学位論文要旨



No 120599
著者(漢字) 福成,洋
著者(英字)
著者(カナ) フクナリ,ヒロシ
標題(和) MRIに基づく大動脈弁のモデリングと時間空間有限要素法による血流解析、及びその検証
標題(洋)
報告番号 120599
報告番号 甲20599
学位授与日 2005.06.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第143号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 教授 杉浦,清子
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
 東京大学 助教授 大島,まり
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

心臓疾患は日本において死因の第二位を占め、毎年約16万人が命を落としている。一方近年、コンピュータシミュレーションによる心臓疾患の解明・治療法の開発が行われるようになってきた。本研究では心臓大動脈弁に焦点をあて、心臓弁のダイナミクスをそのすべてのphaseに渡って安定に解析できるシミュレータの開発を目指し、時間空間有限要素法を用いた大動脈弁周りの血流解析を行う。

大動脈弁は大動脈の根元(大動脈根)にある、三つの丸く膨らんだバルサルバ洞と呼ばれる部分と、それらに対応する3枚の薄い膜(弁尖)によって構成される(図1)。ちょうどズボンのポケットのような3次元的構造をもっており、その構造ゆえに弁が反転することなく、高負荷に耐えることができる。弁尖は薄く軟らかいため、柔軟な開閉運動が可能である。

解析手法

数値計算手法の中でも有限要素法は、計算領域の境界を正しく表現できる、数学的基礎が確立している、などの特徴のために、現在では構造・流体・電磁気などの様々な分野で、さらにはそれらの達成問題において多用されている。有限要素法では計算領域を有限な数の要素で分割し、その中で満たされる基礎方程式を離散化することで、解を求める。この時、解析中に要素が重なったり、つぶれたり、消滅したりしては、計算が続行できなくなる。

大動脈弁の流体解析、及び流体構造解析においては、弁が閉じるときには流体領域が分断され、流体要素が消滅することになるので、通常の有限要素法では解析することができない。本研究では時間空間有限要素法を用いることで、メッシュのトポロジー変化を可能にした。通常の有限要素法では空間の有限要素離散化と時間積分を別々に行うのに対し、時間空間有限要素法では空間と時間を同時に有限要素離散化する。そのために、2次元問題を解く場合は3次元時空間において、3次元問題を解く場合には4次元時空間においてメッシュを切る必要がある。時間空間有限要素法を用いたこれまでの研究においては、3次元空間において構成したメッシュを時間方向に線形補間することで4次元有限要素を構成している[2]。

しかしこの方法では時間方向においては計算格子を構造格子にするために、メッシュのトポロジーは各時刻において同一となり、弁の開閉を含んだ血流解析を行うことはできない。本研究では、2次元空間(xy)に時間(t)を加えた3次元時空間において四面体である時間空間有限要素を、もう一つの空間軸(z)に線形補間する4次元の時間空間有限要素を開発した。この要素を用いることで時間方向に非構造格子を構成することが、つまりは各時刻でトポロジーの違う空間有限要素メッシュを用いることができ、弁の完全な開閉を伴う大動脈弁の流体解析が可能となる。ただし、z方向には構造格子としなければならない。

時間空間有限要素法の中でも、本研究で用いるDSD/SST(Deformable Space Domain/Stabilized Space-Time)法[3]の弱形式は式(1)のとおりである。第一項から第四項までは、通常の有限要素方程式に対応しており、ただ積分領域が空間だけでなく時間をも含んでいる。第五項はDG(Discontinuous Galerkin)法に基づく項、第六項、第七項は安定化項である。

大動脈弁の血流解析

大動脈弁のシミュレーションを行うにあたって、最初に、大動脈弁を直感と仮定し、その1/6対称モデルによる解析を行う。この1/6モデルにおけるメッシュトポロジーの変化を図2に示す。図2左列は、最上段のメッシュのみを上方向から見た図であり、要素数の増減が分かる。数字は弁の開閉度(全閉時0°、全開時90°)を示す。

本研究では移動境界問題を扱うので、流体領域の境界の一部である弁尖位置は解析時に既知である必要がある。本シミュレーションでは、MRデータを基に、弁尖位置を決定していく。このとき与えた弁尖位置の妥当性は、弁尖に働く流体力を考察することで可能となる。

