学位論文要旨



No 120503
著者(漢字) 梅本,忠士
著者(英字)
著者(カナ) ウメモト,タダシ
標題(和) 塩基性条件下除去可能な2'-水酸基保護基を用いる新規RNA合成法の開発
標題(洋)
報告番号 120503
報告番号 甲20503
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第123号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 田口,英樹
 東京大学 助教授 鈴木,穣
 東京大学 助教授 和田,猛
内容要旨 要旨を表示する

<序論>siRNAの発見により、化学合成したRNAの需要が急速に高まっている。siRNAは、21-23量体の2本鎖RNAであり、これら比較的短鎖のRNAは化学的に合成できる。現在、RNAを化学合成する際にはホスホロアミダイト法を用いる固相法が汎用されているが、DNAの場合と比較して合成効率がw十分であるとはいえない。RNAは2'位に水酸基を持つため、これに保護基を導入しなければならないが、その保護基の導入効率が悪いこと、さらに保護基の立体障害により鎖長伸長の反応効率が悪いことなどが問題である。本研究では、従来の2'-水酸基の保護基の欠点を克服した新しい2'-水酸基保護基を用いるRNA合成法を開発することを目的とした。

 現在、広く用いられている2'-水酸基保護基には、フッ化物イオンで除去が可能なt-ブチルジメチルシリル(TBDMS)基やトリイソプロピルシリルオキシメチル(TOM)基がある。これらのシリル型の保護基は化学的に安定であるという長所を持つが、2'-水酸基に選択的に導入することが困難である。一方、酸性条件下除去可能な保護基としては、アセタール型の保護基であるテトラヒドロピラニル(THP)基や、近年ジアセトキシエトキシメチル(ACE)基などが開発されている。これらの保護基は、5',3'-水酸基を環状のシリルエーテルで保護したヌクレオシド中間体を経由して、2'-水酸基選択的に導入することが可能である。しかし、5'-水酸基のDMTr基を除去する強酸性条件下、一部脱落するという欠点を持つ。近年、Pfleidrerらは、このようなアセタール骨格に様々な電子吸引性の官能基を導入することによって、アセタール型保護基の酸に対する安定性を向上させている。1-(2-シアノエトキシ)エチル(CEE)基は、酸性条件下安定に存在する保護基の一つであるが、その除去にはRNAが分解してしまうような過酷な酸性条件を必要とするため、オリゴマーの合成には用いられてはいない。我々は、このCEE基のシアノエチル骨格に着目した。シアノエチル基は一般に塩基によって容易にβ-脱離を引き起こすことが知られている。そのことからこのCEE基は、従来の酸性条件下ではなく、塩基性条件下で除去が可能ではないかと考えた。本研究では、CEE基を2'-水酸基の保護基として用いる新しいRNA合成法の開発を行なった。

<結果と考察>5',3'位を環状シリルエーテルで保護したリボヌクレオシド1に対し、酸触媒存在下、シアノエチルビニルエーテルを反応させることによって2'-水酸基がCEE基で保護されたリボヌクレオシド2を良好な収率で得た。次に、常法に従い、シリル基の脱保護、5'位のDMTr化および3'位のホスフィチル化を行い、ホスホロアミダイト法のモノマーユニット4を合成した。得られた、4を、5'-水酸基に遊離の水酸基を持ち2',3'-水酸基をフェノキシアセチル基で保護したウリジンと縮合反応し、完全に保護されたRNAの2量体5をほぼ定量的に得た。

 一方、得られた3を用いてCEE基の脱保護条件および安定性の検討を行ったところ、テトラブチルアンモニウムフルオリド(TBAF)処理により5分程度で脱保護可能であることがわかった。一方、2'位のCEE基は固相担体からの切り出しやリン酸ジエステルおよび塩基部位の保護基の除去に用いられている28%NH3aq-EtOH:(3:1,v/v)に対し極めて安定であることが分かった(Table 1)。これらの結果から、CEE基は、25%によって固相担体からの切り出し、リン酸および核酸塩基部位の脱保護を行なった後、TBAFを用いて2'-水酸基のCEE基を除去する、2段階の脱保護行程でRNAのオリゴマーを脱保護可能であることが示唆された。

