析コードへの組み込みが容易である。実際の有限要素解析のために、埋め込み座標系を用いたTotal Lagrange法による定式化を行い、射影行列により得られた修正弾性マトリクスを、テンソルの成分変換式により適用する手順を示した。このとき、リンクルを考慮した有限要素解析の際に問題となる接線剛性行列の特異性について説明し、その回避方法を示した。また、以上のような射影という概念を、膜面構造の設計に利用することを考え、リンクルの強度に関するポテンシャル量をリンクル歪みにより定義し、その感度評価式を、射影行列を用いて表した。このような感度評価式から、膜面構造の設計変数がリンクルの強度に与える影響を、定量的に知ることが可能となった。 以下に本研究で得られた具体的な成果について記述する。 (1)射影行列による歪みの分解表現と修正弾性マトリクス 張力場理論では、リンクリング状態にある膜面において、図1のような一軸引き張りの応力場が形成されると仮定する。本研究では、このような状態にある膜面の変形を、図2に示すような仮想的な変形プロセスの重ね合わせから成り立つと考えた。図中の変形プロセスAについては、通常の平面応力問題に従った引張変形を表し、変形プロセスBについてはリンクルの発生に伴う収縮変形を表すものとする。張力場理論では、曲げ剛性が零の理想的な曲面を想定するため、変形プロセスBの前後で歪みエネルギーが変化しないと仮定する。 それぞれのプロセスに対応する歪みを求め、図3左図のε1-ε2主歪み平面に示すような歪みの分解表現を得た。赤い矢印がプロセスAに対応し、青い矢印がプロセスBに対応する。これらの和として、リンクル形成後の膜面の歪みが黒い矢印として表される。このうち、プロセスBの前後で歪みエネルギーが変化しなことから、左図の青い矢印に対応する歪みは応力変化を生じない特殊な歪みとなり、一般にリンクル歪みと呼ばれる。このような歪みの分解表現を考えると、リンクリング状態にある膜面の歪み・応力関係は、左図の赤い矢印に対応する歪みに通常の弾性マトリクスが作用し、右図のσ1-σ2主応力平面に示す赤い矢印のような、一軸引き張り応力が生じるものになると考えられる。 本研究では、線形代数的な視点に立ち、図3左図における歪みの分解表現を、射影行列により表した。ここで射影行列としては、黒い矢印に作用し赤い矢印が属する部分空間への射影を生じる行列を用いた。本研究では、図4に示すような射影行列と通常の弾性マトリクスの積からなる、修正弾性マトリクスを求めた。図から、修正弾性マトリクスは、はじめに膜面の歪み(左図の黒い矢印)に含まれるリンクル歪み(左図の青い矢印)を射影行列により除去し、その後の歪み(左図の赤い矢印)に対して通常の弾性マトリクスを作用させて、膜面の一軸引き張り応力(右図の赤い矢印)を生じるような行列となっていることがわかる。 修正弾性マトリクスは、一軸引き張り応力の主方向を変数として含み、非線形を有する。このことから、実際の有限要素解析においては、増分型の線形化された修正弾性マトリクスが必要となる。本研究では、増分型の修正弾性マトリクスを導出し、その成分を陽に示した。ここで示された成分は、従来のリンクリング解析に用いられているものと、剪断成分が異なるのみであり、簡明な表現となっている。 (2)修正弾性マトリクスによるリンクリング解析の定式化 埋め込み座標系を用いたTotal Lagrange法により膜要素を定式化した。このとき、埋め込み座標系と膜面の主軸座標系とのテンソル成分変換式を求め、修正弾性マトリクス成分を有限要素法に組み込み手順を説明した。また、リンクリング解析の際に問題となる接線剛性行列の特異性について、解析初期において幾何剛性が零となるために生じる特異性と、多数のスラック領域が存在した場合に生じる特異性の二つを取り上げた。このうち、解析初期の特異性については、ペナルティ法による回避法を、スラックによる特異性については、微小な圧縮力を許容する修正弾性マトリクスによる回避法を、それぞれ示した。 (3)修正弾性マトリクスによるリンクリング解析の有効性 具体的な例題を通して、修正弾性マトリクスによるリンクリング解析の有効性を示した。例題としては、面内問題を三例、面外問題を一例、取り上げた。 このうち、面内問題の二例(図5、図6)については、張力場モデルに基づく解析解との比較を行い、よく一致する結果を得た。