No | 120451 | |
著者(漢字) | 金井,政宏 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カナイ,マサヒロ | |
標題(和) | 確率最適速度モデルと摂動不安定状態の研究 | |
標題(洋) | Stochastic generalized optimal velocity model and metastability | |
報告番号 | 120451 | |
報告番号 | 甲20451 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第263号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1 交通流モデルの提案 交通流とは自律駆動する多粒子の系で、熱力学的な平衡状態から遠い状態にある。各粒子の運動法則は古典力学の範疇になく、近距離相互作用と確率的な振る舞いによって非常に複雑な集団現象を示す。渋滞は最も基本的な現象であり、その形態から発生の原因まで様々な立場からの研究が行われてきた。交通流モデルは、微視的なものから巨視的なもの、決定論的なものから確率論的なもの、離散的なものから連続的なものと極めて多様であるが、そのなかでも近年よく研究されているものがセル・オートマトン(CA)と確率過程モデルであり、CAにノイズを入れたタイプのモデルが主流になりつつある。 これに対して、我々は以下で説明するように確率分布関数を導入した確率CAモデルを提案する。まず一般的な形で確率CAモデルを導入する。ここでは、車道は1次元の格子(サイト数L)とし、N台の車が走っているものとする。また、i番目の車の位置をxtiとし、この車が時刻tにmサイト分だけ前に進もうとする確率を与える分布関数をwti(m)と表す。以降、このwtiをintentionと呼ぶことにする。特に、車の最高速度をMとすると〓である。そして、各車は以下の手順に従って時間発展して行く。 1.時刻tにおいて、車の配置〓およびintention wt1,…,wtNが与えられている。 2.次の時刻のintention wt+1iを により計算する。ここで、fiは考えている系を特徴付ける適当な関数である。(例えば(1.3)のように取る。) 3.上で計算されたintention wt+11,wt2,…,wtNに従って各車が進むサイト数〓を確率的に与える。 4.各車は に従って進む。ここで、〓ある。すなわち前の車に追突してしまう場合は直前で止まることになる。(このルールをhard-core exclusionという。) 以下では、特に最高速度M=1の場合を考える。この場合〓とすればwti(0)=1-vtiであるから、vtiについての式だけで系の時間発展を記述できる。そこで特に と選び、これを確率最適速度モデル(SOV)と呼ぶ。ここで、〓はパラメータで運転者の状況判断能力にあたる。また、V(Δx)は最適速度函数と呼ばれ、車間距離Δxのときの最適な速度を与えるものである。特にa=0の場合、p=v0i=v1i=…であるからAsymmetric Simple Exclusion Processに、またa=1の場合にはvt+1i=V(Δxti)となりこれはZero Range Processと呼ばれる確率過程で、どちらも配置{xti}Ni=1に対する確率分布が厳密に求まるという意味で可解である。このとき、(1.2)に対応する式は と書かれる。これはまた期待値として を意味する。(1.3)および(1.5)から、もとの最適速度モデル(連続、決定論的) の離散・確率版と考えることができる。 2 モデルの性質 交通流の性質を端的に示す量として流量(flux)が計測される。流量は流体力学で用いられている物理量で続ける密度×速度により与えられる。そして、密度に対する流量の変化を表した図を特に基本図と呼ぶ。 OV函数を次のように取る。 この場合の基本図をFIG.1に示す。このようにSOVモデルは同一の密度に対し二つの安定状態が共存する相転移領域(またはヒステリシス)を持つ。FIG.1では密度が0.24〜1/3で相転移が起こる。流量が密度に比例している安定状態(自由相)は臨界点を越えると摂動に対して不安定になり、メタ安定状態と呼ばれる。また、密度が臨界点を越えると現れる状態(渋滞相)は常に安定でメタ安定状態は摂動により渋滞相に遷移する。 より現実に近いOV関数の場合、相転移領域が複雑になるため基本図を見積もることは困難である。しかし、a〜1ならばZRP(a=1)の基本図により見積もることができる。(FIG.2の表題参照)また、a〜0の場合、非常に短時間の間だけASEPの基本図が実現されるが(FIG.3を参照)、長時間経過後の定常状態では崩れてしまう。ここでは次のOV函数を例に取る。 Vはx=3/2で変曲点を持ち、(2.7)に近い形をしている。 基本図の計算はサイト数L=1000の周期格子で行った。初期配置としてランダムに配置したものと等間隔に配置したものを取りプロットした。この結果、a〜0の場合、定常状態に達すると相転移領域が確認された。(FIG.4を参照)この二つの状態はそれぞれ異なる初期配置から始めることにより実現される。