学位論文要旨



No 120449
著者(漢字) 新井,啓介
著者(英字)
著者(カナ) アライ,ケイスケ
標題(和) 楕円曲線に伴うガロア表現の像の一様な下界について
標題(洋) On uniform lower bound of the Galois images associated to elliptic curves
報告番号 120449
報告番号 甲20449
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第261号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 斎藤,秀司
 東京大学 助教授 辻,雄
 東京大学 助教授 志甫,淳
内容要旨 要旨を表示する

 Kを代数体、GKをKの絶対ガロア群、pを素数、EをK上の楕円曲線とする。E、のp-進Tate加群TpEへのGKの作用が定める表現

ρE/K,P:Gκ→Aut(TpE)〓GL2(Zp)

を考える。もしEが虚数乗法をもたなければ、ρE/K,pの像はすべての素数pに対して開であり、有限個の素数pを除いて、ρE/K,p mod p及びρE/K,pが全射であるという、Serreにより証明された定理([Se])がある。そこで、代数体Kと素数pを固定し、K上の楕円曲線Eを動かしたときに、ρE/K,pの像はどう振る舞うかを考える。例えば、Kが有理数体Qの場合を考える。p>163ととれば、ρE/Q,p mod pの像がBorel部分群に入るような楕円曲線E/Qは存在しないことをMazurが示している([Ma3])。また、Momoseの研究([Mo])によれば、ρE/Q,p mod pの像がsplit Cartan部分群の正規化群に入るような楕円曲線E/Qは虚数乗法をもつだろう、と考えられる。そして私は、固定された代数体K上の虚数乗法をもたない楕円曲線Eが定める表現ρE/K,pの像は、楕円曲線Eを動かしても下に有界であることを証明した。すなわち、代数体Kと素数pに依存した自然数nが存在して、K上の虚数乗法をもたない任意の楕円曲線に対して、ρE/K,pの像は1+pnM2(Zp)を含むことを証明した。より詳しく、このnのKとpによる具体的な評価を、有限個のj-不変量をもつ楕円曲線を除き決定した。本論文の主定理を述べる。

定理1 pを素数とする。整数n(p)を次のように定義する。

n(p)=

0 ifp〓 23,

1 ifp= 19,17,13,11,

2 ifp=7,

3 ifp=5,

5 ifp=3,

11 ifp=2.

 Kを代数体とする。このときpに依存したKの有限部分集合Σが定まり、K上の楕円曲線Eでj(E)〓Σとなるものに対して、ρE/K,pの像は(1+pn(p)M2(Zp))det=1を含む。ここで1+poM2(Zp):=GL2(Zp)とおいている。

 さらに、GKのp-進円分指標の像が1+prZp(r〓0)を含むとすれば、K上の楕円曲線Eでj(E)〓Σとなるものに対して、ρE/K,pの像は1+pr+n(p)M2(Zp)を含む。ただし、p=2のときはr〓2ととっている。ここで1+p0Zp:=〓とおいている。

 定理1は、pが23以上であれば、

p〓±3mod8のときK〓((Q(ζp)の2次部分体),

P≡±3mod8のとき体の埋め込みK→Qpが存在する

とすれば、[Fa]、[Ma2]により得られる。またpが17,19でKが有理数体のときには、[Fa]、[Ma1]、[Ma2]により得られる。

 本論文は6つの節より成る。第1節、第2節で上記の定理1を紹介する。第3節では楕円曲線をmodular curveの有理点と結び付ける。まずKを有限次拡大して、1の原始pn(P)+1乗根を含むとする。楕円曲線ρE/KについてρE/K,pの像が(1+pn(P)M2(Zp))det=1を含まなかったとする。このとき、SL2(Z/pn(p)+1Z)の部分群Hで(1+pn(p)M2(Z/pn(P)+1Z))det=1を含まないものに対して、ρE/K,p(GK)modpn(P)+1はHに含まれる。よって、E/KはHに対応するmodular curve XHの有理点を定める。もしXHの種数g(XH)が2以上であればFaltingsにより証明されたMorden予想([Fa])によって、XHの有理点は有限個しかないことになる。このような部分群Hは有限個しかないので、ρE/,K,Pの像が(1+Pn(p)M2(Zp))det=1を含まないような楕円曲線E/Kのj-不変量は有限しかないとわかり、定理1が従う。

 第4節以降では、g(XH)が2以上であることを証明する。まず第4節で、XHの種数の評価のための準備をする。G=SL2(Z/pn(p)+1Z),σ=〓,τ=〓,u=〓とおき、またα=σ,τ,uに対してConj(α)でαの共役元全体のなす集合を表す。Riemann-Hurwitzの公式により、Hが-1を含めば

