No | 120191 | |
著者(漢字) | 藤本,文 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フジモト,アヤ | |
標題(和) | 機械的摩砕によるリグニン構造の変化に関する研究 | |
標題(洋) | Effect of milling on the structure of lignin | |
報告番号 | 120191 | |
報告番号 | 甲20191 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2874号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 生物材料科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1 緒言 木粉を摩砕した後、含水ジオキサンで抽出することによって単離される摩砕リグニン(Milled wood lignin,MWL)は、プロトリグニンに近い性状を示すと想定されリグニン研究試料として広く用いられている。 広葉樹リグニンの芳香核構造は木材組織細胞の種類や部位によってシリンギル核(S核)とグアイアシル核(G核)の比率が異なり、道管壁と木繊維の細胞間層ではG核、木繊維の二次壁ではS核(温帯産広葉樹)あるいはG核(熱帯産広葉樹)が豊富であること等が報告されている。リグニンの主要な構造であるアリールグリセロール-β-アリールエーテル(β-O-4)構造は二つの立体異性体(エリスロ型、スレオ型)を有しているが、β-O-4構造の側鎖立体構造の生成にS、G核が影響を与える可能性が示唆され、最近、これを支持する結果があて材部と正常材部の実験から得られている。このようなリグニンの細胞種間および細胞壁内の不均一な分布がMWLの化学構造にどの程度に反映されているのか検討されている。摩砕時間の増加に伴ってMWLのニトロベンゼン酸化によって得られるシリンガアルデヒド/バニリンのモル比が増加すること及びエリスロ型のβ-O-4側鎖構造の割合が徐々に高くなることが報告されており、これはリグニン構造の不均一性を反映していると考えられる。 このような材中にもともと分布するリグニン化学構造の不均一性-native difference-だけでなく、単離過程での変質-artificial change-もMWLの化学構造には反映されていると考えられる。artificial changeの例として、材中のリグニンに比べフェノール性水酸基やα-カルボニル基が多いことおよび分子量が低いことがMWLやCEL(Cellulolytic enzyme lignin)などの単離リグニンの分析によって推定されているが、これらの変化がartificial changeによるものなのか、native differenceによるものなのか、ということについては厳密に議論されてこなかった。また、異なった条件(粉砕機、試料の量、摩砕時間、温度、雰囲気)での摩砕効果を比較する共通の指標がないため、artificial changeについて定量的な研究は行われてこなかった。 本研究では、異なった条件での摩砕効果を評価する共通の指標として、摩砕木粉から含水ジオキサンにより抽出されるリグニン(extractable lignin)の量を用いることが適切であると考えた。それによって示される摩砕効果と、単離することなく試料に含まれるままの状態で解析した全リグニンの構造変化との関係を、定量的に評価することにより、摩砕によってもたらされるartificial changeについて定量的に検討することを試みた。またartificial changeを考慮したうえで、摩砕木粉から抽出されるMWLおよびMWL抽出残渣の構造特性と摩砕効果の関係を調べ、もとの木粉および摩砕木粉と比較することで、native differenceがMWLの構造に与える影響を考察した。このように、artificial changeとnative differenceの両方を定量的に解析することにより、単離過程におけるリグニン構造に対する摩砕の影響の全体像を解明することを目指した。 2 摩砕による植物中の全リグニン構造の変化 ブナ(beech;Fagus crenata Blume)木粉をトルエン中および空気中で振動式および遊星式ボールミルによって摩砕を行い、得られた摩砕木粉中のリグニン構造の経時的な変化をオゾン分解法、アルカリ性ニトロベンゼン酸化分解法により調べた。ニトロベンゼン酸化分解によりリグニンの非縮合型芳香核構造に関する情報が得られ、その結果からS/(S+V)比を算出した。 β-O-4構造は、2つの立体側鎖構造(エリスロ型(E)、スレオ型(T))を有しており、それらの存在比(E/(E+T)比)や存在量(E+T)をオゾン分解法により求めた。 