学位論文要旨



No 119878
著者(漢字) 森田,英俊
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,ヒデトシ
標題(和) ハミルトン力学系における非平衡状態の自続現象
標題(洋) Self-sustained non-equilibrium state in Hamiltonian dynamical systems
報告番号 119878
報告番号 甲19878
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第582号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金子,邦彦
 東京大学 助教授 佐々,真一
 東京大学 助教授 福島,孝治
 東京大学 助教授 染田,清彦
 東京都立大学 助教授 首藤,啓
内容要旨 要旨を表示する

動機 全ての閉じた系は平衡へと向かう.しかしその緩和の仕方は様々であってよい.素早く緩和するものもあれば,ガラスのようになかなか緩和しないものもある.そんな中,自ら緩和を遅くする,すなわち非平衡状態が自発的に維持される,という仕組みは可能だろうか.非平衡開放系における動的振舞いや空間パターン,さらには生命現象が,その外部も含めて系と見たときに安定して存在している理由を考察する上で,これは重要な問いである.

 この仕組みが可能だとしたら,それは平衡から非常に遠いところにおいてであろう.平衡に近い系はほとんど独立な励起モードの重ね合わせで表され,それぞれ温度等の平衡状態での物理量に応じて緩和する.それに対し平衡から非常に遠いと,励起モード同士の協同効果が無視できなくなり,平衡での物理量では決定できない何らかの内部状態が生じるであろう.この内部状態は緩和に影響を与え,また逆に緩和することで変化してゆくだろう.このように内部状態の動的変化と緩和とが相互に依存し合うことで,非平衡状態が自発的に維持される現象が見られないだろうか.

 このような動機の下,著者らは簡単な大自由度Hamilton 力学系を用いて強い非平衡状態からの緩和を研究した.その結果,非平衡状態が自発的に維持される三つの新しいクラスの緩和現象を実際に発見し,解析した.これらの結果を通して,非平衡状態の自続現象が起きる仕組みについて議論した.

I.緩和ボトルネックの自己組織化(Figure 1) 平均場XY 模型のHamilton 力学系

(1)

において,系の一部分を強く励起したところ,緩和のボトルネック――緩和が極端に遅くなるところ――が間欠的に観察された.いま,非励起部分は非常に大きいので熱浴の役割を果たす.それに対し励起部分は比較的小さく,緩和するにつれて状態が動的に変化するため,その熱力学的状態(その「有効」温度で指定)が全系における内部状態の役割を果たす.この内部状態と緩和との関係を調べたところ,まず,その内部状態が相転移の臨界状態にあるときにボトルネックが現れることが分かった.また,内部状態には臨界へと向かうダイナミクスが内在することが分かった.さらにこれら二つの数値結果を解析的に評価した.これより,このエネルギー緩和のボトルネックは自己組織化される,という結論が得られた.

II.協同効果による緩和の発散(Figure 2) 一次元XY 模型のHamilton 力学系

(2)

についても同様の緩和過程(この場合,系の一部ドメインを励起する)を調べた.緩和が進めば進むほど,残された励起部分がさらに励起されて緩和が遅くなる――すなわち励起状態が自発的に維持され,観測時間内では平衡に達しない,という現象が観察された.平均場模型と同様の内部状態のダイナミクスについて調べると,有効温度(=内部状態)がある値まで増え続け,そこでは励起部分の重心運動量が増える構造が内在していた.つまり,励起部分がより励起される構造が自己組織化されることが分かった.さらにこの緩和の長時間挙動を調べ,熱力学極限(N→∞)で漸近的に,励起の強さがN の対数で,平衡への緩和時間がN の冪乗で,それぞれ発散することを解析的に示した.

III.大自由度Hamilton 力学系における集団運動(Figure 3) 再び平均場XY模型のHamilton 力学系(1) を用いて,今度は励起するのではなく,平衡とは異なる初期分布を与え,そのからの緩和を調べた.これまでにも同様な緩和過程について多くの研究がされているが,著者らはある新しい準安定状態を発見した.そこでは巨視的物理量(平均場=秩序変数や温度)および分布関数がHopf 分岐を起こし,時間的に周期・準周期的に振舞う(集団運動).この振舞いは熱力学極限(N→∞) でも消えずに残り,その持続時間もN とともに発散する.また,この準安定状態は熱力学ポテンシャルの極小値ではなく,集団運動を起こすことで安定化した,本質的に非平衡な状態である.このように,保存系において集団運動が「散逸構造的に」振舞う例をはじめて見つけた.

Figure 1: (a) 励起要素数,(b) 有効温度,(c) 有効臨界温度の時系列.有効温度が

臨界温度に近付くときにボトルネックが現れている.

Figure 2: 励起直後(t=0)およびしばらく経ったとき(t=25000)の運動量profile.囲みの中は,対応する運動量の時系列.境界の要素が緩和することで残された部分がさらに励起される.

