学位論文要旨



No 119945
著者(漢字) 菅沼,悠介
著者(英字)
著者(カナ) スガヌマ,ユウスケ
標題(和) 西オーストラリア、マーブルバーチャート層の古地磁気学的研究 : 太古代における地球磁場とピルバラ地塊の古地磁気極移動曲線の復元
標題(洋) Paleomagnetism of the Marble Bar Chert Member, Western Australia : implications for geomagnetic field behavior and an apparent polar wander path for Pilbara craton during Archean
報告番号 119945
報告番号 甲19945
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4674号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浜野,洋三
 熊本大学 教授 渋谷,秀敏
 九州大学 講師 清川,昌一
 東京大学 助教授 芦,寿一郎
 東京大学 教授 徳山,英一
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 太古代は地球史上で地質記録を残す最古の時代である.大陸の成長や初期生命進化は太古代に期限を持つとされ,また,現代の社会生活に不可欠な天然資源の多くもこの時代に形成された.従って,地球史を理解する上で,太古代の地球ダイナミクスを復元することは非常に重要である.古地磁気記録は,古地理復元やプレートテクトニクスや,地球磁場変動などの地球ダイナミクスを復元する上で,最も重要な記録である.しかし,一般的に太古代の岩石は非常に少なく,また変成や強い表層風化を被っているため,未だ有用な記録は非常に少ない.

 そこで本研究は, 西オーストラリア,ピルバラ地塊の低変成地域において陸上掘削を行い,物質化学的な太古代研究に必須である表層風化の影響を受けていない「新鮮」な岩石試料を採取した.本研究では,採取された試料を対象として,1)初生的な古地磁気記録の抽出,2)ピルバラ地塊の仮想古地磁気極曲線(Apparent Polar Wander Path:APWP)の構築,3)古緯度変化に基づく地球ダイナミクスの考察,4)地球磁場逆転記録の探索を行った.

地質概説と試料採取

 ピルバラ地塊はオーストラリア北西部に位置し,24〜36億年前の火成・堆積岩からなる.本研究対象であるMarble Bar Chert部層は,Warrawoona層群Towers層に挟在される(Hickman,1983).Towers層は下位に珪長質火山岩からなるDuffer層,上位に砂/泥岩層からなるPanorama層に接する.Thorpe et al.(1992)は両層から放射年代値を求め,Duffer層は3471-3463Ma,Panorama層は3545±1Maと報告している.Marble Bar Chert部層は,層厚約150mで北北西-南南東の走向を持ち,堆積構造および年代値より明らかに逆転層である.層厚と放射年代値に基づき,Marble Bar Chert部層の堆積速度は1.3〜2.9cm/kyと見積られる.

 ABDPはMarble Bar Chert部層とApex Basalt部層を含むTowers層から約270mのコアを掘削した.岩相からMarble Bar Chert部層は,主に白色チャートと層理が不明瞭な黒色チャート,および層理の明瞭な赤/黒色チャートに区分される.また,全体に石英脈の貫入が見られる.本研究では,表層風化の影響を見積もる為に露頭からも試料を採取した.

結果

 試料の磁性鉱物の種・粒径および加熱に対する安定性を検討する為に,コアより試料を採取し岩石磁気実験を行った.その結果,Marble Bar Chert部層は主に粗粒のマグネタイト,僅かにヘマタイトを含んでいることが示された.堆積構造と磁性鉱物の産状を確認する為に,顕微鏡および走査型電子顕微鏡を用いて薄片観察を行い,黒・赤色層が初生的堆積構造を持ち自形の鉄酸化物を含むことが明らかにした.

