学位論文要旨



No 119899
著者(漢字) 鬼丸,孝博
著者(英字)
著者(カナ) オニマル,タカヒロ
標題(和) PrPb3の四重極秩序構造に関する研究
標題(洋) Study of Quadrupole Ordering Structures in PrPb3
報告番号 119899
報告番号 甲19899
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4628号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 廣田,和馬
 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 助教授 山室,修
 東京大学 助教授 上床,美也
内容要旨 要旨を表示する

 希土類化合物においては、希土類イオンの4f軌道が5s25p6よりかなり内側にあり、この軌道が不完全にしか充填されていない場合には、局在した磁気モーメントが出現する。その一方で、4f電子は大きな裾を持って広がっているため、局在4f電子と伝導電子の混成効果が重要となる。その結果、重い電子状態、価数揺動、高濃度近藤効果など、様々な興味深い物性が発現する。4f電子系の物性として近年特に関心が高まっているもののなかに、電子軌道の織りなす現象がある。ここでの主役は4f電子の軌道自由度である。4f電子においては、スピン・軌道相互作用が強いためにJがよい量子数となり、軌道は四極子(quadrupole)として記述される。この四極子間の相互作用(四重極相互作用,quadrupolar interaction)を駆動力とする秩序相転移を、四重極秩序転移(quadrupole ordering transition)と呼び、特に四極子が交互に整列する場合を反強四重極(AFQ)秩序転移(antiferroquadruole ordering transition)と呼ぶ。AFQ秩序転移では、格子歪みをほとんど伴わないことや、転移温度が外部磁場により高温側へシフトすることなど、非常に特異な振る舞いがみられる。AFQ秩序転移を示す物質としては、CeB6[1],TmTe[2],DyB2C2[3]などがあり、現在も精力的に研究されている。本研究では、AFQ物質といわれているPrPb3に着目して研究を行った。PrPb3は基底状態で四極子の自由度しか持っておらず、結晶構造はシンプルなAuCu3型立方晶である。このことから、AFQ秩序現象や四極子の性質が顕著に表れる系であることが期待される。

 PrPb3の結晶構造は、シンプルなAuCu3型立方晶である。結晶場基底状態は磁気モーメントの自由度を持たない非クラマースΓ3二重項であり、自由度としては四極子O02とO22を持つ。[4,5]実際、比熱ではTQ=0.35K付近で二次相転移を示すλ型の異常が観測されており[6,7,8,9]、また(C11-C12)/2モードの弾性定数はTQに向かってソフトニングを示す。[5]一方、ゼロ磁場下での中性子回折では、この転移に対応する超格子反射はまったく観測されない。[5]これらのことから、Γ3型四極子を秩序変数とする相転移が起こっていると考えられる。さらに、弾性定数のソフトニングがたかだか2%に過ぎないこと[5]、また3次の磁化率が転移点近傍で発散し四極子のcoupling constantがマイナスと見積もられること[10]などから、この相転移はAFQ秩序相転移である可能性が高い。最近Tayamaらは低温での磁化測定の結果について報告している。[11]そこでは、TQが磁場に対して非常に異方的に振舞うことが明らかになった。また平均場計算の結果より、秩序変数がΓ3型四極子であり、それらが反強的に配列していることを示した。しかしながら、ミクロ的手法でそのAFQ秩序状態を証拠付ける結果はこれまで得られていない。

 本研究では、まず詳細な磁化測定を行い、各磁場方向について正確な磁気相図を決める。また、TQの異方的振る舞いに着目し、その磁場方向依存性について調べ、秩序変数の同定を行う。さらに、これまでマクロ測定でしか観測されていないAFQ秩序状態を、ミクロ測定である中性子回折にて明らかにし、AFQ秩序や四重極相互作用について考察する。

 Tayamaらにより[100]方向の磁化測定が行われているが、[110],[111]方向に関してまだ詳細な報告はない。そこで、各主軸方向について、低温での詳しい磁化測定を行った。その結果、得られた磁気相図を図1に示す。ここからは、TQが磁場方向に対して非常に異方的に振舞うこと、また磁気相図が複雑であり、やはり非常に異方的であることが分かる。さらにH||[110]において、6T以上の高磁場下で新しい秩序相が存在することを明らかにした。

 主軸方向の詳しい低温磁化測定にて得られた磁気相図からは、AFQ秩序相がこれまで考えられていたよりも異方的かつ複雑であることが分かった。このような振る舞いは他のAFQ物質ではみられず、PrPb3においてまったく新しいタイプのAFQ秩序状態が実現している可能性がある。そこで、転移温度TQの角度依存性を詳しく調べるために、低温角度分解磁化測定装置を開発し、測定を行った。その結果、[110],[111]方向でTQが最小値をとり、そこでカスプを示すことが分かった。このTQの振る舞いは、異方的四重極相互作用を仮定した平均場計算によって説明がつき、その秩序変数は各軸方向を主軸とするようなO02-typeとなる。各磁場方向に対する秩序変数を図2に示す。

