学位論文要旨



No 120120
著者(漢字) 多木,崇
著者(英字)
著者(カナ) タキ,タカシ
標題(和) ファージディスプレイ法を用いた、酵素活性を有するタンパク質セレクション法の構築
標題(洋)
報告番号 120120
報告番号 甲20120
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6062号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多比良,和誠
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 後藤,由季子
 東京大学 助教授 鈴木,勉
 東京大学 講師 新海,政重
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

 酵素は生体内で様々な化学反応を触媒しており、その高い選択性、活性を活かして、医療薬を始めとして、工業、環境分野など様々な分野で酵素が利用されている。また、様々な酵素の3次元立体構造が解析され、酵素反応機構も明らかにされてきており、そうした情報を利用し、天然の酵素に比べて高い活性を有する酵素、基質特異性を改変した酵素などを人工的に作り出す試みも盛んに行われている。新規の酵素を創出する手法としては、大きく次の2つのアプローチがとられてきた。1つは上で述べた情報を基に、酵素の活性に関与するアミノ酸に変異を導入して、酵素活性を改変するものである。このアプローチによって、酵素の特異性を改変したという報告がなされているが、改変したアミノ酸配列を有する酵素の立体構造、及び活性をモデリング等によって予測するのは必ずしも容易ではない。もう1つのアプローチは酵素全体、あるいは活性中心部位に、ランダムなアミノ酸配列を導入した多数の変異体ライブラリーを作製し、それらをスクリーニング、あるいは、セレクションする事により、意図した活性を持つ変異体を得るものである。このアプローチは酵素の構造、反応機構に関する詳細な情報が必須ではない事に加えて、目的の活性を持つ変異体を得た後、再び変異を導入してスクリーニング、セレクションするという一連の操作を繰り返す事で、生体分子の進化を人工的に模倣する事ができ、タンパク質、ペプチドのエンジニアリングに広く用いられている。

 酵素活性をスクリーニングするためには、酵素反応の生成物がhigh-throughputなスクリーニングを行うのに適した性質を持つ必要があり、場合によっては多数の変異体をスクリーニングするのに多くの時間、コストがかかることになる。スクリーニングに比べ、セレクションの利点の1つは、変異体1つ1つを分析するのではなく、変異体ライブラリーをまとめて操作する事が出来る点にあり、より大きなサイズのライブラリーを扱う事が可能になる。酵素、あるいはタンパク質をセレクションする際には遺伝子型(DNA, RNA)と表現系(酵素を含めたタンパク質)を連結させる必要がある。この連結を利用し、表現系によって選択した酵素(タンパク質)の配列に関する情報を、連結したDNA, RNAから容易に得る事が出来ると同時に、選択したタンパク質の増幅もDNA, RNAを増幅することにより可能になる。このような連結を実現する手法としては、ファージやリボソームを用いる手法のほか、ミセル等により分画する手法が報告されてきた。

 ファージを用いた手法は、ファージゲノム中のファージ表面を形成するタンパク質をコードする遺伝子に、タンパク質、酵素をコードする遺伝子を融合させ、ファージ表面にタンパク質、酵素を提示させるもので、ファージディスプレイ法と呼ばれている。この手法は、多数の変異体 (108以上) を一度に扱える事、ファージを比較的短時間で増幅できる事などから新規結合能を有するタンパク質のセレクションに広く用いられてきた。しかし、タンパク質を標的分子への結合能によりセレクションする場合とは異なり、酵素をその活性を基にセレクションするのは決して容易ではない。酵素活性の唯一の指標となる生成物は酵素反応の終了後、拡散により酵素から離れてしまうためである。この問題を解決するため、ファージディスプレイ法を用いた幾つかの手法が試みられてきた。1つはファージに酵素を提示させ、遷移状態の類似体に対するアフィニティーにより酵素を選択する手法である (Figure 1(A))。この手法は遷移状態に関する情報が必須である他に、遷移状態類似体の合成が困難なことがある。また、遷移状態類自体に対する強い結合が、必ずしも高い酵素活性を反映しないことも問題であった。別の手法としてファージに酵素と基質を同時に提示させる方法も報告された (Figure 1(B))。この場合in vitroでの酵素反応後、生成物に対するアフィニティーを利用して酵素を選択することになる。この手法は酵素反応の詳細なメカニズムが必要でないこと、より直接的に酵素活性を選択できる点が優れているが、酵素を分泌する必要があるため、活性を維持した酵素を提示させる事が困難な場合がある。

