学位論文要旨



No 120385
著者(漢字) 内田,尚孝
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,ナオタカ
標題(和) Ring Finger Protein43(RNF43)についての免疫原性の解析
標題(洋)
報告番号 120385
報告番号 甲20385
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2534号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 講師 別宮,好文
 東京大学 講師 北山,丈二
 東京大学 講師 高橋,聡
内容要旨 要旨を表示する

〔背景〕細胞傷害性T細胞(CTL)は、標的細胞のHLA-ClassI上に呈示される腫瘍抗原由来のペプチドを認識して傷害活性を示す。ヒトの腫瘍抗原の存在は、T.Boon博士らが、メラノーマの腫瘍抗原であるMAGE-1の遺伝子をクローニングすることによってはじめて証明された。以来、腫瘍反応性のT細胞や抗体といった免疫学的方法を用いてMART-1,gp100,SART-1,NY-ESO-1などの腫瘍抗原が発見されている。また、腫瘍に高発現する遺伝子としてすでに知られているp53、HER2/neu,CEAなどの分子も腫瘍抗原となりうることも報告されてきた。最近、これらの腫瘍抗原由来のエピトープペプチドを用いた臨床試験が多くの施設で実施され始めている。しかし、現在までに発見されている腫瘍抗原は、主にメラノーマ関連であり、患者数の多い上皮性悪性腫瘍において発見された腫瘍抗原の数は限られている。また、腫瘍の悪性クローンを効率的に破壊でき高い治療効果をもたらす腫瘍抗原は未だ発見されておらず、有効な治療法とするためには新規腫瘍抗原の同定が必要であると考えられている。近年、cDNAマイクロアレイ法の発達により、腫瘍細胞における遺伝子発現情報を包括的に探索することが可能になってきた。すなわち、正常細胞と腫瘍細胞で異なる発現パターンを示す遺伝子群が網羅的に同定でき、腫瘍細胞の遺伝子発現形式が明らかになってきた。理想的腫瘍抗原とは、腫瘍特異的に高頻度に高発現するが、正常細胞での発現がないといった発現特異性を示し、腫瘍の悪性形質に関与する機能をもち、高い免疫原性を有する分子であると考えている研究者は多い。そこで、cDNAマイクロアレイ法で大腸癌に高頻度に高発現することが既に判明しているRing Finger Protein 43(RNF43)に関して、T細胞が認識するエピトープペプチドを同定し、その免疫原性を解析したのでここに報告する。

〔方法・結果〕23040個の遺伝子を対象としたcDNAマイクロアレイ法で腫瘍細胞に高頻度に高発現し、正常細胞には胎児肺、胎児腎以外発現しないことが既に判明しているRNF43について、その免疫原性の解析を行った。HLA-A*0201またはHLA-A*2402に結合性を示すRNF43エピトープペプチド候補は、Bioinformativs and molecular Analysis section(BIMAS)prediction softwareを用いて予測した。予測した9mer及び10merエピトープペプチド候補の内、HLA結合性が高い順に、各々のHLA型毎に10種類ずつ合成した。これらのエピトープペプチド候補をパルスした樹状細胞(DC)を用いてin citroでCTLの誘導を行うことにより免疫原性を検定した。その結果、HLA-A*0201拘束性RNF43-11(IX)(ALWPWLLMA)及びHLA-A*0201拘束性RMF43-11(X)(ALWPWLLMAT)、HLA-A*2402拘束性RNF43-721(NSQPVWLCL)エピトープペプチド刺激により、各々当該ペプチドをパルスした標的細胞に強力な細胞傷害活性を認めるCTLクローンを樹立することができた。これらのCTLクローンは、RNF43を内因性に発現し、かつ当該HLAを保持している大腸癌細胞株に対しても高い細胞傷害活性を示した。細胞傷害活性の特異性は、Cold Target Inhibition Assayおよび抗体による阻害試験によって確認した。RNF43-11(IX)、RNF43-11(X)は、配列がC末端アミノ酸1つを除き重複しているが、それぞれから樹立したCTLクローンは、各ペプチドをパルスした標的細胞に対し異なる反応性を示したことにより、異なるTCR(T細胞レセプター)をもつ可能性が示唆された。以上より、RNF43-11(IX)、RNF43-11(X)、RNF43-721ペプチドは、RNF43を発現する腫瘍細胞表面にHLA分子と共に呈示されるエピトープペプチドであることが証明された。同定されたRNF43-11(IX)、RNF43-11(X)、RNF43-721エピトープペプチド配列は、ホモロジー検索の結果、RNF43固有のものであった。また、RNF43を発現する腫瘍を持つ大腸癌患者から採取した末梢血より、RNF43-11(IX)、RNF43-721エピトープペプチドを認識するCTLが誘導可能で、それらを認識するCTLラインは、ペプチドをパルスした標的細胞のみならず、RNF43を内因性に発現し、HLAが一致する大腸癌細胞株に対しても高い細胞傷害活性を示した。

