学位論文要旨



No 119953
著者(漢字) 岡田,朋子
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,トモコ
標題(和) 環状ペプチドを鋳型とする異種金属集積化
標題(洋) Heterogeneous Metal Assembly Templated by Cyclic Peptides
報告番号 119953
報告番号 甲19953
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4682号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 助教授 磯部,寛之
 北里大学 助教授 石田,斉
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 異種金属イオンの自在配置は、機能性分子の構築における重要な課題の一つである。目的とする金属配置を得る方法として、その配置情報を持つテンプレート分子を用いる方法が、近年注目を集めている。著者はアミノ酸残基に金属配位部位を持つペプチドに注目し、異種金属イオンの集積場を構築することにした。ペプチドは、アミノ酸を構成単位とする分子であり、目的の位置に金属配位部位を導入することにより、金属配置情報を組み込むことが可能な分子である。特に、環状ペプチドは、その環サイズや構成アミノ酸の配列を変えることにより、アミノ酸側鎖ばかりでなく、環状に並んだペプチド骨格由来のアミド基を利用した異種金属イオンの配置制御を可能にすると考えた。本研究では、新たな機能性ペプチド金属錯体を構築することを目的とし、アミノ酸側鎖に金属配位部位を導入した環状ペプチドをテンプレートとして用い、異種金属イオンの集積化による配置制御を試みた。

【デザインと合成】

 本研究で、異種金属イオン配列のテンプレートとしてデザインした環状ペプチド1とその合成ルートをFig.1に示す。金属配位部位となりうるチオエーテル基を側鎖に持つL-メチオニン(L-Met)とL-アラニン(L-Ala)を交互に配置した環状ヘキサペプチドcyclo(L-Ala-L-Met)3 1は、softな硫黄配位原子と、ペプチド骨格由来のhardなカルボニル酸素配位原子を持つ。これら二種類の配位原子はそれぞれ、softな遷移金属イオン、hardなアルカリ、アルカリ土類、ランタノイドイオンなどを捕捉することが期待された。この環状ペプチドのL-Met側鎖とL-Alaの側鎖は交互に並んでおり、ペプチド骨格が形成する環の上下の面は非等価である。(Fig.1では模式的に灰色と黒色で区別してある。内側の黒色で示した環は、アミドカルボニル基の環状配列を表している。)

 環状ペプチド1は、直鎖状のペプチドを分子内環化することによって合成した。まず、ペプチド自動合成機を用いたFmoc固相合成法により、直鎖状のペプチドH-(LAla-L-Met)3-OH・(CF3COOH)を合成した。引き続き、希釈条件下(0.2mM)で分子内環化反応を行い、目的の環化体1を38%の収率で得た。これは、1H, 13CNMR、ESI-TOF mass、元素分析により同定した。

【環状ペプチドをテンプレートとしたAg+及びCa2+イオンのヘテロ集積化】

 まず、チオエーテル基と直線二配位型構造をとる電荷数の小さいAg+イオンと、環状ヘキサペプチドのアミドカルボニル酸素と相互作用をすることが知られているCa2+イオンの組み合わせについて、1H NMRにより検討した(Fig.2)。環状ペプチドcyclo(L-Ala-L-Met)3 1に対して0.5当量のCa2+イオンを含むacetone-d6/CD3OD(5:1)溶液にAg+イオンを添加していくと、環状ペプチド由来のシグナルは先鋭化を伴ってシフトし、Ag+イオンが環状ペプチドに対して1.5当量に達した時点でスペクトルは収束した(Fig.2d)。また、Met側鎖のシグナルに低磁場シフトが見られ、チオエーテル基とAg+イオン間の配位結合が示唆された。一方、1.5当量のAg+イオンを含む1の溶液にCa2+イオンを逆滴定しても、同様に1/Ag+/Ca2+=2:3:1の組成になった時にスペクトルは収束し、Fig.2dと同じものが得られた。この溶液のESI-TOF massスペクトルは、[Ca・Ag3・12・(CF3SO3)4]+に帰属されるシグナルを示した。これらの結果から、二つの環状ペプチド(1)が、三つのAg+イオン及び一つのCa2+イオンと錯形成することにより、カプセル型四核錯体を形成していることが示された(Fig.3)。また、Ca2+イオンがカルボニル酸素との配位結合によってカプセル型ダイマー錯体の内部中心に包接されていることは、X線結晶構造解析の結果からも支持された。金属イオンを加えないときの環状ペプチド1の1H NMRスペクトルには、構成単位であるL-Ala-L-Metに由来する1 セットのシグナルが観察され(Fig. 2a)、溶液中の対称性の高い構造が示された。一方、ダイマー錯体(1/Ag+/Ca2+=2:3:1)の1H NMRスペクトルには、L-Ala-L-Met骨格を示す2セットのシグナルが1:1の積分比で現れた(Fig.2d)。これは、二つの環状ペプチド1が、環状構造の対称性を維持したままAg+及びCa2+イオンと錯形成し、head-to-tail型にダイマー化してカプセル型錯体となるためであることが、COSY及びNOESYスペクトルより明らかになった。

 このようなダイマー錯体は、Ag+イオンのみ、またはCa2+イオンのみの添加では形成されず、Ag+イオンとCa2+イオンが協奏的に集積化することによって初めて形成されることが明らかになった。Ag+イオンと同様に、チオエーテル基と直線二配位型構造をとりうるHg2+イオンについても検討したが、ダイマー化は起こらなかった。正電荷どうしの反発が、ダイマー錯体の安定性を支配する一つの要因であることが示唆された。

【イオン包接の選択性】

 次に、ダイマー錯体の内部に包接されるイオンの選択性について検討した。環状ペプチド1とAg+イオンを2:3の比で含む溶液に、アルカリ金属イオン(Li+, Na+, K+, Rb+, Cs+)、アルカリ土類金属イオン(Mg2+, Ca2+, Sr2+, Ba2+)、ランタノイドイオン(La3+)、アンモニウムイオン(NH4+)を加えたときの、カプセル型ダイマー錯体の包接挙動を1H NMRとESI-TOF massで調べた(Fig.4)。その結果、環状ペプチドに対して0.5当量のCa2+イオンを添加したときに、定量的にダイマー錯体が形成する条件において、Sr2+イオンは51%のカプセル型ダイマー錯体を形成したが、他のイオンでは同様の錯体の形成は見られなかった。したがって、このカプセル型ダイマー錯体には、Ca2+イオンが高選択的に包接されることがわかった。このように、イオン包接の選択性は、イオンの正電荷数とサイズの両方に依存していると考えられた。

【結論】

 環状ヘキサペプチドをテンプレートとし、異種金属イオンを一分子内に配列することができた。Cyclo(L-Ala-L-Met)3は、Ag+イオンとCa2+イオンを同時捕捉することにより、定量的にカプセル型の四核ダイマー錯体を形成した。また、内部に包接されるイオンには、高い選択性があることを明らかにした。今後、環サイズやアミノ酸の種類などの組み合わせにより、様々な異種金属イオンの配列が可能になると期待される。

Fig.1 Synthesis of cyclic hexapeptide, 1, used in this study.

Fig.2 1H NMR spectra of(a)cyclic hexapeptide(1)only, (b)1+Ag(CF3SO3)(1.5 equiv), (c)1+Ca(CF3SO3)2(0.5 equiv), and(d) 1+Ag(CF3SO3)(1.5 equiv)+Ca(CF3SO3)2(0.5 equiv)in acetoned6/CD3OD(5:1)[1]=2 mM at 293 K.

Fig.3 Heterogeneous metal assembly accompanying dimerization of cyclic hexapeptides.

Fig.4 Effects of various ions on the Ag+-mediated capsulecomplex formation.[1]=2 mM, [Ag+]= 3 mM, [M]=1mM in acetone-d6/CD3OD(5:1)at 293 K.Alkaline metalsinclude Li+, Na+, K+, Rb+, and Cs+.The percentages of the capsule complex formed were calculated from the integralratio of 1H NMR signals of methyl(Ala)protons.(nd:notdetected) Ionic radii with coordination number 6:Li+0.76, Na+1.02, Mg2+0.72, Ca2+1.00, Sr2+1.12, Ba2+1.35, La3+1.03 A.

