学位論文要旨



No 119874
著者(漢字) 土橋,卓
著者(英字)
著者(カナ) ドバシ,スグル
標題(和) AdS/CFT対応とそのPP-wave極限におけるホログラフィ
標題(洋) AdS/CFT correspondence and holography in the PP-wave limit
報告番号 119874
報告番号 甲19874
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第578号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松尾,泰
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 教授 松井,哲男
 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨 要旨を表示する

 AdS/CFT 対応は97 年にMaldacena によって提案されて以来盛んに研究され、これを支持する多くの結果が得られている。これはAdS5 × S5 背景上の10 次元IIB 型string 理論と4 次元N = 4 SU(N) 超対称Yang-Mills 理論の等価性を主張するものである。しかし、AdS 背景上のstring 理論の量子化は困難であるため、これまでのstring 側の解析はその低エネルギー理論である超重力理論の領域に限られていた。ところが、02 年、Berenstein, Maldacena, Nastase (BMN) は、ある特別な極限においてstring massive mode まで含めてこの対応を議論できることを示した。

 AdS5 × S5 のS5 の大円を角運動量J で回るnull 測地線近傍の幾何はPP-wave 背景と呼ばれる簡単な計量で表される。この背景上のstring 理論はlight-cone gauge の下でfree massive world-sheet 理論となり量子化できる。BMN はこのstring spectrum と、U(1) R-charge J,conformal 次元Δ を持つgauge 理論のある特別なoperator set が、N → ∞, J →∞,Δ . J . 1 の極限で

H =Δ - J (1)

の関係を通じて関係づけられることを示した(PP-wave/CFT 対応)。

 この対応は、effective gauge couplingλ' ≡ gYM N=J2 =1/(μp+α')2 及びeffective string coupling g2 ≡ J2/N =4πgs(μp+α')2 の双方に関して摂動的に成り立つと期待されている(ここでμ はworld-sheet mass) 。Free spectrum に関しては、対応関係(1) が,λ'展開に関し高次まで成り立つことが確かめられているが、一方、string 相互作用レベルでこの対応がどのように拡張されるべきかに関しては、λ'のleading に限っても、これまで決定的な議論が成されていなかった。この問題に対し本論文で解答を与えた。

 AdS/CFT 対応における相関関数レベルの対応は、Gubser, Klebanov, Polyakov とWitten が提案したGKP/W 関係によって理解できることは良く知られている。この関係式は、AdS の境界に在る4 次元Euclid 空間で定義されるgauge 理論の自由度と、AdS のbulk で定義されるstring 理論の自由度とを、相関関数の母関数を通じて一対一に関係づける、holographic な関係式である。PP-wave/CFT 対応はAdS/CFT 対応の極限として得られるものであるから、その相互作用レベルの対応もこのGKP/W 関係に基づいて理解されるべきである。そのためには、測地線のまわりで定義されるstring 理論の自由度と境界にあるgauge 理論の自由度とを関係付けなければならない。しかし、BMN が基づいた測地線は、horizon から出発し境界に達することなくhorizon に戻る軌道であるために、GKP/W 関係に基づいて2 つの自由度をどう結びつけたらよいか不明である。さらに、彼達はstring world sheet の時間座標をgauge 理論側のbase space の時間座標とみなすことで(1) の関係を主張し、これに基づいてfree spectrum に関して正しい対応関係を得たが、(1) の関係は彼等が用いた測地線に基づいては実は正当化できないことが言える。

 本論文ではまずこの点を指摘し、この関係は、境界を出て境界に戻るような軌道に基づいて始めて、AdS 境界付近において正当化されることを示す。この軌道は測地線方程式において、重力ポテンシャルを反転させて得られるtunneling 軌道である。この軌道近傍の幾何もまたPP-wave 背景となることが示される。この軌道に基づくことにより、gauge/string 双方の自由度の対応がGKP/W relation と矛盾することなく説明でき、gauge 理論側のOPE とstring 側のS-matrix の計算との間にある対応がつく。特に、gauge/string 各理論において3 点相互作用を特徴づけるOPE 係数C123 とstring 相互作用Hamiltonian の行列要素H123 の間に大まかにC123 〜 (Δ2 +Δ3 -Δ1)H123 の関係が成り立つことが期待される。

 このOPE 係数とstring 相互作用Hamiltonian の間の具体的な関係を調べるには、PPwave 背景上における弦の3 点相互作用を記述するvertex を、弦の場の理論の枠組みで構成する必要がある。この相互作用Hamiltonian はSUSY 代数が相互作用レベルで保たれることを1 つの原理として構成される。しかし、PP-wave 背景上では、SUSY 代数の要請だけからその形を一意に決めることはできないことが近年の研究により知られている。実際、O(gs) において、これまでに異なる2 つの相互作用Hamiltonian が提案されており、それぞれに基づいて、O(g2) のgauge/string 対応に関して異なる提案が成されていた。しかし、どちらの場合も現象論的な関係式であり、各々がGKP/W 関係に基づいてどのように説明されるかも不明であった。