残りの一例の面内問題(図7)では、スラックによる特異性を伴う問題を解析し、微小な圧縮を許容する修正弾性マトリクスによって数値的に安定した解析を行えることがわかった。また、これら三例について、従来の代表的なリンクリング解析法であるMillerとHedgepethにより提案された解析を合わせて行い、本研究の解析と比較を行った。比較の結果、両解析には残差ノルムの収束性に大きな差異が存在することがわかった。本研究による解析が安定した収束性を示したのに対し、Miller等の解析では収束に大きなステップを要するか、収束解を得ることが出来ないことがわかった(表1,2、図8)。これは、本研究の解析では、非線形性を考慮した増分型の修正弾性マトリクスを用いるため、正確な接線剛性行列を求めることが出来るためである。一方、Miller等の解析では非線形性を考慮しおらず、接線剛性行列が不正確なものとなってしまい、収束性の悪化を招いている。 面外問題(図9)については、ペナルティばねを用いて解析初期の特異性を回避し、収束解を得ることが出来た(図10)。また、岩佐等によりシェルモデルによる解析から得られた主応力値と、本解析により得られた主応力値の比較を示した。両者は、曲げ剛性の影響で若干の差異はあるものの、定性的には十分な一致を示すことがわかった。 (4)射影行列によるリンクル歪みエネルギー感度 本研究では、リンクルの強度を表す量として、リンクル歪みからなるポテンシャル量であるリンクル歪みエネルギーを定義した。本研究における線形代数的な視点から、リンクル歪みは射影行列を用いて表現されるが、このような表現から、変位ベクトルに対するリンクル歪みエネルギーの感度評価式を、射影行列を用いて表すことが可能となる。また、このことから、実際の構造設計パラメータに対するリンクル歪みエネルギーの感度評価式を半解析微分法を用いて、簡潔に表されることを示した。本評価式は、リンクリング現象に対する線形代数的な知見を基にして、初めて得られるものである。 例題として、膜面ケーブル構造(図11)のケーブル自然長に対する感度解析を行った。感度評価として、射影行列を用いた半解析微分法による感度と、有限差分法を用いた感度を比較し、両者がよく一致することを確かめた(表3)。また、感度ベクトルを用いた設計変数の調整により、リンクリング領域を減少され得ることを示した(図12)。 本研究において提示された射影行列によるリンクリング解析は、従来にない線形代数的な視点に立ったものであり、有限要素法を用いた膜面構造の解析や設計に、新たな発展をもたらすものである。また、本研究で提案するような射影行列によって表現される歪み・応力関係は、張力場理論に基づくリンクリング解析以外にも、特殊な弾性問題、例えば、岩盤解析などに用いられる様な、圧縮力のみを伝達する要素を仮定するno-tension問題などにも適用可能であり、今後の幅広い活用が期待される。 表1 矩形膜の純曲げ問題における収束に至るまでの反復回数 表2 円形膜の捩り問題における収束に至るまでの反復回数 表3 リンクル歪みエネルギーの基準化された感度 図1 リンクリング状態にある膜面の応力場 図2 リンクル形成のプロセス 図3 変形プロセスA、Bに対応する歪み・応力関係 図4 修正弾性マトリクスによる段階的な応力評価 図5 矩形膜の純曲げ問題 図6 円形膜の捩り問題 図7 三頂点支持膜の一頂点強制変位問題 図8 ニュートン法の反復回数と相対残差ノルムの関係 図9 重力下における三頂点支持膜の一頂点強制変位問題 図10 ニュートン法の反復回数と相対残差ノルムの関係 図11 膜面ケーブル構造 図12 ケーブル調整前後の主応力分布図 | |
審査要旨 | 修士(工学)秋田剛提出の論文は「射影行列による膜面構造のリンクリング解析に関する研究」と題し、6章と2項目の補遺とから成っている。 近年、ソーラーセイルやリフレクターなど様々な大型宇宙構造物の構成要素として、軽量かつ高収納性という特性を持つ膜材が大きな注目を集めている。膜材を利用した膜面構造では、内圧やケーブル等を用いて膜面に張力を導入し、構造物としての形態を維持するが、構造上の制約や外力の影響などから、全ての領域を張力状態とすることは困難であり、通常は圧縮力が作用する領域を含むことになる。それらの領域では、圧縮力により膜面は容易に局所座屈を起こすことになり、いわゆるリンクル(しわ)やスラック(たるみ)を生じる。