学位論文要旨



No 119619
著者(漢字) 申,東澯
著者(英字)
著者(カナ) シン,ドンチャン
標題(和) 導電性ダイヤモンド電極の電気化学特性と電気泳動分離分析への応用
標題(洋) High electrochemical performance of conductive diamond electrodes and its application integrated with electrophoretic microseparation techniques
報告番号 119619
報告番号 甲19619
学位授与日 2004.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5863号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 助教授 立間,徹
 東京大学 助教授 金,幸夫
 他機関  藤嶋,昭
内容要旨 要旨を表示する

 高濃度にボロンをドープしたダイヤモンド薄膜は電気化学の分野で新規な電極材料としてたいへん注目されており,低く安定な残余電流,水溶液中における広い電位窓,有機物に対する耐吸着性,そして長期に渡る応答安定性といった,他の炭素系材料に比べ魅力的な電気化学特性を有している.このように導電性ダイヤモンド電極は多岐にわたる電気化学分析への応用に極めて有効であることが証明されている.

 キャピラリー電気泳動(CE)のようなミクロカラム分離技術は,近年,活発に研究されており,高感度な検出システムの開発も様々な方法で研究されている.CEにおける電気化学検出(ED)は有効な検出手段である.本研究では,ダイヤモンド電極を利用した従来型とマイクロチップ型のCE-EDシステムの優れた分析特性を詳細に調べ,ダイヤモンド電極の卓越した特性によってCEシステムの改良を目的とする.さらに,ダイヤモンド電極の非常に重要な知見として,界面活性剤の影響についても報告する.ダイヤモンド電極が界面活性剤による妨害を受け難いということは,直接的な電気化学分析が可能となり,保護膜あるいは再生操作をする必要がなくなる利点がある.

1. キャピラリー電気泳動におけるダイヤモンド電極の特性

緒言1 :電気化学検出(ED)は,高感度,低コスト,省電力,および小型化が可能であることから,従来型およびマイクロチップ型のCEにとって非常に有用であることが明らかとされている.しかしながら,CE-EDのルーチン分析は,性能が作用極の材質に強く影響されるので,試料の付着による電極の非活性化と交換作業などの制限によって阻害されている.本項では,再現性に優れたルーチン分析のために,使い勝手の良い,高感度なCE-EDシステムを追求して,フユーズドシリカキャピラリーを使ったエンドカラムアンペロメトリックCE-EDに,初めてダイヤモンド電極を応用した結果を報告する.また,ダイヤモンド電極を基本要素としたマイクロチップCE-ED分析を行い,CE-EDシステムにダイヤモンド電極が有効であることを示す.

実験: CE-EDシステムはポリメチルメタクリレートおよびポリエーテルエーテルケトンで作製した.エンドカラム検出モードの三電極式検出器を用いた.マイクロマニピュレーターで取り付け,顕微鏡で位置調整したダイヤモンドマイクロライン電極によって,従来のCE分析を行った.一方,一体化したCE-ED微小流体デバイスは,十字形の単一分離チャンネルをもつガラス製のマイクロチップと作用極としてセラミック板に接着したダイヤモンド薄膜(6×0.3mm)から構成した.

結果と考察: 作製したダイヤモンドマイクロライン電極を電気化学的挙動および応答安定性から評価した.炭素繊維マイクロ電極と比較した(図1).キャピラリーと電極間の距離や検出電位などの重要な電極パラメーターを最適化して高感度なCE-ED分析を可能にした.CEの高電圧条件において,炭素繊維ディスク電極によるノイズレベルはおよそ2pAであり,ダイヤモンドマイクロライン電極は電極面積が25倍大きいにもかかわらず,ノイズレベルは0.5〜1pAと低くより安定したバックグラウンンド電流を示した.また.バックグラウンド電流の変動を示す低周波ノイズは炭素繊維マイクロ電極に比べてずっと小さく不規則な動きもあまり見られなかった.このダイヤモンドマイクロ電極を利用したCE-EDシステムによってカテコールアミンを分析した,高い分離能と優れた分析特性を示した(表1).図2は当モル(0.1μM)のドーパミン(DA),ノルエピネフリン(NE),そしてエピネフリン(E)をダイヤモンド電極で計測した結果である.

ダイヤモンド電極におけるバックグラウンド電流は非常に低く安定なノイズレベルであったので,極めて低い検出限界を得ることに成功した.

さらに,各50μMのDA/NE/E混合物を連続10回測定したときのピーク電流値のRSD値は5%未満と再現性に優れていた.その他に塩素化フェノールを分析して応答再現性も検討した.ダイヤモンドマイクロ電極は深刻な電極のパッシベーションもなく再現あるCE-ED分析を可能にした.さらに,良好で信頼性のあるマイクロチップCE-ED分析にダイヤモンド電極を適応した.従来の電極で芳香族アミンを電気化学的に検出するときは,低い感度,高い検出電位,および深刻な表面パッシベーションのような問題が指摘されている.その上,一般的な炭素電極では塩素化アニリンに対して感度が低いと報告されている.対照的にダイヤモンド電極は感度の良い再現ある応答を示した.図3はマイクロチップCEでダイヤモンド電極(a),スクリーン印刷した炭素電極(b),およびグラッシーカーボン電極(c)で測定した芳香族アミンの測定結果である.