 以上の背景を鑑み、私の研究では、ファージディスプレイ法を用い、酵素分子をファージ表面に提示させずに、酵素活性を選択する系を構築する事を目的とした。

【実験、結果】

1 セレクション系の概要

 酵素をファージ表面に提示させず、in vivoでの酵素反応の生成物のみをファージに提示させるFigure 2に示すような系を構築した。1つのモデル実験として、基質ペプチドにビオチンを付加する酵素 (Biotin Protein Ligase : BPL) をセレクションする事を目指した。始めにBPLの遺伝子を導入したphagemidを大腸菌にtransformationし、ビオチンを含む培養液で培養し、その後、ファージを感染させる。このファージはcapsid proteinの1つであるg3pタンパク質にBPLが認識する基質ペプチド配列 (Btag) を融合して発現するように改変してある。大腸菌の細胞質で、phagemidからBPLが発現すると、ビオチンがファージから発現するBtagに付加され、結果としてg3p-Btag-ビオチン融合分子が生成する。この大腸菌から分泌されたファージ表面にはBtagを介してビオチンが提示される事になるため、このファージをアビジンとのアフィニティーを利用してセレクションする事により、BPL活性を有する遺伝子 (BirA) をセレクションできることになる。

2 Phagemid、ファージ、ホスト大腸菌の構築

 Phgemidに導入するBirA遺伝子は大腸菌ER2738からPCR反応を用いて増幅した後、phagemidベクター (pTV118N)のlacプロモーターの下流に導入した。コントロールとしてlacプロモーター制御下でlacZαを発現するpTV118Nを用いた。以下ではそれぞれのphagemidを、発現する酵素名をとって、それぞれpTVBirAとpTVlacZαと記す。

 ファージのg3pタンパク質のN末端側にBtag (GLNDIFEAQKIEWH) ペプチドを発現するように、ファージ (M13KE) を改変した (M13KE-Btag)。14アミノ酸からなるBtagはin vivoでのスクリーニングによってBPLの最小基質ペプチドとして報告されたものを用いた。

 大腸菌内在性のBPLがphagemidから発現するBPLと同じビオチン付加反応を触媒するため、セレクション効率を考慮し、BPL活性が抑制された大腸菌変異株BM4062に、ファージ感染に必要なF'プラスミドを導入したBM4062F'を作製した。

3 分泌ファージ表面のビオチン化確認

 g3pはシグナル配列により合成後、大腸菌内膜に輸送される。このため、今回のセレクションの実現のためには、BPLによるビオチン化が輸送前、或は輸送中になされなければならない。そこで、始めにBPLによるビオチン化を調べた。

 BM4062F'をLB培地で培養し、対数増殖期にM13KE-Btagを感染させ、分泌されたphagemidを内包するファージ粒子、phagemid-phageを精製した。in vitroで精製phagemid-phageをアビジンビーズと混合し、ビーズに結合しないphagemid-phageを除去後、高濃度のビオチンを含む溶液でphagemid-phageを回収した。このアビジンによる選択前後のphagemid-phageの量を調べる事により、表面がビオチン化しているphagemid-phageの割合を求める事が出来る。非特異的な結合によりビーズに結合しているファージを調べるために、ファージと高濃度ビオチン溶液をあらかじめ混合し、アビジンビーズに混合する実験も並行して行った。その結果、pTVBirA-phageはアビジン選択前に対して17%回収されたのに対し、pTVlacZα-phageの回収率は2%(pTVBirA-phageに対して12%)であった(Figure 3)。アビジンビーズに対して非特異的に結合しているphagemid phageの量に比べてpTVlacZα-phageの回収率が高いことも分かった。これらの結果から、phagemidから発現したBPLによって、意図したようにBtagへのビオチン付加が起こっているが、内在性の変異体BPLによってもビオチン化が触媒される事が示された。

4 BirA遺伝子の選択的増幅の確認

 Phagemid由来のBPLによって分泌phagemid-phageの表面がビオチンされることが分かったので、セレクションにより、BirA遺伝子を濃縮できるか調べた。pTVlacZαで形質転換したBM4062F'とpTVBirAで形質転換したBM4062F'を1:1、及び10 : 1で混合し、M13KE-Btagを感染させた。分泌されたphagemid-phage及び、アビジンビーズで選択した後のphagemid phageが内包しているphagemidをコロニーPCRで調べた。その結果、1:1、10:1いずれの割合で混合した場合でも、BirAを有するphagemid、pTVBirAをアビジンを用いて2.5倍から10倍の効率で濃縮できる事が分かった。

【考察】

 上で述べた系を用いて、モデル酵素BPLをコードする遺伝子BirAを1サイクルのセレクションにより、数倍濃縮できる事が示せた。BPL活性は大腸菌の生存に必須であり、BPL活性を完全に抑制した大腸菌変異株を使えないため、内在性変異BPL活性の影響で、バックグランンドが高くなり、酵素遺伝子の濃縮効率が比較的低いものとなった。この問題は大腸菌に存在しない活性を持つ酵素を選択する場合、及び、酵素活性を完全に抑えた変異株を利用できる大腸菌の酵素をセレクションする際は回避できる。

 今回の系はこれまでのファージディスプレイ法を用いた酵素活性セレクション法と比較して、次のような特徴を有している。1) 酵素を分泌する必要がないこと、M13ファージが大きなサイズのphagemidを内包する事ができるため、大きなサイズの酵素を選択する事ができる。2) 1)と同じく酵素の提示が不要であるため、いくつかのサブユニットから構成される複合体酵素、特にサブユニット間の結合が弱い複合体酵素の選択に有利である。3)酵素反応は大腸菌内という1つのコンパートメント内で完結するため、ファージ表面に提示された生成物はファージに内包されたファージミド由来の酵素によって触媒されたものであることが、保証されている。

 本手法を用いる事によってacetylase, kinase, phosphataseなどのタンパク質修飾酵素やproteaseなど様々な酵素をセレクションすることが可能である。上で述べた特徴により、新たな触媒活性を持つ酵素を創製するのみならず、cDNAライブラリーから目的の活性を持った酵素を探索し、細胞内の未知の酵素、酵素のネットワークを明らかにする際の強力なツールとなりうると考える。

Figure 1 (A) The selection of an enzyme displayed on phage by chemical linkage to a suicide inhibitor or to a transition-state analogs that is covalently connected to a solid support.

(B) Selection of an enzyme by display of both enzyme and substrate on phage.

Figure 2 Schematic representation of the system for selection in vivo of an enzyme on the basis of catalytic activity and using phage display. "P" means promoter site. Selection of BPL from a pool that contains BPL and α-peptide derived from β-galactosidase.

Figure 3 The efficiency of recovery of individual phagemid-phage. Results are averages of results from two or three independent experiments.

審査要旨 要旨を表示する

 特定の分子に結合能を有するタンパク質をセレクションにより得る研究は、近年盛んに行われている。本研究は、単に結合能にとどまらず、機能として酵素活性を有するタンパク質をセレクションするという、これまで有効な手段のなかった試みに対して、1つの有力なシステムを構築したことに関するものである。

