学位論文要旨



No 120412
著者(漢字) 花岡,健二郎
著者(英字)
著者(カナ) ハナオカ,ケンジロウ
標題(和) 希土類金属錯体のデザイン・合成による新規機能性MRIプローブおよび長寿命蛍光プローブの開発
標題(洋)
報告番号 120412
報告番号 甲20412
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1111号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 佐藤,能雅
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 希土類元素の La(ランタン)から Lu(ルテチウム)までの1つの枡に入っているランタノイドは、その3価イオンの外側電子配置はすべて5s25p6で全く同じであり、その内側に4f軌道がある。この4f軌道の不完全な電子配置が、希土類元素の特徴的な性質の根元と考えられる。今回、このような希土類金属錯体が有する優れた特性を医療や生命科学研究へ応用することを目的に(1)新規機能性 MRI 造影剤と(2)新規長寿命蛍光プローブの開発を行った。

【本論】

1. β-galactosidase 応答性 MRI プローブ

 光(電磁波)技術の個体内可視化技術への応用の1つである MRI(Magnetic Resonance Imaging)は、磁場中の原子核や電子が特定の周波数の電波のエネルギーを吸収する NMR(Nuclear Magnetic Resonance)現象を用いて生体の断層画像を得る方法である。

 β-galactosidase (β-gal)はレポーター遺伝子として汎用されており、このレポーター遺伝子の発現を個体レベルで可視化することは、医学や生化学の分野で大きく貢献できる。そこで、今回 β-gal の酵素活性を認識して水溶液の縦緩和時間(T1)を短縮し、それによって MR 信号を高める新たな機能性 MRI プローブのデザイン・合成を試みた。この T1 の短縮は、MRI により T1強調画像として撮影することで MR 信号強度の増大として可視化できる。このような個体での生体内可視化を可能とする機能性 MRI プローブの開発研究は世界において端緒についたばかりであり、実際に生体内可視化に成功した機能性 MRI プローブは殆ど報告されていない。

 ガドリニウムイオン(Gd3+)は7個の不対電子を持つため、非常に大きなスピン磁気モーメントを示す。そのため、プロトンに与える磁気的効果が大きく、プロトンのT1を大きく短縮する。それにより、Gd3+錯体は MRI 造影剤として汎用されている。今回、β-gal 活性を検出する新たな MRI プローブのデザインとして RIME (Receptor Induced Magnetization Enhancement)現象に着目した。RIME 現象とは、Gd3+錯体がalbumin などの巨大分子と結合することで分子回転が非常に遅くなり、その結果として周囲の水分子に対し大きなプロトンのT1の短縮を引き起こす現象である。このT1の短縮が MR 信号強度の増大へとつながる。実際に、デザイン・合成した化合物を Figure 1 に示す。化合物1は極性基であるβ-galactopyranosyl基の存在により biphenyl 構造部位と albumin との結合性は弱いが、β-gal 活性によってβ-galactopyranosyl基が脱離し化合物2になることで、albumin と強い結合性を示し、RIME 現象でプロトンのT1が大きく短縮することを期待した。化合物1、2を合成し、これを水溶液としてT1を測定し、そのT1の値から緩和能R1を算出した。その結果、緩和能R1値が、albumin (4.5% w/v)存在下で化合物2は化合物1の約 1.5 倍と高いことが確認された (Table 1)。緩和能R1の値が大きいほど、T1短縮効果が大きいことを表す。さらに、実際にβ-galによる酵素反応を行った。化合物1の水溶液にβ-galまたは熱失活させたβ-gal (80 ℃,10 分加熱)を添加した結果、熱失活していない正常なβ-galでのみ、T1の短縮が観察された(Figure 2)。

 今回 galactopyranosyl 基の高い極性に着目し、β-gal の酵素活性によりT1が短縮し MR 信号が変化する機能性 MRI プローブの開発に成功した。このプローブは更なる改良によって、生物学研究などにおいて有用な新たな機能性 MRI プローブの開発につながると考えられる。