 以上の結果から,掘削試料158.5〜184.8m,194.8〜205.5mから506個の個別試料片を採取し,段階熱消磁実験を行った.この結果,残留磁化成分が低温(LT:0〜200or300℃)および高温成分(MT:450 to 575℃)の二つに区分された.MT成分は全試料中の312個(62%)から認められた.MT成分は,現在の地球磁場方向や掘削の影響とされる掘削孔方向を示さない.また,深度毎に有意な古地磁気方位の変動を示すことが明らかとなった(Fig.1).MT成分の起源を検討する為に,石英脈の貫入より回転したブロックの古地磁気方位を調べた結果,他のMT成分と有意に異なった方向を示すことが明らかになった.また,ブロックの走向傾斜を使って傾動補正を行うと,伏角が他のMT成分とほぼ同じ値を示すことが明らかになった.この結果は,MT成分が少なくとも3200Ma以前の石英脈貫入より前に獲得されたことを示している.一方,LT成分は,掘削試料の158.5〜181.8mまでの試料片に見られた.MT成分と同様に,現在の地球磁場や掘削の影響を受けていないことから,MT成分獲得後の再磁化によって獲得されたものである.

 露頭試料に対しても同様に実験を行い,露頭試料が掘削試料と対照的に主にヘマタイトが磁性を担っていること,この成分が現在の地球磁場方向を示すことを明らかにした.以上の結果に基づくと,Marble Bar Chert部層は初生的にマグネタイトが堆積したが,表層では風化によるヘマタイト化を被っていることが示唆される.

考察

 MT成分の起源を更に検討する為に,Marble Bar Chert部層の深度別にM1〜4の古地磁気極を求め,これまでに公表されている太古代におけるピルバラ地塊の古地磁気極と比較した(Fig.2).その結果,非常に連続的な古地磁気極の移動が,年代順に整合的に見られることがわかった.従って,MT成分は初生的な古地磁気記録である可能性が高い.

 更に古地磁気極およびに基づきApparent Polar Wander Path(APWP)を作成した(Fig.2).古地磁気極が非常に少ない為に,不確定要素を含むが,比較的連続的なAPWPが復元された.Marble Bar Chert部層のM1〜M4における古緯度変化に注目し,ピルバラ地塊の緯度方向への移動速度を推定した.この結果,ピルバラ地塊が1〜2Myrに5.8°低緯度へ移動したことが示された.この古緯度の大きなシフトは,プレート移動もしくはTrue Polar Wander(TPW)の結果のどちらかが原因であると考えられる.もしプレート移動が原因であった場合は31〜70cm/yの移動速度が求められ,現在までに知られる値と比べ著しく早い.一方,TPWの結果である場合,2.8°〜6.3°/Myrの極移動が必要となる.未だ十分なデータはないため,本研究の結果からはどちらが原因かを判断できない.

 LT成分の起源を検討するために,得られたAPWP上に,傾動補正前および後( LT1, 2)の古地磁気極を投影した(Fig.2).この結果,L1は3200Maの変成イベントに対応することが明らかになった.また,L2は約20億年前の造山運動による再磁化イベントに対応する可能性があるが,他の古地磁気記録との一致は良くない.従って,LT成分は,3200Maの変成イベントに対応する可能性が高い.

 また,本研究では数層準に短い逆転もしくは中間的磁化方位が認められた.これは逆転期間が短いため,完全な地球磁場逆転ではなく,エクスカーションに近いものかもしれない.太古代における地球磁場のエクスカーションの発見は,当時の地球磁場様相を理解するうえで重要な基礎データとなる.

Fig. 1 Equal-area projection of paleomagnetic directions of each depth group after bedding correction. Open (solid) symbols indicate negative (positive) inclinations. The star represents the present Earth's magnetic field direction.

Fig. 2 Apparent Polar Wander Path for the Pilbara craton from early Archean to early Proterozoic time, shown in the Lambert azimuthal equal area projection. Paleomagnetic poles are displayed by square symbols with corresponding 95% confidence circles.Abbreviations:M1〜4, L1(this study);DFM(McElhinny and Senanayake, 1980);AB(Yoshihara, 2000);MC(Schmidt and Embleton、1985);P0〜P10(Strik, 2004), BBF(Sumita et al., 2001);HP2(Li etal., 2000);TPA(Schmidt and Clark, 1994).