〔考察〕腫瘍特異的免疫反応を誘導することができる新規腫瘍抗原の同定は、様々な癌種に対する効果的なペプチドワクチン療法の開発に重要である。現在多くのヒト腫瘍抗原は免疫学的方法によって同定されているが、大腸癌をはじめ患者数の多い上皮性悪性腫瘍における腫瘍抗原の数は限られているのが現状である。これは、免疫学的方法が時間・労力のかかる技術を必要とすることやSEREX法で同定された腫瘍抗原が必ずしも細胞性免疫の標的分子にならないことが一因となっている。今回、包括的遺伝子発現解析で理想的な発現様式を持つことが既に判明している分子について免疫原性の解析を行った。cDNAマイクロアレイ法で大腸癌に高発現することが既に判明している分子の中で、RNF43について、その免疫原性の解析を行った。腫瘍抗原が腫瘍細胞で高発現する必要性は、腫瘍抗原が高い抗原性を有するために重要である。すなわち、RNF43は、理想的な腫瘍抗原候補の発現様式条件を満たしているといえる。RNF43の免疫原性を検証するためにReverse Immunologyと呼ばれる方法を用いた。その際、的確にエピトープペプチドを同定するためには、免疫学的に抑制状態になっている可能性が高い癌患者の末梢血を用いるのは困難である。したがって、健常人末梢血からCTLを誘導しRNF43の免疫原性を証明することは重要である。HLA-A02拘束性ペプチドでは、RNF43-11(IX)(ALWPWLLMA)及びRNF43-11(X)(ALWPWLLMAT)により、HLA-A24拘束性ペプチドでは、RNF43-721(NSQPVWLCL)により、各々のペプチドパルスした標的細胞のみならずRNF43を内因性に発現しHLAが一致する大腸癌細胞株に対しても特異的で強い細胞傷害活性を示すCTLクローンを樹立できた。これらの結果は、RNF43が免疫原性を持ち、RNF43-11(IX)、RNF43-11(X)、RNF43-721ペプチドが、RNF43蛋白由来のエピトープペプチドであることを示唆している。健常人末梢血においてCTL誘導が可能であったことは、同定したペプチドに反応するCTL前駆細胞がヒト成人においても保持されており、この分子には免疫原性があることが明らかになったと考える。すなわち、RNF43は、大腸癌の腫瘍抗原であることを示唆している。ホモロジー検索の結果、RNF43-11(IX)、RNF43-11(X)、RNF43-721ペプチド配列は、RNF43固有のものであり、抗原交差反応を起こす可能性は極めて低いことが判明した。よって、これらのエピトープペプチドによって誘導されるCTLは、腫瘍特異的であると考えられ、ペプチドワクチン療法として臨床応用する際、正常細胞を傷害することによる副作用発生の可能性は低いと考えられる。健常人の免疫学的状態とこの分子を多量に発現する腫瘍を持つ担癌患者の状態とは異なる可能性があり、腫瘍抗原に反応するCTLが実際に癌患者の体内に存在することを証明することは癌ワクチン療法において重要である。RNF43発現のある大腸癌を持つ患者の末梢血単核球を、同定したエピトープペプチドによりin vitroにて刺激することによりペプチド特異的なCTLを誘導できた。この結果により、癌患者において、RNF43由来エピトープペプチドに対するCTLは十分検出しうる頻度で存在し、細胞傷害活性能を有している場合のあることが判明した。しかしCTLが誘導できない癌患者も存在した。この結果により、RNF43に対するCTLの頻度が少ない可能性、癌患者では腫瘍組織から分泌される種々の免疫抑制物質により免疫担当細胞の機能が低下している可能性が考えられる。以上の結果より、RNF43は臨床応用可能なエピトープペプチドを有する新規腫瘍抗原であることが示された。