学位論文要旨



No 120077
著者(漢字) 澤野,憲太郎
著者(英字)
著者(カナ) サワノ,ケンタロウ
標題(和) 歪みSi/Ge系半導体ヘテロ構造の高性能化と電気伝導特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 120077
報告番号 甲20077
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6019号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 市川,昌和
 東京大学 教授 前田,康二
 東京大学 教授 樽茶,清悟
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 武蔵工業大学 教授 白木,靖寛
内容要旨 要旨を表示する

 これまでLSIの発展は素子サイズの縮小化による高集積化と高速化によって達成されてきた。しかし近年、LSIの基本素子であるSi-MOSFETの微細化において解決困難な問題が顕在化し、微細化によらない性能向上が必須となっている。

 その方法の一つがSi/Ge系ヘテロ構造によるチャネルエンジニアリングの導入であり、特に歪みを有するSiまたはGeをチャネル層に用いることで大幅な移動度増大が期待できる。歪みの導入にはSi基板上に作製された歪み緩和SiGeバッファー層(SiGe擬似基板)が必要であり、それをいかに高品質化できるかがデバイス応用において鍵となる。本研究では、ヘテロ構造の高性能化に向けた新規な擬似基板作製法の開発と評価、また歪みチャネル構造における電気伝導特性の解析を行った。

 これまで一般に表面ラフネス1 nm以下のSiGe擬似基板を作製することは不可能であった。本研究では新規にCMP(化学的機械研磨)技術を導入してSiGe擬似基板の平坦化を試みた。

 Si0.7Ge0.3緩和バッファー層はガスソース分子線エピタキシー(MBE)により傾斜組成法を用いて作製した。図1に示される表面AFM像から、成長後の表面ラフネスはRMS(root mean square)値22 nmと非常に大きいが、CMPによってラフネスは大幅に低減され、RMS値0.23 nmと原子層オーダーの平坦化が達成されている。続いて、最適な方法で洗浄を施した後に歪みSi層を再成長しTEM観察を行った。再成長界面に対応する欠陥等は全く見られず、良好な膜がエピタキシャル成長されていると共に、非常に平坦な歪みSi層が形成されていることが確認された。さらに歪みSi/Ge量子井戸構造を再成長し、低温において良好なフォトルミネッセンスを得、欠陥のない良質な構造が再成長可能であることが示された。

 次にこの平坦化されたSiGe擬似基板(Ge組成25, 30%)上に歪みSi変調ドープ構造を作製し、電気伝導特性を調べた。この構造においては、歪みSi層が電子の量子井戸となりチャネルを形成する一方、ドーピング層にも低移動度のチャネルが形成され(パラレル伝導)全体の移動度を低下させてしまう。そこで、バックゲート電圧を印加することにより電子分布を変化させながら移動度を測定した。得られた移動度とキャリア密度の関係を理論式でフィッティングすることで、両チャネルの伝導への寄与を分離でき、歪みSiチャネル層のみの移動度を等キャリア密度で比較した。その結果、CMPを施していない試料に比べCMPを施した試料は、低温で約4倍高い移動度を有していることが分かった。これはSiGe擬似基板のラフネスに起因する散乱が存在し、それが平坦化によって抑制されたことを顕著に示している。得られたフィッティング式から、CMP試料においてSiチャネル中の移動度がチャネル内電子密度の0.5乗に比例することが分かり、これは一様に存在する不純物散乱が支配的であることを示している。

 次に移動度の温度依存性を図2に示す。高温領域ではパラレル伝導とフォノン散乱の影響が支配的になるため、ラフネスに起因する散乱は見られなくなっているが、低温領域になるにしたがってCMPによる移動度の差が増加し、ラフネス散乱の影響が顕在化していることが分かる。特にパラレル伝導が完全に無視できる0.3 Kでは、CMPによる約5倍の移動度増大が得られ、さらに光照射によりキャリアを励起し、スクリーニング効果を高めることで、520000 cm2/Vsと、これまでに同様な構造で得られている世界最高移動度とほぼ等しい移動度を得ることが出来た。

 次にこのCMP技術を歪みGeチャネル構造へ応用した。まず高Ge組成(65%)のSiGe傾斜組成バッファー層を作製し、CMPによる平坦化後、歪みGeチャネル変調ドープ構造を作製した。表面RMSラフネスは、CMPにより80 nmから1.5 nmと大幅に抑制されている。図3に移動度のチャネル膜厚依存性を示す。CMPを施していない構造では移動度が膜厚に大きく依存し、界面ラフネス散乱が支配的であることを示している。一方、CMPを施した試料では同様な膜厚依存性は見られず、膜厚の薄い領域でも高移動度が維持され、室温、低温でCMPによる1.8倍、8倍の移動度増大が得られている。これは界面ラフネスの影響がCMPによって大幅に抑制されていることを顕著に示している。

