No | 119971 | |
著者(漢字) | 仲,崇民 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ゾン,チョンミン | |
標題(和) | 金属イオンを含むイオン液体及び固定化イオン液体の構造と性質及び有機合成触媒反応への応用 | |
標題(洋) | Structures and Properties of Metal Ion-containing Ionic Liquids and Immobilized Ionic Liquids, and Their Applications to Catalytic Organic Reactions | |
報告番号 | 119971 | |
報告番号 | 甲19971 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4700号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [背景] イオン液体はカチオンとアニオンから成る液体(溶融塩)であるが、近年、有機アニオンを構成要素とし、低融点、蒸気圧が低い、高い電気伝導度を示す、室温近傍での有機溶融塩が注目されている。このような性質は、従来から電気化学に利用されているが、近年、有機合成反応において環境にやさしい溶媒として使用する、あるいは、Biphasic触媒反応において、触媒の固定相として使用する研究が注目されている。触媒反応において、活性種を安定化することで、従来の触媒の活性と選択性を向上でき、或は、新たな活性種を形成し、新しい触媒反応を開発することも可能である。イオン液体の性質と金属イオンの触媒的性質を合わせ持つ、金属イオンを含むイオン液体として、近年、よく研究されているのは、室温イオン液体Haloaluminateである。このようなイオン液体は、融点が低くて、酸性も調整できるが、酸素と水に対して、不安定であり、純度向上も難しく、触媒反応への応用は限定されている。以上より、新しい金属イオンを含むイオン液体の開発が望まれる。 この背景に基づいて、本研究では、金属イオンを含む、触媒活性を持つ、融点が低い、新しいイオン液体を開発することを目的とした。更に、分離、回収、再使用にすぐれ、工業的応用との関連性から、固定化イオン液体も開発した。合成したイオン液体を用いて、Suzuki反応とKharasch反応の触媒作用への適用を行った。 [金属イオンを含むイオン液体の調製、性質と構造] 新しいイオン液体はScheme1に示すように、1-Butyl-3-Methylimidazolium chloride([BMI]Cl)と金属の塩化物から合成した。合成したイオン液体([BMI]2MCl4(M=Sn、Cu、Zn、Ni、Mn、Co、Pt、Fe、Cr)と[BMI]2ZrCl6で略す)は全てAcetonitrileから再結晶した後、組成と構造は、元素分析、1H NMR、13C NMR、EXAFS、単結晶X-Ray構造解析、UV/Visで決定した。図1は合成したイオン液体のイオン伝導率の温度依存性を示す。温度の上昇とともに、伝導率も上昇する。Snの伝導率は他のものより、2倍以上高い。これは以下に示すように[BMI]2SnCl4の特別な構造と関係があると思われる。融点における伝導率は大体0.1S/mぐらいである。融点はアニオンの構造できまると思う。アニオンの形状、対称性と融点はそれぞれ、SnCl42−:pseudotrigonal bipyramidal,C2v,278K;CuCl42-:flattened tetrahedron,D2d,296K;NiCl42-:distorted tetrahedron,Td,327K;MCl42-(M=Co,Mn,Zn,Fe,Cr):tetrahedron,Td,ca.333K;PtCl42-:square planar,D4h,372K;ZrCl62-:octahedron,Oh,391Kである。熱の安定性はTGAで検討し,熱分解温度以下では、質量減少は認められなかった。熱分解温度はそれぞれ、[BMI]Cl(488K);[BMI]2PtCl4(155);[BMI]2CuCl4(200);[BMI]2PdCl4(210);[BMI]2SnCl4(215);[BMI]2NiCl4(265);[BMI]2FeCl4(265);[BMI]2ZnCl4(270);[BMI]2MnCl4(270);[BMI]2CoCl4(275);[BMI]2ZrCl6(275)である。