学位論文要旨



No 119872
著者(漢字) 島田,英彦
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,ヒデヒコ
標題(和) pp-wave近似によるAds/CFT対応のホログラフィー : 近似に依らない解析を目指した枠組による場の再定義不変な結果
標題(洋) Holography in AdS/CFT correspondence via pp-wave approximation : field redefinition invariant results from a framework towards exact analysis
報告番号 119872
報告番号 甲19872
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第576号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 太田,浩一
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨 要旨を表示する

 弦理論は統一理論の有力候補である.しかし弦理論は現在摂動論によってしか定義されていない.弦理論全体を理解する為には,非摂動的な現象の理解が不可欠であり,その為に,上記の摂動描像とは異なる新たな描像が求められる.

 弦理論がD-brane と呼ばれる励起を持つ事の発見により様々な非摂動的現象の存在が明らかになり,特に次に述べるAdS/CFT 対応が提案された.AdS/CFT 対応とはAdS5 × S5 空間上のIIB 型弦理論がN =4 超対称性を持つ4 次元gauge 理論と等価であるという予想である.この予想により弦理論に対する従来の摂動描象以外の新しい描象を得る可能性がある.この対応の大きな特徴の一つは,gauge 理論の物理量が弦理論のAdS 空間の境界に関する物理量と対応関係にあるという性質である.この性質はholography と呼ばれている.

 しかし,多くの傍証は得られているものの,未だにこの等価性の成立する基本的な原理の理解は極めて不十分なものである.その理解への手掛かりを得る為には,双方の理論で物理量を具体的に計算し比較する事が重要である.

 しかしAdS5 × S5 上の弦理論の定義が無く,特に弦のmassive mode が扱えない点,及びgauge 理論が強結合である為,gauge 理論側での計算法が殆ど無い点の2 つの困難があり,この等価性の検証も専ら対称性による制限の強いものに限られていた.

 最近,弦理論の新しい近似法(pp wave 近似) とその近似下での弦理論の自由度に対応するgauge 理論のcomposite operator(BMN oprerator) が構成され,上述した2 つの困難点は一部乗り越えられた.pp-wave 近似の下では量子化をwell-defined に行う事が可能であり,特に閉弦の高次の振動mode を扱う事ができる.更にBMN operator については超対称性により摂動計算が有効であることが見いだされた.

 本論文ではpp-wave 近似及びBMN operator のAdS/CFT 対応のholography への適用を議論する.まず背景の簡単なreview を行う.

 次にgauge 理論とholographic に直接対応する弦理論の自由度についての新たな解釈を提案する.既にgauge 理論と対応関係にある弦理論の自由度についての提案はされていたが,それには深刻な問題点があった.即ちその解釈はHolography で用いるAdS 空間での特定の境界条件と直接的に関係付かない.私は土橋卓氏,米谷民明氏との共同研究でこの疑問点を指摘し,更に提案を修正して正しい自由度の対応をとると,holography と結びつく自然な理解を得る事を示した.

 我々は,holography の境界条件が,graviton が境界付近でtunneling している状況を表す事に着目した.そして,holography に基づくならば,BMN operator に対応する弦理論の自由度はtunneling に対応するgraviton の古典軌道の周りの自由度と考えるべきである事を指摘した.

 この様にholography に基づく自由度の同定を行った結果,holography の拡張としてBMN operator の3 点関数以上の対応について議論する事が可能になった.そこで私は相関関数のholographic な計算にpp-wave 近似を適応する為の次の自然な枠組みを提案した.出発点はAdS5 × S5 上の弦の場の理論(SFT) の存在とその幾つかの性質の仮定である.具体的には(i) 弦の場が無数のAdS 空間上の場からなる事及び(ii)SFT の自由部分がAdS 上の通常のKleinGordon 演算子よりなる事を仮定する.この仮定の下で従来超重力場のみに制限された段階で考えられていたholography の計算規則を,SFT level に拡張した.

 実際に計算を実行するためにはAdS5 × S5 上のSFT の情報が必要となる.pp-wave 上のSFT はそのAdS5 × S5 上のSFT の近似と見なせる.基本的な方針は,pp-wave 上のSFT からAdS 上のSFT の情報を読みとることである.実際にその方針に則りBMN operator の3 点関数を弦理論の立場から計算した.