次に、同様の手法で作成したフルモデルの解析を行う。実際の大動脈は図3(後述)に示すように、大動脈弓に向かうに連れて湾曲しており、1/6対称モデルによる解析は現実に則さない。フルモデルを以下の二段階で作成する。1)1/6対称モデルを利用して、直管の360°フルモデルを作成する。2)直管フルモデルを、弾性体、及び超弾性体理論等によって近似し、力学的な変形に基づくメッシュ制御によって、MRデータによる血管形状に合わせる。本研究で用いた解析モデルは、メッシュトポロジーを合理的に変化させるために4次元時空間上で作られたものであり、特にコネクティビティの作成には多大な作業量を要する。しかしながら、上記の解析モデル作成手順を踏むことにより、患者個々人に合わせた解析モデルを容易に作成することができ、解析における作業負荷を大幅に減らすことができる。

MRデータを用いた検証本研究では、解析対象である大動脈弁の有限要素モデルの作成、流速境界条件の設定、及び解析結果の検証にMRI(核磁気共鳴画像法:Magnetic Resonance Imaging)によって取得された実データを用いる。血管内血液の三次元流速情報はPCMRI(phasecontrast MRI)[4]を用いて取得することが出来る。解析モデルの作成、境界条件の設定、及び解析結果の検証にすべて同じ被験者から得られたMRIデータを用いており、解析と結果の検証に一貫性が保たれる。MRデータを再構築した大動脈形状、大動脈弁の弁尖位置、及び血流を示す流線図を図3に示す。

MRデータより抽出した図4に示す流入流速条件を用いて行ったシミュレーションの結果を、図5と図6下段に示す。図5は1/6モデルでの解析結果の、バルサルバ洞における流速分布と流線分布を、図6下段はフルモデルにおける、流速分布を表す。図6上段はMRIによる流速分布である。

解析結果とMRデータを比較すると、全体的な特徴は一致することが確認された。しかしながら、バルサルバ洞の渦がシミュレーションでは再現できていない部分も存在する。これには、移動境界が現実とは完全に一致しているわけではないこと、高レイノルズ数の移流卓越流れに耐えうる有限モデルの空間解像度がないことや、後流の境界条件(一定圧力)が不適切なことなどの可能性が考えられ、今後の検討課題といえる。

結論

本研究の結論をまとめると以下のとおりである。

1)時間空間有限要素法を用いることで、有限要素メッシュのトポロジー変化を含んだ流体解析手法を開発した。

2)大動脈弁のシミュレーションを行うにあたり、流体領域が弁尖によって分断されてしまう現象を合理的にシミュレートする手法を開発した。

3)このシミュレータを用いて、大動脈弁の1/6モデルのシミュレーションを行い、大動脈弁の完全な開閉を含んだシミュレーションを行った。解析モデルの作成には、MRデータを用いた。

4)シミュレータの有効性を示すため、シミュレーション結果と大動脈血流のMRデータを比較した。大局的な流れが再現できたと同時に、より高精度のシミュレーションを行うための方向性も明らかにした。

図6:上段はMRI、下段はシミュレーションによる流速分布。左から300msec、325msec、350msec。

[1] Watanabe et al., "Finite Element Analysis of Ventricular Wall Motion and Intra-Ventricular Blood Flow in Heart with Myocardial lnfarction", JSME intl C 47,4,1019-1026,2004[2] Masud and Hughes, "A space-time Galerkin /least-squares finite element formulation of the Navier-Stokes equations for moving domain problems", Computer Methods in AppliedMechanics and Engineering, 146,91-126,1997[3] Tezduyar and Behr,"A new strategy for finite element computations involving moving boundaries and interfaces-The deforming-spacial-domain/space-time procedure: I. The concept and the preliminary numerical tests",Computer Methods in Applied Mechanics and Engineering,94,339-351,1992[4] Norbertet al.,"Phase Contrast Cine Magnetic Resonance Imaging",Magnetic Resonance Quarterly,7,4,229-254,1991
審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「MRIに基づく大動脈弁のモデリングと時間空間有限要素法による血流解析、及びその検証」と題し、9章よりなる。