2. 長寿命 Zn2+蛍光プローブ

 蛍光ユウロピウムイオン(Eu3)+錯体の特徴として、通常の生体成分の蛍光寿命はナノ秒オーダーであるのに対し、蛍光寿命が長い(sub ms)特徴があげられる。そのため、Eu3+錯体を利用した時間分解蛍光イムノアッセイ(Time-Resolved Fluoroimmunoassay: TRFIA)法は、他の蛍光性化合物の蛍光を高効率で分離し高い S/N 比を得ることを可能とする(Scheme 1)。TRFIA 法とは、パルス励起光から蛍光測定を行うまでの蛍光を測定しない時間 (Delay time, 数10 μsec)と、その Delay time の後に数 100 μsec 蛍光を測定する時間(Gate time)とを合わせることで、バックグランド蛍光を取り除き Eu3+の蛍光のみを検出する方法である。この測定法は、測定感度はラジオイムノアッセイの検出感度と同程度にまでに達する。本研究では、生体分子との反応で蛍光強度が大きく変化する機能性蛍光 Eu3+錯体の開発を行い、これを用いて生物サンプルで時間分解蛍光イメージングを行うことを目的とする。このような研究は未だ報告例がなく、蛍光顕微鏡に応用することで、TRFIA 法と同様な高い S/N 比が得られると期待される。

 Eu3+はそれ自身だけでは蛍光が弱く、適切な chromophore(Scheme 2)をもつ配位子と錯体化させることで、その蛍光強度を強めることができる(Scheme 2)。時間分解蛍光顕微鏡への応用を目指した蛍光Eu3+錯体の開発にあたり、chromophore として quinoline 構造に着目した。Quinoline 構造の利点としては、(1) Eu3+に効率良くエネルギー移動を起こし、(2) 比較的長波長励起が可能であり、(3)合成的に多種の置換基の導入が可能であることなどがあげられる。そこでまず、quinoline 構造を chromophore の基本骨格とした Eu3+錯体群をデザイン・合成し、それら分光学的性質を調べた。さらにこれまでの知見を基に、Figure 3 に示す Zn2+長寿命蛍光プローブをデザイン・合成した。遊離の Zn2+は細胞内や組織内での動態、作用機序が近年注目されている生体内分子である。また、化合物3の水溶液は Zn2+の添加により Eu3+蛍光の大きな上昇を示した(Figure 4)。

 さらに、独自に時間分解顕微鏡を立ち上げ、まず時間分解蛍光イメージングが可能であるかを確かめた。新規蛍光 Eu3+錯体 (Figure 5)を HeLa 細胞にマイクロインジェクションし、時間分解(Delay time: 52 μsec,Gate time: 808 μsec)して蛍光イメージングを行ったところ、細胞由来の自家蛍光を取り除くことができた(Figure 6)。また、有機小分子の蛍光色素である rhodamine 6G で細胞を染色した場合でも、Delay time と Gate time を調節することで長寿命の蛍光である Eu3+の蛍光のみを検出することができた。さらに、化合物3を同様に HeLa 細胞に応用し、この時間分解蛍光顕微鏡を用いて細胞内 Zn2+濃度の時間分解蛍光イメージングを行った。その結果、時間分解蛍光イメージング (Delay time: 70 μsec,Gate time: 808 μsec)することで、バックグランド蛍光を低く抑え、高い精度で細胞内 Zn2+濃度変化を検出することに成功した(Figure 7)。本研究により、Eu3+錯体を用いた時間分解蛍光イメージングを行うことで低いノイズレベルで可視化解析が可能であることを示した。

【結論】

 希土類金属イオンである Gd3+の磁気的性質と Eu3+の分光学的性質に着目し、それぞれ金属イオンの配位子のデザインにより、生物応用を目指した機能性希土類金属錯体の開発を試みた。

 Gd3+錯体は RIME 現象を利用して β-gal 活性を認識できる機能性 MRI プローブの新しい設計法を提案した。この分子設計法は、β-gal 活性により基質となるβ-galactopyranosyl 基が Gd3+の配位子部位から脱離することで albumin との結合性が上がり、T1の短縮を起こす。この β-gal 活性の認識法はシンプルなスイッチ機構であり、分子構造の修飾も容易であるため、更なる分子の改良によって生物学研究などにおいて有用な新たな機能性 MRI プローブにつながると考えられる。

 Eu3+錯体では、生細胞に応用可能な Zn2+を認識して蛍光が増大する Eu3+錯体3の開発を行った。さらに、この化合物を独自の手法で立ち上げた時間分解蛍光顕微鏡に応用することで、自家蛍光や有機小分子の蛍光色素の蛍光などのバックグランド蛍光を取り除き Eu3+の蛍光のみを検出して、生細胞内の Zn2+濃度変化を蛍光イメージングすることに成功した。