実線は秩序変数が切り替わるラインを示しており、例えば[110]でのカスプはO02′→O02″への切り替わりを示している。また、高磁場中でのTQの磁場方向依存性からは、[110]方向でのみ現れる秩序相が狭い角度範囲でしか存在しないことが分かった。つまり、この秩序相における秩序変数の対称性は低磁場のAFQ相とは異なり、O22が秩序変数であると思われる。

 次に、ミクロ的手法にてAFQ秩序状態を観測するために、磁場中での中性子回折実験を行った。中性子は四極子を直接検出することはできないが、もしAFQ秩序状態が実現しているとしたら、磁場を印加することにより反強磁性が誘起される。この反強磁性秩序構造を中性子回折で明らかにすることにより、それに対応する四極子の秩序状態を決定できる。単結晶試料はモリブデン坩堝を用いたブリッジマン法にて作製し、グレインを含まない大型純良単結晶(φ=10mm,L=26mm)を得ることが出来た。実験は希釈冷凍機を用い、磁場方向[001],[011]について行った。

 [001]方向の磁場下での測定では、図3に示すように、Tt<T<TQにおいてq1=(〓±δ〓0)およびq2=(〓±δ0)(δ〜〓)にて超格子反射を観測した。強度計算からは図4(a)のようにSinusoidal構造をとることが分かった。ここでの散乱積分強度は磁場に対して2乗で増加し、磁気モーメントは線形的に誘起されている。このことは、四極子秩序状態における磁場誘起反強磁性の振る舞いとよく一致する。また、0.2Tでの低磁場下でも磁気反射が観測され、この磁気構造は四極子秩序構造を反映したものであるといえる。ここで磁気モーメントは[001]方向に誘起されることから、秩序変数はO02である。このことは、上記したTQの角度依存性から求められる秩序変数とよく一致する。図4(a)に四極子の長周期秩序構造を示す。このように秩序状態が長周期構造をとることから、四重極相互作用は長距離に作用しており、伝導電子を介した間接的なRKKYタイプの相互作用であると考えられる。また、ゼロ磁場下では最低温まで四極子のSinusoidal構造が残ることを示す結果が得られた。この現象は局在モデルでは説明がつかず、四極子が伝導電子と一重項を形成している可能性がある。(四極子近藤効果[12])また低温(T<Tt)・磁場下では、q1,q2に加えてq1′=(〓±3δ〓0)およびq2′=(〓±3δ0)でも超格子反射が現れる。これは、反位相構造をあらわしており、強度計算の結果、図4(b)のような秩序構造をとる。

 一方、[011]方向の3T以上の磁場中では、q=(〓δδ)(δ=〓)にて超格子反射がみられた。強度計算の結果、磁気モーメントは磁場と垂直方向にあり、モーメントの大きさを[011]方向に振動させながら伝播する長周期構造をとることが分かった。このことより、高磁場下での秩序相ではO22が秩序変数となっていると思われる。

 本研究では、AFQ物質PrPb3について低温での磁化測定、角度分解磁化測定および磁場中での中性子回折実験を行った。その結果、AFQ相においては四極子が長周期秩序構造をとること、秩序変数がO02であることを明らかにした。またAFQ相内において、磁場中で反位相秩序構造への一次転移を示すことも分かった。一方、H||[110]の高磁場中でのみ存在する秩序相において、秩序変数はO22であると思われる。

参考文献[1] T. Fujita et al.: Solid State Commun. 35 (1980) 569.[2] T. Matsumura et al.: J. Phys. Soc. Jpn 67 (1998) 612.[3] H. Yamauchi et al.: 3. Phys. Soc. Jpn 68 (1999) 2057.[4] W. Gross et al.: Z. Phys. B 37 (1980) 123.[5] M. Niksch et al.: Helv. Phys. Acta 55 (1982) 688.[6] E. Bucher et al.: J. Low Temp. 2 (1972) 322.[7] D. Aoki et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 66 (1997) 3988.[8] T. Kawae et al.: Phys. Rev. B 65 (2001) 012409.[9] R. Vollmer et al.: Physica B 312-313 (2002) 855.[10] P. Morin, D. Schmitt and E. du Tremolet de Lacheisserie: J. Magn. & Magn. Mater. 30 (1982) 257.[11] T. Tayama et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 70 (2001) 248.[12] D.L. Cox: Phys. Rev. Lett. 59 (1987) 1240.