 そこで、5a-dの脱保護反応を検討した。ジクロロ酢酸によりDMTr基を除去した後にNH3aq-EtOHを用いてCEE基以外の保護基を除去した後にRP-HPLCで分析した(Figure 2)。いずれの場合もRNA鎖を分解することなく脱保護反応が進行し、CEE基を有する2量体(6a-d)のピークが観察された。さらに、CEE基を脱保護するため、TBAFによって脱保護反応を行なったところ、6c,dについては脱保護fされたRNAの2量体のピークを得た(7c,d)。しかし、6a,bについては目的とするピークのほかに、副反応生成物と思われるピークが検出された。ヌクレオシドとアクリロニトリルを用いたモデル実験から、TBAF存在下アクリロニトリルはヌクレオシドの塩基部位と副反応し得ることが明らかとなった。そこで、CEE基を脱保護する際に副生するアクリルニトリルがTBAFの塩基性条件下、Michael付加によって塩基部位に反応していることが明らかとなった。この副反応を抑制するために、核酸塩基部位よりもさらに反応性の高い化合物を共存させ、アクロニトリルを捕捉することを検討した。塩基性条件下において容易にプロトンを放出しカルバニオンとなり、さらにアクリロニトリルにMichael付加するような化合物を反応系に種々添加してアデノシンとウリジンを含む2量体の脱保護を検討した(Table 2)。ニトロメタンの存在下で脱保護反応を行なったところ、副反応をほとんど抑制することができた。そこで、以後オリゴマーの合成ではこの脱保護条件を用いることとした。

 CEE基は、これまでに開発された2'水酸基の保護基の中で比較的立体障害が小さいため、固相合成での縮合効率の向上が期待できる。(2'-水酸基の保護基としてTBDMS基を用いたRNA合成において、その縮合反応は、1H-テトラゾールを用いた12分の反応で縮合は98%しか進行しない。)CEE基を2'-水酸基の保護基として用いたRNA合成では、縮合反応の活性化剤として5-エチルチオ-1H-テトラゾールを用い、縮合反応時間は3分で行なった。その他の条件は、通常のRNA合成で用いられている合成サイクルをそのまま適応した。固相合成によって合成したオリゴヌクレオチド鎖をNH3aq-EtOHとTBAF-MeNO2によって2段階で脱保護を行なった。反応混合物のHPLC分析の結果から、縮合反応収率は98-99%であることが判明した。

<まとめ>CEE基は、TBAFで除去可能であるが、アンモニア水に対して安定に存在することがわかった。TBAFを用いるCEE基の脱保護反応において、副生するアクリロニトリルが塩基部位と反応するが、ニトロメタンを添加することによって、この副反応をほとんど抑制することできた。NH3aq-EtOHおよびTBAFを用いた2段階の脱保護を行なうことによって、RNAのオリゴマーを脱保護することができた。従来のRNA合成法と比較して、この合成法は、効率よくモノマーユニットの合成が可能であり、さらに、その立体障害の軽減によってその縮合効率の向上が見られた。今後は、さらに縮合効率を向上させるため合成サイクルを最適化し、長鎖のRNAオリゴマーの合成を目指す。

<発表論文>

1. Umemoto, T., Wada, T. Oligoribonucleotide synthesis by the use of 1-(2-cyanoethoxy)ethyl as a 2'-hydroxy protecting group. Tetrahedron Lett. in press.2. Umemoto, T., Wada, T, Nucleic Acid Res. Suppl. 2004, 4,9-103. 和田猛 梅本忠士 西郷和彦 リボヌクレオシド誘導体及びリボヌクレオチド誘導体 特願2003-310589 PCT/JP2004/0025334. Umemoto, T., Wada, T. Carbanion as a scavenger of acrylonitrile in prepararation.5. Umemoto T., Wada, T. Synthesis of long oligoribonucleotide by the use of 1-(2-cyanoethoxy)ethyl as a 2'-hydroxy protecting group(full) in preparation.

Scheme 1.