心臓には血液の逆流を防ぐために4つの弁があり、そのうち全身に血液を送る左心室の入り口と出口には、僧帽弁と大動脈弁が存在する。これらは心臓内外の血流に深く影響を及ぼす医学的に重要な器官であり、心臓血管系シミュレータにおいてもその適切なモデル化が望まれている。

本研究では大動脈弁に焦点をあて、弁開閉におけるすべてのphaseに渡って安定に解析できるシミュレータの開発を目的とし、時間空間有限要素法を適用する。時間空間有限要素法では時間方向に非構造格子を形成する有限要素メッシュを作成することで、要素の生成・消滅を含んだ解析を実現できる。これにより弁の開閉に伴って流体領域が分断されてしまう大動脈弁周りの血流解析を行うことが可能となる。

一方、大動脈弁の有限要素モデルの作成、流速境界条件の設定、及び解析結果の検証にはMRI(核磁気共鳴画像法:Magnetic Resonance lmaging)によって取得された実データを用いる。血管内血液の三次元流速情報はPCMRI(Phase contrast MRI)用いて取得することが出来る。解析モデルの作成、境界条件の設定、及び解析結果の検証にはすべて同じ被験者から得られたMRIデータを用いており、解析と結果の検証に一貫性が保たれる。

第1章は,序論であり,本研究の背景,目的及び関連分野における従来の研究を説明している。

第2章では、心臓と心臓弁の概要、及びそれらの疾患、治療法について述べる。

第3章では、生体に関するコンピュータシミュレーションについて、既往の研究を整理している。また大動脈弁解析の先行研究について説明している。

第4章では、MRIによる大動脈弁のデータ取得に関して述べている。MRIの原理、データのアーチファクト、処理方法を説明している。MRIによる血流の計測法はMRA(MR血管撮影法,Magnetic Resonance Angiography)と呼ばれ、造影剤を用いない非侵襲MRAと、造影MRAが主に用いられている。前者ではTOF(Time of Flight)法とPC(Phase Contrast)法があり、本論文ではこのうち3次元の流速データが取得可能なPC法を利用している。

第5章では、本研究で採用する時間空間有限要素法について述べる。特に、今回開発したメッシュのトポロジー変化が可能なシミュレーション手法について説明する。本研究では時間空間有限要素法の中でも、DSD/SST(Deformable Spatial Domain/Stabilized Space-Time)法を用いる。4次元時空間の中で、シンプレックス要素を用いた非構造格子を作成するのは困難であるため、過去の研究においては4次元のうち時間に関して、単純な線形補間を行うことが通常であった。本論文では、時間の代わりに空間の1次元(z)において線形補間を行いつつ、他3つの次元(x1,x2,t)で構成される時空間において四面体要素を生成することを提案している。このように時間方向にはシンプレックスな要素を用いることで、各時刻において異なるメッシュトポロジーを与えることができる。

第6章では、大動脈弁の1/6対称モデルの解析を行った。弁の運動をMRI計測に基づき移動境界条件として与えた。流入口からの血流の加速・減速に伴い弁の下流では順流と逆流が混在し、バルサルバ洞には渦が発生することが観測された。メッシュトポロジーの変化により、弁開閉の全phaseにおける流体解析を行えることを確認した。

第7章では、大動脈のフルモデルの解析を行った。1/6モデルを拡張した直管フルモデルに対し力学的変形解析に基づくメッシュ制御を行うことにより動脈弓を含む大動脈モデルを作成し、流体解析を行った。

第8章では、7章で行われた大動脈弁、及び大動脈弓の血流シミュレーションの結果について、検証している。大動脈弓におけるらせん状の流れ、駆出血流の減速時に起こる逆流など、生理学的に妥当な結果が得られている。一方バルサルバ洞内の渦は再現できておらず、その原因として本メッシュ分割では高レイノルズ数流れを表現できるほどの空間分解能が無いこと、及び後流の境界条件の必要性について考察している。

第9章では、上記をまとめ、本研究の結論を導いている。

以上を要するに、本論文は心臓と大動脈を結ぶ大動脈弁の完全な開閉に伴う弁近傍の流れ場の解析を、新たに考案した4次元要素に基づく時間空間有限要素法によって可能にし、またそのモデル化と妥当性の検証をMRIを用いて行ったものであり、計算力学ならびに医学の両分野へ貢献するところが大きい。よって博士(科学)の学位を授与できると認める。

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