学位論文要旨



No 120625
著者(漢字) 呉,世訓
著者(英字)
著者(カナ) オ,セフン
標題(和) 人間親和型モーションコントロールに関する基礎研究
標題(洋) Fundamental Research on Human-friendly Motion Control
報告番号 120625
報告番号 甲20625
学位授与日 2005.09.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6090号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨 要旨を表示する

この学位論文は人間親和型モーションコントロールの確立を目指している。近頃様々な福祉機器が注目を浴びているが、制御工学的な観点からそれらの機器をどのように制御するかというソリューションを与えることを目的に、以下の三つの対策を本研究では行った。

(1) 人間親和型モーションコントロールに必要な条件を提案する。

(2) フィードバック制御を人間親和型モーションコントロールの観点から再考する。

(3) パワーアシスト車椅子を具体的な適用例として用いて様々な人間親和型コントロールを適用する。

この人間親和型モーションコントロールは人間に快適感と安心感を与える動きを取り扱っていて、人間が行っている制御とも深い関係がある。それは、人間のような筋肉と神経システムを必要としているということでもある。適切に制御しているモータを筋肉システムに、また制御器の中のオブザーバを神経システムとして利用することができるのである。ということで、本論文ではフィードバック制御とオブザーバ設計に関する研究を行う。

モータを人間親和的に動かすためフィードバック制御設計をインピーダンス制御の観点から見直し、インピーダンス制御が多数のフィードバック制御(位置制御、速度制御、力制御)の一般化した形であることを示した後、その観点から制御器をどう設計するかということを考察した。さらに、フィードバック制御における新しい二つのトピック、非整数次インピーダンスと二関節筋モデルのモーションコントロールへの応用を人間親和型的モーションコントロールの観点から紹介した。

これらの考えに基づき、いくつかのアドバンスト制御をパワーアシスト車椅子に適用した。

まず、車椅子の運転状況をモニタリングするオブザーバを設計した。前述したように、車椅子を安全に走らせるために神経システムが必要であり、そのため多数のセンサーを用いることも考えられる。しかし、必要なだけセンサーを利用するということは合理的でないだけでなく、そのセンサーが直接必要な情報を提供しない限り、またセンサー自体が弱点を持っているときに正確な情報を得るにも不十分である。この問題を解決するためにオブザーバ設計をベースとしたセンサーフュージョン手法を提案した。この手法は人間親和型モーションコントロールに必要なセンサー(神経)システムを改善する方法になる。

車椅子運転に必要な情報を定義し、それを得るためのオブザーバを設計した。この提案する運転状況オブザーバはエンコーダ、ジャイロスコープ、加速度計を利用し、前後方向の速度、車体の傾き角度、そして外乱を観測する。このオブザーバはジャイロスコープのドリフト現象と低速における速度観測の問題点などを克服したものであり、その有効性が実験によって確かめられた。

得られた情報を利用し、外乱抑制制御器を設計した。産業応用のためには多数の外乱抑制制御器が利用されているが、それらは外乱を完全に抑制するのを目的としており、そのまま福祉機器に利用するのは難しい。乗り物に乗っている人間は前後方向には速度制御に、左右方向には力制御に慣れている。この特徴を車椅子のような乗り物の外乱抑制制御を設計するとき考慮すべきである。これを考慮し、車椅子のための二種類の外乱抑制制御をインピーダンスの概念を利用して設計した。前後方向の速度ベースの外乱抑制制御と左右方向の力ベース外乱抑制制御がそれである。これらの制御器は実験によってその有効性が確かめられた。

人間親和型モーションコントロールのもう一つのトピックは外乱増幅制御である。人間自体がモータの制御から見た場合には外乱となるので、もし強い外乱抑制制御が人間の身近で利用される機器に利用されると人間の動作に反する方向でモータが動くことになり、とても危険な状況を招くことになる。この理由で時には人間の力を増幅する制御が必要になるのである。この外乱増幅制御もインピーダンス制御の観点から実現することが可能で、その例として車椅子用のトルクセンサーレスパワーアシスト制御器を設計し、実験を行った。

最後に人間親和型制御器設計例として時変インピーダンス制御器を設計した。自分の動作を見ていると人間は時変制御を行っていることが簡単にわかる。車椅子の片手漕ぎ制御器を時変制御器の例として設計した。左右方向のインピーダンスが一つ変数を持って変えられるフィードフォワード制御とフィードバック制御を提案し、車椅子の方向がその変数によって決められるようにした。このインピーダンスを決める変数は人間の力の勢いを入力とするシグモイド関数によって決められるようにし方手漕ぎを実現した。