リンクルは、一つの主応力方向に張力が作用した状態で他の主応力方向に作用する圧縮力により座屈が起きて、それにより膜面にはしわ波が発生する。スラックは両主応力方向からの圧縮力による座屈状態で、膜面はほぼ無応力状態となる。曲げ剛性が零であるような膜材を想定して、それらの座屈状態を面内の収縮変形に置き換えてモデル化した理論が張力場理論で、張力場理論によるリンクルやスラックを含む膜面の解析を本論文ではリンクリング解析と呼んでいる。近年の膜面構造のリンクリング解析は、剛性変化法と変形勾配テンソル修正法とに大別される。剛性変化法は、膜材の応力状態を引張主応力方向を弾性主方向としたある種の特殊な直交異方性体の応力状態と同等として導いた修正弾性マトリクスを用いる方法であり、変形勾配テンソル修正法は、リンクルのキネマティクスに基づいてリンクル発生領域において変形勾配テンソルを修正する方法である。前者は有限要素解析に組み込むことが容易であるものの物理的な背景が明確でなく、また後者は物理的な解釈が明瞭であるもののそれによる有限要素解析への定式化は非常に複雑である。 本論文では、線形代数上の視点から射影の概念を用いてリンクル現象を扱っており、物理的な解釈が明瞭な修正弾性マトリクスを導いて、それにより安定した膜面構造の有限要素解析が可能になったことを示している。本論文は、有限要素法を用いた膜面構造の解析や設計に新たな発展をもたらすものであると同時に、本論文の射影の概念によって表現される歪み・応力関係は、膜面のリンクリング解析以外にも、特殊な弾性問題、例えば、岩盤解析などの様に、圧縮力のみを伝達する要素を仮定するさまざまな問題にも適用可能であり、今後の幅広い活用が期待できる。 第1章は序論であり、膜面構造物の解析について、今までの研究を紹介し、問題点の整理を行い、本論文の目的を述べている。 第2章では、一軸引張応力場が形成されるリンクル状態の膜面の変形を、通常の平面応力問題に従った引張変形と、リンクルの発生に伴う収縮変形との重ね合わせによって表し、線形代数における擬ノルム最小化の概念に基づいて射影行列により、修正弾性マトリクスが容易に導かれることを示している。特に後者の収縮変形の前後では歪みエネルギーが変化しないことを用いている。また、解析の途中に主応力方向が変化することに起因する非線形性を考慮した増分型の修正弾性マトリクスを導いて、その成分を陽に示している。 第3章では、埋め込み座標系を用いたTotal Lagrange法により有限要素法の定式化を行い、構成則テンソルの埋め込み座標系成分を修正弾性マトリクスから計算する方法を示している。また、リンクリング解析の際に問題となる接線剛性行列の特異性について述べ、その回避方法を提示している。 第4章では、具体的な例題を通して、提示した修正弾性マトリクスによるリンクリング解析法の有効性を示している。従来の解析法による解析が収束に大きなステップ数を要したり、収束解を得ることができないような場合でも、本解析法が安定した収束性を示すことや、厳密なシェルモデルによる解析から得られた主応力値と、本解析法により得られた主応力値とが十分な一致を示すことを述べている。 第5章では、リンクルの発生に伴う収縮変形の強度を表すリンクル歪みエネルギーを定義し、半解析微分法により射影行列を利用したリンクル歪みエネルギーの簡潔な感度評価式を求めている。膜面の周辺にケーブルを配置した構造を例題として取り上げ、ケーブル自然長に対する感度解析を行って、この感度評価式がリンクル領域の減少などの最適化問題に有効であることを示している。 第6章は、結論であり、本研究の成果を要約している。 また、補遺において、近年導かれた構成則テンソルを修正する新たな方法をも含め、従来の張力場理論と本論文の解析法との関係を明確に解説している。 以上要するに、本論文は、新たに線形代数的な視点から射影の概念を用いてリンクル現象を捉えており、そのような視点から求められる正確な修正弾性マトリクスを用いたリンクリング解析法を提示し、またリンクル歪みエネルギの感度評価式を導いてリンクルを含む膜面構造物の最適化問題に明確な指針を与えたもので、航空宇宙工学、構造工学、建築学、および計算力学上貢献するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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