学位論文要旨



No 119963
著者(漢字) 倉科,昌
著者(英字)
著者(カナ) クラシナ,マサシ
標題(和) 新規π共役高分子錯体 ポリ(ビフェニレン ルテナシクロペンタトリエニレン)の合成とその還元体の強磁性的相互作用
標題(洋) Synthesis of Poly(biphenylene ruthenacyclopentatrienylene), a New Organometallic Conducting Polymer with Ferromagnetic Interaction in Its Reduced State
報告番号 119963
報告番号 甲19963
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4692号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 小林,昭子
 東京大学 助教授 市川,淳士
 東京大学 講師 小澤,岳昌
内容要旨 要旨を表示する

[1.序]

 遷移金属錯体間をπ共役スペーサーで連結した有機金属高分子錯体は、π共役鎖を介した金属核間の電子的相互作用によって電気的、磁気的に特異な物性の発現が期待される物質群である(Fig.1)。既に当研究室ではメタラサイクリング重合法によって、主鎖にコバルタシクロペンタジエン環を含む高分子錯体が合成されている(Scheme 1)。この高分子錯体はポリチオフェンやポリピロールと等電子的な構造をもち、光導電性などの物性を示す。

 メタラサイクリング重合法とは、原料錯体とジアセチレン類をメタラサイクル形成反応により連続的に付加環化させる高分子合成法である。しかし、このコバルト錯体を用いた反応では、置換基の位置が異なる異性体が生じるため、単一のコバルタサイクル環からなる高分子錯体の合成には至っていない。2分子のアセチレンからメタラサイクルを形成する反応はルテニウム錯体でも知られており、このルテニウム錯体を用いた反応では、コバルト錯体の場合のような異性体を生じない。そのため、このルテニウム錯体を用いた反応は単一のルテナサイクル環からなる高分子錯体の合成に利用することができる。

 本研究ではメタラサイクリング重合法を用い、ルテナサイクル環が芳香環を介して連結した構造を主鎖とする高分子錯体を合成し、その構造と物性の評価を行なった。またこのポリマーのルテナサイクル環が可逆な還元・再酸化を示すことから、還元体を生成させた。EPR測定により、この還元体においてルテナサイクル環上のスピンが強磁性的に相互作用していることを見出した(Fig.2)。

[2.高分子錯体の合成および構造]

 目的のポリマーは窒素雰囲気下、原料錯体と4,4'-ジエチニルビフェニルをジクロロメタン中、0℃で90時間反応させて合成した(Scheme2)。充分な溶解度を得るために、ポリマーのシクロペンタジエニル環にはヘキシル基を導入した。またモデル錯体のモノマーとして、ルテニウム原料錯体と4-エチニルビフェニルから単核のルテナサイクルを合成し(Scheme 2)、以下のスペクトル等の議論における比較対照に用いた。このポリマーの1H NMRスペクトルでは7.86ppmにルテナサイクルのβ水素に特徴的なシグナルと、5.12ppmと5.05ppmにシクロペンタジエニル環に由来する2本のブロードなシグナルが観測された。α水素に対応する6-7ppmにはシグナルが見られなかったことから、このポリマーは単一構造のルテナサイクル環のみで構成された高分子であることが確認された。

 このポリマーの分子量分布を、ポリスチレンを基準としたGPCの測定から推定した。得られた平均分子量はMn=3400、Mw=5800、Mw/Mn=1.7であった。重合度約6のオリゴマーが主な成分だが、最大重合度が40程度で最大分子量は20000を超えるということが示された。

[3.高分子錯体の物性と還元体の強磁性的相互作用]

 モノマーとポリマーを電子スペクトルの測定において比較した(Fig.3)。モノマーで256,378,505nmの吸収は、ポリマーではそれぞれ296,400,525nmに長波長シフトし、ポリマーの分子鎖中でπ共役が拡大していることが確認された。

 電気化学測定において、モノマーとポリマーを比較した。サイクリックボルタモグラムにはそれぞれEO'=-1.03V,-1.01V(vs. ferrocenium/ferrocene)に可逆な還元・再酸化波が観測された(Fig.4)。ルテナサイクルが芳香族性を有していることから、これはルテニウムだけの還元ではなく、ルテナサイクル環部分が全体として還元されているものと考えている。モノマーに比べてポリマーでは波がブロードになっていた。これはポリマー中においてルテナサイクル部分が相互作用していることを示している。モノマーでは1種類の還元体しか生じないが、ポリマー中ではルテナサイクル部分が相互作用し、複数の段階の還元状態が存在する。さらにポリマーは多様な鎖長の成分で構成されており、それら多くの還元・再酸化波の重ね合わせが、全体としてひとつのブロードな波になって観測されていると考えられる。

 モノマーとポリマーの還元体をコバルトセンの蒸気により化学的に生成させ、それぞれEPRスペクトルを測定した(Fig.5)。測定は凍結したTHF溶液中で、液体ヘリウムを用いて4Kに冷却して行った。

 モノマーの還元体では、わずかに三軸異方性を持つ軸対称なスペクトル(g⊥= 2.18,g// =1.99)が得られた。これはS=1/2のルテニウムの5価(低スピン、d3)に相当するスペクトルと考えられる。超微細構造は、ルテニウムの同位体、99Ruと101Ru(I=5/2、天然存在比 計 30%)によるものとして理解できた。以上からモノマーの還元体では、不対電子がルテナサイクル環上に局在し、分子間では相互作用していないことが示された。