図1:磁気相図。

図2:AFQ相における秩序変数

図3:Q-scanの温度依存性。(H=4T)

図4:磁気モーメントおよび四極子の秩序構造。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなる。第1章は、イントロダクションであり、f電子系における四極子自由度およびその秩序状態に関する解説がなされた後、本論文で取り上げる物質であるPrPb3のこれまでの研究成果がまとめられている。多くの研究がなされてきた典型的な反強四極子(AFQ)秩序物質であるCeB6やDyB2C2と異なり、PrPb3は基底状態でスピン自由度がなく、四極子自由度のみを持っている。このことから、これまでとは異なるAFQ秩序状態が期待されるだけではなく、磁性に影響されない四極子間の相互作用などが明らかになる可能性がある。しかし、AFQ転移温度がTQ = 0.35Kと低いことや、大型の純良単結晶が得られなかったことから研究が遅れていた。本論文では、大型の純良単結晶を用いた磁場中中性子回折実験によりAFQ秩序の空間構造を明らかにするとともに、詳細な磁化測定を組み合わせて、その秩序変数を決定することを目的としている。

 第2章ではPrPb3の単結晶試料合成について記述されている。PrPb3単結晶はこれまでも育成されてきたが、結晶性がよく、しかも中性子回折を行なうに十分な体積をもったものは得られていなかった。本研究において、論文提出者はMoルツボを用いた高温でのブリッジマン法と新しい温度制御プロファイルを組み合わせることにより、10mmφ×26mmという高品位の大型単結晶を育成することに成功し、中性子回折実験を可能とした。

 第3章では磁化測定による磁場・温度相図に関して記述されている。磁化測定による磁場・温度相図はこれまでも報告されているが、磁場の温度が9Tまでと限られていた。論文提出者は、希釈冷凍器とファラデー法を組み合わせ、測定磁場領域を12.5Tにまで拡張した。その結果、[110]方向に磁場をかけた場合、6T以上の高い磁場領域にこれまで確認されていなかった新しい秩序相 (TQ') が存在するという結果を得た。さらに、1 - 4Tの低い有限の磁場領域では、[100], [110], [111]方向の全てにAFQ秩序相内に、さらに一次相転移をともなう低温相が存在することを見いだした。これらの結果は、PrPb3のAFQ秩序状態がこれまでの物質系より複雑で異方的であることを示唆している。

 第4章では、第3章の実験結果を受けて行なわれた、低温での角度分解磁化測定について記述されている。論文提出者はこの実験のために新たに3He冷凍器内で使用出来る測定装置を製作した。それによって、TQの磁場方向依存性を調べ、[110]方向に鋭いカスプをもったミニマムが存在することを明らかにした。このようなTQの振る舞いを調べる為に平均場によるモデル計算を行ない、その結果、各軸方向を主軸とするようなO20型の秩序変数をもち、異方的な四極子相互作用を仮定したモデルでよく説明出来ることを明らかにした。さらに、高磁場中での測定結果から、[110]方向に磁場を印可したときに現れる新しい秩序相はO22型の秩序変数をもっていること示した。

 第5章では、磁場中中性子回折の実験結果について記述されている。AFQ秩序状態に磁場を印可すると四極子の配列に応じて磁気モーメントが誘起されることを利用する。[001]方向に磁場を印可したとき、TQ以下でq1 = (1/2+/-δ, 1/2, 0)とq2 = (1/2, 1/2+/-δ, 0) (δ 〜 1/8) に超格子反射が出現し、さらにTt以下ではq1' = (1/2+/-3δ, 1/2, 0)とq2' = (1/2, 1/2+/-3δ, 0)に弱い超格子反射が加わるとともに、δが1/8にロックインする様子が観測された。これらの実験結果は、TQ以下でまずSinusoidalに四極子モーメントが空間変調した長周期構造が出現し、さらに低温のTt以下で格子の4倍周期のAnti-phase-domain構造に転移することを示している。AFQ秩序状態でこのような長周期の空間変調構造が発見されたのは、この系が初めてであり、極めて重要な実験結果である。論文提出者は、長周期に変調した構造を作り出すためには、PrPb3における四極子相互作用は伝導電子を媒介とするようなRKKY型の相互作用である可能性が高いことを指摘している。事実、PrサイトをLaで置換すると急速にTQが低下するが、比熱測定で見られているC/T vs Tの低温におけるlog T的な立ち上がりとさらに低温での飽和(C/Tは10J/mol K2 Prにも達する)は、四極子を媒介とした近藤効果のような現象を示唆しており、今後のより詳細な研究が期待される。

 本論文の第4章と第5章は田山孝・榊原俊郎・河江達也・大貫惇睦・青木大・竹内徹也・針田亮・吉澤英樹・阿曽尚文・北井哲夫・鈴木博之らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を遂行したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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