トルエン中でも空気下でも、摩砕時間の進行と共にブナ摩砕木粉のE/(E+T)比の低下、(E+T)量の減少が見られたが、この傾向は摩砕効果がより大きいと考えられる空気下での方がより顕著であった。このことから摩砕によって細胞壁に存在するリグニンβ-O-4構造は減少し、それはエリスロ型構造に立体優先的に起きていることが示唆された。この結果はメカノケミストリー場でのエリスロ型とスレオ型の化学的反応性が異なるためなのか、あるいはその両者が材中で担っている力学的役割が異なっていたためなのか現時点では明らかではないが、いずれにせよ極めて興味深いことである。S/(S+V)比やニトロベンゼン酸化生成物量では摩砕に伴う変化が殆ど見られなかった。 続いて、様々な摩砕条件で摩砕木粉を調製し材中のリグニンの構造変化を同様に分析することにより、摩砕過程でのリグニンの構造変化を抑えることが可能なのかどうかを検討した。摩砕効果に影響を与える因子として考えられる摩砕時間(0.5-20h)、温度(室温,-20°C)、雰囲気(テトラリンを含むトルエン中、水素下、空気下、アルゴン下、トルエン中)の条件でブナ木粉あるいはモミジバフウ木粉(Sweetgum;Liquidambar styraciflua L.)を摩砕した。 オゾン分解の結果、同じ程度の摩砕効果を有すると考えられたどの気体雰囲気下(酸素の存在する空気下、酸素の存在しないアルゴン下、還元的雰囲気の水素下)でも、同一時間の摩砕はβ-O-4構造については同程度の変質をもたらすことが明らかになった。またテトラリンの添加は、トルエン中での摩砕と異ならなかった。摩砕における温度の影響について調べた(空気下で室温および-20℃での摩砕)ところ、β-O-4構造の減少は低温での摩際では抑えられなかった。また、どの摩砕雰囲気でも、摩砕時間の延長とともに摩砕木粉のE/(E+T)比は低下し、(E+T)量は減少した。樹種や摩砕条件に因らず、摩砕によって木粉のβ-O-4構造はエリスロ型が優先的に壊れることが明らかになった。木粉の摩砕時には種種のラジカル-例えばβ-O-4構造のアリールエーテル結合がホモリティックに解裂することによって生じるフェノキシラジカル-が生じることが示唆されている。還元的雰囲気で摩砕することによりそのようなラジカルを捕捉すれば、ラジカルに起因する更なるリグニンの分解や縮合を抑制することができるのではないかと考えてテトラリン(トルエン中)存在下および水素雰囲気下での摩砕を行ったわけであるが、本研究で用いたこれらの還元的雰囲気の摩砕ではβ-O-4構造の変質は抑えられなかった。このことは、摩砕によるβ-O-4構造の変質(artificial change)は、最初にラジカルが生成する段階で引き起こされるものであり、生じたラジカルに起因する連鎖的反応によるものではないことを示唆している。 3 MWLとMWL抽出残渣の性状に対する摩砕の影響 MWLのE/(E+T)比は摩砕木粉よりも常に低い値を示し、摩砕時間の進行とともにMWLのE/(E+T)比のわずかな増加がみられたことから、E/(E+T)比の低いリグニンからMWLとして抽出されることが考えられた。MWL抽出残渣のE/(E+T)比は対応する摩砕木粉よりも高い値を示したこともこの考察を支持しており、摩砕木粉から含水ジオキサンによってスレオ型β-O-4構造の豊富なリグニンが抽出され、エリスロ型β-O-4構造が比較的豊富に存在するリグニンが抽出されずに残っていることが示された。MWLやMWL抽出残渣のリグニン芳香核構造に対する摩砕の影響をみてみると、MWLのS/(S+V)比は摩砕木粉よりも常に低い値を示し、摩砕時間の進行に従ってS核の割合が増加した。MWL抽出残渣では、摩砕木粉よりも常に高い値を示した。 抽出MWLのこのような構造変化は、上に述べたartificial changeでは説明できないものであり、リグニン構造が材中で不均一に存在しているため、すなわちnative differenceによるものと結論した。 4 摩砕効果とリグニン構造変化の定量的評価の検討 異なる条件で摩砕された木粉のリグニン構造の変化を比較することは、摩砕の程度を表す共通の尺度がないために困難であった。2の結果から、摩砕条件によってリグニンの構造変化の速度は異なるが、構造変化の様式にあまり違いは見られないと考えられた。そこで、本研究では、摩砕効果の指標として、96%ジオキサンにより抽出されるリグニン量を用いることを考え、それによって摩砕効果と試料中の全リグニンの構造変化との関係を定量的に評価することを試みた。その結果、本研究で用いた全ての摩砕条件において、エリスロ型β-O-4構造の優先的な減少が同一のパターンで見られた。このことから例えば、30%の抽出リグニン(Extractable lignin)を与えるまで摩砕された木粉では、摩砕条件の違いにかかわらず、β-O-4構造の20〜25%が変質していると考えられた。