熱分解機構についても検討した。以上により、合成したソルトはイオン液体の基本的な性質を持っていることがわかった。[BMI]2MCl4(M=Cu,Ni,Sn,Pt)と[BMI]2ZrCl4のORTEP図を図2に示す。[BMI]2MCl4(M=Co,Zn,Fe,Mn)のORTEP図は[BMI]2CuCl4とほぼ同様である。一部の構造データはTable1に示す。[BMI]2CuCl4の非対称単位には、二つの互いに平行なBMIカチオンとJahn Teller効果により、平面型に近づいているテトラヘドラルCuCl42-が含まれる。[BMI]2NiCl4の非対称単位には、二つのブチル基が互いに垂直に配向しているBMIカチオンと少し歪んでいるテトラヘドラル型のNiCl42-が含まれる。SnCl42-のSn-Cl距離はそれぞれ:Sn-Cl(1),2.537(3);Sn-Cl(2),2.483(4);Sn-Cl(3),2.686(4);Sn-Cl(4),2.864(4)である。水素結合により一番長いSn-Cl結合は室温の液体で分解してSnCl3-とCl-になることがEXAFSによりわかった。アニオンの局所構造、[BMI]カチオンの構造とパッキング構造も検討した。Acetonitrile溶液中のSpeciesについてUV/Visで調べた。 [金属イオンを含む固定化イオン液体の調製、性質と構造] 金属イオンを含む固定化イオン液体はScheme2により調製した。Step1で合成したイオン液体は、トリメトキシシリル基を有しており、シリカ表面の水酸基と反応して固定化される。更に、アセトニトリル中で金属塩化物を加えて、金属イオンを含む固定化イオン液体が調製される。以後、ImmM ILで表示する。固定化量は、元素分析と蛍光X線分析により定量した。また、構造はXAFSとUV等で調べた。EXAFSとDR UV/Visの結果により、アニオンはImmM_IL(M=Ni,Cu,Zn,Mn,Co)中に、MCl42-の構造を持ち、ImmPt_IL中には、PtCl3-(MeCN)の構造を持つことがわかった。ImmFe_ILは特別で、FeCl4(O or N)のような構造を持つ。固定化イオン液体のSchematic図はScheme3に示す。TGAの結果により、シリカ表面上に固定化しているイオン液体は、固定化していないイオン液体より40度ぐらい分解しやすい。 [Suzuki Cross Coupling反応] Ni2+を含むイオン液体と固定化イオン液体を用いて、Aryl ChlorideとArylboronic Acid間のSuzuki Cross Coupling触媒反応へ応用した.反応条件として、触媒の前処理、溶媒の種類、基質の濃度、ホスフィンの効果を検討した。[BMI]2NiCl4触媒の最適化条件は、1mol%Ni、PPh3/Ni=2、2mmol Aryl chlorideに対して、phenylboronic acidは2.4当量、K3PO4は4当量、Dioxaneは1.2 ml、反応温度は80度である。ImmNi_IL触媒の最適化条件は、反応前Dioxane中に室温でNaOButで30min処理することが必要である。反応温度は100度で、ほかの条件は[BMI]2NiCl4と同じである。4-chlorotolueneとphenylboronic acid間の反応に対して、[BMI]2NiCl4のTOFは255h-1で、ImmNi_ILのTOFは162h-1である。一部の反応結果をTable2に示す。 [Kharasch付加反応] 固定化イオン液体を用いて、Kharasch付加反応へ応用した。モデル反応として、スチレンと四塩化炭素間の付加反応を用いた。溶媒を使わないで、触媒は0.1Mol%、110度で20h還流した。Mn,Fe,Co,Ni,Pdの固定化イオン液体は活性をほとんど示さなかったが、ImmCu_ILはある程度の活性が出た。Cuの固定化触媒を用いて、反応条件を最適化し、触媒の量は1mol%、四塩化炭素とスチレンのモル比は4で、反応温度は110度の条件で、収率が最高で、93%になった。比較のため調製したシリカ担持CuCl2は目的化合物の収率は0.3%で、選択性はなかった。更にReuseについて、検討した。5回まで、収率は83%を保っていた。反応後の触媒の状態について拡散反射UVスペクトルを測定した。5回Reuseした後もUV曲線はフレッシュな触媒とほぼ同じであった。固定化Cuのイオン液体触媒のメリットは、分離が簡単、溶媒が不要で、Reuseも可能である、ということである。[BMI]2CuCl4もKharasch反応へ応用した。3Mol%Cu、100度で48h還流して、収率が68%で、固定化イオン液体よりも低いことがわかった。 [結論] イオン液体の性質を保持する金属イオンを含む新しいイオン液体のシリーズを合成し、X線構造解析により結晶構造を明らかにした。金属イオンを含む固定化イオン液体も合成できた。EXAFSと拡散反射UVスペクトルによって、構造を明らかにした。ImmNi_IL/PPh3と[BMI]2NiCl4/PPh3の触媒系はSuzuki反応(基質:aryl chloride)に高い活性と選択性を示した。固定化Cuイオン液体触媒はKharasch反応の初めての固定化触媒であり、溶媒は不要で、Reuseが可能である。 Scheme 1. Preparation steps for ionic liquids Scheme 2. Preparation of immobilized ionic liquids Table 2. Ni-catalyzed Suzuki couplings Scheme 3. Schematic struture of ImmM_IL(M=Cu,Ni,Zn,Mn,Co) Figure 1. Temperature dependence of the conductivity of ionic liquids. Table 1 Crystal structure data Figure 2 ORTEP plots of[BMI]2MCl4(M=Cu,Ni,Sn,Pt)and[BMI]2ZrCl6,(a)[BMI]2PtCl4;(b)[BMI]2SnCl4;(c)[BMI]2ZrCl6;(d)[BMI]2CuCl4;(e)[BMI]2NiCl4. | |
審査要旨 | イオン液体はカチオンとアニオンから成る液体(溶融塩)であり、特に有機アニオンを含む系に関しては、低融点(室温近傍で液体であるものが多い)、低い蒸気圧、高い電気伝導度を示す、ということから、電気化学および有機合成反応における溶媒としての使用が注目されている。単に溶媒としての使用にとどまらず、触媒としての機能を示すためには、金属イオンを含んだイオン液体を合成することが望まれる。アルミニウムハロゲン化物イオンを含む系に関しては、比較的多くの研究がなされているが、酸素、水に対して不安定であり、純度向上が難しい、といった難点が存在する。これに対し、本論文提出者は1-Butyl-3-methylimidazolium chloride([BMI]Cl)と9種類の金属塩化物を反応させることで、一連の新規な金属イオンを含むイオン液体を合成し、単結晶を作製してX線構造解析を行い構造を明らかにした。更に、電気伝導度、融点、TGAなどのイオン液体の性質を測定し、構造との相関を明らかにした。更に、シリカ担体表面上の水酸基との固定化反応が可能となるようなトリメトキシシリル基を有するイオン液体分子を合成し、シリカ担体への固定化を行い、更に、金属塩化物との反応を行うことにより金属イオンを含む固定化イオン液体を調製することができた。これらについては、EXAFS、拡散反射UV測定などにより、金属イオンの配位状態についてもキャラクタライズすることができた。更に、Ni2+イオンを含むイオン液体が、Suzuki cross coupling反応に関する優れた触媒であること、Cu2+イオンを含む固定化イオン液体がKharasch反応に関する高活性、高選択性を示し、再利用可能な優れた触媒であることを示した。本論文は、金属イオンを含む新規イオン液体の合成、構造決定、物性測定、及び、金属イオンを含む固定化イオン液体の調製とキャラクタリゼーション、更に、それらを有機合成触媒反応に応用した研究をまとめたものである。本論文は6章からなる。 第1章では、本研究の目的と意義、イオン液体の調製と性質、触媒としての適用例、およびSuzuki cross-couping反応、Kharasch反応について述べている。 第2章では、[BMI]Clと9種類の金属塩化物を反応させることで、一連の新規な金属イオンを含むイオン液体を合成したことについて述べている。合成したイオン液体は[BMI]2MCl4(M=Sn,Cu,Zn,Ni,Mn,Co,Pt,Fe)と[BMI]2ZrCl6である。アセトニトリルから再結晶した後、組成と構造は、元素分析、1H-NMR,13C-NMR,EXAFS、単結晶X線構造解析、UV-VIS測定で決定した。単結晶X線構造解析により、金属塩化物アニオンの示す構造が、SnCl42-:pseudotrigonal bipyramidal,CuCl42-:D2d,NiCl42-:distorted Td,MCl42-(M=Co,Mn,Zn,Fe):Td,PtCl42-:square planar,ZrCl62-:Ohと求められた。また、金属塩化物アニオンの塩素原子とイミダゾリウムカチオンのプロトンとの間の水素結合の存在が明らかとなった。合成したイオン液体金属塩について、イオン伝導率の温度依存性を測定した。イオン伝導率の大きさと蒸気圧測定、TGA測定による熱安定性が確認されたことから、合成したイオン液体金属塩がイオン液体としての性質を備えていることを示した。 第3章では、1-methyl-3-(trimethoxysilylpropyl)-imidazolium chlorideを合成し、シリカ担体の水酸基と反応させることで、イオン液体分子を固定化した。さらに、金属塩化物(MnCl2,FeCl2,CoCl2,NiCl2,CuCl2,ZnCl2,PdCl2,PtCl2)と反応させることにより、金属イオンを含む固定化イオン液体の調製を行った。また、EXAFS測定、拡散反射UV-VIS測定により、金属塩化物アニオンの配位状態について情報を得ると共に、TGA-DTA測定により熱安定性についての結果を示している。 第4章では、第2章で合成した[BMI]NiCl4のSuzuki cross coupling反応への適用について述べている。Suzuki cross coupling反応はフェニルボロン酸とハロゲン化アリルとの間の反応で、C-C結合が生成する有用な反応であり、臭化アリルに関しては、Pdが広く用いられている。一方、基質として安価な塩化アリルについては、Pdの活性が高くなく、Niが高活性を示すということが知られている。本研究で合成した[BMI]NiCl4を塩化アリル(4-chlorotoluene)を基質とするSuzuki cross coupling反応に適用したところ、反応に必要な塩基(NaOtBu)とあらかじめ30分前処理すること、反応中にトリフェニルホスフィンを加えることによって、96%の収率が実現した。更に電子吸引性の置換基を有する塩化アリルについては、100%の収率が実現した。このように、本研究で合成した[BMI]NiCl4はSuzuki cross coupling反応に有効な触媒であることが示された。活性化状態については、EXAFS測定により、イミダゾリウムカチオンのプロトンが抜けてNiにカルベンとして配位していると考えられる。また、Ni2+イオンを含む固定化イオン液体に関してもほぼ同等の高活性が示された。 第5章では、第3章で調製した金属イオンを含む固定化イオン液体をスチレンと四塩化炭素を基質とするKharasch反応に適用した研究について述べている。溶媒は使用しない条件で反応を行った。Fe,Co,Ni,Pdの固定化イオン液体は活性をほとんど示さなかったが、Cuの固定化イオン液体は活性を示し、反応条件を最適化することで収率93%選択率95%の状態が達成された。また、この固定化触媒は5回の再使用を経ても82%の収率を維持している。CuCl2をシリカ担持した触媒はまったく活性を示さず、[BMI]CuCl4も収率69%が最高であった。この結果は固定化イオン液体の環境が、Kharasch反応に有効な効果を及ぼしている興味深い結果である。 第6章では、本研究で得られた結果を総括している。 Appendixでは、本論文において報告したイオン液体の結晶のX線構造解析の結晶学的データを示している。 以上、本論文で著者は、一連の新規の金属イオンを含むイオン液体の合成と構造決定を行い、様々な性質を測定した。さらに、金属イオンを含む固定化イオン液体を開発し、キャラクタリゼーションすることができた。さらに、これらを有機合成触媒反応へ応用し、優れた性能の触媒として利用できることを示した。これらの成果は物理化学、特に触媒化学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え実験を行い解析したもので、本著者の寄与は極めて大きいと判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 | |
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