 次に、各々のGe組成を有するSiGe擬似基板を平坦化させた後、歪みGeチャネル構造を同条件で作製し移動度の歪み依存性を調べた(図4)。その結果、室温、低温共に歪みの上昇に伴って移動度は増加し続け、圧縮歪み1.9 %(SiGe基板のGe 組成55%)で最大の移動度が得られた。これは歪みによる有効質量の低下、バンド間散乱の抑制、量子井戸への閉じ込めが効果的に働いていることを示す。

 このようにCMPにより超平坦SiGe擬似基板が作製され、それによる大幅な移動度増大が得られたが、SiGe層内部には歪み緩和に伴うミスフィット転位が必然的に存在し、その転位が有する歪み場が、結晶全体に広がり上部構造へ悪影響を及ぼすことが考えられる。本研究では空間分解顕微ラマン分光法を用いてその歪み場分布を調べた。

 平坦化させたSi0.7Ge0.3擬似基板上に歪みSi層を作製し、ラマン分光測定を行った。得られたマッピング像を図4に示す。(110)方向に直行する歪み分布が両層で観察され、SiGe層内部のミスフィット転位が歪みSi層まで歪みゆらぎをもたらしていることが分かる。ゆらぎ量は、歪みSi層が有する歪みの13%にまで達している。

 900℃の熱処理後同様の測定を行ったところ、SiGe層の面内格子定数が大きい部分で歪みSi層の歪み緩和が生じていることが分かった。その部分では引っ張り歪みが局所的に大きく、SiGe / 歪みSi界面に転位が形成されやすくなっているためであると考えられる。その結果、歪み緩和量は面内で平均して約10 %であるものの、局所的には30 %程度にまで至る大きな緩和が起きている。このようにSiGe擬似基板の歪み場不均一は歪みSi層の歪みゆらぎだけでなく、局所的な歪み緩和をももたらし、デバイス特性を大幅に悪化させることが考えられる。

 また、バッファー層膜厚を変化させて歪み分布を測定したところ、膜厚増加に伴い分布の周期も顕著に増加していくことが分かった。これはミスフィット転位の分布が不均一であることに起因するものと考えられる。

 次にこのSiGeバッファー層中に存在する歪み場ゆらぎが成長機構に及ぼす影響について調べた。これまで、SiGeバッファー層に見られるクロスハッチ状のラフネスは、歪み場が原因であると考えられてきたが、いまだ証拠となるような実験結果がなかった。ここでは、まずCMPにより平坦化させたSiGeバッファー層上に、同組成のSiGe層を1μmホモエピタキシャル成長させ、AFMにより表面モフォロジーの変化を調べた。成長前のSiGe表面は完全に平坦であるものの、成長後、明瞭なクロスハッチ状のラフネスが再び現れていることが確認された。そのモフォロジーはラマンマッピング測定から得られた歪み場分布とほぼ一致しており、さらにそのラフネス周期も各バッファー層膜厚に対してほぼラマンの結果と一致した。つまり、SiGeバッファー層の歪み場によってホモエピタキシャル膜の成長速度が変調され、歪み場に対応したラフネスが生じたと考えられる。

 以上のように不均一なミスフィット転位の分布が、数μmにも及んで歪み場のゆらぎをもたらすことが分かり、その影響は擬似基板膜厚が薄くなるほど顕著となる。つまり、より薄膜で高品質の擬似基板を作製するためには、転位を均一かつ高密度に発生させる必要があり、本研究ではイオン注入を用いた新規なバッファー作製法を開発した。

 まずSi基板にイオン注入を施すことで表面付近に欠陥を積極的に導入し、その後にSiGe層を成長させる。成長温度を比較的低温にすることで成長中の転位の発生と表面ラフネスの増大を抑制し、成長後の熱処理で転位を発生、増殖させて歪み緩和を促進させる。

 Arイオンを各エネルギー、ドーズ量で注入したSi基板に、Ge組成20〜35%のSiGe膜を100 nm、500℃で成長し、900℃の熱処理後、X線回折、ラマン分光法により緩和率を評価した。その結果注入ドーズ量の増加に伴い歪み緩和率は0%から80%以上まで増加していき、イオン注入欠陥が転位源となって歪み緩和を促進することが示された。また注入エネルギー依存性から、Si基板表面付近(数10 nm)の欠陥のみが歪み緩和に寄与することが分かった。

 断面TEM像より、イオン注入のない場合では熱処理後も転位が見られないものの、注入を行った場合、転位がヘテロ界面付近に集中して発生しており、表面に達する貫通転位はないことが分かった。また表面AFM像においてクロスハッチ状のラフネスは見られず、成長機構が通常の(110)方向のミスフィット転位によるものではないことを示すと共に、高緩和率にも関わらずラフネス値0.34 nmとCMPに匹敵する平坦性を有していることが分かった。さらにラマンマッピング測定から、通常見られたクロスハッチ状の歪み分布はなくなって均一な歪み場が観測され、歪みゆらぎ量は膜厚数μmの傾斜組成バッファー層よりも低く抑えられていることが分かった。以上の結果よりこのイオン注入法が高品質な薄膜SiGe擬似基板の作製に非常に有望であると言える。