同程度の摩砕を受けた木粉中のリグニンは同程度に変質しており、摩砕の進行に伴うβ-O-4構造の変質は摩砕雰囲気や温度を変えることによっては避けられない結論した。 Fig.1. Change of erythro ratio(E/(E+T))of β-O-4 structure of lignin in milled woods with the progress of milling under different milling conditions Fig.2. Decrease in the content of β-O-4 structure of lignin in milled woods with the progress of milling under different milling conditions. Yield from 1 g of wood meal. Lignin content of original wood was 25.6% as Klason lignin | |
審査要旨 | 1 緒言 木粉を摩砕した後、含水ジオキサンで抽出することによって単離される摩砕リグニン(Milled wood lignin,MWL)は、プロトリグニンに近い性状を示すと考えられ、リグニン研究用試料として広く用いられている。一方、広葉樹リグニンの芳香核構造は木材組織細胞の種類や部位によってシリンギル核(S核)とグアイアシル核(G核)の比率が異なり、道管壁と木繊維の細胞間層ではG核、木繊維の二次壁ではS核(温帯産広葉樹)あるいはG核(熱帯産広葉樹)が豊富である等、化学構造的に不均一であることが報告されている。また、リグニンの主要な構造であるアリールグリセロール-β-アリールエーテル(β-O-4)構造の側鎖に存在する二つの立体異性体(エリスロ型、スレオ型)の生成にS核、G核の相違が影響を与えることが見出されている。このような細胞種間および細胞壁内におけるリグニン構造の不均一性が、MWL等の単離リグニンの化学構造にも反映されることが、これまでの検討によって明らかにされている。 本論文は、このような材中のリグニンにもともと存在する化学構造の不均一性-native difference-に加えて、単離過程での変質-artificial change-がMWLの化学構造に及ぼす影響の定量的な評価を試みたものである。 第1章で関連する既往の知見を概観するとともに、第2章においてはブナ(beech;Fagus crenata Blume)木粉をトルエン中および空気中で振動式および遊星式ボールミルによって摩砕し、摩砕木粉中のリグニン構造の経時的な変化をオゾン分解法、アルカリ性ニトロベンゼン酸化分解法により検討している。前者においてはβ-O-4構造の2つの立体側鎖構造(エリスロ型、スレオ型)から得られるエリスロン酸(E)およびスレオン酸(T)の生成量および量比、また後者については芳香核構造から得られるシンリンガアルデヒド(S)およびバニリン(V)の生成量および量比をもとに検討した結果、トルエン中および空気中のいずれにおいても、摩砕時間の増大と共にE/(E+T)比の低下、(E+T)量の減少が見られた。このことから摩砕によってリグニン中の側鎖β-O-4構造の分解が進行していること、およびその変化がエリスロ型構造に立体優先的に起きていることを見出している。一方、摩砕にともなう芳香核構造の変化が非常に軽微であることをニトロベンゼン酸化生成物量(S+V)およびS/(S+V)比から確認している。 第3章においては木粉に対する摩砕の効果を評価する指標として従来から用いられてきた摩砕時間は、摩砕時の条件によって同一時間での摩砕の進行の程度が異なるために適切ではなく、一定条件で摩砕木粉から抽出可能なリグニンの割合を指標とすることが適切であると結論している。第4章においては、MWLの性状と摩砕条件との関連について、前章までの知見をもとに詳細に検討し、摩砕の進行とともにG核に富み、スレオ型β-O-4構造に富むリグニン部分から順に含水ジオキサンによる抽出が可能となること、摩砕時間の増大とともに摩砕自身による構造変化が無視しえなくなることを明らかにし、MWLを使用したリグニン研究においては、リグニン構造の不均一性に起因するnative differenceに加えて、単離過程における構造変化、すなわちartificial changeにも留意することが必要であるとしている。また、第5章においては、MWL抽出残渣中に存在するリグニンの化学構造にも摩砕による影響が認められることを明らかにしている。 以上、本研究は代表的な単離リグニンであるMWLの性状に影響を及ぼす要因について定量的な評価を行ったもので、リグニン化学における極めて貴重な基礎的知見を得ている。よって審査委員一同は、本申請者が博士(農学)に相応しいと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク |