学位論文要旨



No 120074
著者(漢字) 名倉,徹
著者(英字)
著者(カナ) ナクラ,トオル
標題(和) 半導体集積回路における電源ノイズ低減に関する研究
標題(洋) A Study on Power Line Noise Reduction in Large Scale Integration
報告番号 120074
報告番号 甲20074
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6016号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅田,邦博
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 櫻井,貴康
 東京大学 教授 藤田,昌宏
 東京大学 助教授 藤島,実
 東京大学 助教授 池田,誠
内容要旨 要旨を表示する

半導体集積回路の製造技術の発展とともに、集積度の向上とチップ面積の増加が進行している。さらに回路の高速動作と回路内部の配線容量の増加もあり、電源電流が増加している。同時に、トランジスタの微細化、トランジスタ耐圧の低下、低消費電力化が進んだため、電源電圧の低電圧化が進み、その結果、電源電圧に関するノイズマージンの減少を招いている。

 電源電圧の低下はタイミング違反やロジックエラーを引き起こす。例えば、トランジスタの閾値が 0.3Vdd の時、10%の電源電圧低下は15%の遅延時間増加となる。また、電源電圧変動は論理ゲートの論理閾値と出力電圧の変動をもたらすため、それらが逆向きに同時に変動した場合はロジックエラーの原因となる。従って、平均的な電圧変動だけではなく、瞬時電圧変動ピークも抑える必要がある。

 デジタル・アナログ変換、アナログ・デジタル変換、PLLなどのアナログ回路と大規模デジタル回路を集積化する必要性が高まるとともに、デジタル回路で発生したノイズがアナログ回路に影響を及ぼす基板ノイズが大きな問題として浮上してきた。通常、デジタル回路からのノイズがアナログ回路に干渉しないように、デジタル電源とアナログ電源は分割することが多い。しかし、それでも同一基板上に形成されているため、その基板を通じてノイズが伝搬してしまう。通常、ガードリングを用いてノイズを吸収することが多いが、高周波のノイズに対しては効かないことが多い。

 通常、CMOSゲートの基板コンタクトを通じてデジタルグランド線は基板と低インピーダンスで接続され、グランドノイズが基板ノイズとして現れる。電源系のノイズは、電源線のインピーダンスと電源電流によって発生する。集積回路の高速化に伴い、抵抗成分と電流によるIRドロップだけでなく、インダクタンス成分と電流変化によって引き起こされる di/dt ノイズが大きくなってきており、シグナルインテグリテイ向上のために、電流変化(di/dt)の低減とその測定方法の確立が必要とされている。また、基板ノイズは電流変化に密接に関係しているため、電流変化測定技術は基板ノイズ低減にも応用可能である。

 2章では電源ノイズ低減に関して、スタブと容量とを理論的に比較することで、電流変化によるノイズの発生を防ぐ手段としてどちらが優れているかを述べる。1/4波長のスタブは帯域除去フィルタとして動作し、集積回路の電源線に接続することで電源ノイズを低減することができる。面積、厚さ、距離、抵抗率、比誘電率を用いて、スタブと同一面積容量との入力インピーダンスを定式化し、スタブの方が有利に動作する条件を明らかにし、ノイズの周波数が高くなるほどスタブが有利に働くことを示した。集積回路が発生するノイズは、そのクロック周波数成分が主である。したがって、集積回路の動作周波数が向上するにつれて、そのノイズ低減に関してスタブの優位性が大きくなことが分かった。集積回路の動作周波数は今後も上昇していくことが予想されており、将来は本スタブはオンチップ集積化が可能になることが予想される。

 回路シミュレーションを用いることにより、スタブのノイズ低減効果を調べた。1.8V、2.5GHzのテスト回路において、スタブは同一面積容量と比較して18%の電源ノイズ低減効果が得られることが分かった。

 3章ではスタブを用いた電源ノイズ低減を実験的に示す。0.35umプロセスを用いて、テスト回路を試作した。本テスト回路をボード上にマウントし、そのボード上の電源線にスタブのパターンを書き、電源ノイズの大きさを測定した。測定結果によると、1.25GHz動作のLSIにおける電源ノイズのうち、狙った周波数成分の87%、全ノイズ成分の39%がスタブによって除去された。また、導線をスタブとして用いた場合は1.15GHz動作のLSIにおいて、狙った周波数成分の90%、全ノイズ成分の48%がスタブによって除去された。また、スタブの周波数とは違う周波数ではノイズは低減されず、スタブの周波数特性も確認することができた。本結果により、スタブが実際の集積回路において、電源ノイズ低減に有効であることが示された。また、将来の高速動作回路において、スタブのオンチップ集積化が可能であることも示している。

 4章ではオンチップの電流変化測定回路について示した。この電流変化測定回路は電源線と、その下に位置するスパイラルインダクタ、増幅回路によって構成される。相互インダクタンスによって 電流変化に比例した誘導起電力が発生し、それを増幅回路によって増幅して出力する。3層配線構造を持つ0.35umプロセスを用いて回路を試作した。相互インダクタは1次側を3層配線を用いて20um幅で1巻き、2次側は1層配線を用いて2um幅、2um間隔で10巻として形成し、一辺が140umの正方形という構造を取った。また、増幅器の遮断周波数を大きくするためと高速オシロスコープで測定することを目的に50オームの負荷抵抗を用いたため、増幅率は0.39となり、その結果、2.2GHzまで測定が可能となった。

 電流値の確認用に、電源線に直列に抵抗を挿入し、その両端の電圧差から電流値を計算し、さらに数値微分することによって電流変化を計算することができる。

 テスト回路を試作して、電流変化測定回路の出力と抵抗の両端の電圧差から求めた電流変化を比較したところ、測定結果はよく一致し、6.3x10^9mA/s の確度で電流変化を観測することができることが分かった。また、電流変化測定回路の内部回路側にデカップリング容量を用いると測定回路の出力はほぼゼロとなり、電流変化測定回路の電源側にデカップリング容量を用いると測定回路の出力が大きくなることから、本測定回路が正しく動いていることと同時に、デカップリング容量が電流変化を抑制する効果に関しても測定することができた。

 スパイラルインダクタの構造に関して、1次側は電源線に直列に挿入されるため、低インピーダンスである必要がある。改訂版として、1次側はコイル構造を持たない幅広の直線のレイアウトを用いることにより、低インピーダンスを実現することと同時に、2次側のスパイラルインダクタを大きくし、また、1次側の直線にかぶるように配置することによって、電流変化測定回路での電圧効果を抑えると同時に、1次側にコイル構造を持つ場合と同等の測定感度、測定誤差を実現した。

 本手法によって実時間かつオンチップ集積が可能な電流変化測定が可能となり、これを電流変化制御システムへと応用した。電流変化信号をギルバート乗算器と低域通過フィルタに通すことにより、電流変化に比例したDC電圧を得ることができる。その値を電圧比較器で比較することにより、電流変化がある閾値を越えたら内部回路の動作を一時的に停止するような回路を設計し、シミュレーションによりその動作を確認した。

 5章では電流変化測定回路を用いたフィードフォワード式基板ノイズ低減手法について示した。通常、基板はグランド線に接続されており、グランド線がインダクタンス成分を持つ場合、グランド電圧変動すなわち基板ノイズは電源電流変化に比例する。フィードフォワード基板ノイズ低減手法では、電流変化測定回路を用いて電源の電流変化を測定し、増幅器を用いてその逆相信号を持った電流を作り出し、それを基板に注入することにより、元々の、電流変化に比例した基板ノイズを打ち消すことが可能である。

 また、本手法の効果を確認するためには、基板ノイズを高速で観測するための測定回路が必要となる。測定回路が基板コンタクトを取った場合、その基板コンタクトを通じて元々の基板ノイズの電圧波形を変化させてしまう。ここでは、1段目にはカレントミラー型増幅器、2段目以降はPMOSと抵抗を用いた増幅回路を採用することにより、基板コンタクトのない基板ノイズ測定回路を考案した。

 本テスト回路を0.35umプロセスを用いて試作し、実際に基板ノイズを測定した。本フィードフォワード式基板ノイズ低減手法を用いることで 100MHzから600MHzの範囲で17%から34%の基板ノイズ低減が測定され、また、そのフェーザダイアグラム解析の結果、キャンセル回路の最適化により56%の低減効率が得られることが理論的に示された。

6章に本論文の結論をまとめた。スタブを用いた電源ノイズ低減、オンチップ電流変化測定回路、フィードフォワード式基板ノイズ低減手法は今後のLSIにおけるシグナルインテグリティ向上に寄与することであろう。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「A Study on Power Line Noise Reduction in Large Scale Integration (半導体集積回路における電源ノイズ低減に関する研究)」と題し英文で記述されており、大規模集積回路(LSI)の微細化、高密度化にともない深刻化しつつあるオンチップ電源線雑音の低減手法について研究したもので、六章より構成されている.

 第一章はIntroduction(序論)であり研究の背景と目的を述べている.LSIの微細化のロードマップを用いて、電源電圧の低下、電源電流の増加、動作速度の高速化等により、抵抗による電圧降下とともにインダクタンス成分による電源雑音がますます深刻化しつつあることを述べ、本研究では電源電流の時間変化率(di/dt)の低減を主眼においている理由を述べるとともに、本論文の構成について述べている.

 第二章は「Comparison of Stubs and Decoupling Capacitance for Noise Reduction (電源雑音低減効果に対するスタブとデカップリング容量との比較検討)」と題し、LSIチップ上の電源雑音低減に対してスタブ構造と通常のデカップリング容量構造との面積効率の理論的比較検討を行っている.クロック周波数に対して4分の1波長の長さを持つスタブの等価回路モデルを用いて、抵抗ロスを考慮したインピーダンス特性を理論的に求め、数値解析を用いてスタブの性能を通常のデカップリング容量と比較している.回路シミュレーションを用いてモデルLSI回路の雑音低減に適用した場合の効果について両者を評価した結果、将来のより高速動作に適用するほどスタブが雑音低減効果において優れていることを示している.

 第三章は「Experiments for Power Supply Noise Reduction using Stubs (スタブを用いた電源雑音低減実験)」と題し、オンチップおよびオンボードにおいてスタブを用いて電源雑音の低減実験を行った結果について述べている.オンチップスタブ試験のために試作したテストチップの構成、テスト回路構成、実験結果とともに、オンボードにオフチップスタブを配した場合の電源雑音の低減実験についても述べ、雑音スペクトルの特徴、雑音振幅の動作周波数特性、低周波雑音成分等について実験結果を分析している.分析評価した結果より、第二章に予測したように、現在のLSIにおいてオンチップスタブはデカプリング容量に比較して優位とはならないが、オフチップスタブの解析結果を総合すると将来においてスタブが相対的に優位となることを実験的に示している.

 第四章は「An On-chip di/dt Detector for Power Supply (電源用オンチップdi/dt検出回路)」と題し、チップ上で電源電流の時間変化率(di/dt)を直接検出するための回路について提案している.回路の基本構成を述べた後、回路構成要素である相互インダクタ、増幅回路、出力バッファについて述べ、解析モデルを用いた設計手順について説明している.テストチップを試作評価した結果、本検出回路が予想通りの動作をすることを確認するとともに、その改善のための指針についての述べている.さらに本検出回路を利用して、LSIチップの発生する電磁雑音を一定値以下に保つようLSIチップの動作モードを制御するための負帰還回路方式についても提案・評価している.

 第五章は「Feedforward Active Substrate Noise Canceling Technique using Power Supply di/dt Detector (電源di/dt検出回路を利用した基板雑音のフィードフォワード能動キャンセル技術) 」と題し、第四章で提案した電源電流の時間変化率検出回路を用いてLSIチップの基板雑音を能動的に相殺するフィードフォワード回路方式について提案している.基板雑音を能動的に相殺するための回路方式の基本構成について述べた後、実験的検証のためのテストチップの構成とテストチップ用いて行った実験結果を述べている.実験結果から、本フィードフォワード方式によって約30%の基板雑音低減が達成されたこと、さらにフィードフォワード回路の位相特性とゲインを最適化することで50%以上の基板雑音の低減が可能であることを示している.

 第六章は「Conclusions (結論)」であり本論文の研究成果をまとめている.

 以上、本論文は大規模集積回路の電源雑音および基板雑音を低減するための方法として、スタブを用いた受動回路方式と、電流変化率検出回路を用いたフィードフォワード能動回路方式を提案し、テストチップを用いた実証実験によりその有効性を示したもので電子工学の発展に寄与する点が少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格したものと認められる.

UTokyo Repositoryリンク