しかし、今回の研究では、生体へのペプチド投与によりエピトープペプチド特異的なCTLが誘導され、抗腫瘍効果を示すか否かは明らかになってはいない。最終的には、臨床試験による結果の解析が重要である。現在、これらの結果を元にしたRNF43エピトープペプチドを用いた第I相臨床試験を施行中であり、基礎的研究の成果を反映した結果が期待される。また、現在までに、この網羅的遺伝子発現解析を利用した手法により、大腸癌でRNF43を含め2分子、胃癌で2分子、肺癌で3分子を腫瘍抗原として同定しており、肝癌、前立腺癌、膵癌、乳癌における腫瘍抗原の同定も進めている。今後、この方法により多くの癌種において、複数の新規腫瘍抗原とそれを用いた特異的癌免疫療法の開発が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、cDNAマイクロアレイ法で大腸癌に高頻度に高発現することが既に判明しているRing Finger Protein43(RNF43)分子について、その免疫原性を解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.HLA-A*201またはHLA-A*2402に結合性を示すRNF43エピトープペプチド候補を用いて、健常人末梢血からin vitroでCTLの誘導を行った結果、HLA-A*0201拘束性RNF43-11(IX)(ALWPWLLMA)及びHLA-A*0201拘束性RNF43-11(x)(ALWPWLLMAT)、HLA-A*2402拘束性RNF43-721(NSQPVWLCL)ペプチド刺激により、各々当該ペプチドをパルスした標的細胞に強力な細胞傷害活性を認めるCTLクローンを樹立することができた。これらのCTLクローンは、RNF43を内因性に発現し、かつ当該HLAを保持している大腸癌細胞株に対しても高い細胞傷害活性を示した。細胞傷害活性の特異性は、Cold Target Inhibition Assayおよび抗体による阻害試験によって確認できた。以上より、RNF43-11(IX)、RNF43-11(X)、RNF43-721ペプチドは、RNF43を発現する腫瘍細胞表面にHLA分子と共に呈示されるエピトープペプチドであることが証明された。

2.RNF43-11(IX)、RNF43-11(X)は、配列がC末端アミノ酸1つを除き重複しているが、それぞれから樹立したCTLクローンは、各ペプチドをパルスした標的細胞に対し異なる反応性を示したことにより、異なるT細胞レセプターをもつ可能性が示唆された。

3.腫瘍組織にRNF43を発現する大腸癌患者末梢血より、RNF43-11(IX)、RNF43-721エピトープペプチドを認識するCTLを誘導できる場合のあることが判明した。それらを認識するCTLラインは、ペプチドをパルスした標的細胞のみならず、RNF43を内因性に発現し、HLAが一致する大腸癌細胞株に対しても高い細胞傷害活性を示した。

 以上、本論文はcDNAマイクロアレイ法で大腸癌に高頻度に高発現することが既に判明しているRNF43分子について、その免疫原性の解析から、RNF43分子が臨床応用可能なエピトープペプチドを有する新規腫瘍抗原であることを明らかにした。本研究は、大腸癌をはじめとする上皮性悪性腫瘍では高い治療効果をもたらす腫瘍抗原の数が限られている現状において、癌免疫療法の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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