図1

図2

図3

図4

審査要旨 要旨を表示する

 本研究の目的は、Si (001) 基板上に高品質な歪み緩和SiGeバッファー層を作製し、電気伝導特性の高性能化を図ることである。また、高品質化されたSiGeバッファー層において、結晶構造、成長機構を解明し、新たな知見を得るとともに、さらなる高品質化へ向けた指針を得ることを目的とする。論文は7つの章から成り立っている。

 第一章では背景として、Si-LSI技術の微細化限界が近づいていることから、移動度向上に向けたチャネルエンジニアリングが必須となっており、そのためにはSiGeを導入することが最も有効な手段であることを述べた。特に、格子不整合を有するヘテロ構造を形成して結晶中に歪みを導入することで、大幅な移動度上昇が期待できることを述べ、そのためには高品質な歪み緩和SiGeバッファー層の作製が必須であることを示した。

 第二章では、歪みを有するSi / Geヘテロ構造におけるバンド構造について、その縮退の分裂やヘテロ界面でのバンドオフセットについて説明し、歪みチャネル構造における移動度向上メカニズムについて述べた。また、歪みSiおよび歪みGeチャネル構造において、今までに行われてきた研究について移動度の変遷を中心に述べた。続いて研究の焦点となる、歪み緩和SiGeバッファー層について、その転位構造について簡略に述べた後に、良質な構造を作製するためにこれまで提案されている方法について紹介し、それらの問題点についても言及した。

 第三章では実験手法を述べた。まず試料作製に用いた分子線エピタキシー (MBE) 法と、イオン注入法について、装置の概要を述べた。また、結晶の歪みの評価方法について理論的説明を行った後、空間分解顕微ラマン分光装置、X線回折装置について説明した。また電気伝導特性評価に用いたホール測定系、原子間力顕微鏡 (AFM)、透過型電子顕微鏡 (TEM)についても簡略に述べた。

 第四章では、まず化学的機械研磨(Chemical Mechanical Polishing ; CMP)により原子層オーダーの平坦性を有する歪み緩和SiGeバッファー層が作製でき、さらにその上に良質な結晶性の膜が再成長可能であることを示した。この平坦化されたSiGeバッファー層を歪みSi変調ドープ構造に適用し、平坦化による最大4倍以上の電子移動度増大を得、低温で世界記録に並ぶ520000 cm2/Vsという値を得た。また、チャネル層中のキャリア濃度を変化させることで、平坦化された試料における主散乱要因が残留イオン化不純物散乱であることを示した。同様に歪みGe変調ドープ構造にもCMPを適用し、平坦化により、低温で8倍、室温で1.8倍の移動度増大を得た。移動度のチャネル膜厚依存性を調べることで、ヘテロ界面の短周期なラフネスが散乱に大きく寄与していることを示すとともに、薄膜なチャネルにおいてもCMPにより高移動度が実現できることを示した。さらに、移動度の歪み依存性を調べ、歪み2 %程度まで移動度が増加していき、有効質量の低下、バンド間散乱の抑制が効果的に移動度向上をもたらすことを示した。

 第五章では、歪みSi / 傾斜組成SiGeバッファー層構造の歪み場分布について議論した。空間分解ラマン分光法により、SiGe層内部の転位が表面付近まで不均一な歪み場分布を及ぼし、その上の歪みSi層の歪み場ゆらぎをもたらすことを示した。この歪み場不均一のため、歪みSi層が局所的に歪み緩和を起こし、歪みゆらぎ量も増大することが分かった。また、歪み場分布周期はバッファー層膜厚に大きく依存し、ミスフィット転位の分布が不均一であることを示唆した。また平坦化したSiGeバッファー層上にホモエピタキシャル成長を行い、表面モフォロジー変化を調べることで、歪み場ゆらぎが局所的に成長速度を変調し、歪み分布に対応したラフネスを生じさせることを示した。

 第六章では、薄膜で高品質のSiGeバッファー層を作製する目的で、イオン注入法を開発し、従来法に比べて非常に薄い膜厚で、歪み緩和を大きく促進させることが可能であることを示した。イオン注入条件依存性を詳細に調べることで、Si基板表面近傍に導入された欠陥が歪み緩和に大きく寄与することが分かった。さらに、SiGe層成長温度を比較的低温とし、成長後の熱処理によって転位を増殖させることで、CMPに匹敵する平坦性を有するSiGe緩和層を得た。また、TEM観察より、イオン注入欠陥が転位源として働き、ヘテロ界面付近で転位ループが高密度かつ均一に形成されていることを示し、その効果で歪み場分布が大幅に均一化されることを示した。

 第七章では総括として、本論文の内容をまとめ、さらに、SiGe系へテロ構造のデバイス応用化において、本研究で開発された技術、得られた知見の意義と今後の課題について述べた。

 以上を要約すると、本論文では、歪みSi/Ge系ヘテロ構造の実用化に向け、大幅な高性能化を達成し、また結晶構造、成長機構の解明と制御に関して、極めて有意義な知見を得ており、物性工学の進展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク