No | 120150 | |
著者(漢字) | 坪内,泰志 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ツボウチ,タイシ | |
標題(和) | Thermus thermophilusにおけるリジン生合成酵素遺伝子の発現調節機構に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 120150 | |
報告番号 | 甲20150 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2833号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | Thermus thermophilusは、70℃で至適に生育する高度好熱性の真正細菌であり、大腸菌と同様に遺伝子工学的手法が適用可能であるという利点から生化学或いは分子生物学の基礎研究領域において幅広く研究されている。さらに、高温域で生育する本菌の特徴を利用した酵素の耐熱化研究といった応用的研究にも広く利用されている。 必須アミノ酸であるリジンには2種類の生合成経路が知られている。1つは真正細菌や植物にみられるdiaminopimelate(DAP)を経由するDAP経路であり、他方は酵母やカビにおいてみられるα-aminoadipate(AAA)を経由するAAA経路である。しかしながら、T. thermophilusは真正細菌に属するにもかかわらず、AAAを経てリジンを生合成していることが当研究室において見出された。加えて、全生合成遺伝子をクローニングした結果、AAA以前のリジン生合成は酵母及びカビの生合成と同様にロイシン生合成及びTCA回路の一部と類似していること、そしてAAA以降の生合成は酵母やカビで見られるようなサッカロピンを中間体とする生合成とは異なり、アルギニン生合成と類似していることが明らかとなり、本リジン生合成系が関連する生合成・代謝系進化を解明する鍵となるものと考えられる。 本菌のリジン生合成酵素遺伝子をクローニングし、その酵素特性を解析することで酵素レベルでの本リジン生合成の全体像が明らかになりつつあるが、リジン生合成の代謝・調節機構の全貌を明らかにするためには、本生合成に関与する酵素遺伝子の発現制御機構を解析することが必要であると考えられる。そこで、本研究では、本菌のリジン生合成の全貌を解明する一環として、本リジン生合成に関与する酵素遺伝子の多くを含む主要遺伝子クラスターを中心とした転写調節機構の解析を行った。 I.リジン生合成主要遺伝子クラスターの転写単位解析及び転写開始点の決定 本菌のリジン生合成には11の遺伝子が関与すると考えられるが、そのうち7つはクラスター(Lysクラスター)を形成している。リジン生合成酵素遺伝子の大半を含むこのクラスターの発現制御メカニズムを明らかにすることにより、リジン生合成における遺伝子発現の主要な部分を明らかにすることが出来ると考えられることから、このクラスターの発現制御機構を解析することにした。まず、このクラスターに含まれる遺伝子の転写単位を解明するためにRT-PCRを行った。最小培地で生育させたT. thermophilusから抽出したTotal RNAを鋳型とした結果、全遺伝子の連結部位で増幅が観察された。この結果より、これらの遺伝子はpolycistronicに発現していることが明らかになり、Lysクラスターの発現がその最上流に位置するhomocitrate synthase遺伝子(hcs)の発現調節に依存することが示唆された。そこでS1-mappingによりhcsの転写開始点(TSP)の解析を行ったところ、TSPはhcs開始コドンの111bp上流のアデニン残基であると決定された。また、その転写量は、リジン存在下で培養した条件では減少していたことから、リジンによる転写制御の存在が示唆された。 II.T. thermophilusを宿主とするreporter assay系の構築とそれを用いた転写制御機構の解析 TSPからhcs開始コドンまでの配列は、複雑な二次構造を取り得るのに加えて、Lysコドンをtandemに有するleader peptide様ORF(hcs-leader)をコードする可能性が示唆され、これが転写制御を担っている可能性が考えられた。そこでhcs-leader部分がリジンによるLysクラスターの発現調節に関与するか否かを解析することにした。T. thermophilusは遺伝子操作系が確立しているものの、転写制御機構の解析に適したreporter assay系は存在していなかったため、まずreporter plasmidの構築を行った。α-galactosidaseをコードしているagaTをknockoutしたT. thermophilus OF1053GD株を宿主としてBacillus stearothermophilus由来の耐熱性α-galactosidaseをコードするagaAをレポーター遺伝子として有するplasmidを構築した。プロモーターを含むhcs上流配列を構築したレポータープラスミドのagaA上流に組み込み、α-galactosidase活性を調べた結果、リジン存在下ではα-galactosidase活性が1/4まで減少した。一方で、hcsプロモーターを含むもののhcs-leaderを除去した場合には、そのような活性の低下は観察されなかった。加えて、hcs-leader内に存在するtandemなリジンコドンをグルタミンコドンに置換したものを用いた場合にはリジンによる活性の低下は観察されなくなる一方、グルタミンによる活性の低下が観察されるようになった。これらの結果より、hcs-leaderが、そしてとりわけその内部に存在するtandemなリジンコドンがこのLysクラスターの転写調節機構に重要な役割を担っていることが明らかになった。 III.hcs-leaderの検出 転写調節メカニズムにはactivator/repressor等のtransな因子によるものの他に、配列に依存するcisの調節メカニズムが存在する。後者の代表的なものに、大腸菌のtrp operonで提唱された"classical"なattenuation mechanismと近年見出されたriboswitchがある。riboswitchがmRNAの5'-UT領域が直接的にエフェクターと結合することによる転写制御であることから、両者の主たる相違は、leader領域が翻訳されるか否かであるといえる。これまでの結果より、本菌のLysクラスターは翻訳とcoupleしたleader peptideを介する"classical"なattenuationによる発現調節機構の制御下にあると推察されたが、TSPとhcs-leader peptideの推定開始コドンとの間は僅か3bpであり、SD配列は見出されない。したがって、hcs-leader peptideが本当に産生されていることを示す必要があるものと考えられた。このことを証明するために、hcs-leader配列がagaA(his)8にfuseした融合タンパクを発現するプラスミドを構築し、T. thermophilus OF1053GDで融合タンパク質の生産を調べることにした。同形質転換体はα-galactosidase活性を示し、その活性はリジンを添加することにより抑制されたことから、リジンによる制御が構築したプラスミドにおいても働くことが分かった。次いで、このfusion-AgaAを精製し、トリプシン処理後にTOF-MSで解析を行った。その結果、hcs-leader由来の配列が得られたことから、hcs-leaderがpeptideとして実際にT. thermophilusで発現していることが明らかとなった。以上の結果から、Lysクラスターの発現制御は"classical"なattenuation mechanismによるものであることが明らかになった。 IV.Lysクラスター以外に属するリジン生合成酵素遺伝子の発現調節機構の解析 本菌のリジン生合成酵素遺伝子でLysクラスター内にコードされていない構造遺伝子は、hicdh,ysN,lysJ及びlysKの4つである。とりわけ配列解析からlysJとlysKはクラスターを形成している可能性が示唆されたため、このクラスターについても発現制御解析を行った。S1-mappingによりlysJのTSP解析を行った結果、lysJ開始コドンの100bp上流のグアニン残基であると決定された。またその転写量は、hcsとは異なりリジンではなくアルギニン存在下で培養した条件で減少していたことから、アルギニンによる転写制御の存在が示唆された。Lysクラスターと同様にTSPからlysJ開始コドンまでの配列がアルギニンを介した転写制御を担っている可能性が考えられる一方、T. thermophilusの細胞抽出液を用いたゲルシフトアッセイにより、プロモーター付近に結合するタンパク質の存在が示されたことから、lysJ-lysKクラスターは上述したLysクラスターよりも複雑な転写制御を受けている可能性が考えられた。 V.総括 本研究において、T. thermophilusのリジン生合成酵素遺伝子の発現制御機構の解析を行い、その大半を含むLysクラスターが大腸菌のtrp operonで提唱される"classical"なattenuation mechanismに類似した機構で転写調節されていることを示した。また本研究では、制御機構で鍵となるleader peptideの発現を証明することに成功したが、私が知る限りこれは同様なleader peptideを介したattenuation mechanismの中で、それを直接的に証明した初めての例といえる。本研究で作製したreporter assay系を用いることで、他のリジン生合成の酵素遺伝子の解析が容易になるものと考えられ、まだ不明な点も多いAAAを介するT. thermophilusのリジン生合成の全貌が明らかにされるものと期待される。 | |
審査要旨 | 必須アミノ酸であるリジンには2種類の生合成経路が知られている。1つは真正細菌や植物にみられるdiaminopimelate(DAP)を経由するDAP経路であり、他方は酵母やカビにおいてみられるα-aminoadipate(AAA)を経由するAAA経路である。70℃で至適に生育するThermus thermophilusは真正細菌に属するにもかかわらず、このAAAを経てリジンを生合成していることが見出されている。加えて、全生合成遺伝子をクローニングした結果、AAA以前のリジン生合成は酵母及びカビの生合成と同様にロイシン生合成及びTCA回路の一部と類似していること、そしてAAA以降の生合成は酵母やカビで見られるようなサッカロピンを中間体とする生合成とは異なり、アルギニン生合成と類似していることが明らかとなっている。このことから、同リジン生合成系は関連する生合成・代謝系の進化を解明する鍵となるものと考えられた。アミノ酸の生合成は通常、その経路の最終産物による、経路の初発酵素をターゲットとした酵素活性を抑制するfeedback inhibitionと遺伝子発現を抑制するfeedback repressionによって流量調節がなされているが、T. thermophilusのリジン生合成も最終産物であるリジンによって経路の初発酵素がfeedback inhibitionを受けることが示されている。同菌のリジン生合成酵素遺伝子をクローニングし、その酵素特性を解析することで酵素活性の調節を含めて酵素レベルでの本リジン生合成の全体像が明らかになりつつあるが、転写レベルでの調節機構に関しては未だ如何なる知見も得られていなかった。 本論文は、このような背景のもと、本リジン生合成に関与する酵素遺伝子の多くを含む遺伝子クラスター(Lysクラスター)およびlysJ-lysKクラスターの転写調節機構を解明することを目的として行われた研究について述べたもので六章からなる。 序章では研究の背景について述べられている。 第一章ではLysクラスターの転写単位と発現調節に必要な領域の特定について述べられている。RT-PCRによりLysクラスター内に位置する酵素遺伝子はオペロンを形成していること、そしてこれら全遺伝子の発現調節はクラスター最上流に位置するホモクエン酸合成酵素遺伝子(hcs)のプロモーターによる発現調節に依存することが示された。次いでS1-nuclease mappingによりhcsの転写開始点を同定し、同時にリジン存在下で転写量が減少することが明らかになった。転写開始点からhcs翻訳開始コドンまでの111bpの領域には複雑は二次構造を形成し得る配列、およびleader peptide様ORF(hcs-leader)をコードしている可能性のある配列が含まれており、この領域が転写抑制機構に関与していることが推察された。この結果を受けて、同菌における転写制御機構の解析のためのレポーターアッセイ系を構築し、同領域を解析した。その結果、hcs上流配列が、そしてとりわけhcs-leaderをコードする領域の[AAA AAA]というリジンコドンが、リジンによる発現調節に関与していることが明らかになり、leader peptideを介するattenuationの存在が示唆された。 第二章では、前章の結果から予想された仮説を裏付けるために、hcs-leaderがタンパク質として生産されていることを証明する実験について述べられている。hcs-leaderとα-galactosidaseの融合タンパク質発現系を構築し、そのタンパク質を精製した後、二種のペプチダーゼ消化した断片をTOF-MS解析した。その結果、hcs-leaderに由来する配列が見出されたことからhcs-leaderが実際に生産されていることが示された。この結果より、Lysクラスターは翻訳と共役したattenuationによって発現調節されていることが明らかになった。 第三章ではlysJ-lysKクラスターの発現調節機構に関する解析について述べられている。本リジン生合成に必須である酵素をコードしているlysJは、S1-nuclease mappingによる転写開始点の同定、およびその転写量の解析より、最終産物であるリジンではなく類似経路の最終産物であるアルギニンによって転写調節を受けていることが明らかとなった。 第四章では同菌のアルギニン生合成の転写因子であるargR遺伝子のクローニングについて述べられている。 第五章では当該研究の総括が述べられている。 以上、本論文はT. thermophilusを対象として、必須アミノ酸として有用であるリジンの生合成遺伝子の発現調節機構について解析し、その発現調節モデルを提唱したものであって、学術上、応用上貢献する処が少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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