 タンパク質のセレクションに必須となっている、表現型と遺伝子型をファージ等を介して連結する手法が開発されて以来、タンパク質ライブラリーからアフィニティーセレクションを行う事によって、様々な分子に、特異的に強く結合するタンパク質を得る試みがなされてきた。その結果、これまでに抗体分子を中心に、有用なタンパク質が数多く報告されている。近年になり、タンパク質を、結合能ではなく、酵素活性に基づいてセレクションする試みが始まっている。これまでに、バクテリオファージに酵素を提示させて、in vitroで酵素反応遷移状態類似体に対するアフィニティーでセレクションを試みた例や、酵素反応の生成物をファージに連結させる試みがなされているが、活性を持つ酵素を提示する事など、いくつかの問題点があり、未だ有効な手法が確立されていない状況である。

 本研究では、全く新しい発想に基づき、酵素反応を大腸菌内で行わせ、酵素反応の生成物をファージに提示させ、in vitroで生成物に対して、従来のようにアフィニティーセレクションを行っている。このようなアプローチをとる事で、酵素分子をファージ表面に提示させる必要がなくなり、セレクションで得られた、ファージに内包された遺伝子を調べる事によって、結果的に酵素活性を持つタンパク質の遺伝子情報を手にする事が出来る。

 筆者はモデル系として、ビオチンを基質ペプチドに付加するBiotin Protein Ligase (BPL)をコードする遺伝子であるBirAを、BPL活性を持たないコントロールタンパク質をコードした遺伝子との混合ライブラリーからセレクションする事を試みている。適切な条件検討の結果、大腸菌内で、BPL(またはコントロールタンパク質)を発現させ、キャプシドタンパク質に融合した形で発現するペプチド(Btag)、ビオチン分子を基質としたビオチン付加反応が起こり、分泌ファージ表面にBtagを介してビオチンがファージ表面に提示される事を確認している。そして、混合ライブラリーを用いた場合、分泌されたファージをアビジン、ビオチンの相互作用を用いたin vitroセレクションを行う事により、セレクション前後で、BirA遺伝子を数倍から10倍ほど濃縮する事に成功している。

 今回のモデル系では本論文中にも記載の通り、大腸菌由来の酵素を用いたため、内在性のBPL活性によるBtagのビオチン化が起こっており、BirA遺伝子の濃縮効率はさほど高くはない。しかし、この系をexogenousな酵素活性を持つタンパク質のセレクションに用いれば、濃縮効率の高いセレクションが期待できることから、この系の有するポテンシャルは高いと考えられる。また、筆者は、M13ファージのキャプシドタンパク質のうち、ファージ粒子1つ当たりのコピー数が大きく異なる2種類(p3、p8)にBtagを融合させており、生成物提示量の違いを調べている。その結果、ファージ粒子1つあたり約2700コピー数の、p8の一部にビオチンを提示させる系(8+8系)を用いた場合、ファージ粒子1つあたり3 〜 5コピーのp3にビオチンを提示させる系を用いた場合に比べて約6倍のビオチンを提示できる事を示している。モデル系ではビオチンを提示したファージをアビジンでセレクションしているため、提示量の違いによるセレクション効率の違いは見られていない。しかし、酵素反応の生成物とセレクションで用いる抗体等の分子との相互作用が弱い場合は、酵素活性が弱い時には、基質の濃度が高いp8に生成物を提示させる系を選択する等、2つの系を使い分ける事が可能になり、幅広い酵素活性のセレクションに用いる事が出来ると考えられる。

 本論文で構築に成功した系はタンパク質を提示する必要がないため、サイズの大きな酵素、複数のサブユニットからなる酵素などをセレクションする際に特に有効と考えられる。具体的には本論文の結言にも記載があるように、アセチル化、メチル化、ユビキチン化などタンパク質修飾酵素、またタンパク質切断酵素などのセレクションに応用が期待できる。このシステムは、cDNAライブラリーから機能未知の酵素を同定するという、ポストゲノムの重要なツールとして用いる事が出来るとともに、人工的に新たな酵素活性をもつタンパク質の創製に応用する事も出来るものになっている。

本論文は、セレクションを行い、新規の酵素を得るには至らなかったが、構築した系は独創性に富み、モデル実験の結果から、非常に高いポテンシャルを持っている事が分かる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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