この論文で提案した制御例は、一つのシステムを統合的に人間親和的に設計することができることを見せるためパワーアシスト車椅子に焦点を合わせているが、同一な考え方を他の福祉機器に拡張して応用することも可能なのである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「Fundamental Research on Human-friendly Motion Control(人間親和型モーションコントロールに関する基礎研究)」と題し,福祉機器を設計・製作する上での規範となる「人間親和型モーションコントロール」という概念を提唱し,制御工学の観点からその本質的技術課題を探究し,主としてパワーアシスト車椅子を具体的な適用例として,その有効性を実証したものであり,英文で記述された以下の7章よりなる。

第1章(Introduction)は序論であり,高齢化社会の現状と問題点を示し,福祉における工学的支援の必要性を述べている。人間親和型モーションコントロールとは,人に快適感と安心感を与える動きを実現するものであり,人間自身が行っている制御とも深い関係があることを述べている。とくに,電気モータを筋肉システムに,制御器中のオブザーバを神経システムになぞらえることにより,本論文ではフィードバック制御とオブザーバ設計に関する研究を行うとしている。

第2章(Generalization of Feedback Control for Human-friendly Control Design)では,電気モータを人間親和的に動かすためのフィードバック制御設計をインピーダンス制御の観点から見直し,インピーダンス制御が,位置制御,速度制御,力制御などを一般化した形であることを示している。その上で,制御器設計上の指針を考察している。さらに,フィードバック制御における新しい二つのトピック,非整数次インピーダンスと二関節筋モデルのモーションコントロールへの応用可能性に触れている。

第3章(Development of Observer-based Sensor Fusion Method and its Application to Operational State Observer)では,人間親和型モーションコントロールの神経部であるオブザーバ設計に関する議論を,実際の設計例をもって行っている。具体的には,車椅子運転に必要な情報を定義し,エンコーダ,ジャイロスコープ,加速度センサを利用し,前後方向の速度,車体の傾き角度,そして外乱を推定する運転状態オブザーバを設計している。センサーフュージョンによって,ジャイロスコープのドリフト現象や低速における速度観測の問題点などを克服しており,その有効性を実験によって確かめている。

第4章(Human-friendly Design of Disturbance Attenuation Control for Wheelchair)では,産業応用分野で用いられる外乱抑圧制御と異なり,福祉機器における人間親和的なフィードバック制御系では,外乱の影響を誤差の大きさで評価するのではなく,実現されるインピーダンスの特性が,反力を通じて人間にどう受け取られるかを考えなければならないと主張している。具体例として,乗り物では,前後方向は速度制御,左右方向は力制御にするのが望ましいことを述べ,ここでは,車椅子のための二種類の外乱制御器をインピーダンスの概念を利用して設計を行い,実験によってその有効性を確かめている。

第5章(Development of Sensor-free Power-assist Control as Disturbance Amplification Control)では,人間親和型モーションコントロールのもう一つの重要概念である外乱増幅制御を提案している。人間の出す力はモータ制御にとっては外乱となるので,もし強い外乱抑制制御が人間の身近で利用される機器に利用されると非常に危険な状況を招くことになる。従って場合によっては人間の力を増幅する制御が必要になるが,この外乱増幅制御もインピーダンス制御の観点から実現することが可能であることを示し,例として車椅子用のトルクセンサレスパワーアシスト制御系の設計と実験を行っている。

第6章(One Hand Propulsion Control as Time-varying Impedance Control)では,人間親和型の制御器設計の例として時変インピーダンス制御を扱い,車椅子の片手漕ぎ制御器を例として設計している。左右方向のインピーダンスを決めるフィードフォワードとフィードバック制御を提案し,車椅子の進む方向が決められるようにした。このインピーダンスパラメータの決定には,人間の力の勢いを入力とするシグモイド関数を用い,片手漕ぎを実現している。

第7章(Conclusion)は結論であり,人間親和型モーションコントロールの概念や本論文で実現したいくつかの方策をまとめ,将来展望を述べている。本論文は,あるシステムを統合的に人間親和型に設計する一般論を述べているのであって,具体例としてパワーアシスト車椅子に焦点を当てているが,他の福祉機器のみならず,健常者用の一般機器にも応用すべきであることを強調している。

以上これを要するに,本論文は,福祉機器の設計・製作において重要な指針となる「人間親和型モーションコントロール」という概念を提唱し,インピーダンス制御やオブザーバによるセンサフュージョンなど制御工学の観点からその本質となる技術を探究し,実験によって有効性を示したものであり,電気工学,制御工学,および,福祉工学上貢献するところが少なくない。よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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