学位論文要旨



No 119620
著者(漢字) 志村,重輔
著者(英字)
著者(カナ) シムラ,ジュウスケ
標題(和) 磁性ガーネットにおける磁化誘起第三高調波発生
標題(洋)
報告番号 119620
報告番号 甲19620
学位授与日 2004.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5864号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 助教授 多久島,裕一
 東京大学 助教授 大越,慎一
 東京大学 講師 和泉,真
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

 光と磁気との相互作用によって生じる磁気光学効果は,ファラデーおよびカーによって発見されて以来,一世紀以上にわたって研究が行われており,現在,光通信や光磁気記録などの分野において幅広く実用化されている。しかし,これらの研究の多くは線形の光学現象に関するものであり,非線形光学現象における磁気効果の研究はほとんど行われてこなかった。ところが,近年になって金属強磁性体の表面第二高調波に巨大な磁場依存性が報告され,また第二高調波を用いることによって反強磁性体の磁区を直接観察できることが報告され,いわゆる非線形磁気光学効果に対する注目が高まってきている。

 これまで非線形磁気光学効果は,第二高調波の磁気効果について盛んに研究されてきた。第二高調波発生が特に注目されてきた理由は,第二高調波が最低次(二次)の非線形光学効果であり検出が容易であったこと,理論的な取り扱いが簡便であったこと,そして何より,第二高調波発生だけでも非常に多彩な新規現象が次々に発見されたからである。しかし,第二高調波は反転対称性を欠く構造からしか発生せず,よって対象となる媒質も大幅に限られていた。実際これまでに報告されてきた研究対象は,反転対称心を持たない圧電性媒質と,常に反転対称が破れている媒質の表面や界面のみである。

 そこで本研究では,理論上すべての媒質が有する三次の非線形磁気光学効果に着目し,第三高調波発生の磁気効果を実験によって検出することを目的とした。これは初めての試みであるため,まず磁化に伴う媒質の磁気点群の変化を考察し,磁化によって第三高調波発生がどのように変化しうるのかを定性的に予想した。次に,予想される第三高調波発生の変化を観察するための磁場配置と光学系,そして実験方法を検討し,また観察に最も適した光学物性と磁気物性を持つ材料を検討した。そして実際に材料を作製し,その材料を用いて実際に光学測定を行い,三次の非線形磁気光学効果の検出を試みた。以下,その詳細について順を追って説明する。

【定性的な予測】

 非線形光学効果は,強い入射電場によって生じる非線形分極がもたらす効果であり,ここで注目している三次の非線形分極P(3)と入射電場Eとの関係は三次の非線形感受率テンソル〓によって記述される。

(1)

ここで非線形感受率テンソル〓は四階のテンソルであり,三次元空間では34=81個の成分からなる物理量である。この81個の成分間には,群論によって与えられる独立従属関係が存在しており,この独立従属関係は媒質の点群に依存している(ニューマンの原理)。

 磁化は媒質に時間反転非対称性を与え,媒質の磁気点群を変化させる。つまり磁化は非線形感受率テンソルの独立従属関係を変化させる。その結果,非線形分極の大きさや方位などが変化し,高調波発生などにも影響が現れる。これが,非線形磁気光学効果の原理における定性的な理解である。

 ここでは,等方性媒質が持つ対称要素の磁化前後での変化を考察し,磁化に伴う非線形感受率テンソルの変化を求めた。その結果をTable 1に示す。

Table 1より,磁化していない等方性媒質は〓成分がゼロであるが,z軸方向の磁化によってノンゼロへと変化することが分かった。この成分は,x方向の入射光電場によって生じるy方向の非線形分極の大きさを表しており,この非線形分極の発生によって,z軸方向に出射する第三高調波の偏光状態が変化することが示唆された。

【実験】

A. 試料の作製

 測定試料には,熱分解法によって作製したBi,Al:YIG(=Y3-xBixFe5-yAlyO12)多結晶薄膜を用いた。YIGは透明な強磁性体であり,特にビスマス置換体は磁気光学効果の大きな材料として知られている。アルミニウム原子は,磁性原子であり可視部の吸収帯の元ともなる鉄原子と置換するため,磁気特性と光学特性との両方を大きく変化させる。

B. 線形光学測定

 作製した薄膜試料の膜厚,屈折率,消衰係数を求めるため,分光エリプソメトリーの測定を行った。また透過光学系,縦磁場配置における線形の磁気光学効果(ファラデー回転およびファラデー楕円率)の測定を行った。

C. 非線形光学測定

 Ti:SapphireレーザーのOPAシステム(繰り返し周波数1kHz,エネルギー0.7〜1.2eV,パルス幅190fs)を用いて第三高調波発生の測定を行った。透過光学系,縦磁場配置において,磁化に伴う第三高調波の偏光状態変化(偏光面の回転角および楕円率)を,回転検光子法によって測定した。また磁気ヒステリシス測定,波長分散測定を行った。

【結果と考察】

 Figure 1にY1.5Bi1.5Fe3.8Al1.2O12薄膜の残留磁化におけるファラデー回転スペクトルを示す。透過光学系の測定では,基本波や高調波がファラデー効果を含みつつメーカーの干渉を起こすため,まずここでは,基本波も高調波もファラデー回転がゼロとなる波長,すなわち入射光のエネルギーを0.89eVに設定した。

 Figure 2に第三高調波の偏光面の回転角の磁場依存性を示す。ファラデー回転のないにもかかわらず高調波の偏光面は大きく回転し,飽和時の回転角は約±4.1度であった。これは,磁化誘起非線形感受率〓によるものであり,すなわち本実験において,磁化誘起第三高調波発生の観察に初めて成功した。

 次に,第三高調波の回転角および楕円率の波長依存性の測定を行った。ファラデー回転を持つ波長でも磁化誘起非線形感受率〓の定量ができるよう,まずファラデー効果を持つ磁化した等方性媒質の第三高調波発生の一般式を導出した。

(2)

(2)を用いることにより、第三高調波の偏光状態測定と種々の線形光学測定の結果から,結晶由来成分〓と磁化誘起成分〓との比〓の算出が可能となり,さらにメーカーフリンジ測定によって〓を求めることによって,〓の値が算出可能となる。

 Figure 3にY1.5Bi1.5Fe4.4Al0.6O12薄膜の非線形磁気光学効果〓と線形磁気光学効果〓との比較を,Table 4に〓の波長依存性を示す。Figure 3より,非線形磁気光学効果は線形磁気光学効果よりも2〜3倍ほど大きく,また2.9eV付近に線形にはないピークを持つことが分かった。2.9eVは酸素原子から八面体サイトの鉄原子への電荷移動遷移吸収帯に相当しており,この軌道間にて三光子共鳴を起こすことが示唆された。Table 4に示すとおり,磁化誘起非線形感受率〓は10-13esuオーダーであることが分かった。

 本研究によって初めて観察,解析された磁化誘起第三高調波発生は,媒質の対称性によらずすべての磁性体に適用することが可能な非線形磁気光学効果である。非線形光学効果は多段階の励起を経て生ずる効果であるため,内部の電子構造を調べる方法として有力である。特に磁化誘起第三高調波発生において二光子共鳴効果を用いると,線形の磁気光学効果では得ることのできない一光子禁制の準位についての知見を得ることができ,これは磁化誘起第三高調波発生の非常に大きな特徴の一つであると考えられる。磁性体の新たな光学的研究手段として,三次の非線形磁気光学効果の今後の発展が大いに期待される。

Table 1. 等方性媒質における非線形感受率テンソルの変化(ノンゼロ成分のみ表記)

Figure 1 ファラデー回転スペクトル

Figure 2 偏光面の回転角の磁場依存性

Figure 3 磁気光学効果の線形と非線形の比較

Figure 4 磁化誘起非線形感受率〓

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,新規な非線形磁気光学効果である磁化誘起第三高調波発生(MTHG)を見出すことを目的としており,磁性ガーネット薄膜における第三高調波発生の磁場依存性について,理論と実験の両面から検討している。また,磁化誘起第三高調波発生を定量的に議論するための実験方法および解析方法を提示している。

 本論文は五章より構成されており,第一章では非線形磁気光学効果の紹介と研究の方向づけとがなされ,第二章では磁性ガーネット薄膜の作製について示されている。そして,それに続く二つの章で具体的な研究成果が示されている。最後の章では,全体の総括と研究に関する将来展望が述べられている。

 第一章は緒言である。磁化誘起第二高調波の発生方位が媒質の磁気点群によって記述されること,そして媒質の磁気点群は時間反転対称性を考慮することによって定まることを示している。その上で,磁化誘起第三高調波の発生方位も磁気点群の変化から定性的に予言できることを示している。

 第二章では,磁性ガーネット薄膜の作製について示している。透明な強磁性体として知られている磁性ガーネットのうち,ここでは線形磁気光学効果の大きなビスマス・アルミニウム置換イットリウム鉄ガーネット(Bi,Al:YIG)に注目し,熱分解法を用いて薄膜を作製している。広い組成範囲において成膜可能であったことを報告している。

 第三章では,透過配置における磁性体の高調波発生の一般式を,波動光学的なアプローチによって導出している。ある媒質が,基本波および高調波に対してそれぞれ異なる大きさのファラデー効果を示す場合,この媒質から観察される高調波の強度や偏光状態は,非常に複雑な厚さ依存性を示す。このことについて触れた後,C∞v構造を持つ磁性体の第二高調波発生と,等方性磁性体の第三高調波発生について,観察される高調波の一般式を導出し示している。

 また本章では,得られた一般式を元に,外部磁場によって高調波発生の位相整合をなしえる「磁気位相整合」という概念を提案し,この発生条件について言及している。

 第四章では,等方的磁性体が持つ三次の非線形感受率の独立ノンゼロテンソル要素を導出し,それを解析することによって,磁化誘起第三高調波発生を検出するための具体的な測定方法を三種類考案している。そしてBi,Al:YIG薄膜を用いて実際にこれらの光学測定を行い,これらの中の一つの測定(直線偏光を入射し,縦磁場によって磁化された媒質から出射する第三高調波の偏光状態を観測する方法)において,磁化誘起第三高調波発生の検出に初めて成功している。

 また本章では,測定結果の解析方法についても提案されている。前章において導出された一般式を元に解析式が導出され,実際にBi,Al:YIG薄膜を用いた行った実験結果の解析を行っている。そして,Bi,Al:YIGの組成依存性を検討した結果から,磁化誘起第三高調波発生がスピン軌道相互作用にほぼ比例する効果であることを実験的に示している。また,波長依存性を検討した結果から,磁化誘起第三高調波発生に大きな共鳴現象を見出している。共鳴は高調波より低エネルギーな電子準位の存在によって引き起こされる現象であり,すなわち磁化誘起第三高調波発生が磁性体の電子状態を知る新たな方法として重要な意味を持つことを示唆している。

 第五章では,本論文でオリジナルになされたことをまとめ,今後の展望について述べられている。

 以上のように,本論文では磁化誘起第三高調波発生の理論から解析に至るまで多くの提案がなされており,本論文から得られる知見は磁気光学の分野をはじめ,それに関連する様々な学際領域の発展に大きく寄与しうるものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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