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,西オーストラリアピルバラ地塊に分布する太古代の堆積岩試料を用いて,初生的古地磁気記録を復元し,古地磁気極移動曲線と連続的地球磁場記録の構築を行ったものである.太古代は,地質記録を残す地球史上最古の時代であり,地球システム進化史を理解する上で太古代の地球ダイナミクスの復元は非常に重要な研究テーマである.古地磁気記録から構築される仮想古地磁気極曲線は,測定地点の緯度方向の移動を決定するので,過去のプレートテクトニクスや古地理の復元をする上で最も重要な基礎情報となる.また,古地磁気記録より復元される古地球磁場強度や逆転史は,過去の外核対流状態をはじめとする地球内部活動に関する重要な情報を提供する.しかし,これまでの研究では、太古代における古地磁気データは少なく,特に堆積岩から得られる連続的古地磁気変動の記録は著しく欠けている.申請者は,陸上掘削計画であるArchean Biosphere drilling Project(ABDP)に参加し,採取された陸上風化を受けていない約35億年前の堆積岩試料を用いることでこの困難を克服し,研究を行っている.

 本論文は6章から構成される.第一章はイントロダクションであり,太古代を対象とした地球磁場の様相,ピルバラ地塊の古地磁気極移動曲線,およびプレートテクトニクスの有無などについて行われた古地磁気研究のレヴューを行っている.

 第二章は西オーストラリア,ピルバラ地塊の地質を概説している.特に地質構造および年代,および変形・変成史についてのレヴューを行っている.また,研究対象であるMarble Bar Chert層に関しては,上下の地層の放射年代値に基づき堆積速度の見積もりを行っている.

 第三章は本論文で用いられた試料の採取方法・産状が記載されている.前半では,ABDPによる掘削の詳細と,採取された掘削試料の産状・層相を記載している.後半では,露頭試料の採取方法と層相記載を行っている.

 第四章は,本研究で行われた実験手法についてまとめられている.それぞれの手法ごとに,用いた機器とその使用目的を記載している.

 第五章は岩石磁気実験,薄片観察,および古地磁気測定の結果をまとめている.岩石磁気実験および薄片観察では,Marble Bar Chert層が初生的堆積構造を保ち自形のマグネタイトを大量に含むことが明らかにしている.古地磁気測定では,多くの試料がマグネタイトに起因する安定した残留磁化を持つこと,現在の地球磁場や掘削による影響を受けていないことを明らかにしている.また,掘削深度方向に連続的な磁化方位変動が見られること,及びIntra-formation Conglomerate Testの結果から,この古地磁気記録が初生的なものであることを,結論つけている.

 第六章では,本論文で得られた古地磁気記録に基づく古地磁気極移動曲線の復元と連続的古地磁気記録中に見られる古地磁気方位の変動について述べられている.Marble Bar Chert層の古地磁気極および既存文献に基づき,古地磁気極移動曲線を構築し,古地磁気極が太古代において大きく移動したこと,その速度が非常に速かったことを明らかにしている.この高速な古地磁気極の移動を考察する為に,古緯度変化を用いてピルバラ地塊の緯度方向への移動距離および速度を,18.8°および79〜158 cm/yと見積もっている.この緯度方向への移動は,非常に高速なプレート移動もしくはTPWが原因であると指摘している.また,連続的古地磁気記録中に見られる古地磁気方位の変動が短い地球磁場逆転である可能性を指摘している.

 以上のように,本論文は初めて30億年を超える古い年代をもつ堆積岩から初生的な古地磁気記録の抽出に成功し,太古代における古地磁気極移動曲線を構築した.また,連続的地球磁場変動記録を復元し,地球磁場逆転の可能性がある古地磁気方位の変動を発見した.この様な試みは極めて先駆的な研究であり,太古代における地球ダイナミクスの理解を前進させ,地球システム進化史を理解する上でも貢献できるものである.従って,本論文は,申請者に博士(理学)の学位を授与するに十分な論文であると認める.

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