スクリーン印刷した炭素電極とグラッシーカーボン電極は,低く幅の広い電流信号と高いノイズレベルのため,感度の良い検出が行われなかったが,ダイヤモンドでは感度が向上しシグナル対バックグラウンド特性が改善された.図3の2-CA(4)とo-ABA(5)のピーク解像度を比較すると性能が改善されているのがはっきりと分かる.特に注目すべきは,極めて高い分離電圧を印加したときでさえ,最初のベースラインは平坦であったことである(図4).他の炭素材料に比べて,ベースライン電流とノイズレベルの全般的な変動は分離電圧にあまり影響を受けなかった.ダイヤモンド電極の魅力ある優位性は表面のファウリングによる電極の非活性化抵抗が高いことにある.ダイヤモンド電極が非常にすばらしい再現性を示す結果は表2のRSD値から分かる.他の炭素電極のときは連続3回の測定でさえ表面のファウリングが原因で不規則なベースライン電流とシグナルの急激な減少が見られたのに対し,ダイヤモンド電極は安定な応答を示した.

2. 導電性ダイヤモンド電極における界面活性剤の影響

緒言: 電位規制電気化学測定を行う際に問題となるのは作用極表面に界面活性剤が吸着することである.界面活性剤の影響は電極表面を酢酸セルロース,ナフィオン,およびポリエステルスルホン酸もしくはアガロースゲルのような保護膜で覆うことで抑えることができる.しかし防汚保護は機能上制限され,その製法は煩雑で再現性もよくない.本項では,ダイヤモンド電極が一般的な界面活性剤の吸着を低く抑え,電気化学測定での安定性を向上させ,保護膜の必要性がないことを報告する.

実験: 矩形波ボルタンメトリー(SWV)は測定前に攪拌時間を30秒そして平衡化時間を15秒として繰り返し行った.

結果と考察: ボロンドープダイヤモンド薄膜電極は高濃度の界面活性剤においてもファウリングの影響は無視できる程度であった.図5は,そのような飛躍的な効果をグラッシーカーボン電極と比較した結果である.ダイヤモンド電極におけるアスコルビン酸の応答は,界面活性剤の濃度が広い範囲(0〜750ppm)であっても,ピーク電位の変動がほとんどなく,電流値の減少も少ないものであった.このようにダイヤモンド電極が界面活性剤の影響を受け難いのは,表面欠陥や活性サイトがほとんどないダイヤモンド電極の表面特性によるのであろう.AFMで解析した結果,グラッシーカーボン電極の表面は吸着したBSAが凝集して多くのドーナツ状の瘤が観察されたのに対し,ダイヤモンド薄膜表面の結晶面や粒界にはBSAの吸着は見られなかった.

結論

1. ボロンドープダイヤモンド電極のユニークな電気化学特性によって,ダイヤモンド電極を基盤にしたCE検出器は,CEの高電圧から隔離されノイズレベルが低く抑えられたことで,良好なシグナル対バックグラウンドを示した.また,電極が汚れ難いために再現性の高いCE-ED分析が可能となった.ダイヤモンド電極の魅力ある特性はマイクロ分離分析システムで様々な物質を電気化学的に検出することを可能にする.

2. ダイヤモンド電極で測定したアスコルビン酸のSWV応答は,界面活性剤の濃度が広範囲であっても,ピーク電位の変動も電流値の減少もほとんど無視できる程度であった.ダイヤモンド電極は界面活性剤の干渉を受け難いので,保護膜もしくは再生操作の必要もなく,厳しい環境下で直接的な電気化学測定の可能性がある.

Figure 1. CV at diamond microline (a) and carbon fiber disk (b) electrodes for 1 mM K4Fe(CN)6 oxidation in 0.1 M KCl under 10mV s-1.

Table 1

* range: 0.1 to 100 μM(r2>0.995;n=8)

Figure 2. Electropherogram of DA, NE, and E (each 0.1μM). Conditions: separation buffer, 30 mM MES pH 5.7; detection potential, 0.8V (vs. Ag/AgCl); separation voltage, 25kV; injection, 7kV for 10s

Figure 3. Electropherograms of five aromatic amines detected at diamond (a), screen-printed carbon (b) and glassy carbon (c) electrodes. Working potential, +1.1V (a), +0.9V (b), +0.9V (c) (vs.Ag/AgCl wire).