と表される。そこで、SL2(Z/pZ)やその極大部分群に含まれるσ,τ,uの共役元の数を計算する。第5節では、Hの中のσ,τ,uの共役元の数の評価を行う。自然数1〓m<nに対して、fn,m:SL2(Z/pnZ)→L2(Z/PmZ)を法pm還元とする。もしn〓2mであれば、α=σ,τ,uに対してα-1(〓(α)∩Conj(α))は階数2の自由Z/pn-mZ加群になる。このこととHが(1+pn(p)M2(Z/pn+1Z))det=1を含まないことを組み合わせて、Hの中のσ,γ,uの共役元の数を上からおさえる。第6節では、第4節、第5節の結果を用いてg(XH)が2以上であることを証明する。

 最後になるが、指導教官の斎藤毅教授には、論文の構成の手直しや命題の改善等のご指導、及び執筆に際しての激励をいただき、心より感謝する。

参考文献[Fa] G. Faltings, Finiteness theorems for abelian varieties over number fields, Translated from the German original [Invent. Math. 73 (1983), no. 3, 349-366; ibid. 75 (1984), no. 2, 381] by Edward Shipz. Arithmetic geometry (Storrs, Conn., 1984), 9-27, Springer, New York (1986).[Mal] B. Mazur, Modular curves and the Eisenstein ideal, I.H.E.S. Publ. Math. No. 47 (1977), 33-186.[Ma2] B. Mazur, Rational points on modular curves, Modular functions of one variable V, Lecture Notes in Math., Vol. 601, Springer, Berlin (1977), 107-148.[Ma3] B. Mazur, Rational isogenies of prime degree (with an appendix by D. Goldfeld), Invent. Math. 44 (1978), no. 2, 129-162.[Mo] F. Momose, Rational points on the modular curves X~~split~~(p), Compositio Math. 52 (1984), no. 1, 115-137.[Se] J.-P. Serre, Abelian l-adic representations and elliptic curves, Lecture at. McGill University, New York-Amsterdam, W. A. Benjamin Inc. (1968).
審査要旨 要旨を表示する

 Kを有限次代数体として,EをK上の楕円曲線とする.素数pに対し,EのTate加群TρE=limnE[pn]は,Kの絶対Galois群GK=Gal(K/K)の表現ρE,p:GK→GL(TpE)〓GL2(Zp)を定める.Serreは,Eが虚数乗法をもたなければ,Galois表現ρE,Pの像はBL2(Zp)の開部分群であることを示した.Galois表現TpEは,整数論の重要な対象として,多くの研究がなされてきた.本論文では,Kとpを固定したとき,Galois表現の像がEによらずに一様に大きいということを示し,次の結果を得た.

定理1 Kを代数体とし,pを素数とする。このとき,K,pのみに依存する定数n=n(K,p)〓1で,K上定義された任意の楕円曲線Eに対し,Eが虚数乗法をもたなければ,Galois表現ρE,p:GK→GL2(Zp)の像が1+pnM2(Zp)⊂GL2(Zp)を含むようなものが存在する.

実際には,定理1より精密な次の結果が得られている.素数pに対し,自然数n(p)を,p〓23ならn(p)=0,p〓19,17,13,11ならn(p)=1,p=7ならn(p)2,p=5ならn(P)=3,P=3ならn(P)=5,P=2ならn(P)=11で定める.記号1+p0M2(Zp)はGL2(Zp)を表わすものとする。

定理2 pを素数とし,KをQ(ζpn(p))を含む代数体とする.このとき,k,pのみで定まるKの有限部分集合Σ=ΣK,Pで,K上定義された任意の楕円曲線Eに対し,Eのj不変量j(E)がΣの元でなければ,Galois表現ρE,pの像が(1+pn(p)M2(Zp))∩SL2(Zp)を含むようなものが存在する.

 定理1は,定理2より容易にしたがう.定理2の証明の方針は次のとおりである.楕円曲線の同型類はモジュラー曲線の有理点を定めること,および,代数曲線の有理点の有限性に対するMordell予想が証明されていることにより,次の命題に帰着される.

命題3 HをSL2(Z/pn(p)+1Z)の部分郡で,H∩1+pn(p)M2(A)〓SL2(Z/pn(p)+1Z)∩1+pn(p)M2(Z)をみたすものとする.このとき,モジュラー曲線XH=H〓X(pn(p)+1)の種数gHは2以上である.

命題3の証明には,まず,種数公式によりghをHに含まれるある種の共役類の元の個数として表わす.この共役類の個数の評価により,命題3が証明される.

 Galois表現ρE,pの像を,このように,楕円曲線の同型類をモジュラー曲線の有理点と考えて研究することは,これまでにいろいろな角度からなされてきた.しかし,本論文のような,モジュラー曲線の種数の評価から有限性を導く定性的な議論は,研究されて来なかったようである.p〓7ならば,定理2のn(p)は最良の評価を与えるが,p〓5については改良されるべきものと考えられる.また,p〓19のときは,定理2から派生する問題が種々あり,今後の研究の課題である.

 以上のように,本論文では,代数体上の楕円曲線にともなうGalois表現の像の下限について,新しい着想から興味深い結果を導いている.よって論文提出者新井啓介は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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