さらに、基本図が不連続になる密度が存在し、この付近では有限の寿命を持つ中間状態が存在し、相転移が二段階に分けて起こることが分かった。(FIG.5を参照) このように我々の提案したSOVモデルは実際の交通流で観測される基本図、および相転移の再現に成功した。またSOVの基本図が不連続になる密度での相転移を動的に観測し、長時間の寿命を持つ状態間を飛び移る機構を見出した。 図1 ステップ型OV函数を持つSOVモデルの基本図(a=0.4)。シミュレーション(点)と理論的に見積もり(直線)はすべてのaで十分な一致を見た。 図2 tanh型のOV函数を持つSOVモデルのシミュレーションによる基本図(a=0.8)、およびZRP(a=1の場合に相当)の基本図。OV函数(2.8)の場合0.7<a〓1では基本図はほぼ同じでZRPの厳密解による見積もりが可能。 図3 tanh型のOV函数を持つSOVモデルのシミュレーションによる基本図(a=0.01)、およびASEP(a=0の場合に相当)の基本図。ただし、10ステップ経過後の流量を描いている。 図4 1000ステップ経過後の基本図。密度が0.1〜0.15で二つの枝に分離し始めている。また、十分に時間が経つと0.12付近で密度に対して流量が不連続になる。 図5 不連続点(密度0.12)での流量の時間変化。初期状態(等間隔)および中間状態は有限の寿命を持ち、二段階の相転移が起こっていることが分かる。 | |
審査要旨 | 本論文の主題は交通流の新しい数理モデルの提案とその主として数値シミュレーションによる解析である.交通流モデルは,たとえば高速道路における車の密度と流量の関係など記述し,渋滞解消の解明など応用上も重要である.交通流モデルには,微視的なものから巨視的なもの,決定論的なものから確率論的なもの,離散的なものから連続的なものと極めて多様であるが,実測データによく合致するモデルとして,連立常微分方程式系であるoptimal velocity model(OVモデル)およびその拡張モデルが広く使われてきた.しかしながら,OVモデルは非線形微分方程式系であるために厳密解を得ることはほとんど不可能であり,大規模な数値シミュレーションも困難である.また,運転者の個人差等の揺らぎを導入するためには,確率過程を導入する必要があるが,これまで提案されてきた確率モデルでは実測値,とくに基本図(流量を密度の函数として表したグラフ)を再現できなかった. これに対して,本論文では,確率分布関数を導入した確率セルオートマトン(CA)モデルを提案し,このモデルが実測された基本図をよく再現することを示した.適当な連続極限でOVモデルに移行するため,このモデルを確率最適速度モデル(SOVモデル)と呼ぶ.特徴的なことは,車の移動速度にランダムノイズを入れる形で確率過程を導入するのではなく,各車が進もうとする確率を与える分布関数(intentionと呼ぶ)を各時刻の函数とし,このintentionが前の時刻のintentionと全車の配置によって定まるとモデル化したことである.また,運転者の状況判断能力にあたるパラメータ〓が存在し,a=0,1では,おのおのASEP(asymmetric simple exclusion process)およびZRP(zero range process)と呼ばれる厳密に解けるモデルに帰着する. 本論文の第1章は交通流に関する従来のモデルとその特徴の説明にあてられ,第2章では確率セルオートマトンモデルの一般論を展開し,その特殊化であるSOVモデルの定義が述べられている.第3章が主結果であるが,a=1,0の場合の基本図の厳密解,OV函数としてステップ函数を与えた場合,およびtanh函数の場合について詳しい理論解析と数値シミュレーションによる解析が行われている.特に,シミュレーションによる重要な結果として, ・SOVモデルは同一の密度に対し二つの安定状態が共存する相転移領域(またはヒステリシス)を持ち,ある臨界密度で相転移が起こる. ・流量が密度に比例している安定状態(自由相)は臨界点を越えると摂動に対して不安定になり,メタ安定状態になる. ・密度が臨界点を越えると現れる状態(渋滞相)は常に安定でメタ安定状態は摂動により渋滞相に遷移する. ことが示された.この結果は実測データともよく符合しており,従来の確率モデルでは得られなかったものである.さらに,いくつかの妥当な条件の下で,3種類の相転移点の位置を理論的に見積もり,この転移点の位置が数値シミュレーションの結果とよく一致することを示している.第4章では総括と今後の展望が述べられている. 以上のように本論文は,OVモデルを拡張した,新しく数値的な扱いにも優れた数理モデルを提案し解析したもので,しかも,このモデルはいくつかの場合に厳密に解け信頼性も高く数理的な貢献も高く評価できる.論文全体を通して,複雑な計算を実行して明快な結果を得る計算力や,大規模計算のための効率的なプログラム作りにおいていくつか独創的なアイデアが見て取られる.また,論文の記述も明快である.よって,論文提出者金井政宏は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める. | |
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