 このように本研究において、希土類金属錯体の配位子をデザインすることで、生理活性分子を認識する機能性 MRI プローブおよび長寿命蛍光プローブの開発が可能であることを示した。これらの化合物は生体や生細胞への応用の可能性を持ち、今後、臨床の分野においては画像診断薬として、生化学の分野においては高感度イメージング試薬としての可能性を持っている。

Figure 1. RIME mechanism of action for β-gal-activated compound 1. A Gd3+ complex is coupled to an albumin binding moiety that is masked by the galactopyranose residue. Enzyme activation releases the galactopyranose residue and promotes albumin binding.

Table 1. R1 relaxivity (20 MHz) in PBS or PBS with 4.5% HSA.

[a] PBS (137mM NaCl, 8.10mM Na2HPO4, 2.68mM KCl, 1.47mM KH2PO4, pH 7.4). [b] Human serum albumin (4.5% w/v) in PBS.

Figure 2. Time course of the β-gal-induced (closed triangle) and heat-inactivated β-gal-induced (closed square) changes in the relaxation rate of 0.5 mM 1 at 20 MHz in the presence of 4.5% (w/v) human serum albumin (37 ℃).

Scheme 1. Time-resolved luminescent measurement of a europium chelate label.

Scheme 2. Schematic view of a chromophore incorporated into a europium emitter, showing the emission from Eu3+ after excitation of the chromophore.

Figure 3. Structure of a novel sensitive europium luminescent probe for Zn2+, 3.

Figure 4. Time-resolved emission spectra (excitation at 320 nm) of 3 (50 μM) in the presence of various concentrations of Zn2+. These spectra were measured at pH 7.4 (100 mM HEPES buffer) using a delay time of 0.05 ms and a gate time of 1.00 ms. The inset shows the changes of the luminescence intensity at 614 nm.

Figure 5. Structure of a novel luminescent europium complex, NHAc-Eu3+.

Figure 6. a) Bright-field and fluorescence images of HeLa cells injected with NHAc-Eu3+ solution b) without or c) with a time-resolution process.

Figure 7. a) Bright-field and b) c) d) fluorescence images of HeLa cells injected with 3. b) Before and c) after addition of 50 μM pyrithione and 150 μM Zn2+. Further, d) after addition of 150 μM TPEN.

審査要旨 要旨を表示する

 La(ランタン)から Lu(ルテチウム)までの希土類元素であるランタノイドは、その3価イオンの外側電子配置はすべて 5s25p6 で同じであり、その内側に 4f 軌道がある。この 4f 軌道の不完全な電子配置が、希土類元素の特徴的な性質の根元と考えられている。花岡はこのような希土類金属錯体が有する特性を医療や生命科学研究へ応用することを目的に(1)新規機能性 MRI 造影剤と(2)新規長寿命蛍光プローブの開発を行った。

1. β-galactosidase 応答性 MRI プローブ

 光(電磁波)の個体内イメージング技術への応用の1つである Magnetic Resonance Imaging(MRI)は、磁場中の原子核や電子が特定の周波数の電波のエネルギーを吸収する Nuclear Magnetic Resonance (NMR) 現象を用いて生体の断層画像を得る方法である。

 β-galactosidase (β-gal)はレポーター遺伝子として汎用されており、このレポーター遺伝子の発現を個体レベルでイメージングすることは、医学や生化学の分野で極めて意義ある技術となると考えられる。そこで、今回β-gal の酵素活性を認識して水溶液の縦緩和時間(T1)を短縮し、それによって MR 信号を高める新たな機能性 MRI プローブのデザイン・合成を試みた。このT1の短縮は、MRI によりT1強調画像として撮影することで MR 信号強度の増大としてイメージングできる。このような個体での生体内イメージングを可能とする機能性 MRI プローブの開発研究は世界において緒についたばかりであり、実際に生体内イメージングに成功した機能性 MRI プローブはほとんど報告されていない。

