学位論文要旨



No 120875
著者(漢字) 田中,真琴
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,マコト
標題(和) 緩解期クローン病患者の再燃関連要因に関する研究 : 脂肪摂取に着目した1年間の追跡成績
標題(洋)
報告番号 120875
報告番号 甲20875
学位授与日 2006.03.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2597号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 助教授 渡邉,聡明
 東京大学 講師 李,廷秀
 東京大学 講師 春名,めぐみ
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

クローン病(Crohn's Disease、以下、CD)は、主に小腸・大腸に潰 を形成する、病因が未だ明らかになっていない炎症性腸疾患である。再燃と緩解を繰り返す特徴があり、できるだけ長く緩解を維持することが疾患管理の目標となる。

CDの再燃には、患者の年齢や疾患のサブタイプの他、食事、ストレスや喫煙などの環境要因が重要な役割を果たしていると考えられている。食事因子の影響については、日本人のCD発症率増加は、脂肪および動物性たんぱく質摂取増加との関連が示唆されていること、また絶食による成分栄養療法が本疾患に対し有効であることから、本邦では、環境要因の中でも特に重要であると考えられている。

本邦でのCD患者のQuality of life(以下、QOL)に関する研究では、食事への満足が最も重要な要因であることが示され、緩解維持に有効かつQOL向上を目指した食事・栄養療法の重要性が強調されつつある。日本では欧米と比較して低脂肪食の必要性が強調されているが、その効果を評価した研究は少なくさらなる検討を要する。

【目的】

緩解期CD患者における総脂肪摂取量の再燃への影響を検討し、さらに、食事指導のより有用な資料を得るため、脂肪酸の種類別摂取量の再燃への影響も検討する。

【用語の定義】

「緩解期」を疾患活動度指標Crohn's Disease Activity Index(以下、CDAI)≦150(非活動期)の状態、「再燃」をCDAI>150の状態が、診察時に2回連続して観察された場合、および主治医の判断で主要な治療変更があった場合とした。

【方法】

対象:慶應義塾大学病院の炎症性腸疾患センターに通院中で、緩解期(CDAI<150)になって1カ月以上経過している等の適格基準を満たすCD患者とした。

研究デザイン:緩解期CD患者を対象に、再燃をエンドポイントとした1年間の追跡調査を行った。再燃の判断基準となるCDAIは、通院毎(通常1〜2ヵ月に1回)に、再燃関連要因(対象の背景を除く)は、およそ6ヵ月ごとに調査した。

サンプルサイズ:1年間の再燃率を平均的な脂肪摂取量であった場合0.25、1標準偏差増加した場合のオッズ比を2.5と設定した。検出力80%、有意水準をp=0.05、多項目で調整することを考慮して、必要例数は77〜85例程度と算出した。

調査期間:リクルート期間は2003年6月〜10月までの5ヵ月間で、初回調査への回答が得られた対象者を、およそ1年後の各々の外来受診日まで追跡した。

調査内容・項目:CDの疾患活動度指標は、CDAIを用い、再燃関連要因は、文献ならびに予備調査をもとに、食事および食事以外の要因を設定した。食事内容は、信頼性・妥当性が確認された佐々木らによる自記式食事調査票Diet History Questionnaireを用い、栄養素別摂取量を計算した。さらに食事パターンについて尋ねた。

食事以外の要因として、7領域(1.対象の背景、2.喫煙習慣、3.規則的な生活習慣の程度、4.身体活動の程度5.睡眠時間、6.ストレス、7.体調変化への対処)を設定し、回答を選択肢提示により求めた。

分析方法:再燃との関連の検討については、調査開始から再燃(あるいは調査終了)までの観察期間を生存時間としたCOX回帰分析を行った。説明変数として、1.初回調査時のデータを用いる場合、2.時間依存性共変量(反復測定したデータの最も直前の値を用いる)を含む場合の2通りの解析を行った。どちらの場合も、まず各関連要因について単変量解析を行い、次いで、そこで得られた脂肪摂取以外のp値0.2以下の変数を調整変数として、総脂肪摂取量の影響あるいは脂肪酸の種類別摂取量の影響について多変量解析を行った。

【結果】

対象の概要:研究適格者85名に調査を依頼し、76名(89.4%)から有効回答を得た。調査開始時点での平均年齢(±標準偏差)は、35.3±9.9歳、平均罹病期間は、 8.2±5.7年、緩解維持期間は、中央値で18.5カ月(範囲1〜186ヵ月)であった。

再燃状況:1年間に再燃したのは25名(32.9%)で、緩解を維持したのは47名(61.8%)、脱落が4名(5.3%)であった。

食事摂取の実態:本対象の7割以上が、「食べると症状の出る食べ物」を認識しており、大部分がそれを避けていた。さらに、「体調悪化の兆し」を感じたとき、対象の大半が、食事内容や量を変えることで対処していた。

脂肪摂取の再燃への影響:総脂肪摂取量は、単変量解析においても、多変量解析でステロイドホルモン剤の内服量、CRP、年齢,痔の手術経験、現在の喫煙状況等で調整しても、1.初回調査時のデータを用いる場合、2.時間依存性共変量を含む場合のいずれも(以下両解析のいずれも)有意な関連は認められなかった。

n-6系多価不飽和脂肪酸のn-3系多価不飽和脂肪酸に対する比率(以下、n-6/n-3比)は、先行研究とは逆向きにn-6系多価不飽和脂肪酸比率が高いほど再燃リスクが低い傾向を示した。これは、単変量、多変量解析ともに、両解析のいずれでも有意であった。

飽和脂肪酸摂取量が増えることは、n-6/n-3比をはじめ他の関連要因で調整したところ、再燃のリスクの上昇に有意に関連し、両解析ともに認められた。

サブグループ解析:初回調査時にステロイドホルモン剤を使用していた10名を除いた66名で同様の解析を行ったところ,全対象での結果同様、総脂肪摂取量は再燃に有意な関連を示さず、n-6/n-3比が低いほど有意に再燃していた。飽和脂肪酸摂取量は、この対象では再燃との有意な関連は示さなかった。

n-6/n-3比と他の要因との関係:一貫して先行研究とは矛盾して再燃に有意な関連を示したn-6/n-3比について他の変数との関係を見た。年齢が高い、罹病期間が長い、緩解維持期間が長いほど、そして、3年以内の入院経験がない場合、n-6/n-3比が高かった。そして、体調悪化の兆しを感じた時の対処として、「成分栄養剤を多く摂る」「食事を抜く」「食事の内容や量を変える」といった対処はあまり行っておらず、比較的「好きなものを食べる」人ほど、n-6/n-3比が高かった。

【考察】

総脂肪摂取量は、再燃との関連は示されず、摂取量増加が再燃のリスクを上げるとの先行研究結果とは一致しなかった。本研究は、緩解導入後間もない患者は少なく、緩解導入後の経過期間が短く、リスクが高いと考えられる時期については、対象者が少なかったため、十分に調査できていない。よって、本結果は、緩解導入から比較的長く緩解を維持していたリスクが比較的低いと思われる集団において得られた結果であることに注意する必要がある。

脂肪酸の種類別摂取量の検討においては、抗炎症作用があるとされるn-3系多価不飽和脂肪酸に対して、アラキドン酸カスケードで炎症性のエイコサノイドを産生するn-6系多価不飽和脂肪酸の比率が高いことが、再燃リスクが低いことに一貫して有意な関連を示した。他の変数との関係から、緩解期CD患者の中でも、比較的長期間安定している患者と状態が不安定な患者の食事摂取の違いが、n-6/n-3比の違いとして再燃に一貫して有意な関連を示していたという解釈が妥当であると考えられた。

飽和脂肪酸摂取量の増加は、再燃リスクを上げるという有意な関連を示したが、飽和脂肪酸との相関が高かった変数は、多変量解析モデルに入れなかったため、総脂肪摂取量をはじめ、一価不飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸、n-6系多価不飽和脂肪酸摂取量については、再燃との関連について示されていない。また、ステロイド非使用者でのサブグループ解析においても、有意な関連は示されなかった。これらについて、飽和脂肪酸の摂取量が多いほど、再燃のリスクが上がるという関係は、相関の高かった総脂肪摂取量および脂肪酸摂取量と再燃との関係を代表したものであることが考えられた。さらに、疾患の状態が不安定な患者において、特に、飽和脂肪酸摂取量増加が再燃のリスクを上げる可能性があると考えられた。

以上より、緩解維持のために厳しい食事制限を可能な限り継続するよう、一様に指導する必要はないと思われた。病状の安定が長期に得られている場合、徐々に制限を緩和することがある程度可能であると考えられた。しかし、病状が不安定である場合、動物性脂肪をはじめ、総脂肪摂取量を控えることを勧める必要があると考えられた。

緩解期CD患者の食事指導においては、患者が注意深く食事・生活と体調についてセルフモニタリングを行い、自身の体調にあわせた食事あるいは休養等を取れるように支援することが重要と考えられた。通院患者を対象に、ある程度先に起こる事象への食事の影響を調査したものとして、本研究は限界もあるが、緩解維持のための脂肪制限に関する長期的な評価がない中、CD患者の長期的な食事指導に関して一定の示唆を与えるものであると考える。今後は、緩解導入からの期間が短い症例を増やし、より有益な情報とすることが課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、緩解期クローン病患者における総脂肪摂取量および脂肪酸の種類別摂取量の再燃への影響を明らかにするため、緩解期クローン病患者を対象に、食事とそれ以外の再燃関連要因を調査し、再燃をエンドポイントとした1年間の追跡調査を行い、以下の知見を得ている。

1年間の追跡期間中に再燃したのは25名(32.9%)で、緩解を維持したのは47名(61.8%)、脱落が4名(5.3%)であった。

本対象の7割以上が、「食べると症状の出る食べ物」を認識し、それを避けていた。さらに、「体調悪化の兆し」を感じた時、大半が、食事の内容や量を変えることで対処していた。

総脂肪摂取量は、再燃に有意な関連を示さなかった。

多価不飽和脂肪酸のn-6/n-3比は、先行研究とは逆向きにn-6系多価不飽和脂肪酸比率が高いほど再燃リスクが低いという結果であった。疾患の状態が比較的長期間安定している患者と状態が比較的不安定な患者の食事摂取の違いが、n-6/n-3比の違いとして現れていたと考えられた。

飽和脂肪酸の摂取量増加は、再燃のリスクが上がることに有意な関連を示した。

以上より、緩解維持のために、厳しい食事制限を可能な限り継続する必要はないと考えられた。疾患の状態が不安定である患者は,飽和脂肪酸をはじめとする総脂肪摂取量の制限が再燃のリスクを減じる可能性があるが、比較的長期に安定している患者が、自分にとって避けるべき食品を避け、徐々に制限を緩和してゆくことは、必ずしも再燃には結びつかないことが示された。緩解期CD患者の指導においては、患者が注意深くセルフモニタリングを行い、自身の体調にあわせた食事あるいは休養をとれるように支援することが重要であろうと考えられた。

以上、本論文では、緩解期クローン病患者76名を対象に、食事とそれ以外の再燃関連要因を調査し、再燃をエンドポイントとした1年間の追跡調査を行い、総脂肪摂取量、飽和脂肪酸摂取量および多価不飽和脂肪酸のn-6/n-3比のクローン病再燃への影響を明らかにした。

よって、本論文は、緩解期クローン病患者における食事指導に関して重要な示唆を与えており、独創性、臨床的有用性が高く、この点で、学位の授与に値するものと考えられる。

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