Table 1. Deprotection conditions and stability of the 2'-O-CEE group.

Scheme 2.

Figure 2. RP-HPLC analysis of the crude mixtuer of deprotectied dimers

Table 2. Carbanion as a scavenger of acrylonitrile

aDeprotection was not completed.

Figure 3. AE-HPLC analysis of crude mixture of deprotected (Up)9U.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、近年需要の高まっているRNAの効率的な化学合成法の開発を目的とし、新しい手法によってRNAを合成する研究について述べたものであり、6章より構成されている。

 第1章は序論であり、遺伝子発現制御が可能なRNAの作用機構や化学的に合成されたRNAの必要性、さらに、化学的にRNAを合成する際に必要な2'-水酸基保護基の報告例とそれらの問題点を述べるとともに、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章では、2'-水酸基の保護基として、塩基性条件下脱保護が可能な1-(2-シアノエトキシ)エチル(CEE)基を用いるモノマーユニットの合成と、CEE基の脱保護条件について検討した結果を示している。まず、モデル化合物を用いたCEE基の脱保護条件の検討によって、塩基としてTBAFを用いると、CEE基は迅速に脱保護されることを見いだしている。またCEE基は、塩基部およびリン酸保護基の除去に用いられるアンモニア水処理条件下では極めて安定に存在することも見いだしている。これらのCEE基の性質から、2'-水酸基をCEE基で保護したRNA合成中間体をアンモニア水によって処理し、塩基部位、リン酸の保護基及び固相担体からの切り出しを行ない、TBAFを用いてCEE基を除去することによって、RNA鎖を分解することなく脱保護が可能であることを明らかにしている。

 第3章では、前章で合成したモノマーユニットを用い、実際に2量体を合成し、その脱保護を行なった結果について述べている。2量体を用いたCEE基の脱保護にTBAFを用いることによって、目的とするRNA 2量体が得られるが、アデノシンとシチジンを含む2量体の場合、塩基部位に2-シアノエチル化が進行することを明らかにしている。これは、CEE基脱保護反応の副生成物であるアクリロニトリルが塩基性条件下、Michael型の付加反応を引き起こしていることが原因であることを明らかにしている。この副反応を抑制するために、アクリロニトリルの捕捉剤を種々検討した結果、ニトロメタンを添加することによって、ほぼ完全に副反応を抑制することに成功している。

 第4章では、液相反応によって得られた結果をもとに、自動合成機を用いた固相合成法によってオリゴヌクレオチドを合成した結果を述べている。CEE基で保護したモノマーユニットを用いる縮合反応収率は98-99%であり、十分効率の高いことを示している。合成した10-21量体を脱保護し、それぞれ単離することに成功している。

 第5章では、ニトロメタンを用いるアクリロニトリル捕捉反応の汎用性について述べられている。アクリロニトリルは、一般の核酸合成でリン酸の保護基として用いられている2-シアノエチル基を除去する際にも副生することが知られているが、核酸の医薬としての利用を目指した大スケールでの合成では、アクリロニトリルが発癌性を持つことや、脱保護反応条件下でチミン塩基の2-シアノエチル化を引き起こすことが問題となっている。これらの背景をもとに、ニトロメタンを一般核酸合成におけるアクリロニトリルの捕捉剤として用いる検討を行っている。チミジンに対するアクリロニトリルの付加反応は、ニトロメタンを添加すると効果的に阻害できることを明らかにしている。さらに、一般に有機合成で、塩基性条件下β-脱離によって除去が可能な保護基を脱保護する際に生成するアルケンによって引き起こされるMichael型の副反応は、ニトロメタンを添加するよって効果的に抑制する可能性について述べている。

 第六章は本論文の総括であり、開発したRNAの合成法の特徴と有用性を述べている。

 以上のように、塩基性条件下脱保護可能な2'-水酸基保護基を用いる新規RNA合成法は、そのまま現在の固相合成機に適応可能であり、さらなる最適化を行なえば、従来法より優れた合成法になり得ることを明らかにしている。これらの成果は、有機合成化学、核酸化学、医化学の進展に寄与するところが大である。

 よって本論文は、博士(生命科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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