Figure 4. Influence of the separation voltage on the response and resolution for a mixture containing 4-AP (1), 2-AN (2) and o-ABA (3) at diamond electrode detector. Also shown (as inset) are the resulting plots of plate numbers (N).

Table 2. RSD for the detection of 1,2-PDA (100μM) and 2-CA (200μM) on three electrodes (n=7).

Figure 5. Square wave voltammograms for ascorbic acid (1mM) at glassy carbon (A) and diamond (B) electrodes in the presence of 100 ppm (a) albumin, (b) gelatin and (c) Triton X-100. The dotted lines represent initial response without the surfactants.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文「High electrochemical performance of conductive diamond electrodes and its application integrated with electrophoretic microseparation techniques(和訳:導電性ダイヤモンド電極の電気化学特性と電気泳動分離分析への応用)」は六章から構成されており,センシング技術の分野におけるダイヤモンド電気化学の優れた特性を明らかにすることを目的としている.ダイヤモンド電極はその卓越した特性ゆえに,一般的に使用されている電極材で知られている多くの重大な欠点を克服できる可能性がある.本論文では,ダイヤモンド電極によって数多くの電気化学分析が改良された結果だけではなく,分析性能が良好で機能上シンプルな分析システムを構築した結果についても述べている.

 第一章は序論であり,化学気相合成によるダイヤモンド電極の合成,特性,そして類まれな電気化学的特性について述べている.また,ダイヤモンド電極に関する主な研究結果を紹介し,全体の問題の設定と研究の方向付けがなされている.後半では,電気化学検出システムに的を絞って電気泳動分析法について解説している.第二章では,本研究でおこなった実験の詳細が述べられており,ダイヤモンド薄膜の作製と電気化学測定およびキャピラリー電気泳動装置について詳しく解説している.

 第三章では,電気泳動マイクロカラム分離技術におけるダイヤモンド電極による電気化学検出について述べている.検出部は高性能な分析機器の中でもとりわけ重要な構成要素である.論文提出者は世界で最初に,ボロンドープダイヤモンド電極をCE-EDシステムのアンペロメトリック検出器に組み込んで,検出性能が他の電極材よりもはるかに勝っていることを検証している.そしてその卓越した特性はダイヤモンド電極の有する魅力的な特性である,良好なシグナル対バックグラウンド特性,高電圧に影響を受けづらいこと,および電極失活に強い抵抗があることに起因することを明らかにしている.さらに,ダイヤモンド電極は,簡便で優れた分析が行えること,そして簡単で実用的な分析が実現できるCE-EDシステムを設計できる可能性を有すること示唆している.

 第四章では,ダイヤモンド電極を使用したマイクロチップCE分析で,芳香族アミンの検出をおこなった結果について述べている.小型化したCE分析システムによって,分析操作処理のさまざまな新規なスキームに基づいて,大幅な進展がなされ,高速分析などのすばらしい長所が得られた結果を示している.ダイヤモンド電極は,環境分野および工業分野で有害な化合物をモニタリングするために,簡便かつ高速な信頼性あるマイクロチップCE-EDに有望であることを見出している.ダイヤモンド電気化学検出器によって,一般的な電極材では感度が足りず,また,重大な電極の失活が見られた芳香族アミンの分析を,高感度にそして再現良くおこなえた結果について述べている.ダイヤモンド電気化学は近い将来,マイクロチップ技術のような洗練された製膜およびエッチング技術と融合できることを示唆している.

 第五章では,界面活性剤のファウリング効果への抵抗性について,導電性ダイヤモンド電極で検証した結果について述べている.電極表面に表面活性物質が吸着することは実際の電気化学測定において重大な問題を引き起こすことが知られている.通常,界面活性剤によるファウリングを抑えるのに,選択性透過膜もしくはポリマー保護膜による電極表面のコーティング処理がなされているが,ダイヤモンド電極に表面活性物質がほとんど吸着しないことを見出し,界面活性剤が豊富に含まれた試料にたいしても安定な電気化学測定を可能とし,保護膜を必要としないことを示している.実際に,牛血清アルブミン,ゼラチン,およびトリトンX-100といった界面活性剤のもと,矩形波ボルタンメトリーによるアスコルビン酸の検出を報告している.AFMによる表面局所解析の結果,ダイヤモンド薄膜には界面活性剤の妨害がほとんどないことを確認しており,その要因として,表面活性物質の吸着に影響のある酸素含有基や表面サイトが少なく,他の疎水性表面をもつ電極とは異なった表面特性であることを示唆している.

 第六章では,本研究で得られた成果を総括し,今後の展望について述べている.本論文における結果は,小型化した分析システムに高性能なダイヤモンド検出システムが有効であることを示している.その上,ダイヤモンド薄膜が界面活性剤の妨害に強い抵抗を示すことを明らかとしたことは,高分子表面界面研究において,基礎,応用いずれの見地からも高く評価でき,かつこれらの分野における今後の発展に大きく寄与するものと認められる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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