 この問題に明確な解答を与えるため、まずsupergravity sector に注目し、GKP/W 関係のBMN 極限を考える。Gauge 理論の3 点関数をGKP/W 関係に従ってbulk 側で求めるには、各operator に対応する境界条件を満たす3 つのbulk-to-boundary propagator の積を考え、それをbulk interaction point に渡って積分すればよい。3 つのoperator の内の1 つがtunneling path の一方の端点にあり、残りの2 つがもう一方の端点付近にあるという状況下で、この積分のBMN limit を鞍点法で評価し、0+1 次元effective theory を作る。こうして得られた結果は、tunneling 軌道の近傍で定義されるstring 理論の相互作用Hamiltonian が0-mode sector で帰着すべき形を与え、SUSY 代数の成立に加えてこのことを要請することで、PP-wave 上のSFT 3 点vertex の形を決定する。結果として、今まで知られている2 つの3 点vertex を同じweight で足し合わせたものをとるべきことが示される。

 さらに、このようにして決めた相互作用Hamiltonian の行列要素とgauge 理論側のCFT係数との間に、string massive mode も含め、

という関係があることを提案する。この提案は、これまで提案されていた現象論的な関係式を包括的に説明することができることも明らかにした。

 この関係は、impurity preserving process と呼ばれる、相互作用の前後で励起するstring mode の数が変わらない過程に対しては、C123 = H123=(Δ2 +Δ3 - Δ1) と簡単になる。まずこの特別な場合に関し関係(2) がstring excitation の方向及び種類によらず成立することを、いくつかの具体例を計算することで確認した。次に、より一般的な場合である、impurity が保存しない過程についてこの関係を調べた。O(g2) の対応に対する他の2 つ提案がimpurity の保存する過程のみを対象にしたものであるのに対し、関係式(2) はimpurity の保存しない過程にも適応可能であるという点でより一般的である。Impurity が保存しない場合、相互作用vertex のNeumann 係数のμ 依存性から、H123 は,λ =1/(μp+α')2 の展開に関してオーダーが上がるが、その前にかかるファクターがそれと相殺する寄与を与え、その2 つの寄与が巧く組み合わさることで(2) の右辺がCFT 係数C123 に一致することが示される。これにより、関係(2) 右辺のJ 依存性およびtotal factor の正しさがより一般的な過程に対し確認できた。

 以上の研究により、AdS/CFT 対応のPP-wave 極限として得られるPP-wave/CFT 対応において、stringy mode を含めた相関関数レベルの対応が、λ'のleading かつg2 のfirst order で如何に実現されるかがholography(GKP/W 関係) の観点から初めて明らかにされた。

審査要旨 要旨を表示する

 重力理論の量子化は素粒子論物理学における長年の課題であるが、近年弦理論の提案を通じて量子重力理論の具体的な性質が明らかになりつつある。その代表的な例として、ホログラフィーがある。それはある空間の重力の自由度が境界における場の理論の自由度と同定できるというものであり、重力理論の本質的な性質として活発に研究されている。当博士論文では、弦理論でホログラフィーが実現されるAdS空間という具体的な模型で、相関関数の対応の詳細を研究している。

 論文は全部で8章に分かれており、第1章は導入と全体のまとめ、第2章でAdS空間における相関関数のホログラフィー関係式のレビューが行われている。第3章から第7章までが提出者の主張が述べられている部分であり、第8章は議論と展望が述べられている。

 ホログラフィー関係式を弦理論のレベルで見ようとすると、Berenstein, Maldacena, Nastase (BMN)により提唱された5次元球面上を角運動量Jで回るヌル測地線近傍の幾何学(pp-wave背景と呼ばれる)を考えるのが通常の方法である。一方相関関数レベルの対応を考えようとすると、ホログラフィー関係式が成立するのはAdS空間の境界であり、BMS極限を与えるヌル測地線は境界に到達できないため問題が生じることをこの論文では指摘した。この問題を解消するため、BMS極限と同様の性質を持ちかつ境界にも到達可能な測地線を具体的に構成した。またこの新しいヌル測地線の周りで理論を展開し直すと、相関関数の間の関係を議論できる。特に低い励起状態についての有効作用の計算を行っている。(以上第3章)

 BMN極限では弦の自由度全体のホログラフィーが見えるべきであるので、相関関数の関係も弦の自由度全体に広げるべきであるが、これを整合的に行う方法として第2量子化された弦の場の理論がある。第4章ではPP-wave背景における弦の場の理論の構築法についての詳細なレビューが行われている。特にプレファクターと呼ばれる因子が重要な役割を果たしているが、土橋氏らの研究以前に行われた2つの互いに異なる提案について言及している。

 第3章の結果と超対称性との整合性を拘束条件として、4章で述べた2つの提案の平均(つまりどちらとも異なるもの)が、望ましい性質を持つことが第5章で議論さている。

 BMN極限での弦レベルでの対応を見るためには、Yang-Mills理論の側で高次の演算子(ダブルトレース演算子など)に対するホログラフィー関係式を考察しなくてはいけない。第6章では、シングルトレース演算子を対角化して高次の演算子の正しい対応関係をどのようにして得るかについて、これまでに行われた研究をレビューしている。

 第7章では5章で提唱した弦の場の理論の相互作用項が、6章でレビューした高次の演算子に対するホログラフィー関係式を正しく導くことをいくつかの例を通じて具体的に示してある。これはある種の整合性条件によって決めた相互作用が、計算の範囲内では信頼できるものである証拠である。

 以上のようにこの学位論文では相関関数の構築を通して、ホログラフィーという量子重力の本質の理解に寄与を行っており、学問的な価値が高い。この学位論文は、論文提出者が指導教官である米谷教授との共同研究に基づいているが、論文提出者の寄与も十分あることが確認された。従って、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認知する。

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