 ガドリニウムイオン(Gd3+)は7個の不対電子を持つため、非常に大きなスピン磁気モーメントを示す。そのため、プロトンに与える磁気的効果が大きく、プロトンのT1を大きく短縮する。それにより、Gd3+錯体は MRI 造影剤として汎用されている。今回、β-gal 活性を検出する新たな MRI プローブのデザインとして Receptor Induced Magnetization Enhancement (RIME) 現象に着目した。RIME 現象とは、Gd3+錯体がalbumin などの巨大分子と結合することで分子回転が非常に遅くなり、その結果として周囲の水分子に対し大きなプロトンのT1の短縮を引き起こす現象である。このT1の短縮が MR 信号強度の増大へとつながる。

 この考えに基づき検討した結果、galactopyranosyl 基の高い極性に着目し、β-gal の酵素活性によりT1が短縮し MR 信号が変化する機能性 MRI プローブの開発に成功した。このプローブは更なる改良によって、生物学研究などにおいて有用な機能性 MRI プローブの開発につながると考えられる。

2. 長寿命 Zn2+蛍光プローブ

 蛍光ユウロピウムイオン(Eu3+)錯体の特徴として、通常の生体成分の蛍光寿命はナノ秒オーダーであるのに対し、蛍光寿命が長いこと(サブミリ秒)があげられる。そのため、Eu3+錯体を利用した時間分解蛍光イムノアッセイ(Time-Resolved Fluoroimmunoassay: TRFIA)法は、他の蛍光性化合物の蛍光を高効率で分離し、高い S/N 比を得ることを可能とする。TRFIA 法とは、パルス励起光から蛍光測定を行うまでの蛍光を測定しない時間 (Delay time, 数 10 μsec) と、その Delay Time の後に数 100 μsec の蛍光を測定する時間(Gate Time)とを合わせることで、バックグランド蛍光を取り除き Eu3+の蛍光のみを検出する方法である。この測定法は、測定感度はラジオイムノアッセイの検出感度と同程度にまで達する。本研究では、生体分子との反応で蛍光強度が大きく変化する機能性蛍光 Eu3+錯体の開発を行い、これを用いて生物試料で時間分解蛍光イメージングを行うことを目的とする。このような研究は未だ報告例がなく、蛍光顕微鏡に応用することで、TRFIA 法と同様な高い S/N 比が得られると期待される。

 Eu3+はそれ自身では蛍光が弱く、適切な chromophore をもつ配位子と錯体化させることで、その蛍光強度を強めることができる。時間分解蛍光顕微鏡への応用を目指した蛍光 Eu3+錯体の開発にあたり、chromophore として quinoline 構造に着目した。Quinoline 構造の利点としては、(1) Eu3+に効率良くエネルギー移動を起こし、(2) 比較的長波長励起が可能であり、(3)合成的に多種の置換基の導入が可能であることなどがあげられる。そこでまず、quinoline 構造を chromophore の基本骨格とした Eu3+錯体群をデザイン・合成し、それらの分光学的性質を調べた。さらにこれまでの知見を基に、Zn2+長寿命蛍光プローブをデザイン・合成した。遊離の Zn2+は細胞内や組織内での動態、作用機序が近年注目されている生体内分子である。

 さらに、独自に時間分解顕微鏡を立ち上げ、まず時間分解蛍光イメージングが可能であるかを確かめた。新規蛍光 Eu3+錯体を HeLa 細胞にマイクロインジェクションし、時間分解して蛍光イメージングを行ったところ、細胞由来の自家蛍光を取り除くことができた。開発したプローブを HeLa 細胞に応用し、この時間分解蛍光顕微鏡を用いて細胞内 Zn2+濃度の時間分解蛍光イメージングを行った。その結果、バックグランド蛍光を低く抑え、高い精度で細胞内 Zn2+濃度変化を検出することに成功した。本研究により、Eu3+錯体を用いた時間分解蛍光イメージングを行うことで低いノイズレベルでイメージング解析が可能であることを示すことに成功した。

 本研究において、希土類金属錯体の配位子をデザインすることで、生理活性分子を認識する機能性MRI プローブおよび長寿命蛍光プローブの開発が可能であることを示した。これらの化合物は生体や生細胞への応用の可能性を持ち、今後、臨床の分野においては画像診断薬として、生化学の分野においては高感度イメージング試薬としての可能性を持っている。これらの成果は薬学における顕著な業績として、高く評価でき、博士(薬学)に値するものと判断できる。

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