 一方、ポリマーの還元体のEPRスペクトルはモノマーのそれとは全く異なり、磁場の広い範囲で多くのシグナルが得られた。ここで、もし、ポリマーの還元体において、ルテナサイクル環上にあるスピン同士に全く相互作用がないのであれば、そのスペクトルはモノマーの還元体のものと同じになるはずである。測定濃度はモノマーの還元体(0.27mM)よりもポリマーの還元体(0.03mM、ルテナサイクル換算)の方が薄いため、スペクトルの相違は分子間での相互作用によるものではない。また、もし、分子内のスピン同士の相互作用が反強磁性的であれば、そのスピンは相殺してシグナルが消失する。そこで、このポリマーの還元体中では、ルテナサイクル環上にあるスピン同士が同一分子内で強磁性的に相互作用していると考えた。g=4付近の三重項状態(S=1)に帰属されるシグナルは、スピン同士の相互作用が強磁性的であることを支持している。g=2付近のシグナルは主に孤立したルテナサイクル上のスピンによると考えられるが、三重項状態のシグナルも重ね合わされていると考えられる。また、幅の広いシグナルが50,200,550,850mT付近に観測され、これらは3個以上のスピンが相互作用しているためだと考えられる。これらの現象をより詳細に明らかにするには、均一成分で構成されたオリゴマー(二量体や三量体)を選択的に合成し、その還元体の磁気的挙動を明らかにする必要があると考えている。

Fig.1 Organometallic π-conjugated polymer complexes.

Fig.2 The target polymer with ferromagnetic interaction in its reduced state.

Fig.3 The UV-vis-NIR spectra of monomer and polymer.

Fig.4 Cyclic voltammograms of monomer (top)and polymer(bottom)on a glassy carbon disk in 0.1 M Bu4NClO4-CH2Cl2 at a scan rate of 0.1 Vs-1.

Fig.5 The EPR spectra of reduced forms of monomer(top)and polymer(bottom)at 4 K.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章と結語からなり、第1章は研究の背景と目的、第2章は新規π共役高分子錯体ポリ(ビフェニレン ルテナシクロペンタトリエニレン)の合成とキャラクタリゼーション、第3章は上記高分子錯体の物性、特に還元体の強磁性的相互作用について述べている。結語として研究成果のまとめと展望について述べている。以下に各章の概要を記す。

 第1章では研究の背景として、関連事項であるπ共役導電性高分子、π共役有機金属高分子錯体(特にメタラサイクリング重合法で合成されるポリメタラシクロペンタジエニレン)、分子磁性についてこれまでの研究を解説している。メタラサイクリング重合法とは、原料錯体とジアセチレン類をメタラサイクル形成反応により連続的に付加環化させる高分子合成法であり、ルテニウム錯体を用いた反応では、ルテナサイクル形成反応において異性体を生じないため、単一のルテナサイクル環からなる高分子錯体の合成に応用することができる可能性がある。それらの事実を踏まえて、本研究では、単一のルテナサイクル環からなる高分子錯体の合成により、磁気的に興味深い性質を示す物質を得ることを目的としている。

 第2章では、合成について記述している。目的のポリマーは窒素雰囲気下、原料錯体である(HexCp)RuBr(1,5-cod)と4,4'-ジエチニルビフェニルをジクロロメタン中、0℃で90時間反応させて合成した。充分な溶解度を得るために、ポリマーのシクロペンタジエニル環にはヘキシル基を導入した。また比較のために単核のルテナサイクルを合成した。このポリマーの1H NMRスペクトルの解析から、単一構造のルテナサイクル環のみで構成された高分子であることが確認された。このポリマーの分子量分布を、ポリスチレンを基準としたGPCの測定から推定した。得られた平均分子量はMn=3400、Mw=5800、Mw/Mn=1.7であった。重合度約6のオリゴマーが主な成分だが、最大重合度が40程度であることが示された。

 第3章では高分子錯体の物性と還元体の強磁性的相互作用について述べている。モノマーとポリマーを電子スペクトルを比較したところ、モノマーで256,378,505nmの吸収は、ポリマーではそれぞれ296,400,525nmに長波長シフトし、ポリマーの分子鎖中でπ共役が拡大していることが確認された。またモノマーとポリマーのサイクリックボルタモグラムにはそれぞれルテナサイクル環部分に基づくEo'=-1.03 V,-1.01 V (vs.ferrocenium/ferrocene)に可逆な還元・再酸化波が観測された。モノマーに比べてポリマーでは波がブロードになっており、ポリマー中においてルテナサイクル部分が相互作用していることが示された。

 モノマーとポリマーの還元体をコバルトセン蒸気により化学的に生成させ、それぞれEPRスペクトルを凍結THF溶液中、4Kで測定した。モノマーの還元体では、S=1/2のルテニウムの5価(低スピン、d3)に基づくわずかに三軸異方性を持つ軸対称なスペクトル(g⊥=2.18,g//=1.99)が得られ、不対電子がルテナサイクル環上に局在し、分子間では相互作用していないことが示された。一方、ポリマーの還元体のEPRスペクトルはモノマーのそれとは全く異なり、磁場の広い範囲で多くのシグナルが得られた。この結果からこのポリマーの還元体中では、ルテナサイクル環上にあるスピン同士が同一分子内で強磁性的に相互作用していると考えた。g=4付近の三重項状態(S=1)に帰属されるシグナルは、スピン同士の相互作用が強磁性的であることを支持している。また、幅の広いシグナルが50,200,550,850mT付近に観測され、これらは3個以上のスピンが相互作用しているためだと考えられる。

 結語では、以上の結果を総括し、今後の研究展望を述べている。以上、本論文は、巧みに分子設計されたπ共役有機金属高分子錯体の合成と物性に関する新規な結果を詳細に記述しており、錯体化学、電気化学、材料科学の研究におおきなインパクトを与えたオリジナルな研究として評価できる。なお、本論文第2,3章は西原 寛、村田昌樹、渡部徳子との共同研究であり、一部は既に学術雑誌として出版されたものであるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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