審査要旨 要旨を表示する

 異種金属イオンの自在配置は、機能性分子の構築における重要な課題の一つである。目的とする金属配置を得る有効な方法として、鋳型分子を用いる方法が近年注目を集めている。本研究ではペプチドに注目し、異種金属イオンの集積場を構築することにした。ペプチドは、アミノ酸を構成単位とする分子であり、目的の位置に金属配位部位を導入することにより、金属配置情報を組み込むことが可能である。特に、環状ペプチドは、その環サイズや構成アミノ酸の配列を変えることにより、側鎖ばかりでなく、環状に並んだペプチド骨格を利用した異種金属イオンの配置制御を可能にすると期待できる。本研究では、異種金属イオンの配列を自在に制御することを目的とし、金属配位部位を導入した環状ペプチドを鋳型として用いた多核金属錯体の合成・機能解析が行われた。

 本論文は全5章から成り、第1章では、本研究の目的、背景が記述されている。第2章では、鋳型分子としての環状ペプチドの有用性について述べられ、さらに異種金属イオン集積化のための鋳型分子の設計概念が示されている。金属配位部位となりうるチオエーテル基を側鎖に持つL-メチオニン(L-Met)とL-アラニン(L-Ala)を交互に配置した環状ヘキサペプチドcyclo(L-Ala-L-Met)3 (1)は、softな硫黄配位原子と、ペプチド骨格由来のhardなカルボニル酸素配位原子を持つ。これら二種類の配位原子はそれぞれ、softな遷移金属イオン、hardなアルカリ、アルカリ土類、ランタノイドイオンなどを捕捉することが期待された。環状ペプチド1は、直鎖状のペプチドを分子内環化することによって合成、目的の環化体1を38 %の収率で得た。この環化体の化学構造は、1H, 13C NMR、ESI-TOF mass、元素分析により同定された。

 第3章では、環状ペプチド1を鋳型とした異種金属イオンの集積化について報告されている。まず、チオエーテル基と直線二配位型構造をとるsoftなAg+イオンと、ペプチド骨格のカルボニル酸素と相互作用をすることが知られているhardなCa2+イオンの組み合わせについて、1H NMRの滴定実験とESI-TOF mass測定により検討した。その結果、溶液中で二つの環状ペプチド1が、三つのAg+イオン及び一つのCa2+イオンと錯形成することにより、カプセル型四核錯体を形成していることが示された。さらに、COSY及びNOESYスペクトル測定により、二つの環状ペプチド1が、環状構造の対称性を維持したままAg+及びCa2+イオンと錯形成し、head-to-tail型に配向することが明らかにされた。また、Ca2+イオンがカルボニル酸素との配位結合によってカプセル型ダイマー錯体の内部中心に包接されていることは、X線結晶構造解析の結果からも支持された。このようなダイマー錯体は、Ag+イオンのみ、またはCa2+イオンのみの添加では形成されず、Ag+イオンとCa2+イオンが協奏的に集積化することによって初めて形成されることが明らかにされた。

 第4章では、ダイマー錯体形成に対する金属選択性について記されている。ダイマー錯体の内部に包接されるイオンの選択性を、一価のアルカリ金属イオン(Li+, Na+, K+, Rb+, Cs+)、二価のアルカリ土類金属イオン(Mg2+, Ca2+, Sr2+, Ba2+)、三価のランタノイドイオン(La3+)、アンモニウムイオン(NH4+)について1H NMRとESI-TOF massで調べた結果、Ca2+イオンが定量的にダイマー錯体を形成する条件において、Sr2+イオンは約半分しか包接されず、他のイオンではダイマー錯体形成が見られなかった。Ag+イオン共存下でのダイマー錯体の形成では、Ca2+イオンが高選択的に包接されることがわかった。このように、イオン包接の選択性は、イオンの正電荷数とサイズの両方に依存していると考えられた。

 第5章では、本論文の総括および、今後のこの研究の展望が述べられている。本博士論文では、オリジナルに設計した環状ヘキサペプチドcyclo(L-Ala-L-Met)3(1)を鋳型とした、Ag+イオンとCa2+イオンの協奏的な集積化による定量的なダイマー錯体[Ag3Ca12]5+(2)の形成が達成され、溶液中及び固体中における構造の詳細が明らかにされた。さらに、このダイマー錯体形成における高い金属選択性が示された。本研究により、金属配位部位を導入した環状ペプチドが異種金属イオンの配列を制御する場として極めて優れていることが示された。

 尚、本論文の第2〜4章は、田中健太郎氏、城始勇氏、塩谷光彦氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格を有すると認める。

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