 情報を読みとるために私は幾つかの数学的な道具立てを導入した.第一に,AdS 空間上のppwave 背景とよく似た定性的性質を示す座標系を導入した.ここでこの座標系を導入した段階では何らの近似も行っていない点が重要である.第二に,この座標系を利用しKlein-Gordon 方程式の解の新しい基底系を構成した.この基底系はpp-wave 近似の下でpp-wave 上のSFT で用いられている基底系に帰着する.更に私は3 点関数のholographic な計算で本質的なbulk-boundary propagator を上記の基底系で展開した.この展開は興味深い性質を持つ.即ちpropagator のboundary 上での始点に関係したある臨界時刻が存在し,その時刻以降では正energy の解のみで,その時刻以前では負energy の解のみで展開される.

 この展開を利用して,上記のSFT level でのholography の関係により,gauge 理論の3 点関数を表す表式を得た.この表式は3 点関数をAdS5 × S5 上のSFT の行列要素の厳密な無限級数で表す.この級数にpp-wave 近似を適用しgauge 理論の3 点関数を弦理論の立場から計算した.結果はgauge 理論での独立な計算結果と一致する.

 この手法の大きな利点は,計算結果がSFT の(あるclass の) 場の再定義で不変となる事である.今までSFT の相互作用項にはある不定性が知られていたが,それはこの再定義の範囲内にあり,私の手法ではその不定性に依存せずに自動的に正しい結果を得る事が可能である.

審査要旨 要旨を表示する

 重力の量子論の無矛盾な定式化は理論物理学における最大の難題のひとつであるが、超弦理論はそれに対するほぼ唯一の候補であると同時に、ゲージ理論に基づく素粒子の統一理論の枠組みをも与え、非常に豊かな内容を持った理論となっている。

 この超弦理論の研究の進展の中で、近年 AdS/CFT 対応と呼ばれる、ゲージ理論と重力理論(あるいは弦理論そのもの)の間のある種の等価性が予見され、様々な形でそれを示す試みや、あるいはそれに基づく場の理論の研究が精力的に行われている。

 これは、Dブレインと呼ばれる様々な次元の拡がりをもつ、一種のソリトン的な対象が超弦理論に存在し、その所謂地平線付近をあるパラメータ極限をとりながら取り出すことで、AdS空間が得られるのであるが、一方でDブレイン上の弦の励起からは超対称ゲージ理論が得られ、これがAdS空間の境界上の理論に対応している。

 興味深いのは、このとき境界上のゲージ理論の量子論的な相関関数が、ある種の極限で AdS空間上の半古典的作用積分によって表されてしまう点である。

 これまでのところ、具体的に対応関係が一定の確実性をもって理解できているのはAdS空間(バルクと呼ぶ)側で弦理論のゼロモード、即ち重力子の場のみが関与するような場合のみである。しかしながら対応関係は弦の他のモードを含むような場合にも拡張されると予想されている。これを具体的に議論することは未だ技術的に難しいのであるが、pp-wave 近似と呼ばれる極限付近では、ある程度調べられるように最近なってきた。

 このような背景の下に、島田氏の研究は、むしろ近似を使わずに、弦理論とゲージ理論の対応関係が成立していたとした場合に、相関関数などの間にどのような具体的対応関係が成り立つべきかを、いくつかの仮定は置きつつもできる限り一般的に論じ、その上で上記の pp-wave 近似を当てはめることで、その一般の場合の係数関係を同定していくという方法論を展開した。

 その結果、一般の配位の3点相関関数をゲージ理論と比較できる形で求め、またバルク側の弦の有効場の理論における相互作用でそれまで提唱されていた項の不定性に対するひとつの解釈を与えることができた。

 具体的には、超重力レベルでの対応関係で提案されていた GKP/W 関係式を弦理論レベルまで拡張し、それを展開するためのある基底を提案している。その基底は pp-wave 極限で BMN 演算子と対応する弦理論側の基底に一致するようにとられており、その極限での情報から展開係数に対する一連の関係式を得ることが出来る。一方、共形不変性を課すことで、例えば三点関数の関数形が制限でき、それを先の一般式と比較することで、三点関数の規格化因子を展開係数で表すことができたのである。

 島田氏のプログラムを完全に遂行するには、技術的に克服すべき点も多々あるが、大変独創性に富む野心的なアプローチであることは間違いなく、審査員一同高い評価をもって、博士(学術)の学位にふさわしい研究成果であると認める。

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