Figure 3: 平均場M(t) の時系列.非平衡状態ではN を大きくしても振動が残るのに対し,平衡状態ではN が大きくなると振動はなくなる.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はハミルトン力学系における非平衡状態の自続現象について新しい3つの発見を報告し、その機構をシミュレーションと理論的解析を通して一般的に論じたものである。一般に十分自由度の大きい、ハミルトン力学系は平衡状態へと向かう。しかしその緩和の仕方は、例えばガラス系のように、必ずしも素早いものとは限らず、緩和が抑制される場合がありうる.本論文では、ハミルトン系において、自ら緩和を遅くし,非平衡状態が自発的に維持される,という可能性を議論し、その3つの新しい例を見出し、その仕組みが議論されている。

 本論文は7章96ページからなる。第1章は本研究の動機を述べ導入説明がなされ、第2章では主に用いるXY模型のHamilton力学系(ないしは振り子を結合した系)

(1)

について、平衡状態の性質がレビューされ、第3章ではこれまで知られている緩和抑制機構(Boltzmann-Jeans仮説)が紹介される。以下第4章では緩和ボトルネックの自発形成、第5章では平衡への緩和にはさらに一部が強く励起されるという遠回り緩和、そして第6章では、大自由度の集団運動として非平衡状態が維持されるという、いずれも新しい発見が報告され、そしてそのしくみが議論される。第7章はまとめと展望にあてられている。以下4章以降を説明する。

 第4章では、この系の一部分を強く励起した場合の、緩和のボトルネック形成の発見が報告される。この場合、励起された部分から1つずつ緩和して行くのであるが、途中で緩和が極端に遅くなる状態が間欠的に形成される。この発見を述べた後で、その仕組みが以下のように明らかにされる。まず,非励起部分の要素数は非常に大きいのでこれは熱浴の役割を果たす.それに対し励起部分は比較的小さいけれども、その部分系の熱力学的状態に体して「有効」温度を決めることが可能である。ここで,緩和するにつれて励起された部分はその要素数も状態も変化するので,その「有効」温度は時間的に変化していく。この内部状態と緩和との関係を調べた結果,まず,その内部状態が相転移の臨界状態にあるときにボトルネックが現れることが明らかにされ、それが解析的に評価される。ついで、緩和に際し、励起部分と非励起部分の相互作用を通し、内部状態の温度は、それが臨界温度より高いと平均的に下がり、低いと上がることが数値的に示され、それが熱力学的議論から説明される。以上の二つの結果を組み合わせてエネルギー緩和のボトルネックの自己組織化が説明されている。この結果は従来の一体問題としての緩和抑制とは異なったものであり、多体励起状態での緩和抑制機構という新しい考えが提示されている。

 第5章では、格子系を用い、一部分を強く励起すると、緩和が進めば進むほど,残された励起部分がさらに励起されて緩和が遅くなるという、遠回り緩和現象が報告される。具体的には一次元XY模型のHamiltoh力学系

(2)

を用い、系の一部ドメインを強く励起する.この場合、ドメインの端から順に緩和するのであるが、その際に残った部分がさらに励起される。つまり平衡に向かうには励起ドメインの残りが一度さらに励起されるという、遠回りをする緩和現象がみいだされる。残りはますます励起され、その励起状態は自発的に維持される。この励起運動量が増え、ますます緩和しにくくなるので,通常観測可能な時間内では平衡に達しなくなってしまう。この場合、前章と同様に内部状態のダイナミクスについて調べると,有効温度がある値まで増え続け,そこでは励起部分の重心運動量が増す構造が内在している.さらにこの緩和の長時間挙動を調べた結果,励起部分のサイズNが大きくなると、漸近的に,励起部分の運動量がNの対数で,そして平衡への緩和時間はNの冪乗で,それぞれ発散することが解析的に示される。

 第6章では、第4章のモデルに戻り、大自由度Hamilton力学系における集団運動という注目すべき結果が報告される。用いるのは再び平均場XY模型のHamilton力学系であるが、今度は一部を励起するのではなく,全体について平衡とは異なる初期分布を与え,そこからの緩和が調べられている。この場合に、平衡への緩和が強く抑えられた、新しい準安定状態が発見される。これは巨視的物理量(平均場=秩序変数や温度)そして(座標、運動量の)分布関数自体が時間的に周期・準周期的に変化する集団運動である.なお、この系については、これまでに他の準安定状態が見出されているがも同様な緩和過程について多くの研究がされているが,それらは通常の定常状態であって、振動は示さない。見出された振動現象は熱力学極限(N→∞)でも消えずに残り,その持続時間もNとともに発散する.また,この準安定状態は熱力学ポテンシャルの極小値ではなく,集団運動を起こすことで安定化した,本質的に非平衡な状態である.これは(保存系である)ハミルトン力学系において集団運動が「散逸構造的に」振舞う最初の発見である。散逸系での集団、運動での手法を用いて、この集団運動の定量的解析がされ、初期条件や温度の条件を変えていったときの振動の発生が巨視的ダイナミクスのHopf分岐現象として解釈される。

 このように、森田氏は本論文において、強く励起した系で、平衡への緩和が「素直に」いかずに、ボトルネックを示す、遠回りの過程を経る、そして集団運動を維持する、という新しい現象を見出し、その機構を与えた。これらの結果が用いられたXY模型(振り子結合系)だけではなく、どの程度の普遍性クラスを持つのか、また第5章の集団運動の分布関数レベルでの理論解析など、今後つめるべき問題も残ってはいる。その一方で、XY模型(振り子結合系)は物理的に特異な例でもないので、実験的検証の可能性も示唆される。見出された3つの新しい緩和抑制機構はいずれの結果も、緩和現象理解へ新しい地平を開いたもので、非平衡状態の理論への重要な寄与を与えていると考えられる。

 なお、本論文の第4章の結果はすでにEurophysics Lettersに掲載済、第5章はPhys. Rev. Lett. に印刷中であり、さらに、これらを詳述した論文そして、第6章の結果も投稿準備中である。これらは金子邦彦との共同研究であるが、いずれも論文の提出者が主体となって行なったもので、提出者の寄与がほとんどである。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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